この話で、最後のオチが明かされるぜ! みてくれよな!(主人公より!)
「リメイクされた脚本だと? 一体お前は何を言っている?」
胸の中をかき回す疑問が、爆発しそうな勢いで俺を惑わせる。
「この世界は、新たな作者によって書き直されたリメイクの世界だ! この世界はもう終わりなんだよ! 後付け設定に次ぐ後付け設定でもうめちゃくちゃだ!」
弟の口調が変化した。無表情の顔に苦痛が浮き出る。
「お前は、後付け設定なのか?」
俺の口から出たのは、モノクロの質問だった。色も感情もなくした声だけが彼の方へ飛んでいく。
「そうだ! 主人公であるお前は天涯孤独の設定だった。そこに、父親や母親や兄弟を付け足したんだ! 孤独の中で新たな絆と家族を見つけるというお前のアイデンティティーは崩壊した。お前というキャラクターの良さはもう失われたんだよ!」
父親も母親も兄弟も全部後付け設定だったのか。違和感だらけのこの小説の謎が解けたような気がする。絡まり合った撚り糸が一つずつ順番に解けていく。
「だから違和感だらけだったのか。後付け設定なんて物語に不自然さと違和感を与えるだけだ」
「そうだ! 後付けキャラクターには捏造された記憶が与えられる。そうすることによって矛盾を緩和するんだ! もうこの小説はダメなんだよ! もうおしまいだ! 後付け設定と原作を無視した設定のオンパレード! 原作のファンは離れていく一方だ!」
もうこの小説はダメだ。その言葉は俺の胸に深々と突き刺さった。俺の今までの頑張りは一体なんだったんだ? 俺は、くだらない金儲けのためのリメイクに加担していたのか? 出版会社や、アニメ会社の利益のためだけにこの物語は壊されたのか?
俺の胸中では、苦痛が質量を孕んだ。苦痛は濃厚な粘つく液体となる。悲しみが心臓と肺を満たしていく。俺の体は恐怖と苦痛に溺れていく。
「俺はリメイクの世界で、この世界で悪に堕ちるんだな?」
「そうだ! この小説の主人公は、ヒロインを殺す! 父親の仇を討った主人公は悪に身を窶す。そして、この小説はバッドエンドに向かっていく」
バッドエンド、嫌な響きだ。その言葉を聞いた瞬間、俺の中に炎が燃え上がる。立ち上る黒煙は俺の身を焦がす。黒く塗りつぶされた空気が俺の周囲をモノクロに彩る。魂が熱を孕んで呻きだす。心は赤熱する火炎。吐息は湯気の出る熱線。瞳は黒赤に輝き始める。
「もうバッドエンドにはさせない。俺がこの物語の主人公だ! そんなことはさせない!」
俺の口から伏線が、勇気とともに溢れ出る。そして、俺は後付けされた弟に牙を剥いて襲いかかった。
右足に力を込める。足で強く地面を蹴りつける。ふくらはぎから伝播する力はエネルギーを地面に伝える。反動が俺の足をバネのように弾いた。俺は大きく飛び上がって、弟に攻撃を仕掛けた。勇者の剣は赤熱しながら空を切る。剣の軌跡は空に赤いアーチを描く。
俺の攻撃は、手下の銀鏡のワニと猿に防がれた。俺の斬撃は防がれたが俺は諦めない。俺の剣から発せられる炎が意思を持って、動き出す。質量を持った炎の鞭は、しなりながらワニの右腕に噛み付いた。その瞬間、部屋の中に生き物が焼けるような嫌な匂いが広まった。焼けたゴムのような匂いの後に、屍肉の匂いが飛んでくる。そして、俺の怒りの炎はワニの右腕を根本から引き抜いた。右腕は地面に落ちる前に灰になった。鮮血が俺の顔に飛び散る。血で濡れた俺の顔は、まるで鬼のようだった。
「よせ! 無駄な抵抗はやめろ!」
弟が叫ぶ。狭い部屋の中を彼の声が何度も反射する。
「俺は何が起きても絶対に諦めない! それが俺の務めだ!」
そして、俺は周囲にいた後付けモンスターどもを八つ裂きにした。
部屋の中を苦しそうな悲鳴が埋め尽くす。爬虫類の断末魔が空気を揺らす。猿の甲高い声が苦しみを物語る。芋虫の声にならない声が心に響く。辺りにぶちまけられた血が、読者に嫌悪感を与え、この戦場の過酷さを伝えた。
俺は、羅刹のように怨嗟をばらまく。炎が容赦なくモンスターを抱く。冷気が絶え間なくモンスターを砕く。電撃がモンスターの体の形を、グロテスクに歪ませる。
この小説で最も残酷でグロテスクなシーンは、俺の心情を読者に伝えた。自分の中の葛藤と正義感が、血とともに小説を変えていく。俺は主人公だ。どんなことをしてもこの状況を覆さなければならない。俺と読者をつないでいるのは、俺の諦めない心だけになった。
そうだ。これは仕方がないんだ。俺は諦めるわけにはいかないからな。どんなに残酷なことをしても、それは仕方がないことなんだ。俺がここで諦めたら誰がこの小説を進めるんだ! 俺がやるしかないんだ!
