ホームレス女子高生をお持ち帰り!?


「ホームレス! この女の子はシスタだ」

 と、俺が言った。頼むあっていてくれ。

 そして、少女は笑顔をホームレスの方に向けた。よかったあっているみたいだ。俺は心の中で安堵した。

「シスタ! こちらはホームレス。俺が連れてきた新たな仲間だ」

 と、俺がホームレスをシスタに紹介した。ホームレスはシスタに軽く会釈をした。

「シスタは前回の戦いで六十七人殺したやつらとの戦いの生き残りだ」

 と、俺が言った。円卓で会議をしていたのは七人。そしてこの少女はその中にはいなかった。つまりさして重要なポジションに就いていないのだ。にも関わらず、裏切り者についてリーダーである俺に進言しにきた。ということは、この少女は前回の戦いで生き残ったことにより情報を得て、急に重要な役割を果たすようになった人物。つまり、この少女はキャンディーが会議で名前を出していたシスタの可能性が高かった。

「ええ。そいつらはグリム兄弟。兄のヤーコプと弟のヴィルはとても強いわ」

 と、シスタが言った。

「それで、裏切り者って誰だ?」

「裏切り者はルーカスよ」

 そして、シスタは裏切り者の名前を口から出した。もちろんルーカスが誰だかわからない。

「ルーカスが裏切り者? 根拠は?」

「ヤーコプと話しているのをこの目で見たのよ。その時弟のヴィルはいなかったからヴィルに関しては何もわからないままだけどね」

 と、シスタ。

「ヤーコプと話していただけか。だけど、六十七人も殺したやつがみすみす敵を逃すわけはないな。きっとルーカスが裏切り者で決まりだ。それで、どうするんだ?」

 と、俺が聞いた。

「ルーカスをはめるわ。私が全て段取りを取る。ここから少し離れたビルの中に密室を用意するわ。決戦当日、つまり明日実行する」

 と、シスタ。

「え? 今じゃないの?」

 と、ホームレス。最もな反応だ。

「いいえ。直前にはめる。その方が相手の陣形と作戦を崩しやすいのよ。あなたたちは何も知らないふりをしてルーカスといつも通り接して!」

「わかった」

 と、俺が言った。

「それと、このことを伝言ゲームみたいに他のリーダーに伝えてくれる? 円卓を時計回りに伝えてちょうだい。それと、あなたの次のドノバンで最後だから、ドノバンに伝えたらそこで終わりよ」

 と、シスタ。

「わかった。シスタは誰からこの作戦を聞いたんだ?」

「私は、この作戦をエイマンから聞いたわ。相部屋のビライツの伝言ゲームに巻き込まれたって感じよ。ちょうど今のホームレスちゃんみたいにね」

「わかった。指示通りにするよ」

「じゃあよろしくね。わかっていると思うけど、この話は誰にもしないで! 少しでもリスクを減らすためよ!」

 と、シスタは言って部屋を後にした。


 俺は、その後指示通りに、ドノバンの部屋に行った。ノックをすると部屋の中にいる人物が迎え入れてくれた。

 部屋に入ると、そこには二段ベッドとテレビとラジオがあった。二段ベッドの上と下に一人ずつ男性がいて、休んでいた。二人とも決戦前日だから眠れないのだろう。

「ドノバン?」

 と、俺は二人に対して声をかけた。二段ベッドの下にいる人物の方がわずかに大きな反応をした。きっとこちらがドノバンで間違い無いのだろう。

 そして、俺はドノバンに作戦内容を伝えた。


[決戦当日]

 あれから、すぐにその日は来た。俺たちは作戦通り、ビル群に身を隠しながら進んだ。

「ルーカス? 調子はどうだ?」

 と、俺が裏切り者のルーカスに聞いた。

「は? 何を言っている? 良いわけが無いだろ」

 と、呆れ気味のルーカス。キャンディーも似たような反応をしていた。きっとこの世界でこの挨拶は禁句なのだろう。

「そうか。これから決戦だろ? もう少し落ち着いたらどうだ?」

 と、俺が言った。裏切り者だから死の危険を感じていないんだろ? だけど、今日殺されるのはお前たちグリム兄弟だ。六十八人目の犠牲者は出させない。

「無理に決まっているだろ。これから大きな仕事があるんだ」

 と、ルーカス。俺たちを裏切るってことだろ?

