西部血風浪漫譚~荒野の没落お嬢様~

ヤバ タクロウ

第1話 シルバラード①

 シルバラードは西部の玄関口と言っても良い。


 メインストリートには生活必需品だけでなく、酒や煙草といった嗜好品や高級家具やドレスといった贅沢品など、ありとあらゆるものが並んでいる。


 そしてそこを歩く人間も多種多様だ。

 まだ見ぬ新天地に、夢と希望を抱いて来た者、富と栄光を求めて来た者、明日への不安や恐れを拭い去る為に来た者。

 とにかく混沌としているが、同時に活力に満ちている。


 ここには剥き出しの欲望を抑え込む為の法や文化、伝統といったものが最低限度しか存在しない。


 それを裏付けるように、今あたしの目の前で修羅場が繰り広げられようとしている。


「そこまでだ、大人しく俺達に付いてきて貰おうか」


 ドスを効かせた声を轟かせるのは、浅黒く日に焼けた肌と顔に負った傷が特徴的な男だ。


 腰に下げたリボルバーは使い込まれており、見るからに荒事慣れした雰囲気を醸し出している。


 彼とその手下達が取り囲んでいるのは、可憐な少女だ。


 年齢はあたしと同じくらいだろうか。ブロンドの髪は絹糸を束ねたかのように細く滑らかで、肌はミルクのように白い。


 その美貌と小柄で華奢な身体付きは女のあたしでさえ抱きしめたいと思ってしまう程で、まるでおとぎ話に出てくるお姫様が現実化したかのようだった。


「どこぞの金持ちのご令嬢ってところかね」


 テーブルに肘をつきながらそんな事を呟く。


 あたし含めて、安レストランのテラス席にいる連中は席を立つどころか慌てた素振りも見せない。


 ここじゃこの手のいざこざは日常茶飯事だからだ。


「しつこいですわね。何度言えば分かりますの、私のことは放っておいて下さいまし」


 多勢に無勢にも関わらず、少女は怯むことなく毅然とした態度で彼らに相対する。


「そうもいかん」


 声の主は先程の男では無い。


 その背後にいた人物だ。


 歳は四十代前後といったところだろうか。東洋人で体格は男達より一回り小さいが、その佇まいだけでも彼が只者でないことが分かる。


 そして何より目を引くのが、腰に下げた一振りの刀。それは彼が新大陸から遥か東、旧大陸を横断した先にある島国日ノ本出身の武芸者である証だ。


 まさかこんな所で同郷の人間に出くわすとはね……。


「此度の婚姻は両家の合意のもとで交わされた筈だ」


「ええ、そうですわ。私の意志を無視して勝手にね。だから私も勝手にさせてもらいますわ」


「おっと、待ちな」

 走り去ろうとする少女に男達が銃を突きつける。


「生きてさえいれば多少の怪我は問わないそうでな、抵抗しない方が身の為だぜ」


 リーダー格の男がそう言うと、周囲を囲んでいた男達がへらへらと下卑た笑みを浮かべる。


 自分達の圧倒的な優位を確信している為か隙だらけだ。


 だからあたしが席を立ち、音もなく走り出したことに気づく者は一人もいなかった。


「ちょっと、あんた達」


「あ?」


 男の一人が何かを言いかける。しかし、その時には既にあたしの掌底が鳩尾に突き刺さっている。


 男の身体は物凄い勢いで吹っ飛ぶと、通りの反対にあった建物の壁に吸い込まれて乾いた音を立てた。


 壊れた壁から覗いた足がだらんと垂れ下がっているのは、今の一撃で完全に気を失ったからだ。


「誰だお前……」


 一体何が起きたのか、脳味噌が処理出来なかったに違いない。


 銃をこちらに向けることも忘れて、口角から泡を飛ばす男に、あたしは鞘に納めたままの刀を側頭部に叩きつけた。


 バキィっと鈍い音が響くと、男は白目を剥いてぶっ倒れた。


「一体なんですの!?」


「下がってな」


 唐突な出来事に右往左往している少女を背後に庇うようにしながら、あたしは体勢を整える。

 鞘を再度腰に差し、刀の柄に手をかける。


 抜刀の姿勢だ。


「貴様……」


 リーダー格の男が声を震わせる。


「その豆鉄砲があたしを捕らえるか、あんたの首が宙を舞うか、試してみるかい?」


