あなたは今日から〇〇です(女子高生が妊娠しました!)

大和田大和

こんにちは! 私はホームレス!

赤黒い煤と白い灰が透明な空気に色を付ける。舞い散る火の粉は漆色の夜空に映えている。まるで綺麗な宝石が、砕けて宙を泳いでいるようだった。色とりどりのベールの中で俺は死期を悟った。鮮やかな世界の中で、俺の体だけが徐々に色褪せていく。体から血の気が引いていく。体から温度が消えていく。冷たい海底に沈んでいくようだった。俺は、動かない体を必死で動かした。腕も足も首も胴も、もう動かない。鼓動が弱り、呼吸が止まる。俺は最後の力を振り絞って声にならない声を空に向かって呟いた。

「待っていろ。必ず俺が助ける」

俺の今際の際の一言は、誰もいない闇の中に消えていった。静寂が木霊して、孤独が叫ぶ、沈黙が喚いて、俺の声は誰にも届かなかった。そして、鈍色の闇に抱かれて俺は死んだ。


[数ヶ月後]

 目が醒めるとそこは異世界だった。自分が誰でどうやってここに来たのかもわからない。俺は、見たこともないような歪んだ景色に顔をしかめた。病院のビルのような建物がたくさんある。そのどれもがぐにゃぐにゃに歪んでいる。ビルの密林は物理法則と重力に逆らって地面から生えている。地面から突き出たそれらは俺の心に不穏の影を滑らせた。

「どこだここ? 俺は誰だ?」

 俺は辺りを見渡すと自分の横に一枚の紙が置いてあるのに気がついた。

「なんだこれ?」

 俺はその不審な紙を拾い上げた。

『ここは異世界です。あなたには病気能力(譲渡不可)と特殊能力(譲渡可)が与えられます。もし生前、重い病気があればそれが病気能力となります。病気が重ければ重いほど強い特殊能力が付加されます。転生権の獲得を目指して頑張ってください』

「なんなんだこれ?」

 と、俺は不思議そうな顔をした。

 その時だった。背後にいた何者かに肩を叩かれて後ろを振り返った。

「こんにちは! 私の名前はホームレス。あなたの名前は?」

 と、黒髪黒目の女の子が俺の肩に手を当てながら言った。その女の子は、黒い髪を腰まで伸ばしている。その黒い髪が黒い服と混ざって、可愛らしい顔に大人の女性の妖艶さを付け足している。その子は無理やり大人になった少女のようだった。

「ホ、ホームレス? それって名前なの?」

 と、俺が尋ねる。正直この子が何を言っているのかわからない。

「ええ。そうよ。今は説明する時間がないの。いい? これから私が言うことをよく聞いて」

 と、自称ホームレスの女の子が俺に言った。真剣そうな眼差しが俺の心臓を早鐘のように打ち鳴らす。だが、激しく動く心臓と対照的に、俺は身動き一つ取れなかった。動かない体の中で心臓だけがその役目を十分に果たしている。

 俺が何も言わずに固まっていると、女の子は続けた。

「じゃあ説明するね。あなたは、今すぐにここから逃げないといけない。あそこに見えるビルがわかるわね?」

 と、女の子が遠くに見えるビルを指差した。ビルは湾曲してどう考えても地球の重力に逆らっているように見える。

 俺はこくりと頷くと、女の子は続けた。

「よし! じゃあ今からあそこまで走って、速すぎず、遅すぎずいつものあなたの走るときのペースで。速すぎても遅すぎてもダメよ。そしたらビルの中に入って四階の角部屋に行って。そこに私がいるから」

「え? どういうこと? 向こうで合流するってこと?」

 俺は彼女の言っている意味がわからなかった。それなら一緒に行けばいいのに。

「うーん。まあそんなところね。私に会ったらこう伝えて、『遅くなってごめん。仕掛けは作動させた。何も心配いらない』って。いい?」

 と、女の子が言った。

「君にその台詞を言えってこと? ごめん。君が何を言っているのかわからない」

 と、俺は胸の中に巣食う不安を吐露した。

「今はそれでいいわ。でもそうしてちょうだい。いつかわかる時が来るから。それと、台詞を言わされていることは、絶対に誰にも悟らせないで! 絶対によ!」

「いや。待ってくれ! 君のいう通りにするのはいいけど、もっとしっかりと説明してくれ!」

「本当にごめんなさい。もう時間よ。さあ走って」

 そういうと、女の子は俺の手を取って、俺を立たせた。

「最後に一つだけ。これから何が会ってもくじけないで。そして、私を助けてあげて」

 その女の子が何を言っているのか、俺には全くわからなかった。だけど、俺は困っている女の子を見捨てたくない。

「わかった。その代わり、いつかちゃんと説明してくれ」

 と、俺は言って、その女の子のいう通りにビルへと駆けて行った。


 俺が走り去った後、黒髪の女の子の格好をしたそいつは、ぼそりと呟いた。

「頑張れよ。今度こそ。お前ならできる。俺はよく知っている」

 その女の子の格好をしたやつは男の口調でそう言ったが、そのセリフは虚しく宙に消えていった。


[ビルの四階]

