運命的で片付けていいわけない!

「ちゃーちゃん、春の新作ある?」


 春休み。


 部室がわりに使わせてもらっている同窓会館の一室でポスターを描いてると、副部長の高村たかむら先輩が話しかけてきた。


「まだです。お彼岸ひがんまでは、ぼた餅と桜餅」

「ちゃーちゃんとこは、道明寺どうみょうじもあるんだっけ?」

「ありますよ。道明寺と長命寺ちょうめいじ、両方」


 道明寺と長命寺、どっちも桜餅の名前。

 粒感のある道明寺粉を蒸したもので餡を包んだ「道明寺」、水で溶いた粉を焼いて皮にした「長命寺」、どっちも美味しい。

 

 あ、ちゃーちゃん、と言うのは私の呼び名。


 本名は、さほ、と言うのだけど。

 もっと正確には、お茶のともで『茶朋』と書く……だから「ちゃーちゃん」。 


 その名の通り、我が家はお茶の友、つまりお菓子作りを生業にしている。


 『菓子舗かしほなかざわ』、と言うのが、うちのお店。


 私の入ってる茶道部さどうぶや、小さい頃からお茶を習ってるお師匠さまの茶道教室が、お得意様になってる。

 というか、うちの店を贔屓ひいきにしてくださってるご縁で、私も入門したのだけど。


 お母さんがお師匠さまのお宅へお菓子をお届けに行くのについていって、そのまま一緒にお茶を習うようになったんだ。


 お茶に慣れないうちは、お師匠さまはおうすてて下さったけど、何となく物足りなさを感じるようになった頃、初めてお濃茶こいちゃをいただいて、その美味しさにびっくりしたっけ。

 お菓子で甘くなった口に、お濃茶の渋みがとっても清々すがすがしくて。

 甘いお菓子とお抹茶まっちゃの美味しさにかれて続けていた茶道だったけど……。


 その内、お師匠さまの所作しょさ居振舞いふるまいの美しさ、何より優しくて気品のある笑顔が見たくて、お稽古けいこに通い続けたんだ。


 いつか、私も、あんな女性になりたいなあ、なんて思いながら……。



「ちゃーちゃん!」

「はい?」


 先輩の慌てたような声に、私は暢気のんきな返事をした。


「それ……茶道部のポスター……よね?」

「そうですよ? ……あれ?」


 先輩の視線を追って、描いてる最中さいちゅうのポスターに目を落とす、と。


「茶道……明……あれ?」


 文字は下書きなしで、色画用紙にカラーペンで直接書いていたんだけど……。


「……私が道明寺の話なんかしたからよね、ゴメンなさい」

 優しい高村先輩は、申し訳なさそうにそう言ったんだけど。


「いえ、私がドジなせいです……すみません」


 うっかり者というか、落ち着きがないというか……大和撫子やまとなでしこには程遠い、あわてんぼうで。

 これがキツイ遠藤えんどう先輩に見られたもんなら……。


「こらー! ちゃー! また紙無駄にして! あんたは何回同じ失敗したら気が済むのっ!」


 って、怒鳴られるところ……今、スゴいリアルに聞こえたんですけど。


「聞いてるの!? ちゃー!」

「はい! すみません!」


 いつの間に来たのか、遠藤先輩が、元々キツめの目をますますつり上げて私を睨んでいた。


 ひぃー。


「早く仕上げないと、午前中に生徒会の掲示許可もらえないでしょう!」

 今日は午後から新入生の入学前説明会があるんだ。

 その前に目につくところにポスターを貼って置いて、少しでも関心を持ってもらおうと、せっせとポスターを作っていたんだけど……。


「まだ3枚しかできてないじゃない! あんたの分担5枚でしょ! 紙も足りないし」

「まあまあ、えんちゃん、ちゃーちゃんも一生懸命なんだし……」

「……私、紙買いに行ってきまーす!」


 お小言が長くなりそうだったので、私はとっとと退散した。


「あ、ちゃーちゃん、紙なら……」

 高村先輩の声は聞こえない振りをして。

 遠藤先輩がヒスってるのは、何も私のせいばかりじゃないんだ。


 ……割合は多いかもしれないけど。


 新学期になって、新入部員が入らないと、廃部になっちゃうって、生徒会から通告つうこくされてるから。

 今は統合して共学になっているけど、元々女子校だったこの私立桜浜さくらはま高校(旧、桜浜女子高校)には、邦楽ほうがく部だとか華道かどう部だとか、割と古典的な部活動がある。