「ああ。今日で戦いを終わらせよう! 絶対に勝とう!」

 と、俺が言った。

「もちろんだ! 絶対に勝つぞ!」

 と、ルーカス。


「みんな! 着いたわよ! わかっているわね?」

 と、シスタ。『わかっているわね』とは、もちろんルーカスをはめる作戦のことだ。

 俺たちは黙って頷いた。

 俺はルーカスの方をちらりと見た。ルーカスの顔にははっきりと不安だと書いてあった。ルーカスはその不安そうな顔で俺の方をチラチラを見てくる。まさか、俺たちがはめようとしていることに気がついたのか? 俺も不安になりながら進んだ。

 そして、シスタが罠である建物の扉を開いた。

 ルーカスが先頭に立って進んでいく。その後を俺が続く。そして、その後ろをホームレスが続く。次々に俺たちの仲間が建物に入って最後に、シスタが扉を閉めた。

 部屋の中には男がいた。間違いなくこいつがグリム兄弟の兄、ヤーコプだ。シスタから聞いていた特徴とも完全に一致している。長い髪に黒いマントに馬鹿でかい剣。服にも髪にも武器にも黒ずんだ血がシミを作っている。よくも俺たちの仲間を殺しやがって。


 そして、部屋の中央まで来たルーカスがこちらを振り向いて剣を構えた。その剣の切っ先はまっすぐ俺を指している。ついに裏切り者が正体を現した。だけどこっちは準備万端でここに来た。はめられたのはお前だ!

 ルーカスはこちらを振り返ると、俺に対してはっきりとこう言った。

「ユウ? どうして裏切った?」

 ルーカスの声は部屋の中に響き渡った。

「は? 何を言っている? 裏切り者はお前だろ?」

 と、俺が言うと、今度はエイマンがこちらに剣を向けた。

「リーダーが裏切っていたなんてな」

 と、エイマンが他の誰でもなく俺に対して言った。

「どうしたんだ? なんで俺に剣を向ける? エイマンも裏切り者だったのか?」

 そして、ホームレスが俺に剣をまっすぐ向けた。

「信じていたのに」

 と、吐き捨てるように言った。少し物憂げな悲しそうな表情が、演技でもなんでもないことを物語っている。

「どうしたんだよ? みんな? そこにいるルーカスが裏切り者なんだろ? 裏切り者をはめる作戦なんだろ?」

 俺の必死の抵抗に誰も耳を貸さない。

 みんなが俺の方に剣を向けている。どいつもこいつも目を復讐にぎらつかせている。鋭い眼光が凶器のようにが俺に向けられている。

「しまった。はめられたのは俺だったのか」

 と、俺が絶望的な真実を口にした。


「そうよ」

 後ろから誰かの声がした。そして、俺は背後から長い剣で体を貫かれた。鈍色の金属の艶かしい表面を、俺の血が伝う。俺は、ゆっくりと本当の裏切り者の方を振り返った。

「お前が本当の裏切り者か? よくも裏切ったな! シスター!」

 と、俺が言った。

「いい加減にしろ! お前が裏切っていたことはみんな知っているんだ! お前のことは!」

 と、エイマンが言い終わる前に何かが彼の喉を切り開いた。切り裂かれて、血液を血管内にとどめておくことができなくなり、辺りの床が真紅に染まった。

「おい? シスタ? エイマンも裏切り者なのか? それならどうして?」

 と、ドノバンも最後まで言い切ることができなかった。彼もエイマンと同じように喉を一文字に切り裂かれた。

「そうよ。私が裏切り者よ」

 と、シスタ。そして俺たちの方へ近づいてくる。

 みんなは何が起きているのかわからずにただ戸惑っている。

「みんなよく聞け! みんなそれぞれ伝言ゲームを聞かされてここに来たんだろ? だけどあれは伝言ゲームではなかったんだ。それぞれみんながシスタから直接嘘を聞かされたんだ。そして、誰にもこのことを話すなと言われた。俺たちは全員こいつにはめられたんだ!」

