存在がありえなーい!

「どーしたの! ちゃーちゃん!?」


 紙も買わずに戻った私を見て、高村先輩が悲鳴を上げた。


ひざすりむいてるじゃない! 転んだの?」


 あ、ホントだ。

 全然気がつかなかった。


「……大丈夫?」

「……あんまり……」


 それだけ答えるのがやっと。


 ……私の。


 …………初めての、キスがぁぁぁぁっ!


 名前も知らない男の子に、突然キスされた、だなんてっっ!




 ……言えるわけがないぃぃっ!


「とにかく、消毒しなくちゃ! 保健室に行かないとっ!」

「大丈夫です……洗っとけば。血もあんまり出てないし」

 それに、保健室は職員室の隣にあるんだよー。

 今日は養護の先生いない日だし、職員室でカギ借りなくちゃいけない。


 職員室に行ったら……アイツがいるかもしれない!


 あの!


 あの……?


 ……まあ、顔はよかったけど。

 っていうか、めちゃくちゃカッコイイし。

 怒った顔も、きれいだったけど。

 最後に、意地悪にちょっと笑った顔も……今思い返すと、ちょっとドキッとした。


 ……でもっ!


 信じらんない!


 クリーニング代、がわり、ですって?

 一生に1度しかない、大事な初めての、乙女のファーストキスを、あっさり奪っといて!


 何その言いぐさ!

 いくら、顔がよくたって!

 かっこよかったって!


 許せない!





「まあ、顔がいいだけマシじゃない。どーせ見も知らぬ男にキスされるなら、まだ顔はいい方が……」


 結局、問い詰められてキスのことは白状してしまい。

 慰めてくれているつもりなのかも知れないけど、遠藤先輩の言葉にカチンときて、私は言い返す。


「見も知らぬ男限定で考えないでください! どーせ、って何ですか! 普通は、見知った相手でしょ!」


「……言ったな? 私なんか、兄貴なんだからね! まだ赤ちゃんの頃に! 抵抗もできずに! ……記憶に残らなきゃまだマシなのに、うちのバカ親共! しっかり写真撮って! アルバムにまで張り込んで! 年賀状にまでして親戚に配って! 会うたんびに、言われるんだからね!」


 ……それは、なかなかツラいかも。


「……まあ、いいじゃない? えんちゃんのお兄さんだって、カッコイイし」


 のほほんとした高村先輩の言葉。


「「そういう問題じゃない!!」」


 私と遠藤先輩の叫びがハモる。


「だってぇ、そんなこと言いつつ、えんちゃん、お兄さん大好きじゃない?」


 にっこり。

 高村先輩の言葉に、遠藤先輩が言葉に詰まる。


 顔、真っ赤だ……。


 ちょー怖い遠藤先輩に、こんな一面があるなんて……。

 何だかカワイイ。


「……っと! 何ニヤニヤしてんの! 今は、ちゃーの問題でしょ!」


 思わずほくそ笑んでしまった私に、遠藤先輩がビシッと人差し指を突きつける。


 こわっ!


「あんた! そんなこと言いながら、ソイツが気になって仕方ないんじゃないの?」


「な、何で……」


「そうよねえ。ちゃーちゃん、奥手とはいえ、それなりに面食いだもの。それが、痴漢みたいな人に対して『顔はいいけど』って連呼するからには、よっぽど美形だったんでしょね」


「な、ちが……」

「じゃあ、大したことなかったの?」


 にっこり。


 今度は私に向けられた、笑顔光線に……。


 負けた。


「……違いません。すごい美形でした……」


 そう、悔しいったらありゃしない!

 あんなことされたのに!

 そりゃ、スーツ汚したのは、私だけど。

 結果的に……押し倒したりもしちゃったけど。


 でも!


 乙女のファーストキスを!

 クリーニング代、ですって!


 許せない!


