怒りと悲しみがふつふつと降りかかる

パパちゃんが倒れて。コトちゃんがキャンプに行って。

ノアちゃんは学校に行って

同居の実父・白じいじがデイに行って




パパちゃんののいない平日。



それまではいつも平日は朝6時30分には家を出て、帰りは10時だと早いほうで眠る前の子供と会える。

たいていが11時半か12時15分か。

終電近くだった。

仕事が押していたり、飲みにケーションだったり。




12時近くなると足音が聞こえる。ざっ・・ざぅ・・・ざっ・・・

パパちゃんが帰ってきたのかな。時計を見る。


二匹の猫たちも玄関でうろうろしている。


足音が近づいてきて、もうすぐ玄関の鍵が開く。


『ただいま』

って小さな声で。


私はリビングで音を消してテレビを見ているか、スマホを見ていて

『おかえり』って言っていうか、夕食の準備するためにキッチンに行くか。


しょっていたリュックを・・・重いリュックをどさっとおろして。

はぁ~~と息を吐く。


そんなつもりで、二匹の猫たちも玄関でうろうろ。


足音がするはずもなく。

扉も開くこともなく。



そんな夜を二日ほど過ごした。



いつも『帰るLine』をして、帰宅時間を教えてくれたね。

聞こえないはずの足音がきこえる。


日常が回っていく。

子供たちは学校があって。


同居の実父・白じいじは最後まで在宅介護で行くつもりで訪問医にきかえたばかりで。

訪問医が来て。訪問介護でリハビリと入浴と。訪問医は姑・黒ばあばをみとった先生で。パパちゃんのこともよく知っていて。倒れた話をしたら、白じいじは施設に入所したほうがいいとアドバイスをくれた。


私はパパちゃんの入院する病院に通って。


日常が回っていく。



次の週末は白じいじはショートステイに行って・・・と思う。夕方に買い物に行けたから。

ショートステイは月に二回。1回は母のいる老人ホームに。もう1回は他の施設にお願いしていた。

ショートステイの日程は二か月前から予約することになっていて事前に決まっていた。



入院した次の週末。買出しに夕方いつものスーパーに行く。

買い物客でいっぱいで。


目の前から私より少し年上の奥様と、後ろにカートを押してついてくる旦那様がいた。お買い物をしているご夫婦。奥さんが買うものを選んで、後ろからついてきた旦那さんのカートに入れる。口に出さなくても、阿吽の呼吸でお買い物をするお二人をみてきゅうにグッとくるものがあった。それは先週まで当たり前のようにあった私の日常。買い物は同居していた白じいじの趣向品が多く、たくさんあるので私が買いたいものをとって、後ろにいるパパちゃんの押すカートに入れるのが常だった。たまにどれを買うか相談したりして。



どこにでもある日常。でも私たちには、私にはもうない日常。その時初めてどうして、なんでこんなことになっちゃったんだろう。


悲しみを感じたときだった。



神様は越えられない試練を与えない。


と、どこかで聞いたことがあるけれど。パパちゃんが倒れた試練はどうやって超えればいいの。

どうしてこんなことが起こったの?

私、何か悪いことをした?

魚のお夕飯だとお肉が食べたいというから、勝手にハムやチーズを食べてしまうから、帰りの遅いパパちゃんにはお肉料理を一品増やした。それがいけなかったの?職場の近くで夜食に近い夕食もお肉料理を好んで食べてた。運動をしなかったからいけなかったんだよね。だから加圧トレーニングをさそって、月3回行くようにしていた。その日もいっていて。水分をあんまりとらなかったからなのか。その日、私とコトちゃんが外出していなかったら。「水分とって」と言っていたらこんなことにはならなかったのか。それとも白じいじと同居していたからストレスがあったのか。同居しなければよかったのか。わたし怒りんぼのかまってちゃんで怠慢な妻だったからいけなかったのか。それで家でリラックスできなかったのかいけなかったのか。


何がいけなかったの??


探してしまう。

何がいけなかったの?

なんで今なの?

倒れるにしてもあと5年後でもよかったじゃない。あと5年後だったらコトちゃん18歳だよ。

なんで今なの?何か私悪いことした?また介護なの?それも今までよりも大変なやつだよ。今度の介護が一番長くて大変になりそう。なんで?なんでまた介護?何が悪かった?