 俺は速すぎず、遅すぎないペースで階段を踏みつけた。四階に着くとそこは地獄だった。あたり一面に血が撒き散らされていた。壁も床も天井も血で染まっていた。鮮やかな赤色は俺の不安心を沸騰させた。

「うわっなんだここ? どうなっているんだ? くそっ!」

 俺は呟くと、角部屋のドアを勢いよく開けて中に入った。


[ビルの四階の角部屋]

 扉を開けると、そこはさっきまでの地獄がお遊びに感じるほどの光景が目に飛び込んでいた。角部屋の体積よりも何万倍も大きい空間が広がっていた。壁も天井も床もなく無限に続く地平線のように、その空間は広がっていた。壁や床が在るべき場所には、黒と赤の絵の具を混ぜたような気味の悪い霧が固形化している。その不気味な宇宙の中に彼女はいた。

 全身が黒い液体で濡れている。手には大きな長い剣を持っている。まるで、それは宇宙を物質化して剣の形にしたようだ。

 俺は彼女に近寄ると、あの台詞を言った。

「遅くなってごめん。仕掛けは作動させた。何も心配いらない!」

 と、俺が言った。きっとこれでいいんだよな?

 女の子はこちらに気がつくと俺の目を見た。

「ユウ! 遅くないわ! 時間通りよ! じゃあ全部うまくいったのね?」

 と、女の子が俺に声をかける。ユウって俺の名前か? 正直聞き返したいが、そうするとさっきのセリフについて追求される恐れがある。ここは、何事もなかったかのように振る舞わないと!

「ああ! 大丈夫だ! 何も心配いらない!」

 と、俺が力強く言った。もちろん全部嘘だが仕方がない。

「なら、エルザは無事に死んだの?」

 と、女の子が聞いてきた。無事に死んだ? 何を言っているんだ? 今の俺には知るすべがない。だけど、最初に会った方の女の子が言っていた、『絶対に誰にも悟らせないで』と。俺は、何もかもを知っているふりをした。

「ああ。エルザは死んだよ」

 と、俺は言った。これでいいのだろうか?

「わかった。さあ、次のウェーブが来るわよ! さっき言った作戦で戦うわ!」

 と、女の子が言った。さっき言った作戦と言われてもなんのことか全くわからない。だけどやるしかない。少ないヒントと手がかりからその“さっき言った作戦”ってやつを予想してやる!

「ああ。わかった」

 と俺が言った。すると女の子は俺の後ろに下がった。俺を盾にしているようだ。

 俺は今から何が起きるのかわからなかったが、まっすぐ前を見た。辺りを見渡し、数少ない情報を武器にする。絶対に諦めるもんか! 俺ならここから逆転できるはずだ!

 俺は、彼女がしきりに自分の体の黒く濡れている部分を気にしていることに気がついた。俺と彼女の前方には、一部分だけ真っ黒い地面がある。そして、この物理法則を無視した空間。

「来るぞ!」

 俺は、女の子に叫んだ。全身の肌が骨に焼け付く。筋繊維が引き締まる。毛穴がしぼみ鳥肌が立つ。

 そして、目の前の地面から真っ黒い巨大なスライムのような敵が現れた。

 俺はスライムに対して走った。そのスライムが何なのか全くわからない。完全な初見だ。だけど絶対に勝てる。俺ならやれる。

 周囲の様子から三つわかったことがある。まず、彼女の言動と行動から察するに、俺たちは何らかの作戦を実行している途中だったのだろう。その途中で俺は、彼女に『ここは任せる』とでも言ってこの部屋を後にした。そして、何らかの仕掛けを作動させた。その過程でエルザという女性が死んでしまった。

 つまり、彼女がここでやっていたのは単なる時間稼ぎだ。きっと仕掛けを作動させるか、一定の条件が整うまでスライムは倒せないのだろう。そしてその条件は、二人の人間で戦うこと。つまり俺がここにきたことによってこの条件は満たされただろう。

