保健室で古文の授業とか展開についていけない!
夢うつつで、誰かの気配を感じた。
首筋に、頬に、唇に、冷たい何かが、触れて。
おでこにも。
ひんやりして、気持ちいい。
入学式の前に講堂の入り口でめまいを起こして、保健室で休むように言われて。
原因は分かってる。昨日全然眠れなかったから。
ずっと
ほら、また……って!?
「先生! なんで!?」
目の前に、千野先生の顔がある。
ベッドに寝ている状態なので、前のと言うか、上に。
横向きの、千野先生の、顔が。
「元気そうだな。顔色も良くなったし。よく考えたら、朝も顔色悪かったしな。気付いてやれなくてゴメンな」
おでこに乗せられていたのは、先生の手で。
そっと頬を撫でながら、その手が離れて。
昨日とは違う、優しい言葉。
本気で心配そうに、私の顔を覗き込んで。
私は慌てて体を起こした。
「先生は悪くないです。昨日、全然眠れなかった、から」
「徹夜か? ゲームでもしていたか? あ、桜女の生徒は、そんなことしないか。少女小説でも読んでいたとか?」
「先生……、女子校に幻想抱きすぎていませんか? 私達だってイマドキの女子高生ですよ? ゲームもマンガもフツーに楽しみます。先生達のいらっしゃらないところだったら、もっと言葉も砕けています」
「その切り替えができるところが、桜女の生徒のスゴいところだけどな。でも、俺には普通でいいよ。で、何で徹夜?」
「色々考えていたら、朝になってて」
「色々? 何? 悩み?」
「まあ、そんなところです」
「もしかして、俺のこと、とか?」
「違います! そんな! 別に先生のことなんか!」
「そんな真っ赤な顔で言われても、バレバレだけどな」
銀縁眼鏡の奥の瞳が、ちょっと意地悪そうに細められる。
堅物モードの時にそんな顔されると……それはそれで、心に刺さる。
いやぁっ! インテリイケメンの小悪魔笑いっ!
心臓に悪い!
「そうか、やっぱり俺のせいか」
「ち、違いますっ!」
「責任取らなくちゃ、な。しっかり介抱してやるよ」
「ご、ご遠慮! いたします!」
そんな私の言葉など意に介さず、先生は私の肩を掴むと、顔を寄せてきた。
思わず身をよじって、だけどベッドの上でバランスが取れず、そのまま仰向けに倒れこんでしまった。
「遠慮している割りには、さっさとベッドに横になって……誘っているのかな?」
「ち、ちが……」
先生は、左手で私の肩を押さえ込んだまま、右手で眼鏡を外して手を伸ばしベッドサイドの台に置くと、今度はその手を私の顎にあてがった。
きっちり固めた前髪だけど、重力で少しバラけて額や頬にかかる。それが、妙に色っぽい。
「せ、先生、誰か来たら、ま、マズイで……」
「式典中だから、大丈夫。俺はこっそり抜け出してきたけど」
「なっ……!」
クスッと笑って、どんどん顔を近付けてくる。顔を背けようにも、がっちり顎を捉えられていて、気が付いたら肩を押さえていたはずの手が首の後ろに回され、頭ごと固定されている。
のし掛かられた重みで、肩や胸も動かせず……先生の唇が、その息づかいが肌で感じられるほど、近付いた。
「や……」
「本当に嫌だったら、声あげていいよ?」
超至近距離でそう言われて……だけど。
私は、押し黙った。
「これは、オッケー、ってことだよな?」
そう言うと、先生は、私に口付けした。
優しく、なぞるように、ついばむように。私の唇の上で先生のそれを何度か離したり押し付けたりして。
「……ん……あ……」
ふんわりした感触が、急に湿り気を帯びたものに替わった。
何かが、唇をこじ開けて、中に入ろうとしている?
それが、先生の舌先だと気付いた時には、もう、口の中に入り込んで。
これって、ディープキス!?