 と、俺が言った。

 シスタはゆっくりとこちらに近づいてくる。

「早く理解しろ! シスタがエイマンとドノバンを殺したのがその証拠だ! 裏切り者がまだいるなら隠すメリットがない!」

 と、俺が叫んだ。

 ヤーコプもこちらに近づいてくる。

「ヤーコプとシスタに挟み撃ちにされているんだ! シスタは六十七人を殺したグリム兄弟から逃げてきたんじゃない! シスタこそがグリム兄弟の仲間なんだ! だからシスタだけが生き残ったんだ!」

 と、俺が叫び続ける。頼む! みんな早く気づいてくれ! 信じてくれ!

 みんなはまだ何が起きているのかわかっていないようだ。必死で頭を回転させている。

「さあみんな殺しましょう! 兄さん! 七十人目の犠牲者は誰にしようかしら?」

 と、シスタ。ニヤケ顔でこちらをじっと見つめてくる。そういうことか。だからか。

「みんなっ! 早くこっちに来い! シスタは俺たちに仕切りにグリム兄弟の話をしていた。それは俺たちに先入観を植え付けるためだったんだ! グリム兄弟は兄のヤーコプと妹のヴィルの二人組だ! シスタこそが俺たちの仲間を六十七人殺したグリム兄弟の片割れだ!」

 と、俺が渾身の力を喉に込めて真実を口にした。


 俺の仲間は、俺をようやく信じたらしい。ルーカスが他の仲間とともに俺のもとに駆け寄ってくる。

「疑ってすまない」

 と、ルーカス。ようやく俺のことを信じたか。

 ホームレスが俺の方へ駆け寄ってくる。

「大丈夫? ごめんなさい、あなたのことを疑って」

 と、ホームレスが俺に声をかける。

「後だ。それより、この絶体絶命の窮地をどう切り抜ける?」

 と、俺が言った。考えろ! 思考を止めるな! 諦めるな! まだ俺は生きている! 死ぬ瞬間まで絶望してはいけない。諦めてたまるかっ!