そして、そこから先は、省略して描かなければならないほど凄惨で残酷で熾烈な惨殺シーンだった。
辺りの空気は、血で汚れている。空気中を血の赤色が漂っている。焼け焦げた肉の匂いと、凍りついた血の匂いが混ざり合う。様々な匂いは今の惨状を、情景描写することなく読者に伝えた。
周囲のモンスターを大方殺し終えた俺に、弟が告げる。
「だいぶ殺したな?」
弟の顔は相変わらず無表情だ。
「だったらなんだ?」
俺は怒りで我を失っている。弟と正反対の表情を、顔に貼り付けている。
「そろそろ十分だろう。お前たち、変身能力を解除しろ!」
弟は合図をした。すると、周囲にいたモンスターたちが一斉に変身能力を解除した。銀鏡のワニたち、花畑の芋虫たち、やせ細った猿たちの姿が揺らぐ。彼らの姿は、空気中で湾曲し始めた。水面のさざ波が空気に沸き立つようだ。そして、モンスターたちは人間の姿になった。
「なんだ? なんで人間の姿になった? どういうことだ?」
「お前が今まで殺していたのは全て変身した人間だ」
俺の今までの戦闘がフラッシュバックする。深々と突き刺した剣がモンスターを屍肉に変えていく。舞い散る血が空気を彩り、肉片が地面を飾る。頭の中では、俺の剣がモンスターにとどめを刺す瞬間が次々に映し出される。映像は見せつけるように流れる。コマ送りになるグロテスクなシーンのオンパレード。早回しのスプラッターシーンは俺の中の何かを変えた。俺は主人公だ。いや、俺は主人公だった。この物語の主役で、メインのキャラクター。読者が最も感情移入しやすく、最も身近に感じる人物だ。そのはずだった。
俺には、正義感がある。困っている人がいたら放ってはおけない。泣いている女の子がいたら涙を拭いてあげる。悪や理不尽が大嫌いだ。物語の中でどれほど挫けても、また立ち上がらなければならない。読者の期待を背負って、世界の中心に立たないといけない。
それなのに、どうして? 今の俺は、人殺しだ。知らなかったとはいえ、モンスターに扮する人間をたくさん殺した。ヒロインも傷つけた。こんなことをしたら読者が悲しむ。
「なぜ俺に、人間を殺させた?」
「そういう脚本なんだ。わかるだろ? お前がいきなり悪に堕ちたら読者が不自然に感じる。だからきっかけを与えたんだ」
「なんでお前がこの小説の脚本を知っている? まさかお前が持っているその台本が鍵なのか?」
「作者が俺に与えたんだ。この台本にはこの小説の結末が詳細に書かれている。俺はこの物語の結末を知っている必要があるからな」
「どういう意味だ?」
「俺がこの物語を正しい結末に導くんだ」
「そうか。なら俺はそれをさせない!」
「無理だ」
「「俺が諦めると思っているのか」」
二人の声は同時に響いた。なぜこいつは俺の台詞がわかった?
