それは、突然の出来事
2019年6月8日土曜日23:45分
1日の終わり。
リビングでテレビを見ながらパパちゃんは20センチほどあるグラスにたっぷりの氷を入れたツーフィンガーの水割り1杯をゆっくり飲み終えて「そろそろ寝ようか」とリビングの椅子から立ち上がった。
私、ママちゃんはお風呂上りリビングのテーブルでスマホを見ていて、長女・ノアちゃんも向かいでスマホを見ている。
リビングの隣の和室には白じいじが夜九時から就寝中で、二時間ごとにトイレに起きるのが常。
さっき起きたから、しばらくは起きないかな。
中学生になって二か月のことちゃんは二階の自室でもうすでに夢の中。
パパちゃんは台所でグラスを片付けて、就寝する。
ことちゃんが小学生だった、ほんの二か月前までは同じ部屋で眠っていたけれど、中学生になって思春期の女子と一緒の部屋ってどうなの??というとこで二階のちょっと前までとりあえずの者を置いておく物入になっていた部屋のタンスを一竿捨てて寝るスペースを確保しパパちゃんは寝る場所にしていた。冬になると寒い部屋だからエアコンつけないと・・・その前に夏も暑いかな・・・夏にはエアコンつけなければいけないかな・・・なんて話も出ていたっけ。出費にはなるけど仕方ない・・・と思っていた。
パリーン。
グラスが割れる音。
右肩を床につけて。
グラスが割れている。
転んだと思った。
「何にもないところで何やってるのよ、転んで。」
スマホから目をはずし、パパちゃんを見る私。とまったくねえと思いながら声をかけた。
パパちゃんはは立ち上がらない。
「グラスが割れたから気を付けてよ。ちゃんと立って!!」
とか、語気を荒げて言ったと思う。それでもパパちゃんは立ち上がらない。
異変を感じて近寄る。
「パパちゃん???パパちゃん立てないの?」
背中から回ると右側を下にねえ転がっているようなかんじ。
酔っぱらったか、打ちどころが悪かったのかと思って近寄る。
う~~~と声にならないうなり声を出しながら、右側を床につけ、左手は、壁の角を握りながらうつぶせになっている。左手で立ち上がろうとしているようだが体はびくともしない。
「パパ?パパ?立って!立って!立ち上がるの!!!!」
私の大声で長女が異変を感じ夫に声をかける
「パパ!パパ!聞こえる?聞こえる?」
私は叫ぶ。
立ち上がろうと必死に壁を持つけれど力が入らない右側を下にして必死に左側の腕て壁を持つ左手で立ち上がろうとする。手は壁のヘリを強く握っているが立ち上がれない。
「パパ?パパ?」
私の声が一段と大きくなる。
「ママ!救急車!!」
高校生のノアちゃんが叫ぶ。あわただしい声を聴いて二階に寝ていたはずの中学生なったばかり
のコトちゃんが階下に降りてこようとするとノアちゃんが「二階にいて!」と叫ぶ。
「(救急車を)呼んで!」その間も私は「パパ!パパ!」と声をかける。う~~と言っているがするが言葉になっていない。体も重い。動かない
「ママ。119がかけられない」
受話器を持つ娘が叫ぶ。娘も頭がいっぱいで気が動転している。
「私変わるからパパを見てて」
急いで電話をする。
「火事ですか救急ですか」
「救急です。夫が倒れました。意識がありません」私は大きな声で言う
「おちついて。お名前と住所と」
それはいつものことで。はっきりと言ったはずだけれどどうも興奮していて私は大きめの声で言う。
「ご主人は名前をいえますか」
ノアちゃんにパパに名前を言えるか伝えると、う~~~というだけで右側を下にしてあおむけになってしまう。
救急車を出します。電話をこのままで。気道を確保できますか?
話しかけられる。
気道確保って何ですか。AEDの講習か、スキューバーダイビングでの講習だったかで心肺蘇生の人形で顎をあげてとかやったけど、どうだったっけ?まったくわかんない。どうしたらいい?