 二つは、彼女と俺の布陣。彼女は明らかに武器である剣を持っているのに対して俺は丸腰だ。にも関わらず彼女は、一歩引いて俺を盾にした。このことから、俺が何らかのアクションをして、その後で彼女がスライムを攻撃するのだろう。そして、俺が行うべきアクションは素手のこの状態で実行可能なものに限られる。理由は、ビルの外で会った方の女の子の言動だ。この状態で俺がこのスライムに勝つことができないのなら、俺をここに行かせるわけがない。行っても死ぬだけだからな。

 そして、最後の根拠。彼女の体を濡らす黒い液体。スライムという敵の性質、そして彼女の『次のウェーブが来る』という発言。これらより、このスライムは一定のインターバルを開けて、何度か攻撃を浴びせるのだろう。そして、彼女がしきりに気にしている黒い液体。きっとあれが能力発動のトリガー。一定以上の面積を黒く染めることで何らかのダメージを与えるものだろう。八割以上黒く染めると、対象を即死させる。または、重大な状態異常にする。そんなところだろうか。

 以上の三つの根拠により、こいつは条件を満たすことによってこちらに何らかのデメリットを起こすモンスター。そして、その条件とは敵の体を黒く濡らすこと。だが、同時にその攻撃は弱点でもあるはずだ。体表が黒いのは体の中に何かを隠しているから。きっと心臓か何かだろう。その心臓を見つけ出し、彼女に渡せば俺たちの勝ちだ!

 そして、俺はスライムの体の中に飛び込んだ。黒い液体の中に体が沈んでいく。俺は無我夢中で辺りを掻き回した。右手がスライムの体内を滑った。ダメだ何もつかめない。左手がスライムの体を弄る。ダメだ何もない! そして、右足を大きく動かした。その時何か熱いものに触れたような気がした。俺は体を思いっきりひねるとその方向へ泳いだ。

 そして、スライムの熱源を両手で掴むとそれを体から引き抜いた。スライムの体外に出ると彼女を探した。俺はすぐ右横に構える彼女の姿を目で捉えた。全身を黒い液体で染め上げている。おそらくスライムの攻撃で濡らされたのだろう。

「見つけた!」

 俺は、両手でスライムの心臓を掲げると彼女に言った。

 そして、彼女は大きく飛び上がると、全体重をかけて心臓を上から串刺しにした。

 次の瞬間大きな音が弾けて、スライムが悶え出した。黒い体表は次第に色あせて、くすんだ灰色になった。彼女の肌から黒い液体がかさぶたのようになって剥がれた。

「終わった。勝ったんだ」

 と、俺は呟いた。

「ええ。なんとか間に合ったわね。それに仕掛けも使わなくて済んだわ」

 彼女はそういうと俺をスライムの死体から引っ張り上げた。仕掛けがなんなのかわからないが、彼女の言い分からあまり重要なものではないことが予想できる。

「あのさ。聞きたいことがあるんだ」

 と、俺は彼女に言った。

「どうしたの改まって?」

 と、キョトンとした彼女が答える。

「この世界に関する君の考えをもう一度聞かせてほしい」


 俺はこの世界がなんなのか全くわからない。これっぽっちも情報がないのだ。だけど、そのことをダイレクトに彼女に聞くわけにはいかない。だから、話を合わせつつ情報を引き出すんだ。

 この死後の世界は異世界なのか、平行世界なのか、未来の地球なのか、それとも別の惑星なのか。察するんだ、彼女の言動から!

「え? また? いいけど。もうこれかれこれ何十回も話しているわよね?」

 と、彼女が言った。きっと彼女もこの世界に突然連れてこられたのだろう。そうでなければこの反応はあり得ない。彼女にとってもここは、“正体不明のどこか”なのだろう。

「ああ。もう一度情報を確認したいんだ。俺は何も言わないから、君の知っている情報を全部もう一度教えてくれ」

 と、俺が言った。

「ええ。いいわよ。ここは、死後の世界。なんらかの理由で参加者が集められたの。そして生き残りをかけた殺し合いのサバイバルゲームが始まったのよ。殺し合いをクリアする条件は不明だけど、なんらかの条件を満たした上で死ぬことよ」

 と彼女が言った。そうか! だからエルザという女性が死んだのかを俺に聞いたんだな。きっとエルザは無事にクリアできたのだろう。

 俺は、黙って相槌を打った。

「そして、ユウと私は手を組んだ。一人でいるより生存率がグッと上がるしね。それに、特殊能力の相性もいいし! あなたは攻撃を受けたり、敵の弱点を突く切込隊長。そして、私が敵にとどめを刺すアタッカーよ。あなたがそういう作戦にしようって言ったの覚えている?」