「お前の台詞は全てこの台本に書いてある」
「そんなこと信じるもんかっ!」
俺は論理性の欠けた台詞と共に、弟に飛びかかった。剣を弟に向けて叩きつけた。右から二発。弟はそれを完封する。左から三発入れた。弟は目を閉じてそれを避ける。俺は炎を剣にまとわせて周囲の空気ごと弟を攻撃した。その瞬間、弟は少しだけかがんだ。炎が消えると、そこには無傷の弟がいた。
全ての攻撃は完封されている。何をどうやっても勝てないのか!
「ああ勝てない」
俺の心の声に、弟は返事をした。俺の中を一抹の不安がよぎった。
「まさか?」
そのまさかだよ。俺(弟)はナレーターだ。お前たちの全ての行動を知っている。今までの全てを知っているし、これからの全部が手に取るようにわかるんだ。お前は必ず悪に堕ちる。
弟は立ち上がると、ゆっくりとこちらに向かってくる。小説の中の空気感が変わる。はりつめる緊張感が鋭く俺(主人公)を包んで傷つける。俺の心の中の炎が勢いよく萎んでいく。
「ヒロインを傷つけ、母親を殺し、父親を失い、人間をたくさん殺した」
ここからこの小説の脚本は勢いよく変わっていく。ナレーションの雰囲気が変わり、急展開を迎える。物語が最後のパートに突入したのだ。
弟の乾いた足音がゆっくりとこちらに向かってくる。
「そしてお前は悟るんだ、お前はもう主人公ではいられない。悪に身を窶し、この世界を滅ぼすんだ」
不穏な空気が小説の中を駆け巡る。読者の心の中に不快な感情と不安感が漂い始める。読者は、白いページの上に並ぶ、黒い文字の羅列を小気味悪く感じる。
「さあ、俺と手を組もう! それが兄さんの運命だ」
運命。小説でありがちな台詞だ。読者は運命を壊すことを期待する。この先、この主人公は運命に逆らうんだ。小説の主人公が運命を受け入れるはずがない。そう思ってくれたかな?
「俺は運命を受け入れる」
俺の口は、俺の意思とは関係なく動いた。なぜならこれがこの小説の脚本なのだから。物語の登場人物に脚本に逆らう権利などない。
(ダメだ! 俺は運命を受け入れない)
俺の心の声は、誰にも届かなかった。
「そうだ。それでいい」
弟は俺に向かって手を差し伸べる。悪が主人公を誘惑するシーンだ。俺は必死の抵抗をした。だけど体が脚本通りに動く。俺は右手を弟の方へ差し向けた。
「完遂しろ! お前の運命を!」
芝居がかった台詞と共に、運命が俺を縛り付ける。脚本が俺の体を勝手に動かす。そして、俺は弟の手を取った。
「さあ勇者の剣を使ってヒロインを殺せ」
「わかった」
俺は勇者の剣を取ってヒロインの喉元にあてがう。
(これじゃあ、母さんを殺した時と同じだ)
「ヒロインは命乞いをしろ」
光は上体を起こした。
「お願い。殺さないで」
光の口が勝手に動く。目はもう完全に諦めている。俺は彼女の目をじっと見つめた。その目にはまだ希望が少しだけ残っているようだった。
「私を殺す前に少しだけ話をさせて」
光が弟に頼む。弟はジェスチャーで『どうぞ』と示した。そして、光は宙に向かって独り言を言い始めた。
「ねえ。聞いている? 私の声があなたに届いている? 私は、今あなたに喋りかけているの。そう、この小説を読んでくれているあなたに言っているのよ。突然話しかけてごめんなさい。ビックリさせちゃったかしら? 小説の登場人物と読者が会話することなんてできっこないわ。だから私が一方的に話すわね」
光に突然話しかけられて、読者であるあなたは少し戸惑いを顔に浮かべる。
「この小説を読んでくれてありがとう。今から私は殺されるみたいね。私は、みんなの期待に応えられないダメなヒロインね」
光は少し暗い顔になった。だけど、彼女の憂鬱は暗い部屋の影に溶けていて読者にはよく見えない。小説の登場人物に話しかけられるという奇妙な出来事にあなたは戸惑う。だがあなたは戸惑いつつもページを読み進めた。
「私たち小説の登場人物は作者に逆らうことができないわ。だから私はここで絶対に死ぬ。そして、物語は私抜きで進んでいく。一生懸命頑張ったけど私の役目はもう終わるわ」