 そして、俺たちを遊び殺すための残酷極まりない、身の毛もよだつようなゲームが始まった。


 まず最初に、シスタいや、ヴィルが懐から仮面を取り出してかぶった。仮面は真っ白で目の部分だけがくり抜かれている。のっぺらぼうに黒い切れ込みが入ったようだ。

「なんだあれは? 一体なんの意味がある?」

 と、俺が言った。

「今からお前たちにルール説明をする。よく聞け」

 と、兄のヤーコプが重くて低い声で言った。俺たちは一斉にヤーコプの方を向いた。

 その瞬間俺たちの体は金縛りにあったように動けなくなった。

「今からいうルールは、すべて本当だ。ルール説明の間は俺もヴィルもお前たちに危害を加えることはできない。ただし、お前たちはルールを聞く義務がある」

 と、ヤーコプ。確かに俺たちの体は動かすことができないが、ヤーコプとヴィルも指ひとつ動かす気配すらない。

「では、今からルールを説明する。

特殊能力【最後の攻撃】

一、お前たちの勝利条件は、ヤーコプかヴィルのどちらかを気絶させること。

二、この能力の発動期間中、お前たちの病気能力が著しく悪化する。

三、この能力の発動条件は、俺がお前たちに嘘偽りなくルール説明をして、お前たちがそれを理解すること。

四、お前たちは、特殊能力を使用できない。使うと即死する。

以上でルール説明を終了する。何か質問はあるか?」

 と、ヤーコプが大きい声で言った。こちらによく聞こえるようにだろう。

 俺たちは誰も口を開かない。

 その時、狭い部屋にアナウンスが流れた。

『ユウ、ホームレス、ルーカス、キャンディー、ロック、リード。以上の六名が【最後の攻撃】のルールを理解しました。これより、能力が発動されます』

 どこからともなく聞こえてくる謎の音声。俺たちは戸惑ったが、気にしている余裕なんてない。

 そして、残酷な処刑ショーが始まった。


 ルール説明が終わると同時に、俺以外の全ての人間が動き出した。だが俺だけは動けない。停止した時の中で氷漬けにされた。自分の意思とは関係なく体が言うことを聞かない。なぜだ? 俺の病気が悪化したということか? 俺の病気は一体なんなんだ? 俺は、不思議な気持ちになった。体から全ての感情が抜け落ちたみたいだった。

 しばらく俺が動けないでいると、ヤーコプは懐から携帯電話を取り出して電源を入れた。

「あれは! まさか携帯電話?」

 と、戸惑うキャンディー。その時、背後から電話の着信音が聞こえた。俺は電話の着信音で我に返ると後ろを振り返った。すると、ヴィルが携帯電話を取り出して着信に応じているのが見えた。

「よう。ヴィル」

 と、ヤーコプ。

「ええ。ヤーコプ兄さん」

 と、ヴィル。

「通話しているのか? これになんの意味があるんだ?」

 と、俺は言った。

 その瞬間、キャンディーが膝から崩れ落ちて、地面に横たわった。

「おい! どうした? キャンディー?」

 俺はキャンディーの体を揺すった。

 キャンディーの体には赤い斑点があちこちから浮き出ている。なんだ? 一体何をした?

「くそっ! キャンディーに一体何をしたっ!」

 と、俺がヤーコプたちに問いかける。

「さあな」

 と、ニヤつくヤーコプ。

 次の瞬間、ルーカスが悲鳴をあげて床に沈み込んだ。

「おい! どうした?」

 と、俺が悶えるルーカスに聞く。

「痛い! 身体中が痛い!」

 と、叫ぶルーカス。

「痛い? 『痛い』ってなんだ?」

 と、俺が言った。初めて耳にするその単語の意味がわからなかった。

「くそっ! こうなったら私が【名無しの代償(ノーネーム)】を使って辺り一面吹き飛ばす!」

 と、ホームレス。

「よせっ! ルールを忘れたのか? 特殊能力を使ったら即死するぞ!」

 と、俺が言った。

 次の瞬間、俺たちの仲間の一人が突然膨らみだした。パンパンに空気が入った風船のように体積が膨張していく。皮膚に血管と青筋が浮き出てきた。そしてあっという間に三メートルほどまで膨らむと、破裂して死んだ。ロックかリードのどちらかだろう。