 ……でも。一番悔しいのが……。


「あ、また思い返しているでしょ?」

「え?」

「ちゃーちゃん、口の端が上がってる。えっちだあ」


 えぇぇっ!

 うそ!


 顔に出てる?


「……だって、カッコよかったんだもん。やっぱり」


 ずーと怒った顔していた、あの人。

 それはそれで、見とれるほどきれいだったけど。


『クリーニング代』


 そう言って、笑ったあの人の顔は……。


「思い出すだけで、ドキドキしちゃうんだもん」


 それが、すごく悔しい。


「……惚れたね」

「……即オチなのね。何て手ごたえのない……」


 反論できません。


「……通り魔みたいにキスを奪って、ついでにちゃーのハートも強奪ごうだつ、か。何か昔のラブソングみたい」

「ちゃーちゃん、趣味も古風だけど、恋愛まで古めかしいのね」


「……そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ!」


 涙目で訴えると、高村先輩がよしよし、と頭をなでてくれた。


「こうなったら、その転校生とやら、是非見つけて、茶道部に入れましょう!」

「は?」

「そうね。ちゃーの唇とハートを奪った責任は、取ってもらわないと」


「あの……?」


「ちゃー、始業式に在校生が集まったら、そいつを見つけて、すぐ知らせるんだよ。私達がついていって、話付けるから」

「……?」

「ちゃーちゃんだけだと、うまくかわされちゃうかもしれないしねぇ。……楽しみねえ」

「これが成功すれば、部員倍増どころじゃないね。丁度いい新入生ホイホイになるかも」


 え?


 えぇぇっ!



 かくして。

 先輩達の作戦を遂行すべく。


 始業式当日。

 講堂に入った私は、目を皿のようにして、彼を探した。


 入学式は明日だから、今は二、三年生しかいない。

 全体で300人位。

 それなりに多いけど、広い講堂こうどうでゆったりめに並んでいるから、探せないこともない。


 私は背の順でも名簿順でも真ん中くらいなので、前後左右は割合よく見える。


 けど。


 ……いない。


 新年度の転校生は、クラス替えと同時なので、特別な紹介はされないで朝からクラスに入る、という話だったから、一緒に講堂に並んでいるはずなんだけど。


 少ないとはいえ、全員の名前と顔を覚えているわけじゃないので、張り出された名簿を見ても、誰が転校生かなんてわかんないし。


 でも、この中に、あの人が、紛れていれば、分かる。


 忘れっこない、あの、きれいな顔。

 背も高いし、もう、存在自体が、絶対、目立つと思う!


 なのに……何で見つからないの?


静粛せいしゅくに」

 その言葉で、ざわめいていた講堂内が、シンとする。

 教頭先生が、ステージ脇に立って、マイクで喋っていた。クラス担任の紹介が始まった。


「……二年C組、担任、チノ・トシヒサ先生」


 ふーん、新しい名前だ。

 新任なのかな?

 新任の先生達が並んでいる方を見ると、まだ若い感じの、男の先生が立ちあがった。

 髪をきっちりオールバックに固めて、ノーフレームのメガネをかけて……まるでサラリーマンみたい。


 背丈はあるけど、硬そうな感じ。

 若い男の先生は割と少ないから、それなりに人気は出るかもしれないな……って?


 え?



 まさか……。

 でも、あの髪をくしゃっとして、前に下ろして。

 メガネはずして。


 今日は、グレーのスーツを着てるけど、生徒と同じ、紺のブレザーにしたら……。


 えぇぇっ?

 

「スミマセン」


 続けて紹介しようとしていた教頭先生をさえぎって、担任のチノ・トシヒサ先生は、手を挙げた。


「名前、違います。センノ・リク、です」


 ……あの人の、声だ。

 昨日よりは少し低めだけど。


 …………えええぇぇぇっ!?


 先生!?


 うそぉ!?


 しかも、担任!?



 ええええええええええええぇぇぇっっ!!





 こんなことって、ありえない!!


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