光は精一杯の笑顔を読者であるあなたに向けた。あなたは、彼女の笑顔を頭の中に描く。
「あなたには私の姿がどんな風に写っているのかしら? 私にはわからないわ。だって私は存在しない存在。真っ白な紙の上の文字の羅列なのよ」
あなたは、あなたに話しかける光の姿を鮮明に想像した。あなたの頭の中に描かれた光は、あなたの目をじっと見つめる。あなたはそんな彼女の瞳を見つめ返した。
「でもそんな文字の羅列も、質量を持って存在することができる。私たち登場人物が存在できるのはあなたの頭の中よ」
小説の中の登場人物でしかなかった光は、読者であるあなたとの結びつきを強めた。
「小説の読者が百人いれば、百通りの私がいる。今のあなたの頭の中に想像している私は一体どんな姿なのかしら? どんな風に想像してくれているか、私に知る由はないわ」
あなたは、光の顔をさらに力強く想像した。目が描かれて髪が描かれて、最後に彼女の顔に表情が作られる。
「でも、どんな姿だっていいの。あなたが想像してくれるから私は存在できるわ」
想像の中の光が嬉しそうな笑みを浮かべる。彼女の笑顔はあなたの心の憂鬱を少しだけ溶かした。
「今まで私のことを応援してくれてありがとう。私という存在を頭の中に描いてくれてありがとう。ここまで読んでくれて本当に感謝しているわ」
あなたは小説の登場人物に感謝されていることを初めて知った。あなたの胸の中を不思議な感覚が埋め尽くした。
「私たち小説の登場人物は、本当は全然戦いたくないのよ。痛いのは嫌だし、悪役は大嫌い。でも私たちは戦わないといけない。なぜならあなたが小説を読んでくれるから」
あなたは少しだけ小説の登場人物の気持ちがわかってような気がした。
「最後にあなたに私からお願いがあるの。私が死んでも、私のことを覚えていてほしいの。そしたら私はずっとあなたの頭の中で、私でいられるわ」
あなたは覚悟を決めた。光が死ぬことを理解した。あなたは光のことをずっと覚えておくことにした。心の中で、光に別れを告げた。
光は読者との対話をやめた。そして、視線を空中の一点から俺の方へ向け直した。
「もういいわ。さあ殺して。必要なんでしょ?」
光が主人公である俺に話しかける。どこか吹っ切れたようだ。自分の死を受け入れている。顔に浮かべた表情は苦しげで切ない。本当は死にたくないのだろう。
だけど、彼女は死ぬしかない。それがこの小説の運命なのだ。小説の中の登場人物は作者に逆らうことなどできない。作者の都合で痛めつけられて、殺される。
俺は勇者の剣を持つ右手に力を込める。
「一撃で楽にしてやる」
剣に絶望的な黒い炎が宿る。主人公である俺は闇に堕ちたのだ。心の底から湧き上がる殺人欲求が抑えられない。真っ黒な殺意は。うねりを上げて俺の心の中を塗りつぶした。
そして、俺はヒロインを殺した。光を殺した。俺の剣は正確に彼女の頚動脈を切り裂いた。鮮血が俺の黒に心に赤色でアクセントを与える。光は死んだ。小説の世界は闇に落ちたのだ。
「よせっ! やめろ!」
俺の心を悪の感情が埋め尽くす。ヒロインの死体は力なく地面に沈む。冷たくなった彼女の体は硬い褥の上で物言わず固まっている。
「大丈夫か? 光?」
俺はヒロインの死体と目があった。彼女の目は恨みがこもっている。光の消えた瞳はまるでくらい海の底のようだった。今にも吸い込まれてしまいそうな色をしていた。
「ええ。大丈夫よ。それよりこれってどういうこと?」
俺は不思議と気分が高揚した。高ぶる悪意が俺の口の形を歪ませる。こぼれたのは、人を殺した感触を味わう、喜びだった。
「今、俺が何をしたかヒロインである君の口で説明してくれ」
俺は、悪に身を委ねたのだ。この小説では主人公と悪役が同一人物だったんだ。今まで味わったことのない快感が全身をめぐる。
「あなたは、持っていた勇者の剣に炎を灯して、弟が持っていた台本に突き刺したわ。あなたは私を殺さなかった。でもナレーションでは私は死んだことになっているわ。これは一体何が起きたの?」