「おい! リード! ああそんな。なんで死んだんだ」

 と、おそらくロックという人物が言った。ということは先ほど死んだ人物は、リードということになる。

 そして今度は、そのロックの体が黒ずんできた。徐々に体表から血の気が失せる。

 俺は、ロックに駆け寄ると体に触れた。

「おい! ロック? どうした?」

 と、俺が言った。ロックの体表は氷のように冷たい。

「まただ」

 と、ロックは意味不明なセリフを言い残し、石のように固くなった。

「おいおい。ゲーム開始から二分しか経っていないぞ? もう二人しか立っていないじゃないか?」

 と、俺とホームレスをあざ笑うヤーコプ。

「さあ、兄さん。遊びはこの辺にして残りのゴミ掃除をしましょうか」

 と、ヴィル。

「ああ。妹よ。そろそろ殺そう」

 と、ヤーコプ。

 そして、二人は俺とホームレスの周りを挟み込み、じりじりと近寄ってくる。俺もホームレスも剣を構える。

「さあ。死ねっ!」

 と、ヤーコプ。右手でおおきく振りかぶって攻撃してきた。あちこちに血をつけた剣がこちらに向かってくる。狙いは俺の首。

 俺は、ヤーコプの方に突っ込んで行った。

「何? お前怖くないのか?」

 と、ヤーコプ。

「怖い? 『怖い』ってなんだ?」

 と、俺は初めて耳にする単語に戸惑った。

 俺は、ひとまず『怖い』という意味不明な単語は無視して、ヤーコプに斬りかかった。

 剣は宙を空ぶった。ヤーコプはその隙に体制を立て直した。そして、右足を軸にして俺を蹴りつけた。蹴りは俺の腹に命中した。鈍い音とともに、ダメージが入る。

「完全にみぞおちに入ったな。もう痛みで動けまい」

 と、ヤーコプ。こいつは一体何を言っているんだ?

 俺は、すぐに剣でヤーコプに襲い掛かった。ヤーコプの躯体を右から左に切り裂いた。その瞬間、ヤーコプは顔をしかめる。ヤーコプの体に、赤い血の道が走った。

「なんだ? なぜ動ける? お前一体なんなんだ?」

 と、戸惑うヤーコプ。こいつは一体何に戸惑っているんだ?

 俺は、ヤーコプのセリフを無視して剣をヤーコプに突き刺した。剣は見事にヤーコプの体に突き刺さった。うまく肋骨と肋骨の間に滑り込んだようだ。肺を傷つけて、ヤーコプの体の反対側に切っ先が飛び出る。

 俺は、とどめを刺そうと右手に力を込める。剣をこのまま捻って肋骨と内臓を地面に撒き散らしてやる。

「そこまでよ!」

 と、背後から声がする。俺が後ろを振り返ると、ヴィルがホームレスを羽交い締めにして喉に剣を当てていた。人質ということなのだろう。

「兄さんから離れて」

 と、ヴィルが言った。顔がこわばっている。

「くそっ!」

 と、俺は悪態をついてヤーコプから離れた。まずい。絶体絶命だ。このままだと二人とも死ぬ。さあどうする?

「ねえ? ユウ? これってピンチよね? もういいのよね?」

 と、ホームレス。なんだ? ホームレスは何を言っている?

「今がその時よね? 言うわ! 紙の裏側を読んで!」

 と、ホームレス。

「さっきから何を言っている? なんの話だ?」

 と、俺がホームレスに聞く。

「知らないわよ! あなたがピンチになったら自分にそう言ってくれって言ったのよ!」

 と、ホームレス。

「黙れっ!」

 と、ヴィルが叫ぶ。ヤーコプはまだ動けないでいた。それにしてもヤーコプはなんで動けないんだ?

 いや、そんなことはどうでもいい。俺は頭に全部の神経を集中させた。大脳、中脳、小脳、末梢神経それらの全てを思考に回した。身体中の血液を脳に集める。脳が沸騰した。血が頭の中を巡る。思考を止めるな! 考えろ! 逆転のルートが必ずどこかにあるはずだ!

 そして、俺は懐から紙を一枚取り出した。そう。一番最初に俺がこの世界に来た時に置いてあった紙だ。

『ここは死後の世界です』と、書かれた紙の裏側を見た。

 そこにはこう書かれていた。

『あなたは今日からユウです。あなたの病気能力は先天性無痛無汗症です。あなたは痛みを感じません。あなたは恐怖を感じません』

 俺は頭の中で紙を読んだ。先ほどからみんなが言っていた痛みという感覚がようやくわかった。あいつらが意味不明なことを言っていたんじゃない。俺がおかしかったんだ。俺は、通常人間が感じる『痛み』というものを感じることができない病気なのだろう。

 俺は手紙の続きを読んだ。

『痛みとは、体を襲う好ましくない感覚です。通常それは脳への危険信号として使われますが、度を越したダメージなどを受けると痛みで動けなくなります。あなたは、この危険信号を感じることができないため日常生活では十分注意して生活してください』