 でもどこも、人数が足りなくてヒイヒイしてる。

 今までは、古参の、主に女子校時代の先生方が、『桜女さくらじょから続く伝統を守らなくては!』って頑張っておられたので、何とか生き残ってきたんだけど。


 去年、理事長が代替わりして、経営改革に乗り出したのね。


 経費削減の一貫で、非常勤講師として学校に残っていた定年後の古参こさんの先生方がまずリストラされて。


 部員が少ない部や実質活動してない部は、廃部にされてしまうことに。


 茶道部の顧問をされていた松前まつまえ先生もリストラの対象になってしまい、この3月で退職されてしまったんだ。


 一応活動はしている茶道部だけど、部員は新三年生の遠藤先輩と高村先輩、新二年生の私の三人だけ。


 もしあと二人、新入部員が入らなかったら廃部になってしまう……。

 おまけに今まで抜け穴的にやっていた掛け持ち入部も、厳密げんみつに割合で計算することになってしまい……。

 私は今まで名前を貸していた華道部と文芸部を辞めなくてはならなくなってしまった。


 まあ、それはお互い名前の貸しっこをしていたから、後腐あとくされはないんだけど。


 だから。

 部長の遠藤先輩がイライラする気持ちは、スッゴいわかるんだ、けど。


「当たられる方の身にもなってよねー!」


 私は、嫌な気分を振り払うつもりで、校舎から生徒通用口である裏門に続く坂道を、一気にかけ降りた!


 勢いが付きすぎて、気持ち体がフワッと舞い上がる。


 そこに突然!


 ………!


「うわぁ! すみません!」


 勢いよく裏門を飛び出そうとして、入ってきた人にぶつかってしまった……。


 しかも。


 思いきり、押し倒してしまった……!


「ごめんなさーい! まさかこんな時間に人がいると思わなくて!」


 今日は新入生も正門から入ることになっていたし、運動部の人達は校庭側の通用口を使ってるから、まさか人が通るとは……。


「ごめんなさい! ホントにすみません!」

「……わかったから、どいて……」


「へ?」


「どけってば! いつまで乗ってる気だ!」


「……キャアアアァァ!」

 私ってば!


 思いっきり馬乗りになってる!!!


「……何でアンタが悲鳴をあげんだよ。襲われたのはコッチだよ」

「おそ! 襲っただなんて! 私! そんな!」

「いいから! ドケーッ!」


 そこまで言われて、やっと私は立ち上がり……呆然ぼうぜんとしてしまった。


「ったく、新調したばっかりなのに……どこが伝統ある女子校の流れをくむ名門校だよ……」


 新品らしいスーツについた砂埃すなぼこりを払いながら、彼は、ブツブツ呟いた。


 …………。


 う、うわあ……。


 スッゴい美形!


 くしゃくしゃに乱れてしまった柔らかそうな髪の毛は、黒髪なんだけど、陽が透けて少し栗色がかっていて。頬にかかる髪の毛や襟足えりあしにまとわりつくおくれ毛は、少し跳ねてしまっているのが、何だか可愛い。

 

 切れ長の目元は知的なんだけど、睫毛まつげが長くて妙な色っぽさがある。

 

 全体的には彫りが浅めの和風顔?

 和服が超似合いそう!

 


 同じ年くらい?

 でも、学校で会ったことはない気がする。


 全校でも500人に満たないんだから、こんなにカッコイイ男の子、見逃すはずがない。


 だとしたら、新入生?


 うーん、年下かあ。


 ま、いいか。

 年下でも。


「おい、アンタ! 迷惑かけたかわりに、案内しろよ! 職員室、ドコだ?」


 勝手に妄想にふけっていると、彼は語気ごきを強めて聞いてきた。


「職員室なら、ここ登りきれば、真っ正面にあるけど……新入生は午後からで、正門の受付に行くんだよ」


 確か、去年はそうだった。


「新入生じゃねぇ!」

「あ、じゃあ、転校生? あ、だから新品のスーツなんだ。でも、男子は上着だけでいいんだよ。あ、ワッペン買うなら、今日購買こうばい午後からだよ」


 謝罪の意味も込めて、私は一生懸命、説明した、のに。


「……わかったよ。自分で行くから……アンタもとっとと用事に行けば」

 スッゴい疲れた顔して言うんだもん。


 失礼しちゃう!


「あ、アンタ……」


 腹をたてて彼に背を向けた私を、彼は呼び止めた。


「何ですか……!?」


 振り向いた途端。


 超至近距離に、彼の瞳。


 グイッとえりをつかむ、指先が喉元のどもとに触れる。

 その冷たさにゾクリとする。

 

 そして。


 唇の、柔らかい、感触。


「……クリーニング代がわりに」


 離れた直後に、彼の唇が、つむいだ言葉を、私は、すぐに理解できなかった。


 離れていく彼の背を眺めながら、何が起きたのか、だんだんと、わかってきた……。


 !


 今の!


 ……キス?


「……うそぉ……私のファーストキスが……」


 突然現れた、名前も知らない転校生に、奪われてしまうなんて……!





 こんなのって、こんなのって……!





 ありえなーいっ!!!



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