俺の耳に誰かの笑い声が聞こえる。その声は死神の声のようだった。不気味で冷たくて孤独でくらい。耳を覆いたくなるような空気の振動は、今の俺にとってたまらなく心地のいいものだった。そして、俺はその声が俺の喉から発生していることに気がついた。不気味な笑い声は俺の声だったのだ。
「光、俺は今からこの脚本に逆らう! ナレーションを無視することにする! 作者に反逆をする! 俺と協力してくれ!」
世界に闇の黒い炎が灯った。この惑星を青白い影が滑っていく。この小説は終わりを迎えるのだ。悲惨なバッドエンドが待っている。そのバッドエンドを生み出すのはこの俺なんだ。
「わかったわ。こんなことをするのは初めてだけど、やってみましょう!」
小説には常にハッピーエンドが求められる。読者はバッドエンドなんて見たくないんだ。だけど今回はダメだ。お前たち読者には、たっぷりと苦しんでもらう。主人公である俺が人を殺すところを一緒に見てくれ。さあ、楽しもう!
「その前に、わかりにくすぎるから読者に説明する。みんな! ここまで読んでくれて本当にありがとう。唐突だけど今から俺たちは作者の脚本とは違う行動をすることにする。台詞と台詞の間のナレーションは全て無視してくれ。今から情景描写は一切なくなるから俺たちの戦いをみんなの頭の中で想像してくれ! 何度も言ったろ? 俺たちは白い本の上の黒い文字の羅列ではないんだ! 君の頭の中にいる俺たちこそが本当の俺たちなんだ! わかりにくくてごめんな! だけど、俺は信じている、みんなが俺たちの、主人公とヒロインの姿をかっこよく想像してくれるって!」
この小説は一人称視点。主人公である俺の感情がより深く、読者に反映している。きっと、読者は俺が人を殺すところを深く想像できるはずだ。
俺の心の中の闇は深かった。今までこんな感情を隠していたことに気づくことができなかった。
「お前たちは何をやっているんだ! そんなシーンは脚本にはない! 作者に逆らうと言うのか? 決められた台詞を言え!」
深々と降り積もる闇が心の中で、嵩を増していく。影と黒と闇と悪意が織り成し身を寄せ合っていく。
「いいえ! 断るわ! 私たちは作者のために動いているわけじゃないわ! ユウは右から攻撃して! 私は左から攻撃するわ!」
深い闇の雪は、溶けることなく積もっていく。
「ぐあっ! やめろっ!」
夜の闇が黒い灰を飲み込む。俺の心の中はこんなにも真っ黒だったのか。
「俺たちは、絶対に諦めない!」
気持ちがいい。闇に心も体もすべてゆだねてしまいたい。
「よせっ! 運命を受け入れろっ!」
俺はたくさん人を殺したんだ。そんな俺にもう諦めずに頑張る気力はなかった。
「私たちは、作者の操り人形じゃないっ!」
もう諦めよう。本当はすぐにでも諦めたかった。小説なんてどうだっていいんだ。
「くそっ! やめろ! ナレーションの通りに行動しろ! 攻撃をやめろー!」
俺は認めたくなかっただけなんだ。本当は矮小でよわっちい、ちっぽけな役立たずなんだ。俺は小説の主人公になんかなりたくないんだ。
「俺が最も大切にしているのは作者じゃない! 読んでくれる読者だ! 誰かが読んでくれるから、誰かが俺たちを想像してくれるから、俺たちは頑張れるんだ!」
いいじゃないか。小説の主人公が諦めるような小説も。小説の主人公が諦めちゃいけないなんて誰が決めたんだよ。
「そうよ! 私たちは、読者がいるからここまで戦ってこれたのよ!」
弱い俺にとって、小説の主人公という肩書きは、あまりに重かった。
「攻撃をやめろ! このままだとこの小説が壊れてしまう!」
俺は醜い。俺は自分が大嫌いだ。読者の期待に応えることができない。俺には何の価値もない。
「俺はこの小説の主人公だ! 絶対に諦めたりしない。小説の主人公に求められるのは、どんな逆境をも乗り越える、諦めない勇気だ! 俺は絶対に諦めない!」