 と、書かれていた。だから先ほどヤーコプに攻撃されても一切怯まずに反撃できたんだ。だからヤーコプが不思議そうに俺のことを見ていたんだ。

 今現在おそらくヤーコプは、痛みで動けないのだろう。そして、ヴィルは兄を殺されるという恐怖で人質を取ったのだろう。

 俺は、手紙の続きを読んだ。

『続いて、あなたの特殊能力について説明します。あなたの特殊能力は【痛みの代償(ノーペイン)】です。以下でその効果を説明します』

 俺は、自分の特殊能力についての説明を読んだ。

 読み終わると、手紙の最後にはこう書かれていた。

『頑張れ』

 一体なぜこんなことを書いたのだろう。最後の一文だけがやけに目立って見えた。

 俺は、手紙から目を離すとまっすぐとヴィルの方を見た。

 そして、持っていた剣を部屋の隅に放り投げた。

「ん? 諦めたの?」

 と、ヴィル。

「いや、その逆だ。俺の勝ちだ」


 ホームレスが俺の目をまっすぐに見てくる。不安そうな目だ。だが、眼窩におそまっている水晶には、わずかな希望の光もあった。俺を信じてくれている。俺は、こんなところで負けるわけにはいかないんだ。

「特殊能力『痛みの代償(ノーペイン)』発動!」

 俺は、使ったら死ぬと説明を受けた特殊能力を、ルールを無視して無理やり発動した。

「バカな! ルール説明を聞いていなかったの?」

 と、慌てるヴィル。焦るヴィルと対照的に、俺は落ち着いていた。先ほどのルールによると、特殊能力を使ったら即死するとのことだった。だが、俺は難なく特殊能力を発動させることができた。

「やっぱり使っても死ななかったか。もうその胡散臭い仮面を外せよ。もうネタはバレているんだよ」

 と、俺が言った。

「お前の特殊能力はなんだ? 言え! さもないとホームレスは殺す!」

 と、ヴィル。

「俺の特殊能力を使えば、お前はそんなことをしなくなる」

 と、俺が言った。俺は、ヤーコプを無視してヴィルの方へ歩み寄っていく。俺の勝ちだ。

俺は、気絶しているキャンディーの首筋に手を当てると脈を測った。大丈夫。弱ってはいるが命に別状はないだろう。

 俺はキャンディーのそばを離れるとヴィルの方へゆっくりと歩いた。俺は丸腰だ。だけど、今優位に立っているのは俺だ。ヴィルの表情が曇る。

「よせっ! くるな!」

 と、ヴィル。

 俺は無視して尚も歩み寄っていく。

「お前とヤーコプは嘘をついていた」

 と、俺が言った。

「くそっ! それがバレてもまだこちらには人質がいる! くるな!」

 と、必死の抵抗を続けるヴィル。

「能力のルールは

一、俺たちが勝つためには、ヤーコプかヴィルのどちらかを気絶させること。

二、この能力の発動期間中、俺たちの病気能力が著しく悪化する。

三、この能力の発動条件は、俺たちに嘘偽りなくルール説明をして、俺たちがそれを理解すること。

四、俺たちは、特殊能力を使用できない。使うと即死する。

以上の四つだ。この中に不自然な点がある」

 と、俺が言った。

「まさかお前気づいたのか?」

 と、ヴィル。

「ああ。ルールが一つ足りないんだよ。お前は戦闘が始まる前に白い仮面をつけた。あんなものを被っても周囲の状況が確認しにくくなるだけだろ? だけどお前はわざわざ仮面を被った。最初は何らかの条件だと思ったが、ヤーコプのルール説明の時に仮面をかぶるなんてルールはなかった」

 と、俺が言った。苦い顔をするヴィル。

「そのことから推察されるに、仮面は何かを隠すために使われていたんだ。俺たちはヴィルの顔を知っている。顔がバレているのに仮面を隠す必要はない。にも関わらずお前は仮面を被った。ヴィル、お前は顔を隠したんじゃないんだろ?」

