第5話

「そりゃあんなん見ちまったらなあ…。無理もねえか。」


自然と眉は下がり頭を掻いていた。

あの後の事情聴取は追い討ちをかけるように酷いもので、放心状態のオモテに容赦なく聴取の手が伸びていた。けれどまともな会話にはならなかったところを、これだけ言え、ああ言えこう言えと指示を出し続けどうにか喋らせてやっとの思いで終わらせた。翌日にはまた違う、片ノかたのせと名乗るやたらどデカい上背の刑事とその他二人がやって来て、また前日のように質問攻めにあった。

勿論和代はあの場で死んでいた。何かが盗られていた形跡は無かったらしい。

正直、ウラにとって和代の死はどうでもいい事だった。オモテにとっては唯一の肉親で、控えめながらオモテが大切に思っていた人で、育ての親。

けれどウラにとってはオモテの祖母、というだけだ。なんの思い入れも無かった。言うなれば他人。テレビで見る、"○市で女性の変死体が発見されました"みたいなニュースと変わらない。

勿論会社からは暫く休むようにと言われた。あれからオモテはずっと家に閉じこもっていたが、遂に今日、家の非常食まで全て無くなって外に出たらこの始末。

もう、オモテの精神力はカラッカラになっていたのだろう。

押しかけてきてオモテを追い詰めた警察が心底憎らしい。


「チ…、あの片ノ瀬とか言う奴、余計な事ばっかしやがって。覚えとけよ。能無し。」


足繁く通ってはオモテの中をぐっちゃぐちゃにして帰る。ただそれだけの男。

まだ若い、恐らくはオモテとそう変わらない年齢に見えた。出世コース真っ只中で、やる気と自信に満ち溢れたその姿は思い出すだけで苛ついた。

心当たりはあるか、この名前に聞き覚えは、何か思い出したことは。


「なんかありゃこっちから言うってのに、しつこい男…ちゃんと仕事してんのかってな。」


よしよし、よく頑張ったな。

そんな気持ちで今は深く眠るオモテを労って、さてこれからどうするか、と、青葉になった木々を眺めて考える。

ここであんな事件があったなんて思えない程、青葉たちはきらきらと日差しに輝いている。昨日の雨の雫が残っているのだろう。眩しかった。

幸いなことに会社からは心の整理が出来るまで、在宅で少し仕事をこなしてもらえれば出社しなくても構わないと言われている。在宅ならばウラが仕事をしても何ら問題は無いから、食い扶持に困ることはないだろう。

が、問題は会社がここから極端に近いというところにあった。コンビニなんて行こうものなら、十中八九同僚に遭遇するだろう。その時の対応が問題なのだ。


「…他人の振りをするなら、一番手っ取り早いのは見た目だよな。」


この際使えるものはなんでも使う。今後の事を考えれば、会社の人間にオモテにウラがあったという事が知れるのは色々とややこしい。

あの時座っていたベンチで、まるであの時のように携帯電話を取り出す。オモテだったら絶対に出来ない事だ。

ディスプレイを開いて、数少ない電話帳のひとりにコールをする。すぐに出た。


「どーも片ノ瀬です、薪浦まきうらさん。どうしました、何か思い出しました?」

「いや、何も。ただちょっと折り入って頼みたいことがあってな。」

「…?え、あれ?薪浦さん、ですよね?」

「そうだ。」


どうせ話すのだ、面倒だから何も取り繕わず話したが、流石におかしかったらしい。 明らかに動揺している。刑事がそんなんでよくやれていると思う。


「薪浦さん、って…あれ?かなめさんですよね?」

「だぁから、そうだって。しつけえな。金は払うから、ちょっとそこらで白いシャツと半ズボンとサンダル買ってきてくれ。事件のあった公園にいる。時計の下のベンチのとこ。」

「えっ!今からですか!」

「今すぐに、だ!」




つづく。


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