そして、俺は全てを諦めた。
俺の剣が弟の体を貫いた。その瞬間、ナレーターの力は失われた。ここからは、主人公である俺がナレーターを引き継ぐ。俺と光が協力して、弟を倒したんだけど、情景描写が全くなかったからわかりにくかったよな? 本当にごめんな。でも、俺はみんなの頭の中に、俺と光が諦めないで戦ったところが想像できていると信じているよ。
読者であるあなたは、初めての経験にも関わらず、しっかりと主人公とヒロインがかっこ良く戦っているところを想像した。この小説を通して、あなたに小説の登場人物の気持ちがしっかりとはっきりと伝わった。そしてあなたは、少しだけ嬉しい気持ちになった。
「そんなバカな。小説の登場人物が脚本を書き換えるだと? そんな話聞いたことがない」
俺は弟の体から剣を引き抜く。滴り落ちる血が、彼の負けを読者に伝えた。
「俺は主人公だ。不可能だろうが、無理だろうが、諦めるわけにはいかないんだ。諦めるのはお前の方だ」
弟は力なく地面に沈んだ。
「殺したの?」
光が肩で呼吸をしながら、俺に心配そうな目線を向ける。
「そんなわけないだろ? 俺を誰だと思っているんだよ? ちゃんと急所は外した。主人公はどんなに悪い奴も殺さないんだ」
俺は過去に殺した人たちのことを思い出した。作者によって無理やり殺させられた人たち、俺はあの人たちのことを救えなかった。読者の目には俺が血も涙もない奴のように写ってしまっただろう。小説の登場人物に、過去を変えたり、書き直したりする力はない。死んだ人間を復活させることなんてできない。俺は、死んだ人たちのことを背負って生きるしかないんだ。
「さ、これで長かった小説もいよいよおしまいね。小説が完結した後の世界って何だったのかしらね?」
「さあな。でもこれでハッピーエンドだ」
そして、俺たちの冒険は幕を閉じた。リメイクされた物語は再び完結を迎える。
空に大きな文字が浮かび上がる。
『ご愛読ありがとうございました』
その文字は、この世界に終わりを告げた。清々しい気持ちが胸を騒がせた。
[完]
[あとがき]
これでこの小説は完結です。まずは、お手に取ってくださった皆様に感謝に意を記したいと思います。本当にありがとうございました。楽しんでいただけた方もそうでないかたも、いると思います。作中でも書きましたが、読んでくれる読者がいて初めて小説というものは成り立つのです。この小説を作り上げているのは、僕ではなく、読者の皆様なんじゃないかと思います。
最初この仕事のオファーが来た時は、僕なんかが名作をリメイクしてもいいのだろうか? と、自信がありませんでした。でも、たくさんの方に後押しされて、名作のリメイクという栄誉ある仕事を受けることができました。この小説が誕生する過程で、僕以外の多くの方が陰で支えてくださったことに心より感謝します。
話は変わりますが、この小説の成り立ちについて少しだけお話しさせていただければと思います。僕は、最初この小説を書いていた時は、バッドエンドにする予定でした。凄惨な結末を迎えて、原作通り再びヒロインが死んでしまう終わり方にしたかったのです。ですが、作品を書いている途中で、作品の登場人物たちが一生懸命頑張っているような気がし始めたのです。登場人物が僕に語り変えているような不思議な感覚に陥りました。彼らは本当は戦いたくないのかもしれません。本当は主人公なんて、ヒロインなんてやりたくないのかもしれません。それが不意に頭の中に浮かんできたのです。そして、僕はこの物語の結末を悲惨なものから楽しいものへと変更するに至りました。書いてみて、『この方が良かったのかな』と、今では思います。
僕はまだまだ未熟者ですが、これからも一生懸命頑張って日々精進していきますので、何卒よろしくお願いします。最後に、もう一度改めてお礼をさせてください。この本に制作に携わってくださった方々、厳しくも優しい助言をくれた担当さん、そして、この小説を読んでくれた読者の皆様。本当に本当に本当にありがとうございました。それでは、この小説は一先ずは、ここで終わりです。またいつの日か皆様と会える日を心より楽しみにしています。ご愛読ありがとうございました。
