颯爽と駆けつけてお姫様ダッコとかナイナイ!

 翌日。


 始業式の次の日は入学式。


 寝不足の顔は見せたくないけれど、千野せんの先生には会いたい。



 そんな矛盾した思いを抱えて、重い足取りで登校した。


 入学式自体は少し遅い時間に始まるので、在校生も今日はゆっくりの登校でいいんだけど。

 たいていみんないつもより早くに登校する。


 入学してくる新入生を校門で在校生がアーチを作って迎えるのが、桜女さくらじょからの伝統で。


 単に歓迎するだけじゃなくて、アーチをくぐる時に、おめでとうメッセージ入りの部活のチラシを手渡す。

 まだ右も左も分からない新入生は多少戸惑いながらも笑顔で受け取ってくれる。

 私も去年は山ほどのチラシを渡されて、びっくりした。

 元々茶道さどう部に入るつもりだったけど、もらったチラシも無下むげに捨てられず、全部家に持ち帰って眺めた。

 色々な部があって、それはそれでおもしろかったけど。


 チラシ配布は正門でアーチを作っている生徒だけに許された特権で……つまり場所取りが必要なのだ。

 一応各部3名まで、という制限はあるけど、全部活、となるとものすごい人数になる。

 登校すると、もうアーチは半分くらいできていた。

 私は慌てて教室に鞄を置いて、用意しておいたチラシの束を持ってアーチに並んだ。


 昨日帰り際に遠藤先輩から渡されたチラシ、高村先輩が多分今日はお葬式でお休みなので、300枚作ったチラシを半分ずつに分けた。新入生は160人くらいだけど、一応倍の数準備してある。アーチをくぐる全員に渡せるわけじゃないし、とにかく手当たり次第渡す。

 

 朝打ち合わせするのは時間がもったいないので、登校したら各自で配置につくことにしてある。

 

 アーチの先頭に近いところに、遠藤先輩の姿が見えた。先輩、早っ!

 遠藤先輩の列と向き合う側に並び、新入生を待つ。

 これが結構待たされる。


 寝不足にはツラいわ……。


「朝から、すごいにぎわいだな」

 ポンと肩を叩かれ、振り向くと。


「先生……」


 後ろにいたのは、千野先生。

 髪の毛をオールバックにして、今日は銀縁眼鏡をかけた、堅物風。

 こうしてると、ホント年相応に見えるから不思議。

 でも、カッコいいな、やっぱり。


 ぼんやり見つめていると。


「1枚見せて」


 千野先生は、私の持っているチラシの束から、ひょいっと1枚抜き取り。

「へえ、イラスト上手だな。これ、中沢が?」

「い、いえ、高村先輩が……」

「高村、って言うと、副部長か。まだ顔見てないな」

「高村先輩のひいおじいさまがお亡くなりになって、今日はお葬式なんです」

「ひいおじいさま、が、お亡くなりになって、か」

 クスッと先生が笑う。

 私はちょっとムッとして、「何がおかしいんですか?」と反論した。


「いや、ゴメン。不謹慎だったね。でも、お葬式のことを笑ったんじゃないよ。中沢の言葉が、さ。すごい自然に敬語が出てきて。さすがは桜女だなって。先生方のしつけの賜物かな?」