 と、俺が言った。どんどんヴィルとの距離が縮まっていく。

「目が見えるように切れ込みがある以外なんの変哲も無い仮面。その仮面はお前の口元を隠していたんだ。ヤーコプがわざわざ大声で嘘のルールを説明している間に、お前が俺たちの背後で本当のルールを説明していたんだ! 【最後の攻撃】はヤーコプの特殊能力じゃない。ヴィル! お前の特殊能力だ!」

 ヴィルの表情から完全に余裕が消えた。焦りと苛立ちが顔の筋肉を歪ませている。

「だが、ルールの大半はあっている。本当のルールを説明していたんだ。じゃないと『嘘偽りなくルールを説明する』という条件を満たせなくなってしまう。お前は、嘘のルールを付け足した。『特殊能力を使ったら俺たちが死ぬ』というルールはヤーコプが勝手に付け加えたルールだ」

 と、俺が言った。背後で物音がする。ヤーコプが体勢を立て直したのだろう。

「ヤーコプが嘘偽りのあるルールを説明しても問題はないんだ。ヤーコプはこのゲーム発動と関係がないからな。それに、誰がルールを説明するかは指定されていない」

 と、俺が言った。

「ああ。全部あっているわ! だけどそれがどうしたっていうの? こちらの優位が理解できない?」

 と、ヴィル。

「お前たちこそ、こちらの優位が理解できていないのか?」

 と、俺が言った。

 そして、ヤーコプが背後から襲いかかってきた。俺は、ヤーコプを無視して右手を掲げた。そして、指パッチンをした。乾いた空気に無機質な音が響いた。


 そして、しばらくしてからヤーコプとヴィルは目を覚ました。

「うう。どうなったんだ? 何で縛られている?」

 と、ヤーコプ。今、彼の体は縄でぐるぐる巻きに縛られている。

「え? 何で? どうして?」

 と、ヴィル。彼女の体もまた縄で拘束されている。

「目が覚めたか?」

 と、俺が言った。

「これは一体どういうこと? これはあなたの能力?」

 と、ヴィルが言った。

「いや、ホームレスの能力だ。俺が特殊能力を発動させただろ? あれはホームレスに対するメッセージだったんだよ。『早くお前の特殊能力を発動させてこの窮地を脱却しろ! 特殊能力を使っても俺は死んでいないだろ? あのルールは嘘だ!』っていうね」

 と、俺が言った。

「だから武器を捨てて、ベラベラと喋っていたんだな?」

 と、ヤーコプ。

「ああ。ホームレスの特殊能力は審議会に可決された願いを叶えること。複雑な願いや、少々強い願いだと時間がかかるんだよ」

 と、俺が言った。もちろんホームレスの能力の詳細はわからないが、能力発動までに時間がかかっていたのでこの予想で間違いないだろう。

「私の願いは『ヴィルとヤーコプを拘束して』というものよ。あなたに縛られながら能力をこっそり発動させていたの。そして、しばらく時間がかかってその後で『発動が認められます』との通達が私だけに見えるようにきたのよ」

 と、ホームレスが言った。

「そして、ユウがカッコつけている時に、タイミングを見計らって発動させたってわけね?」

 と、ヴィル。

「それで? 俺たちをどうする? わざわざ拘束したということは、まだ殺すつもりはないんだろ?」

 と、ヤーコプ。

「俺の特殊能力【痛みの代償(ノーペイン)】によって俺は、ヤーコプの過去を見た。お前たちに前世でどんなことが起きたのか俺は知っている。ヴィルお前の前世も見せてくれ」

 と、俺が言った。

「好きにすれば」

 と、ヴィル。

 俺は、ヴィルに対して【痛みの代償(ノーペイン)】を発動した。


[ヤーコプとヴィルの前世]

 ヤーコプが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。初めてくる狭い物置のようなところにいた。ヤーコプは臭くて汚いベッドの上に座っていた。ベッド脇を見ると、見たことがない少女が座っていた。

「お前は誰だ?」

 と、ヤーコプは初めて見る少女に訪ねた。



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