倒れるにしてもあと5年あとだったらよかったのに。

もう少しで子育ても終わって、多分じいじばあばの介護も終わりのめどがついて。二人の老後がまってるんだよ。少しは楽しんでもいいよね。

電車好きのパパちゃんが結婚したころ言っていた地方の電車の写真を撮りに行くのもいいよね。私は電車を待っている間は横で本をよんでるからさ。

二人で出かけることもできるよね。

やっと二人で。

次の十年は老後を考える二人での生活を考える期間になるのかなって思っていた・・・・矢先だった。


本当は、未来は見えてなかったんだよ。だってそのころ朝は早いし夜は遅いし、ほとんど会っていなかった。寝る部屋が一緒なら、寝る前とかちょこっと話を話せかもしれないけど、同居の白じいじが夜倒れたことがあって、見張りもかねて私は白じいじと同じ部屋に寝ていた。なんとなくの会話なんてできなかったよね。ラインで話すほうがおおかった。そんなの嫌だったのに。

私は無料の家政婦なの?と言ったこともあった。




なんだよ、大変なことはみんな私に押し付けて。たおれちゃって。

なんなんだよ。

全部、全部私に背負わせて。倒れちゃって。

どうしろって言うんだよ。




そして最後にたどりつくのは


こんなことになるなら結婚なんてしなければよかった。


そう思ってしまう。



そして、何かのタイミングで何回か言ったのかもしれない。


ノアちゃんが

「私結婚なんてしない。」

といった。

「だってこんなことになるなんて嫌だから。パパちゃんとママちゃんみたいになるのは嫌だから」

みたいなことを言った。


え~~~え~~~~~~。

そんなこと言わないで。そんなことないから。口ではそう言ってみたけれど。

その時は私自身がどこかで思っていたことだっただろうから。



パパちゃんのいない平日。


いつも平日はパパちゃんいなかったから、普段と変わらなかったね。


パパちゃんのいない初めての週末。


あんまりかわらないね

いつもいなかったからね。

と話した。





その時に結婚っていいものだよ。家族になるのはいいものだよ。なんてことは言えなかった。

肝っ玉かあさんなら「女で一つで子供二人を立派に育てました」とかなるんだろうけど、わがまま一人娘で育ったへたれな私には家族も重荷に感じて。できることなら逃げだしたいと思っていた。それも5秒だけ。5秒後には私がやななければ、三人分の介護、子供たちの将来が路頭に迷うと思う。けれどもふと運転ていると、T字路でこのままつっこんじゃえばいいかなと思ったりする。5秒後、痛いし。そのまま昇天できればいいけどまた介護になったら誰がするんだろうと思ったり。ある時は、一家心中・・・と思ってもパパちゃんはまだ病院だし、白ばあば、白じいじは施設入所だし、こどもたちも痛い思いをするだけなら・・・むりだ・・・一家心中って、『やろう』って思った人が助かったりする。一人残るのも嫌だ。と思うと5秒であきらめる。つらい気持ちを言えたり、文章にできたりするときはまだましで、パパちゃんが倒れたばっかりで無我夢中。がむしゃら。心配して、看護師さんがいろいろ声をかけてくれたんだろうな。脳外の看護師さん・介助師さんたち若くて、元気良くて、忙しくしていて。そしてよく声をかけてくれて。私もべらべらしゃべった。明るい声だったと思う。



