泣く子と先輩には逆らえないっ!

 放課後。


 先輩達に状況じょうきょう報告すべく、部室がわりの作法室に向かって、私は歩いていた、んだけど。


 足が、進まない……。


 まさか、私のファーストキスを奪った相手が、先生だったなんて……何て話したらいいの?


 オマケに。


 相手の方は、全く、歯牙しがにもかけていないだなんて。


 ミジメすぎる……。


「……行きたくないなあ」


「ちゃー! 何ヤってンの!」


 思わず本音が口についた途端、遠藤先輩の怒号どごうが響く。

 キョロキョロ周りを見ても先輩の姿はない。


「上! 上だってば!」


 見上げると、窓から身を乗り出すようにして、下を覗き込む遠藤先輩がいた。

 あそこは確か、生徒会室……多分、何か会議があったんだな、と予想がついた。


「今降りていくから! そこで待ってなさい!」


 え…………!?

 がーん! このまま部室へ強制連行か……。


 かといって、逃げたら……きっとメチャ怒られるだろうなあ。

 遠藤先輩がマジに怒ったら……ひえぇ、想像したくないー!

 なんて考えてるうちに、息を切らせた遠藤先輩が、校舎から飛び出してきた。


「……何、そんなに慌ててんですか?」

「あんたが待っていたくないような顏してたから! 逃げ出さないうちにきたの!」


 うう、見透みすかされてる……。


「さ、行くよ!」


 息を整えて、遠藤先輩は歩き出した……部室へ、ではなく、反対方向に。

 つまり、私が今歩いてきた道を、逆戻り。


「え、遠藤先輩?」


 何処どこに行くんですか、と聞く前に、遠藤先輩は答えてくれた。


「国語研究室に行くよ」

「は?」


 何で……しかもよりによって、国語?


 研究室は、教科ごとの教材とか必要物品やなんかがあって……何より、その教科を担当する先生達の机もあり……そして、先生が、いる。


 先生……当然、国語教諭きょうゆである千野せんの先生も。


「いったい、何で……?」

「さっき、新しい顧問の発表があったの。部活動の内容について挨拶がてら速やかに伝達するように、生徒会から指示されたのよ」

「ふーん、部長って、大変なんですね」

他人事ひとごとみたいに! 第一、こんな面倒なこと、今年が初めてよ!」


 遠藤先輩が足を止めて振り向き、キッとにらみ付けた。


「挨拶はともかく、部活動の内容なんて、今までだったら必要なかったのに! 今年は新任の先生が多い上、前任との申し送りもろくにされてないから、暫定的ざんていてきに顧問になるだけだなんて!」

「は?」

「とりあえず、名前だけってこと! オマケにうちみたいな廃部寸前の部は、経験もない、全くの素人みたいな先生が、適当に割り振られたって……」

「でも、残られた若い先生で、茶道をされる先生、まだいらっしゃいましたよね?」


「……昨年度のリストラで、華道部も書道部も顧問の先生はみんな退職されたのよ」

「あ」

「書道教諭の立花たちばな先生は当然書道部、家庭科の水野みずの先生を華道部も狙っていて、取り合いになるかと思ってたら……今妊娠3ヶ月で、今年は顧問を辞退、だって」

「はあ……」

「結局、適当な顧問のなり手がない所は、適当に割り振られたってわけ!」


「……で、何で私がついていかなきゃなんでしょうか?」


 だいたいの話は分かったけど、ようは挨拶と活動内容の説明をする、っていう、最初に遠藤先輩が言った目的に尽きるわけで。


 だけど、私が同行する必然性は感じない。


 遠藤先輩1人で事足りると思うし、ついていくとしたら副部長の高村先輩が妥当だとうなんじゃ……?