電話で「出来ない、仰向けになっています」と言えば「起き上がれますか?」と問われ「起き上がれない」と短く答える。
電話をそのままで高校生のノアちゃんと二人でなんとか動かしてみるけれど体の力がぬけきっている178センチ90キロ近い男性の体はびくともしない。
「無理です。」
「そのままでいいです。」と電話の先の声。
呼吸を確認してくださいとか他にも声をかけてもらっていたはずだが、記憶はあいまいで。
私はあわてているつもりはなかったけれど、何回かおちついてくださいね、と言われた気がする。
声が喋り方が早くて大きい声だったからなのか、外から見れば慌てていたのかもしれない。
ノアちゃんは頭を下げないように「パパ、パパ」呼びかけながら支えていたと思う。夫はう~~~う~~~といって腹筋をつかって立ち上がりたいようなのだがちからがはいっているけれど立ち上がれない。痙攣しているようにも見える。
電話口から救急車の音がきこえたのだろう。救急車が到着したら電話はこのまま切ってください。と言われて呼び鈴がなった。二階に上がっていたコトちゃんを大声て呼ぶ「救急車が来たからドアを開けて」。コトちゃんは階段下に父親が倒れているのをみて「パパ~~~!!!!」絶叫して泣き声がする。そして慌てて玄関を開ける。「だから~~~二階にいなっていったのに」とノアちゃんが言っていたのを聞いた気がする。
私は心のどこかで現実でないような気分でいた。元野良猫の飼い猫が飛び出さないか、在宅介護をしていた父が起きないか、起きて慌てないか全く関係ない事なのに頭の中をよぎった。
到着した救急隊員がきて倒れた時の状況をもう一度話す。お酒の量。倒れた時間。持病などなど。
その間に男の人四人がパパちゃんををシートに乗せて玄関から運び出し、ストレッチャーに乗せる。
病院に連絡。病院が決まり保険証もってお金をもって救急車に乗り込む。
あれ、いつもより搬送先が決まるのが早い。そんな気がしながら乗り込んでいた。救急隊員が娘さんたちに搬送先を伝えました。と言われて、私はただ「はい」「はい」と答える。
救急車は夜の道をすいすいと病院に向かう。揺れる。気持ち悪いって。パパちゃん、救急車のの中で吐いた。
一か月前に乗った救急車と全然違うな・・とか思う。
「パパ、パパもうすぐ病院だよ」とさっきまでの大声と違って語り掛けるように言う。
あっという間に総合病院に着いた。
ストレッチャーごとパパちゃんは救急救命室に入る。私は時間外入り口を通って時間外診療の待合室に入った。
しばらくして、診察室に呼ばれた。
そこには中村倫也似の若い先生がいて挨拶もそこそこにレントゲンだの画像を見ながら
まだ、検査中ですが、時間が惜しいので先に説明をとのことで話し始めた。
左側の脳梗塞、脳幹が詰まって(白くなって)いること、詰まってしまって血が流れなくて、周りが白くレントゲンに移っていること。発症後まだ時間がたっていない事で薬を使えること。投薬のリスクの説明、投薬手術の同意書を書くことになった。(MRI)検査をしている間に一刻を争うのでと若い担当の先生がおっしゃった。これしかやれることがないんですよね・・・今すぐなんですよね?と聞いたと思う。急に判断を決めろって言われても・・・今まではパパちゃんに電話をしたりして決めていた。
やれることがこれしかないならやるしかない。同意する。
そして場合によってはステントを入れる手術をするとか。メリットとリスクの説明を聞き、私は急いでサインをした。
そうして先生の部屋を後にする。
待っている間。