本当につらいときは声にはできない。

本当にしんどい時には声なんてでない。



スマホの写真を見て「これパパちゃんとの最後の写真だ」「四人で最後に行ったお出かけだ」と最初は聞き流してくれていたコトちゃん。


倒れる半年前、パパちゃんが私にくれた誕生日プレゼントをみんなの前で「こんなの(若い人向けのバックで)いらない」とののしった。

ばれないように隠していたのに、私が喜ばなくてがっかりしていたパパちゃん。


ひどい嫁だったから。こんなことになったのかな。もっと言い方を変えればよかった。嫌味ないいかたしかできなかったね。

どれだけ考えていてくれたか。少ないお小遣いでプレゼントしてくれたのに。お花も好きだから買ってきてくれたよね。特にひまわりは毎年買ってきてくれた。


素直になれなくて。後悔してももう遅い。


何回かそんなことを言ってしまって。


「ママって、後ろ向きだよね。ネガティブ。」

もうやってらんない。ような言い方で言われたとき。これは子供に言うべきものではなかった。冷や水を浴びた。

これを言っていいのはパートナーだけだった。パートナーパパちゃん。

子供は子供の立場でしかない。

子供に話せる話ではなくて。子供に背負わせる話でもなくて。


逆に、こんな若いうちから、しなくてもいい、背負わなくてもいい重荷をしょわせちゃってごめん。

ふがいない親でごめん。と何度も心の中で思った。


そこは大いに反省する点で。

申し訳ないと思った。

本当はもっと子供で、家の心配などしなくてもいいはずなのに。


ノアちゃんはしきりに「うちは無職の人しかいない」と言っていた。収入がないと。

その頃は気が動転したとか、まだ子供だと思っていたから今よりも話さないことも多くて。

買い物をするたびに、うちは大丈夫?そんなに買い物して平気なの?と言っていたと思う。そのたびに、そんな心配をさせてしまって申し訳ないと思う。



パパちゃん、何やってるのよ。倒れて。



いっそ、一気に死んでくれればよかった。


介護はもう嫌だから死ぬときは一気に死んでね!と言ったことあったと思う。


白じいじ、白ばあばの介護はいつまでつづくのか・・・車を運転する横でつぶやいたのも聞いていたよね。


お金の話をするたびに、いっそ死んでくれたら、ローンも終わるし、保険金も入ると思ったことも何度か。

介護はお金がかかるのも事実で。


色々めどがついて。パパがきちんと働いてくれたおかげで、一年半は傷病手当でなんとかなると話した。

働く人が一人もいないというのはなんか変だよ。というのはずっと言っていた。

世間体が・・・見た目が・・・とも言っていた。


この病気とかでどのくらいかかるんだろう。


入院保険にはいっていたはずだから・・・その手続きとかしなくっちゃ。


パパちゃんは定年まで働くと思っていたから、老後の蓄えなんてない。



そろそろ老後の蓄えをかんがえなくっちゃね。と話して積み立ての説明を聞きに銀行に行ったのは倒れる半年ぐらい前。冬の寒い時期だったと思う。銀行で保険の見直しを進められて。保険をかけっぱなしだったから、見直したら?見直したい。節約できたら保険料節約したい。そんなことを私が強く言って、ふたりで銀行で話を聞いた。今までの保険証券を引っ張り出して、持っていいって。この保険なら今はかけ替えしなくて大丈夫ですよ。いい保険内容です。みたいなことを言われて。かけ替えもせずにいた。実はそれってフラグがたってたんだな。そのフラグが回収されるのは二年後の話。


目の前にやらなければいけないことが多すぎて。手続きがあったから、今より不安はなかった。とりあえず毎日をこなし、倒れずにいることが大事だった。



それから、毎日病院に。

ICUに行くとだんだんと奥まったところ、ナースステーションから遠いところに移動している。




予定通り週明け月曜日には一般病棟に移る。


その後はナースステーション前の個室から始まり、大部屋に移ったりまた調子が悪くなって個室に移動していたり。

起きていても目が明いているだけだったり。話しかけても首が動くだけだったり。座ることもままならなくて。

当然おむつをしていることが普通で。

介護ベットの柵も4本で。

椅子に座っていることもできなくて。

ベルトみたいなものをくくらないと座っていられない。くくるのは身体拘束になるので同意書を書いたりすると、そうか・・・身体拘束か・・・と言葉ではわかっていてもよくわかってない。でもそれが必要なことだから。

どのくらいたってからだろう。車いすに座っているのも練習で。今日は1時間座れました。半日座れました。ただ座っているだけ。反応も何にもなくて。車いすに座って放置されているようにみえるけれど。今ならそれが体幹を身に着けることなんだろうと思う。


おかゆから始めました。

スプーンを持てました。

ゼリー状のものを食べることができました。

左手でスプーンを持つのができなくて、面倒くさくて皿ごと口に入れたり、手でつかんだり。

そんな事が出来るようになるのはまだまだ先の話で。


車を運転していると、どこかで救急車の音が聞こえて。

本当に小さい音でも聞こえて。

小さい音が耳鳴りで聞こえたりして。


聞こえなくなるのはずっとずっと先のことで。



毎日必死。


体がしんどい時には子供たちはできることを手伝ってくれた。


結婚したくない。ママちゃんみたいに(苦労する)なるならいやだ。


私の迷いを映した子供たちの声



つらいけど。大変だけど。結婚やパパちゃんを否定することは


それは(わが子)ノアちゃんコトちゃんを否定することになる。


私はノアちゃんとコトちゃんに会えてよかったと思っているよ。


パパちゃんと出会っていなければノアちゃん、コトちゃんには会えなかったんだよ。


と話した。その時は半分自分を納得させるための言葉だったように思う。





179センチ89キロの体重は見る見るうちに痩せていった。



三人介護。

一人独居老人。


私ががんばらなければ。



私を中心にしているけれどどれも実母:白ばあばと私は娘の立場、

実父:白じいじと私は娘の立場、

夫:パパちゃんと私は妻の立場、

一人暮らしの舅:黒じいじと私は長男の嫁の立場。


介護をしていると思う。私がどんどん減っていく。

私がどんどんなくなっていく。




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