「大有りよ!」


 ふん、と鼻を鳴らして、遠藤先輩は目配せした。


「第一に、ちゃー、アンタは我が部で唯一のお免状めんじょう取りなんだから。茶道歴も一番長いし」

「それは……そうなんですけど」


 遠藤先輩も高村先輩も、中学から茶道を始めたから、十分作法は身に付いてるんだけど、正式には入門していない。

 お茶の世界では、お茶を習うことと、入門は違うんだ。


 基本的に、流派に入門するには、「入門にゅうもん」の許状きょじょうを頂かなくてはいけない。


 これが遠藤先輩がいう「お免状」のことなんだけど……つまり、入門して流派のお稽古を受けるお許しを頂いた、だけ、とも言える。


 これがその上の「習事ならいごと」の許状きょじょうを頂いたんなら、堂々と「お免状取り」と胸を張れるんだけど(流派によって名前は多少異なるけど)。


 だって、所作だけ見てたら、遠藤先輩や高村先輩の方が、ずっときれいなんだもの……ちょっとジェラシー感じる。

 結局、私が落ち着きがないのがいけないのかなあ。


「第二に、かむちゃん、今日休んだから、いない」

「高村先輩が?」


「そ。母方のひいじい様が亡くなったんだって。99歳、大往生だいおうじょうよねぇ」

「それって、去年文化祭に来てらした……」

「そ。あの元気なおじい様。亡くなる前の日まで、畑たがやしてたんだって……ツヤツヤピカピカお肌の安らかなお顔だってメール来てた」

「それはご愁傷しゅうしょうサマというか、なんと言うか」


「で、第三に……」


 遠藤先輩は、にっ、と笑って。


「あの、もしかして……」

「名前からして茶道向きよね。……センノ・リキュウだなんて」

「……リク、です」

「そうそう、リク先生」


 やっぱり。

 よりによって。


「……私、ちょっと……」


 後退あとずさりながら、逃げ道を探る私の腕を、遠藤先輩はしっかと掴む。


「でもよかった。顧問の引き受け手がいなかったら即廃部になるとこだったのよ……まだ、安心は出来ないんだけどね」

「……え?」

「理事長が顧問は強制しないって方針にしたのよ。顧問をやることで、通常の授業に支障がでるようなら、是非やってもらわなくていい……とか何とか」


 私の腕を掴んだまま、遠藤先輩は眉をひそめて言った。


「でも、顧問なしでは部活動として管理が充分ではないから、活動を承認できない……むしろ顧問がつかないような部は活動している意味がない、なんて!」

「イタイ! 遠藤先輩イタイですッ!」


 掴んだ手にやたら力を入れるから、結果的に私の腕はギリギリ締め上げられ……痛い。


「あ、ゴメン……とにかく、あんまりに横暴だから、生徒会としても抗議して……妥協案が出たの」

「ダキョウ……案?」

「とりあえず、仮に顧問を引き受けていただく。その後、部員数が満たない場合は、当然廃部。あと……」


 眉をしかめながら、遠藤先輩は続ける。


「顧問の先生が、実際に部活動に関わって、あまりにも負担が大きいと考える場合は、顧問を降りてもよい、と」

「……その場合、部活は……廃部?」

「ま、すぐに、というわけじゃないけど。代わりが見つかればオッケー、かな。まあ、うちの場合、顧問の仕事なんて書類にハンコ押すくらいだし。あと外部講師がいらした時に、一応挨拶してもらうこととか、交流会とかの引率いんそつは、年に数える程度しかないし」


「じゃあ、部員集めればいいことでしょ? 私が行かなくても……」


 とにかく行きたくなくて、何とか言い訳を考える私。


「だーかーら! その数える程度の仕事だって、先生が負担だって言ったらおしまいなの! ……その点で、自分の担任するクラスの教え子がいれば、気軽な感じだし……断りにくいじゃない?」


 フフフ。


 口の端を上げて、花がほころぶように微笑む遠藤先輩。

 そう。遠藤先輩って、怖いけど結構な美人。

 私も去年は騙された。


 でも。


 目が、目が……笑ってないー!

 私は背筋がスーっと冷えていくのを感じ、確信した。


 逃げられない……!


「……何でそんなに嫌がるのかなぁー? 聞かせてくれない?」


 ……見抜かれてるし。


「……話したら、行かなくてもいいですか?」

 上目遣いに、先輩の顔を窺う、と。


 満面の笑顔で、にっこり。

「ちゃーは一緒に行くの。ハイ決定」


 ……怖い。

 泣く子と地頭じとうには逆らえぬ、とは言うけれど。


 地頭なんて歴史でしか出てこない存在、私は怖くも何ともない。


 怖いのは……遠藤先輩の、確信犯的、笑顔。


(そういう意味では、高村先輩の笑顔だって、場合によっちゃ怖い。裏がないように見える分、余計)



 格言。



 泣く子と先輩の笑顔には、逆らえないっ!

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