「何故、俺達の邪魔をする」


「あんた達には要は無い。あるのは、後のお侍さんだよ」


「あ?」


「なぁ、ちょいと手合わせしておくれよ。あんただってこんな人攫いみたいな事がしたくてここまで来たわけじゃ無いだろ?」


 あたしの挑発に武人としての矜持が刺激されたのだろう。表情が僅かに揺らぎ、目に怒気が宿る。


「怪我人を連れて下がれ」


「ちょっと、旦那!」


 リーダー格の男が反射的に声を上げるが、侍は意に介さず強引に押しのけるようにして前に出た。


「藤堂左門、我流だ」


 侍が名乗る。

 こりゃあたしも名乗らないと失礼ってもんだね。


「立花流、立花サヤ。楽しませて貰うよ」


 あたしがそう言うと、左門と名乗った侍は抜刀して構えた。その立ち姿からは隙など全く感じられない。


 やはりこいつは相当の手練れだね。


 一触即発の空気を感じ取ったのか、最初は五月蝿かった野次馬達も今は固唾を飲んで見守っている。


 そんな中一人だけ空気を読まずに口を挟んでくる馬鹿がいた。


「ねぇ、ちょっとそこの人」


 声を発したのはさっきの儚げなお姫様だ。


「なんだよ……」


 勝負を邪魔され、反射的に殺気立った声を上げる。

 しかし少女は全く怯む様子を見せないどころか、あろうことかあたしの袖をグイグイと引っ張ってきた。


「私はこれからどうすれば良いんですの?」


「好きにすりゃ良いだろ……」


「何ですのその言い草は! あなた私を助けに来たのでは無くて?」


「あたしはあの侍と勝負がしたいだけさね。あんたを助けたのはそのついで。分かったならどこへなりとも消えちまいな」


「そんな……」


 少女の美しい顔が絶望に染まる。


 ちょっとズレたところがあるとは言え、今のはちょっと言い過ぎたかもしれんね……。


「こんなに可愛い私をついで扱いだなんて……」


 前言撤回。やっぱこいつやべー女だわ。


「あなた、気は確かでして?」


「あんたと違ってこっちは正常だよ」


 これ以上喋ると馬鹿が伝染りそうだ。

 あたしは仕切り直すように刀を構えると、左門に向き直る。


「持たせたね、始めようか」


 そうは言ってみたものの……駄目だねこりゃ。

 集中していたところに水を差されたことで、完全に緊張の糸が切れてしまっている。


 それは相手も同じだったようだ。


「興が削がれた。勝負はまた今度だ。それまでその女は預けておく」


 武人はそれだけ言って刀を鞘に納めると、サッと踵を返してその場を去っていった。


 その後をジェイコブ達が慌てて追いかける。


 後に残されたのはあたしと、頭のネジが外れたお姫様だけだ。


「ふぅ、どうやらこれで邪魔者はいなくなったようですわね」


 あたしからすりゃあんたが一番の邪魔者だけどね。

 とは言え、あの左門とかいうお侍さんと勝負するまでは預かっておかないといけない。


「あんた、名前は?」


「よくぞ聞いてくださいましたわ」


 あたしが尋ねると、彼女は何故か喜色満面と言った表情を浮かべる。


「私は由緒正しきブリテンはウィンスロー家の一人娘、リリーナ・エヴリン・ウィンスロー。気安くリリィと呼んでくださいまし」


 満点の笑顔があたしに向けられた。

 ったく、状況を理解してんのかね、このお姫様は。 


  

「興が削がれた」

 ですよね……。

 集中していたところに水を差されたことで、奴もあたしも完全に緊張の糸が切れてしまっていた。

 目の前の侍が刀を納めたのを見届け、あたしも構えを解く。

「勝負はまたの機会に、それまでその女は預けておく」

 そう言い残して立ち去る背中に、怪我人を背負った仲間達も続く。

 何と言うか、不完全燃焼もいいところだね。

「ていうか、勝手に預けられても困るんだけど……」 

そんなあたしのぼやきは誰の耳にも届かず、宙へと消えていった。



 

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