「ああ。もちろんだ!」

 俺は嘘をついた。特殊能力っていうのが気になるが後回しだ。

「現在ゲームの参加者は、おそらく数百名のはずよ。あと何人が転生できるかわからないし、急がないと! そして、とっても重要なのが私とあなたのクリア条件」

 俺は、生唾を飲み込んだ。

「それが早く分かればいいんだけどね」

 と、彼女は困ったような笑顔を見せる。なんだ、まだわからないのか。

「これからどうする?」

 と、俺が聞いた。

「うーんそうね。引き続き周囲の人間と協力しながらゲームのクリア条件を探しましょう。そのためにはまず、“七人目の使者”の言う通りにしましょう。そいつの言う通りにここまでこれたんだし!」

 と、彼女が言った。なんだ七人目の使者って? くそっ! ここへきてまた謎か。

「ああそうだな。そうしよう。それで七人目の使者は次にどこへ行けって言っていたっけ?」

 と、俺が言った。当てずっぽうだが、こう答えておけば問題ないだろう。

「はあ? 七人目の使者は手紙で私たちに指示を出しているのよ?」

 と、彼女が言った。

「そ、そうだった。じゃあその手紙をもう一度見せてくれ」

 と、俺が言った。しまった! てっきり誰かが俺たちに指示を出したのかと思ったが、手紙を使ってコンタクトを取っていたのか。

「はあ? 七人目の使者の手紙はあなたが持っているはずでしょ? 怪我でもしたの? 大丈夫?」

「ああ。そうだったな!」

 俺は慌てて、体の隅々まで探した。すると、ルール説明の紙とは別の黒い手紙が出てきた。

 そこにはこう書かれていた。

『ホームレスとユウは二手に分かれる。ユウがエルザを救った後、合流して西の村へ向かう。そこで、キャンディーを探す』

 手紙には地図もついていた。

「飴玉を探すのか? なんでそんなもの探すんだ?」

「さあ。七人目の使者に聞いて」

「飴玉を探す理由がわからないけど、とりあえず西へ行く? 行ってみてダメならそこで何か考えよう」

「ええ。賛成よ!」

「よし! そうと決まれば、早速移動しよう。この距離なら一日歩けば着くだろう」

「はあ? 徒歩で行くつもりなの? 私もいるんだからあれを使いましょう。さあ!」

 そう言って手をこっちに差し出してきた。

 俺はそれを訳も分からずに握った。すると、次の瞬間俺と彼女の体は虹色のワームホールのようなものに包まれた。全身がねっとりとした甘い悪寒に包まれる。そこには何もないのに、肌に何かまとわりついてくるような感覚があった。何もない空間が重いと感じたのは初めてだ。

俺たちはワームホールを通ると、次の村にワープした。


 じゃんけんのルールは単純だ。決められた三つの手(グー、チョキ、パー)から一つを選んでそれを出す。相手も同じように三つの手の中から一つだけ選んでそれを出す。役の出方は全部で九通り。それ以上にもそれ以下にもならない。


[西の村 ロン村]

 ワームホールを通るとそこは、寂れた村だった。いや、村というのも少し違うかな。壊れかかった建物を荒れ野に無理やり建てただけの場所だ。あちこちから寂れた建物の音のない悲鳴が聞こえてくる。

「さあ。じゃあまずは飴玉を探そう!」

 と、俺が言った。

「なんで飴玉なんて探すのかしらね?」

「さあな。七人目の使者に会ったら聞いてみよう」

 俺たちは、しばらくあたりを探したが飴玉どころか、食べ物も飲み物も何もない。

 その時、遠くからやってきた人影に気がついた。

「あの人に聞いてみるか」

 と、俺が言った。

「え? 敵かもしれないのに?」

 と、ホームレスが驚く。

「あ、ああ。大丈夫だ。俺に任せろ」

 何っ? 敵の可能性があるのか? ゲームの参加者はそんなに無差別に殺し合っているのか? くそっ! だけど、このまま飴玉探しをしていても拉致があかない。もし人影が敵なら戦うまでだ。

 俺はゆっくりと、その人影に近づいていった。その人物は女性だった。栗色の髪の毛を後ろで三つ編みに束ねている。明るい表情が、明るい髪色によく映えている。

 その人物はこちらに気づいて近寄ってきた。表情から察するに敵ではないようだが。

「久しぶりですね! 時間通りですね!」

 久しぶり? 俺と会ったことがあるのか? それに時間通りってなんのことだ? だけど、ここで俺が何も知らないことを悟らせてはまずい。

「誰? この人」

 と、ホームレス。悪いが俺も知らない。

「久しぶり元気だった?」

 と、俺が尋ねた。彼女のことは知らない。だが、こう答えておけば無難だろう!

