第11話

気付いてしまった。

成り行きとはいえ服を買わせてから、美容室に連れて行ってもらい、食事処に誘われる。誰に聞いてもただのデートだろう。ここがホテルのディナーじゃなくて、蕎麦屋だった事を救いに思うべきレベルだ。

男同士で、なんて、ジェンダーレスなこのご時世に言うつもりはさらさら無いが、今思えば片ノ瀬はどうも最初から叶にしつこい節があった。やけに足繁く通ってくると思ったが、下心ありきだった、という事か。

それで叶が引っ込んで、こんなに口の悪いのが出てきてしまうとは想像すらしていなかっただろう。弱っている叶との距離を少しづつ縮めようとしていたに違いない。が、もし叶を狙っているなら、ウラを懐柔しなくてはお話にならない。この体は叶のものだし、叶が起きた時ウラが懐柔出来ていなければ茨の道が尚更茨の道になる事は明白だ。


「残念だったなあ、片ノ瀬。」

「え?」

「失礼します。御注文はお決まりですか?」


読めたぞ、と言おうとしたら、先程の女の声がした。


「ああ、俺はかき揚げ蕎麦で。」

「あ、俺はこの、カツ丼と天ぷら蕎麦のセットで…あと、食前にこれと、食後に…」


片ノ瀬は御品書きを広げてあれこれと注文している。そんなに誰が食うのか。

何だか話の腰を折られた気がして、続きを言うのが面倒になってしまった。かぽん、かぽん、と、時折どこからともなく鹿威しの音が聞こえる。蘇芳の部屋は庭に面した部屋ではなかったが、窓はある。池こそ見えないが、立派な庭が見えて、鹿威しのある池も近いのだろう。


「ウラさん、さっきの話、なんです?」


長ったらしい注文が終わり、片ノ瀬が声をかけてきた。もう言うつもりはないから、忘れていて欲しかった。


「なんでもねえよ。」

「何でもないって顔してませんよ。俺、協力するって言ったでしょ。ちゃんと話してください。」


真剣な眼差しだった。刑事はこういう顔をして話を聞き出す生き物なのだろうか。

片ノ瀬は少し前傾姿勢になる。見なくてもわかる、膝の上で拳を握っているのだろう。

真っ直ぐ目を見てくる視線が強い。律儀に正座していた片ノ瀬だが、何も言う気が無いと悟るのは早かった。溜め息をついて、足を崩す。


「なんでもねえって。」

「頑固…」

「さんきゅー。」

「褒めてませんよ。」

「嘘だろ」


淡々と返していたら、急に片ノ瀬は天を仰いだ。


「あーあー!もう、仕方ないなあ、もう。もう。」


いきなり大きな声を出したかと思えば、もうもう言いながら相好を崩す。その表情がやけに柔らかで、たじろいだ。

優しい瞳、柔らかな眼差し。

肘をついて前のめりにずいと近寄られる。


「ウラさん。」

「なんだ。」

「好きです。」



(そら見た事か。まずは俺からか。)


まさか今言ってくるとは思わなかったが、予想通り過ぎて笑いが込み上げた。

間違ってもときめきなんて覚えない。男だからとか、ごついからとか、そういう偏見めいた拒絶反応ではなかった。

叶を苦しめた一人だから。

誰よりも大切な叶。その叶を苦しめてこんな風にした男に、告白されるなんて。しかも、片ノ瀬が好きなのは叶であって、ウラではない。叶ならまだしも自分とは今日知り合ったばかりなのに、惚れた腫れたなんてよく言えたものだと思う。叶が好きだから付き合ってくれと言われた方がまだ納得出来る。承諾はしないけれど。


「あのなあ、片ノ瀬。」


深く酸素を吸い込んで、言葉と共に吐き出す。


「ああ、待ってください。待って。すみません。返事は食事のあとにしてください、もう、まだ言うつもり無かったのに。」


いい歳をした男が目の前で顔を赤らめて、ぱたぱたと手のひらで扇いでいる。どうやら本気らしいということはわかる。


(嘘だろ。本気か、こいつ…)


厄介な奴に手助けを頼んでしまった。酷く後悔する。


「失礼します。お食事お持ち致しました。」


が、食事に罪はない。

気まずい雰囲気で食べるより、美味しく頂く方が良いに決まっている。幸い目の前の男は恥じらってばかりで気まずい訳でも無さそうだ。片ノ瀬がお気楽お花畑な男で良かった、飯が不味くなる事は無さそうだと心底安堵した。





つづく。


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