入院の手続きをする。知らない看護師さんが、丁寧に入院の手続き書類の書き方を説明してくれた。これ書くの何回目だっけ。二か月前も書いたけど。二か月前も父が同じ病院に時間外で診察を受けて入院していたことなどをポロっとしゃべったのはたぶんびっくりして興奮していたからだと思う。そうして私は救急の待合室で手続きの書類を書くと、検査室と総合受付の間の廊下にある椅子の所に移動することになる。土曜日の夜半。そこは時間外、救急外来を受けて待っている家族が何組もいた。冷えピタをはるこどもを抱っこしているおかあさん、熟年夫婦。とか。私が座った後からきた熟年夫婦は高齢のおばあちゃんだったらしくて、夫婦であれこれ話しているのが聞こえる。そして救急隊員が毛布を片手に抱えて「それでは僕たちは帰りますのでお大事にしてください」
そう言って挨拶をしていた。夫婦はお礼を口に頭を下げていたのを目の端でみた。それはいつも父や母が救急車のお世話になるときにする光景だった。パパちゃんを運んでくれた救急隊員さんたち、もう帰ったのかな。挨拶・・・なかったな・・・いままでとは違うんだな。なぜかひやりとと思った瞬間だった。そのとき家に残る娘たちに連絡をしようと思った。けれどもスマホを忘れてきたことに気が付いた。直接電話できない。やはり動揺していたのか・・・・。2台持ちだったので携帯はカバンにはいっていたのだが。携帯からは家の電話を鳴らすこともになる。もし皆眠っていたらかわいそうだ。寝ている父を起こしたら困る。
ただ待っていることにした。
いつ手術が始まって、いつ終わったのかわからない。
大きな時計の前で待つ。
お医者はこんな深夜に働いて大変だな・・・と思った。
1時はまわって・・・2時になる頃だったのか・・・不思議と眠いとは思わなかった。
どのくらい待ったのだろう。
さっき待っていた人たちはいなくなっているようだ。
名前を呼ばれた。
手術が終わったので先生からお話があります。ICUに移動しているのでこちらにどうぞ・・・と看護師さんに案内される。夜の病院。ほとんど電気ついていない廊下をかつんかつんと歩く。普段は行ったことのない奥まったところのICU用の待合室。
また待つ。
そして先生の準備ができたのでまた案内される。ICUの中の机とパソコンがある部屋。
先生は一命はとりとめたこと。手術は無事終わったこと。脳幹の詰まったところは薬を投入して流れたこと。脳幹の塊はとれたけれど、その他の血管が思ったよりも流れてない事。脳の損傷がひどい事。脳の外側を指して、右半身不随で今後歩けない、ずっと車椅子かもしれない事、失語症があり言葉が喋れないかもしれないこと、失行があって物事を順序だてることができないことを説明してくれた。そして、ICUには二日ほど、そしてリハビリが大切なので次のリハビリ病院を探すために、ソーシャルワーカーさんと話を早めにするように伝えてくれた。
本人にあっていかれますか。と言われてはいと答えると準備しますと言われて先ほどのがらんとした待合室にもどった。
ほどなくして呼ばれてICUに入る。そこにはベットたくさんの管が鼻から、腕からついた夫がベットの頭の部分をあげて寝ていた。パパ、パパと声をかける目をあけたように思う。けれども言葉はしゃべれなかった。瞼をあけたり閉じたりするだけ。
う~~~あ~~~と言ったように思う。
なんで?みたいなことを言ったのはこの時だったか。朝になった時だったか。
体は動かない。
首すらも動かなくなったからだ。
病院のベットで頭の部分を45度ぐらいに上げられて表情もなくなったパパちゃんがいた。
倒れたんだよ。
脳梗塞だって。
と話したような気がする。
ICUの出入り口の一番近く。
看護師さんたちのカウンターの真ん前。
他にも入院されている人がいて。
規則正しく機械がピッ、ピッとなっている。
時間外救急で搬送されて看護師さんに色々聞かれた。
(倒れる発症の)思い当たるふしはありますか?←ないです
持病をお持ちですか?←ないです
健康診断はしていましたか?←毎年、会社の健康診断を受けていました。太りすぎ・肥満と高血圧で毎年引っかかっていました。
肥満と高血圧が原因でしょうね・・・とさらっと言われたのは病室に移って担当になった看護師さんから言われた言葉。