「えっ? 元気なわけないですね。相変わらず絶不調ですね。それよりあなたが私に頼んだ“黒い箱”は完成したですね。これ一体なんに使うつもり?」

栗色の髪の女性は特徴的な喋り方で、俺に尋ねた。

「うーん。それはまだ言えないんだ。」

 黒い箱? なんのことだかわからない。

「そう。とりあえず持ってきたから渡しておくです」

 俺は黒い箱を受け取ると、開けようとした。

「ちょっと! なに? ここで開けるのです? みんなを殺す気ですね?」

 殺す気だと? これそんなに危険なものなのか?

「い、いや。そうだよな。悪かった。そうだ紹介するよ。こいつはホームレスだ! 俺の相棒だ!」

「よろしく私ホームレスよ」

「よろしく私はキャンディーです。あなたの病気はなにです?」

 何? そんな! キャンディーって人の名前だったのか。ならこの女性が俺たちの探しているキャンディーか。ホームレスもそれに気づいたようだが、何も言わない。ここで七人目の使者の話を持ち出すと混乱させてしまう。

「私はなぜか病気がないのよ。なんでかわからないわ」

「そうなんですね。変わっているです。そう言えばユウの病気の調子はどうです?」

 病気? なんの話だ? 一枚目の手紙に書いてあったやつのことか?

「ぼちぼちだよ」

 俺は、わからないので無難な答えを出した。これなら、深く追求してこないだろう。

「無茶はしないでね。あなたの病気は結構深刻です。ホームレスさんだっけ? ユウのことをよろしく頼むです。彼の病気は完治不能で、誰かがついていないとダメなの。彼を助けてあげて」

 と、キャンディーが不吉なことを言った。

「もちろんよ。ところであなたはユウの友達みたいだし、病気能力ではないポジティブな方の特殊能力も教えてもらえる?」

「ですね! 【見えない電気信号】です。念じるだけで電子機器を動かすことができるのです。あなたのは?」

「私のは【名無しの代償(ノーネーム)】よ。審議会にお願い事をして、それが叶ったり叶わなかったりするのよ」

審議会ってなんだ? 俺は疑問を押し殺した。

「へー。病気能力がないのに、便利そうですね。羨ましいです。さ、無駄話もしていないで帰りましょうです」

「ああ。もちろんだ!」

 俺はどこに帰るのかわからないが、返事だけは元気にした。

 それから俺たちは、キャンディーの案内でビルの中を進んでいった。右に曲がり、左に曲がり、また右に曲がった。そして、大通りを突っ切って、民家の中を通った。

「うーん。今回の基地の入り口はどこだろうです。全く毎度毎度面倒臭いったりゃないわねです。ユウ? 今回の入り口はどこだと思うのですか?」

 もちろん入り口なんてどこか全く分からない。だが、少ない会話中のヒントをたぐりよせろ! こんなところで止まったらボロが出てしまう。

 先ほどキャンディーは、基地の入り口に『行こう』ではなく『帰ろう』と言った。なんの基地だか分からないが、なんらかの基地がある。そして、その基地の入り口と出口は別の場所にあるんだ。

 考えろ! キャンディーの言い分から察するに、俺がここに来たのは二度目らしい。一度目にここにきた俺のことを“もう一人の俺”と呼ぶことにしよう。もしもう一人の俺が基地の入り口と出口を分けて別々の場所に設置するとしたらどこにする? 出口と入口が違うのならば、出口から敵が侵入できるとは考えられない。そしたら、今キャンディーが入り口を探していることの説明がつかないからな。だからきっと出口は、堂々とわかりやすい場所に設置して、入り口は非常にわかりにくい場所なのだろう。

 そして、この世界に来て最初に入った部屋を思い出すんだ。あの黒いスライムがいた部屋を! あそこは、部屋の外観と中の広さがあまりにも違っていた。この世界の常識だと、現実の世界と違った物理法則があるのだろう。おそらく、基地にもその仕掛けが作動しているに違いない。

 それなら、基地の入り口は非常に小さく見つけにくく、わかりにくい場所だ。

 例えば、ビルとビルの間にある小さな建物の中の、小さな部屋の扉とか!