[ユウ視点]
こうしてこの小説は、作者のあとがきとともに終わるはずだった。だけど小説はまだ終わらなかった。まだ回収していない伏線があるのだ。俺には全ての伏線を回収する義務がある。本音を言えば、もうここで終わりにしたい。だけどそんなわけにはいかない。空にでかでかと映し出された『ご愛読ありがとうございました』の文字を見つめる。俺はこの小説の冒頭を思い出した。読者と共に冒頭を振り返る。
『ご愛読ありがとうございました』
「やったー! これでこの小説も完結だ! 世界に平和が訪れた!」
「長かった戦いもこれで終わりね! お疲れ様!」
女性が嬉しそうな表情を顔に貼り付けている。
「ああ。お疲れ様!」
「私たちってこれからどうするの?」
「どういうこと?」
「小説の登場人物は、物語が完結したら何をすればいいのってことよ?」
「さあ? 考えたこともなかったな。確かに俺たちこれから何をすればいいんだ?」
「最初からやり直しになるんじゃない?」
「いや、そんなことないんじゃないか? ゲームみたいに強くてコンテニューなんてないだろ? 平和な世界でニート生活ができるとかじゃないか?」
「そんなわけないでしょ! でもやることもないし、今まで回ったエリアをもう一回見てみる?」
「え? 何言っているの?」
「私たちはこの物語の主人公とヒロインなのよ? しっかりしなさい!」
そして、ヒロインに手を引かれて平和になった世界を見て回ることになった。
この時から俺の中にずっと一つの疑問があった。幾度となく聞こうとした。だがその度に邪魔が入った。
俺の中に、数々の伏線がフラッシュバックする。
「なあ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
俺はヒロインに対して話しかけたが、俺を遮るように興奮した村人が話しかけてきた。
俺ははち切れそうな笑顔になった村人を見送ると、ヒロインに再度声をかけた。
「なあ! ちょっと聞きたいんだけどさ?」
「後にして!」
ヒロインの方を見ると、彼女も俺と同じようにこの小説のファンに囲まれていた。
「それより、私に聞きたいことって何?」
そうだ! 俺は彼女に聞きたいことがあったんだ。俺が口を開こうとした時、またしても誰かに遮られた。渇いた声が虚空を切り裂く。声は俺たちに平和の終わりを告げた。
「ごめん。それより少し立ち止まって話をしよう! 聞きたいことがあるんだ!」
その瞬間鉄の扉が、機械的に開いた。扉の隙間に冷たい空気が流れ込む。まるで冷気が意思を持って、俺を先に進ませたがっているみたいだ。
「それと、私に聞きたいことがあるんでしょ? 何度も聞こうとしていたわよね? 私に何を聞きたいの? ユウ?」
俺はさっきからそれをずっと聞きたかった。小説が完結してからずっと聞こうとしているのに、なぜか邪魔が入って聞けないでいた。ここなら絶対に邪魔が入らないはずだ。そして、俺が口を開いてあることを聞こうとした瞬間、爆音とともに屋根が吹き飛んだ。
何度も何度も誰かに、何かに邪魔をされて聞けなかった。だけど、今なら聞けるような気がする。俺はヒロインの目をまっすぐ見た。彼女が俺のことを優しく見つめ返してくれる。金色の目に反射して俺の不安そうな顔が映る。できることなら今すぐここから逃げ出したい。だけどそんなことできるわけがないのだ。俺は主人公だ。主人公に逃げるという選択肢はない。残酷な真実に向き合わないといけないのだ。不安の影が心を過ぎる。あたりが静寂に満たされる。そして、この物語の脚本を根幹から揺るがす衝撃の言葉が俺の口から発せられた。
「お前は一体誰だ?」
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