第6話
「薪浦さーん!」
「おう、早い早い。ごくろーさん。」
どデカい上背の男が手を振りながら走ってくる。背丈の分腕も長いから、かなり目立つ。
目立たないようにする為に動かない選択肢を取ったのに、これじゃあ本末転倒だ。
「お前何センチあるんだ。」
「え、185です。」
「そうか。」
人選を間違えたかと思いながら、しかし他に適任そうな知り合いなんていないから、まあ仕方ない。
ひらひらと手を振って、片ノ瀬の持ってきた紙袋を受け取る。
「着替え一式みたいな感じかと思って、下着まで買ってきてしまったんですが…ずぶ濡れとかそういう訳じゃなかったんですね。」
てっきりここの池に落ちでもしたのかと思いましたよ、なんて。余程急いで来たのだろう、腕で額の汗を拭いながら笑う。心配は杞憂だったわけだが、気の回る男だ。今までオモテを追い詰めている敵という認識でしか見ていなかったから、ろくに顔もちゃんと見ていなかったが、こうして近くで見てみると中々に精悍な顔立ちをしている。深すぎない彫りの目鼻立ちで、少し明るく波がかった髪は地毛なのだろうか。体もさすが刑事なだけあって、しっかりとした筋肉に覆われている。どちらかと言うと外人のような。
出世コースな上にこれでは、女は放っておかないだろう。
値踏みするような視線が気になったのか、片ノ瀬の両手で目を覆われた。
「やめてくださいよ、薪浦さん。どうしたんです、急に。」
「いや、悪い悪い。お前にしか頼めない事だったんで。」
「じゃなくて。薪浦さんがどうしたんですか、っていう。この間までと別人みたい。」
「ああ、それを話そうと思ってたんだ。とりあえずそこで着替えてくる。」
「えっ、」
そこ、とは、例の事件現場にほど近い茂みだった。片ノ瀬はぎょっとした。もう目と鼻の先が現場だ。献花だってある。だが、ウラは何とも思わない。何食わぬ顔で着替えを済まして戻ったら、本当に何があったんですか、と肩を掴んで問い質されていた。
「いてえな。馬鹿力」
「あ、すみません、…つい、いやでも、」
片ノ瀬が買ってきたのは淡い水色のTシャツに白い七分袖のコットンシャツ、ネイビーのハーフパンツとネイビーのスリッポンだった。あと、下着。
普段のもっさりした印象から程遠く、眼鏡も外してシャツの胸ポケットに挟んでいた。眼鏡は度入りではなかったのか。伸び気味の黒い髪はついさっきまでぼさぼさだったのに、通り道の水道で濡らされ後ろに流されていて、なんだか色男に変貌を遂げていた。
肩を掴んで気付いたが、思いの外薪浦は痩せ型だった。ハーフパンツから伸びる足は存外白く、首筋も白く細かった。すこし不健康にも見える。青白い、というのがぴったりだった。
「はは、驚いてやんの。まあ、そりゃそうだわな。」
「…説明、してください。」
肩を掴んでいた手が離される。真剣な片ノ瀬の顔は、ただ事ではないということだけは理解しているようだった。
つづく。
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