「俺はあの辺だと思うよ」

 俺は、ビルとビルの間にある小さい建物を指差した。

「うん! じゃあ探してみようかです」


 五分後すぐに入り口は見つかった。それはなんの変哲も無いドアだった。キャンディーはドアに触れるとこちらを向いた。

「じゃあ入るですね」

 そして、俺は得体の知れない基地に帰った。


 中に入ると、そこにはそこそこの人数が集まっていた。その全員が俺の顔を見て安堵の表情を浮かべている。

「おかえり」

 その中の人物が俺に声をかけた。

「ああ。ただいま」

 その人物が誰だかわからないが俺は、返事をした。

 キャンディーは部屋の中央にある円卓に腰掛けた。

「みんな! 今回も無事に作戦がうまくいったです。これもみんなの頑張りのおかげですね。早速だけど、今回で上手くいったメンバーを発表するです。ジョッシュとギルとライナよ。三人ともおめでとう!」

 キャンディーがそういうと、一人の男性が中央の円卓に近寄ってきた。

「みんな今までありがとう! みんなも引き続き頑張ってくれよ!」

 そういうと、彼は懐から銃を取り出して俺たちの目の前で拳銃自殺した。乾いた銃声が狭い室内に反響する。熱を持ったから薬莢は宙を飛んで地面に落ちた。その瞬間、部屋は優しい拍手と歓声に包まれた。

 俺もホームレスも何が起こったのかわからず呆然としていた。だが、ここで不自然に振る舞うと怪しまれてしまう。俺は無理やり笑顔を作って拍手をした。

 そして、続いて二人の人間が同様に拳銃自殺した。部屋の中は三人の遺体があるにも関わらず、幸せいっぱいのムードだった。

「お祝いもしたし、作戦会議を始めるです。幹部のみんなとリーダーは円卓に集まって!」

 と、キャンディー。部下が三人の遺体を片付ける。

 そして、次々と幹部であろう人たちが円卓に集まった。円卓の席は埋まっていった。だが一番奥のリーダーの席だけが空いている。

「ちょっとリーダーでしょ? 早く座るです!」

 と、キャンディー。信じられないことにみんなが俺の顔をじっと見つめている。

「ああ。もちろん」

 俺は慌ててリーダーの席に座った。俺がこのグループのリーダーなのか?

 みんなが俺の方を見てくる。なんだ? 何を待っている。これから会議が始まる。そして俺はリーダー。おそらくみんなが待っているのは、

「じゃあ。会議を始めよう」

 俺が言った。

「早速作戦会議に入りたいけど、そこのあなた? 携帯電話を切ってもらえるですか?」

 と、キャンディー。

 部下の一人と思われる男が慌てて携帯電話を切った。

 そして、それを見るとキャンディーは満足したのか議題に入った。

「今回でようやく黒い箱が完成したです。これを使って敵を一網打尽にする。そういう作戦だったですね。前回の会議で具体的にはリーダーが決めるって言っていたですね? どうするのかを聞かせて」

「ああ」

 前回の会議も、敵がなんなのかも全く分からない。だけど、やるしかない! リーダーを演じるんだ。もし、俺がリーダーならどうする? どうやって敵を攻撃する?

 黒い箱。キャンディーの表情。キャンディーのセリフ。そして、この世界の謎。全てのパズルのピースを無理矢理つなげた。

 黒い箱を俺が開けようとした時、キャンディーは『みんなを殺す気?』と言っていた。つまり箱を開けると言うことが、あの場にいた俺とキャンディーとホームレスを殺害することにつながる。あの場にいる三人を同時に抹殺できる小さい箱の中身はおそらく爆弾。箱を開けることが起爆装置だ。そして、この箱は俺がキャンディーに頼んで作らせたものだ。

 俺の性格、俺の思考、俺の感性。それらから推察するに、仲間を見殺しにするとは考えにくい。

 この箱を開けるのはおそらく敵の誰か。

「今回はトロイの木馬作戦(プレゼントに爆弾を入れて相手に送る)で行く」

 と、俺が言った。頼む! これで合っていてくれ!