ねっとりと舌に絡まる、柔らかい感触。
いや、何、これ……触れられているのは舌なのに、背筋がゾクゾクする。
目の前がチカチカして、体の中心から、何かが脳天に貫く。
「……や……あ……あぁ……」
「……声、出すな……ちょっとこれ以上は、俺もヤバい」
先生が私を抱き起こすようにしてから体を離して、同時に私も解放される。
でも、体が動かない。しびれたように脱力して。
「マジかよ? キスだけでこれとか……」
「……だって……こんな……ううっ……」
だんだんと目の焦点があってきて、先生の顔が見えた。もう、銀縁眼鏡をかけ直して、乱れた髪の毛を撫で付けている。いつの間にか背中に枕を当ててくれていた。
「そそるシチュエーションだけど、やっぱり保健室はマズイな。っていうか、お前、チョロすぎ。こんなに感じやすくて、俺の自制心がもたない。ほら」
そう言うと、先生はハンカチを取り出して、私の目元を拭いてくれる。
「あ、私、泣いて?」
「その度に泣くなよ。お前の泣き顔を見ると、罪悪感と征服欲に挟まれて、無性にムラムラするから」
「なっ……!? だって先生が、こんなことするから!」
「悪かったよ。まさか、俺もこんなにハマっちゃうと思ってなかったから。お前のことが心配で入学式抜け出したり、寝ているお前を見たら、ついキスしちゃって」
「……って! あれ? 指じゃなくて?」
「なんだ、意識あったのかよ?」
「だって、なんだか、ひんやりして気持ちいいなって……でも、夢うつつで……」
「気持ちよかったんだ? だったら、もっと他のところも触っておけばよかった」
「く、唇で?!」
「手で。何、口がよかった? 大胆だな、中沢は」
「ち、違います! どっちもダメです!」
「仕方ないな。正直、もう俺も、こういうのはキツイ。誰かに見られたら、と思うと、ヒヤヒヤして、燃えるけど、心臓に悪い」
「だったら、やめてくださいよ……」
「それはそれでガマンできない。学校ではガマンするから、外で会おう?」
「や、だ、だから、ダメです! 高校生が、そんなこと!」
「……ホント、マジかよ? この学校って、みんなお前みたいな天然記念物ばっかりなの?」
「そりゃ、先生みたいな人は、平気なことなのかもしれないけど! 普通は、そんな簡単に、できません!」
「うわっ、傷つく……俺って、そんなにチャラく見えるわけ? 俺から迫るのって、実は初めてなんだけど」
「え?」
「いつも、迫られるばっかりだったからさ。だから、ちょっと勘違いしてたかも。俺から迫れば、簡単におちるのかな、って」
「迫られる、だけ?」
「そう。いつも、逃げてばっかりなの。付き合ってもいないのに、いきなりベットに誘われたら、いくらヤリたい盛りの男でも引くよ? まあ、中には据え膳喰わぬは、ってヤってるヤツもいるみたいだけど。初めてはさ、やっぱり、シチュエーション、っていうか、ムード大切じゃん?」
「……先生が言っても、説得力、ないです」
「ひでぇな。まだ、キスしただけなのに。……っていうか、ちゃんとお前の言うこと聞いて、途中で止めてるし」
「最初から止めておいて下さいって言ってるんです!」
「それは、お前が悪い。初対面はいきなり押し倒されて、二回目は潤んだ瞳で見つめられて、今日は保健室で隙だらけ。むしろ、よくガマンしてるって誉めてもらいたい。俺が迫られてその気になったの、初めてなんだけど」
「誰が迫ってるんですか?!」
「無意識のタラシが、一番始末に悪い。そんな子供みたいな顔と思考で、誘う顔だけエロいって、俺は被害者だよ?」
「それはこっちのセリフです! 乙女のファーストキス奪っておいて! 人の心までグチャグチャにかき乱して! 夜も眠れないほど、夢にも出てきて!」
不意に、先生が手を伸ばした。
私は思わず身をすくめる……だけど。
「俺が夢に、出てきたんだ? やっぱり」
「そう、ですよ。本人はめちゃくちゃ意地悪なのに。夢の中では、優しく笑って……」
「そっか」
先生は、にっこり笑った。
まるで、昨日の夜に、夢に出てきた、あの優しい笑顔で。
「中沢の夢に、渡って行っちゃったかな? 俺の心」
「?」
「『思はぬに
「百人一首……じゃなくて……」
「百人一首じゃないのは分かるんだ?」
「冬にかるたのクラスマッチがあるから、一応覚えないと」
「すげっ、やっぱり桜女だな。うん、百人一首には採用されていないけど。
なぜ? 突然古文の授業?
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