第13話※性描写有
さてどうにか車に片ノ瀬を押し込めた所までは良かったものの、そう言えばこの男の自宅を知らない事に気付く。刑事の財布を漁るのも気が引けて、悩んだ末に家の近くのパーキングに車を停めてもらい、引き摺るようにして自宅に連れて来た。
驚いたのは、代行の代金まで用意して預けられていた事だった。何から何まで出してもらっておいてなんだが、こうなる事を予想していたなら住所くらい用意しておけと思った。詰めの甘い男だ。
「おい、着いたぞ。酔っ払い。自分で歩け。」
玄関の鍵を開け、扉を開けて放り込む。さすが刑事だけあって、鍛えられた体はとてつもなく運びにくくて苦労した。多少扱いが雑なのはご愛嬌だろう。
放り込んだ瞬間、波打つ空気の流れで鼻腔にふわりと酵母の香りが通る。それと一緒に片ノ瀬の香水か、クローゼットの香りか、石鹸のような、それでいて爽やかな香りも感じた。やはり産まれたての五感は敏感なようで、些細な事に鋭敏だった。
なぜかもう少しその香りを嗅いでみたくなって、これほどに酩酊状態ならば大丈夫だろう、と、転がった男の襟元に鼻を近付ける。
ゆっくりと近付き、すう、と鼻を鳴らす。多少なりとも酒を呑んでいるからか、すこしの浮遊感と気分が高揚しているのを感じた。
「んん、なに、くすぐった…」
瞬間、転がっていたはずの男の腕に腰を取られていた。片腕とは思えない力に体のバランスを奪われ、やばい、と固まったら、身動ぎついでにびっちりと全身を捕らえられてしまう。密かに堪能して密かに離れるつもりが、鎖骨の辺りに顔を埋めざるを得ないほどに密着していた。
「ああ、なんて甘い…」
片ノ瀬の息遣いを頭頂部でもろに感じて、息を飲む。腰をホールドされたまま、もう片方の手にゆるりと背筋を撫で上げられた。
酒のせいか、熱い手のひらに後頭部を掴まれるといよいよ体が硬直してしまう。鼻から深く吸い込んだ吸気を、は…、と吐息にされて、鼓膜から脳が蕩けそうになる。
ぞくりと背筋を這い上がる疼きに体温がぐっと上昇して、快感、というものを自覚する。抗う声は掠れて音にならず霧散した。
「あぁ…っ、は…」
初めての世界で初めての刺激は強過ぎる。
どんなに力を込めても何処にも力は伝わっていかなくて、まるで体から骨が抜け落ちてしまったようだ。さっきまでの香りに汗ともなんとも分からない匂いが混ざっていて、雄めいた匂いにちかちかと目眩がした。
そうなるとくにゃくにゃになってしまった体は自分のものではなくなっていて、片ノ瀬の体に同化している気さえした。
今この瞬間、自分の体は片ノ瀬の手で雌にされている。どうしてか、その事実に堪らなく体が火照ってゆく。こんな玄関先で、想い合う恋人同士でもないのに、体は驚く程素直に片ノ瀬を受け入れる。
「ぅ、…ぁ、や、やめ、」
「うそだ、…気持ちいいくせに、」
後頭部を支える片手が吐息のかかる耳とは逆の耳をそろりと愛撫して、指先で塞ぐ。
音を片方遮られたと思ったら、反対の耳穴をぞろりと濡れた舌が擽った。水っぽい音と自分の呼吸だけの音の世界は紫色の靄の中で白い閃光になぶられるようで、体の震えと浅い喘ぎが止まらなかった。
「みみ、すきだね…、」
甘く嬉しそうに囁かれ、鼓膜から体も心も濡れる。
高められるがままに熱は上がり続け、快楽の奔流が体の中で暴れ回る。どうしたらいいのか、どうすればいいのか分からない。けれど縋れるのは目の前の男しかいなくて。
流され放題流されて、指先に触れた片ノ瀬の腕に縋り付いた。
その、瞬間だった。
「
「っ…!」
叶でもウラでもない、圧倒的な欲望の質量で発されたその名前に総毛立つ。
(…っんで、その名前を…!)
心が叫んだ。やめてくれ、と。
つづく。
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