「じゃあ。前回言っていた計画をそのまま進めるのですね?」

 と、キャンディー。よかった。当てずっぽうだったが、この作戦で間違い無いらしい。

「懸念すべき注意事項としては、今回も奴らが来ているはずです。前回の戦いで六十七人殺したあいつらです! 詳しいことはシスタが説明するです。あいつらと戦った人の中での唯一の生存者です」

 あいつらが誰なのかわからなかったが、ここは無難なコメントをすべきだろうな。

「ああ。みんなくれぐれもあいつらには注意をしてくれ! 今まで殺された仲間の無念を晴らすためにもこの戦い、必ず勝とう! 俺たちの手で長かった苦しみを終わらせるんだ!」

 そして、作戦会議室は大きな歓声に包まれた。


 その後、俺はこの世界のルールが少しわかった気がする。

 キャンディーたちから話を聞くと、先ほどの三人は、この世界で敵対していたグループを殺した後で自殺したようだ。つまり、ただ普通に自殺するだけじゃクリアにはならないんだ。なんらかの厳しい条件を満たした状態で死ぬ必要があるんだ。そしてその条件は、人によって違う。

 俺とホームレスのクリア条件は、まだわかっていない。


 会議が終わると、みんなは散りじりに部屋に戻っていった。

「じゃあ私は先に部屋に行っているわね」

 と、ホームレス。ホームレスにはキャンディーから聞いた開いた部屋をあてがった。その部屋は俺と相部屋だが、仕方がないだろう。

「ああ。わかった」

 それから俺は、リーダーらしくみんなが部屋に戻るのを見届けた。

「ふう。疲れたな。俺も部屋に戻るか」

 俺はそういうと、部屋に戻ろうとした。

 その時だった。後ろから袖を誰かに掴まれた。俺が振り返るとそこにはキャンディーがいた。

「ねえ? 二人きりでちょっと話せるです?」

 と、キャンディー。表情は少し嬉しそうだが、どこか悲しげだ。彼女は混ざり合った喜怒哀楽を顔に浮かべている。

「ああ」

 俺は、彼女の手をそっと握って、言った。こんな表情の女の子を放ってはおけない。

 そして、俺とキャンディーは建物の一番上の階の一番大きな部屋の前に来た。握った彼女の手は暖かくて心地よかった。彼女から溢れた優しさが辺りの空気を愛で彩る。暗い廊下に、明かりが灯ったように感じた。

 これが彼女の部屋か? 一人で使うにしてはやけに大きくないか? と、思ったが口には出さなかった。俺はこの建物に来たことがあるはずだ。そんなことを言ったらおかしい。

「さあ。入るです」

 と、キャンディー。俯いて俺と目を合わせようとはしない。

俺は、黙って彼女の部屋に入った。部屋の中は驚くほと小さかった。明らかに物理法則を無視している。外から見たらあれだけ大きな部屋に見えたのに、部屋の内部は不自然に小さかった。まるで、張りぼてで外観だけをよくした映画のセットみたいだ。

 部屋の中には、小さなベッドが一つと部屋の隅に無造作に置かれた重火器だけが佇んでいた。テレビもラジオも携帯電話も何もない。ただ寝るだけの部屋だ。

「何ジロジロ見ているのです? 座って」

 と、キャンディーが俺に促した。

「ああ」

 と、俺はボソリと吐いて、ベッドに腰掛けた。

 そして俺の隣にキャンディーが腰を下ろした。今、二人っきりで女性の部屋のベッドに隣同士で腰掛けている。これからやましいことをするわけではないが、少し緊張してしまう。

 俺とキャンディーは一体どう言った関係だったのだろうか? まさか恋人? 別れた彼女? まさか、妻か?

 俺は、聞きたくて仕方なかったが、そんなことできるはずもなかった。

 そして、五分が過ぎて、十分が過ぎて、二十分が過ぎた。一体彼女は何がしたいのだろう。俺から何らかのアクションを起こすべきなのだろうか? だが、正式に付き合っているかわからない女性にそんなことは絶対にしない。俺の主義に反する。

 俺は勇気を出して口を開いた。喉が渇いてうまく喋れない。だけど、腹の底から不自然にくぐもった声をひねり出した。

「キャンディー? 話って何?」

 やっとの事でひねり出した俺のセリフは単調でつまらないものだった。もっと気の利いたことを言えたらいいのに。

「私ね、みんなに病気のことで気を使われるのがたまらなく嫌なんです。本当を言うと、同情なんて迷惑以外の何物でもないのです」

 と、キャンディー。キャンディーは俺の手の上に自分の手を乗せた。触れた部分から熱が伝わる。彼女の温もりが暗い部屋の中で唯一、明るく見えた。だけど、その明かりが不安の影をより一層、色濃いものに変えた。

 彼女の言い分から察するに、相当重い病気なのだろう。なんの病気かわからないが、聞くわけにもいかない。

 こういう重い話をする時はどんな反応をするのが正解なのだろうか? 彼女にとって俺とは一体誰なんだ?