「そうかもしれません。古い先生方は、丁寧な言葉でお話されま、した、から」


 もう、皆退職されちゃったけど。それもリストラで。


「そうだな。僕もお会いしたかったよ。授業でどれほど教えても、なかなか日常会話ですんなり出てくるほどにはならないもんだ。国語教師としては片腹痛いけど」


 じゃあ、またホームルームで、と言うと、先生は列から離れていった。


「……ちゃーちゃん、今の、何?」

 気が付くと、周囲にいた生徒(主に女子)達がものすごい怖い目付きで睨み付けていた。

「え? あ、え?」

「何で新任の千野先生が、あんたにだけ話しかけてくるの!?」

 去年同じクラスだった真奈美まなみが、キッと問い詰める。

「何でって、担任だし……茶道部の顧問、だから」

「千野先生が、顧問!? ですって!?」

「うん……」

「何? そのマーベラスでファンタスティックな展開!? うちだって千野先生みたいな若い男の先生がよかった!」

 真奈美は文芸部。文芸部も、今年顧問が替わったはず。


「顧問、誰になったの?」

「数学の山口やまぐち先生。男だけど若くない」

 ブスッとして真奈美が答える。

 若くない、けど、文芸部顧問としては悪くない。

「山口先生なら、文芸部の活動にも理解あるでしょ?」

「方向性が違うって。あの人、純文オタクだよ。まあ、穏やかだから、自分の趣味を押し付けてこないとは思うけど。でも、イケメン顧問も捨てがたい!」

「顧問なんて名前だけだよ。でもいてもらわないと廃部になっちゃうし」

「そうなのよねえ。あー、色々やりにくい世の中になっちゃったな。これも浮世のツラさか」


 真奈美は一々表現が大げさなんだけど、こと部活存続問題に関しては、どこも同じような危機感を抱いているからか、ウンウン、と周りの子達もうなづく。

 お陰で、千野先生が私にだけ話しかけてきた出来事からは関心が薄らいだみたい。助かった……。


「あ、新入生、きたみたい」

 アーチの先頭付近が賑やかになってきた。

 おめでとう、ようこそ、って声がさざ波のように聴こえてくる。


 やがて戸惑いや緊張に固くなりながらも笑顔の新入生が近付いてきた。

 私も笑顔でお祝いの声をかけながらチラシを手渡す。


 共学とはいえ、女子の割合が多いけど、今年は結構男子もいるなあ。

 中には割りとカッコいい男の子もいて、とたんにみんなの声のトーンが上がる。

 でも、私の心は、それほど波立たない。

 素顔の千野先生に比べたら……って、何上から目線?!


 それに。

 さっきは突然で、思わず見つめてしまったけど。


 私……今朝は最悪な顔、してるんだけど。


 メイクは禁止されているから出来ないけど、よっぽどお姉ちゃんのメイク道具借りようと思ったくらい、目の下の隈がすごい。


 それなのに、至近距離で先生に顔を見られてしまった。今さらながら、恥ずかしくなってきた。


 ほとんどの新入生がアーチをくぐりおえ、入学式の時間が近付くと、アーチを作っていた在校生は三々五々さんさんごご散らばり、各自の教室に戻っていく。


 出席を取ったあとは、入学式に参列して、帰りは自由解散。

 出席を取る千野先生の顔をまともに見られず、うつむきながら、返事をして、入学式の行われる講堂へ移動する。

 

 これでしばらく先生に顔を見られずに済む。

 入学式は座席に座っていられるし、……今度は居眠りしないように気を付けないといけないけど。

 そう思いながら、講堂の入り口の階段を登ろうとして。


 ………………!


 不意に、目の前が暗くなる。


「きゃ! ちゃーちゃん?!」

「サホ! 大丈夫?」


 クラスメートが声をかけてくれるけど、クラクラして答えられない。

 自分の体が脱力してしまっているのは分かったけど。


「大丈夫か? 中沢?」


 千野先生の声だ。

「……だ、いじょうぶ、です」

「全然大丈夫そうじゃないな。保健委員……はまだ決まっていないか。君たち、このままついていてくれるか?」


 周りにいたクラスメートが数人、体を支えてくれていたのが分かる。

 ゆっくり体が降りていき、講堂前の通路に敷かれたすのこに腰をつける。誰かが背中を支えてくれていて、ようやく私は目の前が明るくなってきた。

「どうだ? 気分は?」

「大丈夫、です」


 目の前にいる千野先生の顔が、ぼんやり見える。

「だいぶ視線がしっかりしてきたな。でも、このまま参列するのも心配だな。とりあえず、保健室に行くか?」

「……はい」

「誰か、ついていってくれるか?」


 はい、という何人かのクラスメートの声がする。


 ようやく立ち上がれるようになった私を、数人の女子が保健室まで誘導してくれて、私はベッドに横たわった。養護の先生が「朝ごはん、ちゃんと食べた?」と聞いて来て、私は小さくうなづく。


「ちょっと寝不足で……」

「みたいね。その顔つきだと。若いからって徹夜なんてしたらダメよ? 私はこれから入学式だから、静かに休んでいなさい」


 そう言うと、送ってきてくれた子達と一緒に、保健室から出ていった。


 ……千野先生、ついてきてくれなかったな。


 ふと、そんなことを考えて……いや、なに考えてんの?


 ちゃんと気遣ってくれていたじゃない? 駆けつけてくれたし。

 これから入学式なんだし、先生にだって役割があるし。

 

 ……何を期待してたんだろ?

 颯爽と駆けつけて、お姫様ダッコして、保健室に運んでくれるとか?


 ナイナイ! て言うか、そんなことされたら、もう恥ずかしくて学校に来れない!


 うん、当たり障りなく対応してもらってよかったんだよ、きっと。


 でも、ちょっと、残念。


 そんなことをつらつら考えながら、私は眠りに入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る