早朝に出ると深夜まで帰ってこなかったパパちゃん。
帰宅するのは11時過ぎ。ほとんど午前0時。
朝出るのは6時15分と決まっていた。おにぎり1個作っておいたのを食べる日もあれば、自分でおにぎりを握る日もあって。朝食べないのはいけないからと、この何年かはそんなことをしていた。
昼ご飯は何時に食べられるかわからず。食べに行く日もあれば、売店で買ったパンを急いでかじるときもあったらしい。
倒れる前日、ずっと懸念していた会社の後輩がもめている原因がやっと、やっとわかったから、その対応をしなくては・・・と少し安心したように話していた。ずっと後輩のことを気にしていた。それがストレスだったのかな。中間管理職の年齢。悩みも多くて、仕事の量もあって。
『働き方改革』を進めなければいけない・・・と言われてこの業界、業種でできるのかよ・・と話していたのは倒れる年の晩冬だったか、春だったか。
なんでなんだろう・・・
何で倒れちゃったんだろう・・・
なんで、今倒れなきゃいけなかったんだろう・・・
なんで?
どうして?どうして?どうして?
色々原因を考え思うのはまだ後のことで。
この日は、ICUで目を覚ましたパパちゃんと会って、また面会時間にすぐ来るねと言って病院を後にした。
帰らないと。
子供たちが待っている。
白じいじもいるから朝ごはんもいる。
病院から家まで歩くと30分。
朝4時近くだったのかたのでタクシーを呼ぼうと直通ダイヤルの電話機を持った。
30分待ちです。
深夜だからだろう。
だったら、歩いたほうがいいですね。
タクシーの受付の方も申し訳なさそうにそうですね・・と言った気がする。
病院の外に出る。
いつもだったら、どんなに遅くても、パパちゃんが車で迎えに来ている。
『何時でもいいから、終わったら電話して。迎えに行くから』
子供たちが小さくて、白じいじや白ばあばがいる時は寝ずに待っていてくれた。
寝ていたとしても、電話を待って、起きてきてくれた。
今は誰も頼る人がいない。
私は病院の外に出る。
6月の朝4時は外も明るかった。
二本の足で歩いていく。
私がしっかりしなくては。
私がやらなければ。
でもなんで?なんで倒れたの?
涙が出た。
パパちゃんは週末は仕事はお休みだったけれど、仕事自体はシフトで動いている。
病欠の穴埋めは大変だと、各所に調整をかけていたことを思い出す。
会社に電話しなきゃ。
あさってにはコトちゃんは1泊2日の新入生のキャンプがある。大丈夫かな。
支度はできてない。
日曜日のお昼はパパちゃんの父親・黒じいじのところでお昼を食べるのが毎週の行事だ。黒じいじになんて言おうか。とりあえずお昼のあとに行こう。
6月22日は誕生日だったのに。19回目の結婚記念日だったのに。
もうすぐだったのに。その前に倒れるなんて。
ずっと同じ日が続くと思っていたから。
20年目の結婚記念日はどうしようかってちょっとだけ話した。
記念に1泊ぐらいできるかな。
これからは二人での生活も、老後も考えないとね。と思って半年ぐらいだったと思う。
もっといろんなことができると思っていた。
こんな日が来るなら、もっと一日を大事にしておくんだったと思った。
思うと涙が出る。
歩きながら涙を拭いた。
私が泣いても何も進まない。
私が動かないといけない。
私が子供たちを守らないと。
私が・・・
私が・・・
一人ですべてをするのが大変で。一生一人でいるのができないと思って。人生のパートナーが必要で。とても居心地がよくて。結婚した。それなのに。私一人に荷物を全部背負わせて。なんで?何で?
これからの不安と
腹立たしさと
30分歩いた。
あっという間。
なんとなく思い描いていた未来の事が、根本から崩れ落ちた日。
また、新しい一日が始まる。
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