第4話

『 ウラ、…』

『 ああ、ばあさんらしくねえな。 』


実際声に出しているわけではないが、オモテの心の声は緊張に震えていた。そう言えば先程目の前を走っていったランナーに覚えた違和感は何だっただろう。言い様のないもやがうぞうぞと足元からせり上がってくる。

『 …携帯、鳴らしてみろよ。』

『 うん… 』

祖母、と書いてあるディスプレイに触れる。

発信を押すと、ほどなくしてルルルと、最初のコール音が聞こえた。



ーーーーーールルルルル


リーリーリーーーーーーー



どこからともなく聞こえる続きのコール音。



ーーーーーールルルルル


リーリーリーーーーーーー



ーーーーーールルルルル


リーリーリーーーーーー…



いた、のだ。この公園に。

"おばあちゃん!"叫んでオモテは走り出していた。

音のする方に向かって走った。

右か、左か、右だ。

向こうの方から聞こえた。そう遠くない。

ろくに手入れしていないのか、茂みは飛び出た植木の枝が鬱陶しかった。やけに息が上がる。緊張はピークだった。もうすぐだ、多分あと四、五メートル。三メートル、二、一、そこを曲がれば。

『 おばあ、…っ! 』

茂みは、赤かった。握り締めていた携帯がぼとりと落ちる。

散乱した荷物。泥だらけの祖母。涙のあと。瞳孔は完全に開ききっていた。紅白色の布が猿轡になっていて、まっかな池が広がっていた。

桜色のロングカーディガンが、そのまっかな池に沈み、ぬらぬらと紅色に染まってゆく。鳴りっぱなしのコール音。

はっ、はっ、と呼吸が浅くなって、膝から崩れ落ちた。指が、膝が、体が、がくがくと震えていた。

『 ば…ちゃ……』

『 見るなオモテ、警察だ、早く。』

冷静な声が聞こえた。ウラだ。

『 ウラ、あ、あ、ウラ、ウラウラウラあ…』

『 オモテ!しっかりしろ!とにかく警察に!』

『 あ、ぁ、…』

落とした携帯を、必死に探した。視界にもやがかかったみたいになって、前が見えない。手探りで、芝を、土を掻く。ぬろりとした液体が手のひらを撫ぜた瞬間、腹から胃液が上がってきた。

びしゃびしゃびしゃ、と、血溜まりに嘔吐が重なる。


なんでなんでなんで、なんで、どうして!


もう、何かわからない液体でオモテはぐちゃぐちゃになっていた。涙だったり、胃液だったり、血、だったり。

涙を手の甲で拭い、どうにか見つけた携帯で、イチ、イチ、ゼロ、と押す。


『 おばあちゃんが、おばあちゃんが…!』


そこからは、殆ど記憶になかった。




つづく。

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