 俺は、必死で考えても正解なんて出るはずもなく、ただ相槌を打つことにした。

「そうか。辛いよな」

 と、俺が言った。すると、キャンディーは俺の目を見ると優しく笑った。

「いいえ。だって、あなたがいるから」

 と、キャンディー。この一言で俺と彼女の関係性がわかった気がする。俺は、左手をそっと彼女の肩に回した。決して力は込めないで、そっと、優しく、だけど彼女の不安を無くしてあげられるくらいは強く。

 キャンディーは俺の肩に寄りかかってきた。彼女の髪から甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。彼女と触れ合った場所だけに感覚がある。それ以外の場所からは感覚が消えて無くなった。

「あなただけです、私のことを可哀想だとか不憫だとか言わなかった人は」

 と、キャンディー。なんのことだかわからないが、俺はきっと彼女のことを健常者と対等に扱ったのだろう。そして、彼女のセリフから判断するに、彼女がかけてほしい言葉は同情でも憐れみでもない。

「キャンディー、君は強い。病気なんてどうだっていい。病気があろうとあるまいと、君は強くて優しいよ」

 俺は、力強く言った、少しでも彼女の不安を溶かせるように。

「それをいうのは二度目です」

 と、キャンディー。

 俺は、黙って彼女の目を見た。

「ねえ? ユウ? 戦いが終わったら、私と付き合ってくれるのですよね?」

 と、キャンディー。

「え? ああ。約束したもんな。ちゃんと覚えているよ」

 と、俺は優しい嘘をついた。もちろん約束なんて覚えていない。

「もう一度聞くけど、私があの病気でもいいのです?」

 と、キャンディー。

「ああ。何度も言っただろ? そんなのどうだっていい」

 と、俺が言った。病気がなんなのかわからないが、きっと大丈夫だろう。もう一人の俺がそう判断したんだ。自分の判断なんだから信じていいはずだ。

「そう。嬉しいです」

 と、キャンディー。きっと今キスをしても彼女は拒まないだろう。だけど、それは戦いが終わってちゃんとデートしてからだ。本当に彼女のことを好きになったら、交際を正式に申し込もう。今の俺は彼女のことをよく知らないし、彼女をどうこうする資格はない。

「じゃあ。俺はそろそろ部屋に戻るよ」

 と、俺は言って、彼女の部屋を後にした。


 ホームレスとの相部屋に来ると、彼女はもう寝ていた。部屋は狭くて、薄汚かった。狭い倉庫のような小部屋に、二段ベッドが一つある。ベッドの横には、テレビとラジオがある。そのどれもが古臭くて汚れていた。

 俺は、二段ベッドの上に上がると睡魔の誘惑を受け入れた。


 そしてしばらく、その基地で俺とホームレスは過ごした。決戦の前日は驚くほど早くやってきた。


[決戦前日]

 決戦の前日は異様な静けさに包まれていた。二十四時間後には、生きるか死ぬかの殺し合いだ。きっと、死刑囚はこういう気持ちなんだろうな。死刑執行されることただ待っている。殴られるわけでもなく、拷問されるわけでもない。辛いことなんてないのに、辛い。死刑が執行されるという事実が、何よりも重い刑。決して変えることのできない運命。ちっぽけな人間がどう抗っても勝つことなんてできないんだ。

 俺とホームレスは部屋で休んでいた。何も喋らずにただ死刑執行を今か今かと待っていた。

 その時だった。静寂を切り裂いて、乾いたノックの音が三回部屋に響いた。

「どうぞ」

 と、俺は言った。

「重要な話があるの。裏切り者についてよ」

 と、紫の髪の毛をした少女が入ってきた。


 少女は部屋に入ると扉を閉めた。

「裏切り者に聞かれるとまずいから小声で喋りましょう!」

 と、少女が言った。

「ちょっと待って! あなた誰?」

 と、ホームレス。当然の反応だ。ホームレスはここに来るのが初めてだからな。さらに付け加えると、俺もこの子が誰だかわからない。

「それもそうね。ユウ! 私のことを彼女に紹介してもらえる?」

 と、少女が言った。

「ああ。もちろんだ」

 と、俺が言った。まずいな。誰だこの少女は? 俺はこの少女が誰なのかわからない。だが、見当はついている。思い出せ、キャンディーのセリフを! 思い出せこの基地の状況を!

「ホームレス! この女の子は……続く。


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