第94話 洗礼

「神は言いました。『貴女が生き残る為にすべき行動は──キンブリーに行き、レースでしこたま借金作って奴隷落ちすれば良い』と……」


「……それだけ?」


 ──生き残る方法?


 というか、その内容自体が神様が言う事じゃないよね?


「私も言葉を失いました……まさか神からお言葉が奴隷落ちしろと言われるとは……しかし、続けて神は言いました。『そうすれば英雄が助けてくれるでしょう。その英雄を頼りなさい。そうすればも上手くいきます』と。その英雄とは間違いなくエル様ですよね? 噂は聞いてます──」


「ちょ、ちょっと待ってね? 色々気になるキーワードがあったんだけど洗礼ってあの洗礼?」


 頷くエレノアさん。


「あれって、確か『六聖』と行くんじゃなかったかな??」


「その『六聖』の1人は退職されてエル様の所にいますし、他の方々は最近の魔物が活発で動けないのです。私は今代の聖女と言われていますが、まだ正式には聖女にはなっておりません。洗礼を受けていませんから……そこで便乗して私を失脚させようとしている『六聖』もいます」


 最悪だ……。


 まさか、こんな事に巻き込まれるなんて……こういうのを巻き込まれたくて教会に所属しなかったのに……。


 このエレノアさんの言っている洗礼とは代々聖女が聖女になる為に受ける試練の事だ。


 母さんの話から確か場所は──ダンジョンだと聞いている。


 そこの難易度は初代の墓と変わらないぐらいのはず……生半可な冒険者ではまず帰ってこれないだろう。


 母さんの時も先代の『六聖』は2人を残して全滅──


 これに父さんが同行していなかったら生きて帰れなかったとも聞いている。というか死んだ六聖に裏切られて母さんは父さんに守られて生き残ったはずだ。


 父さんが何故いるのか?


 母さんに惚れた父さんが無理矢理着いていったと母さんは言っていた。


 父さんも本来なら功績を認められて『六聖』になっているはずだったのだが──


 その話を物理的に国相手に蹴って、次代の聖女を探して母さんと一緒に冒険者になっている。



『なんだ? あの洗礼がクリア出来ないぐらい──今の『六聖』の奴らは弱くなってるのか?』


 昔聞いた事を思い出していると、そんな初代の言葉が聞こえてくる。


 昔はそれぐらい問題無いぐらい『六聖』は強かったという事だろう。


 しかし、予想外なのが洗礼をまだ受けていないという事だ。


 やはり──『六聖』がそこまで強くないのだろうか? メリルさん並の人が5人もいればなんとかなりそうな気がするんだけどな……。


 いや、魔物の動向とかもあるようだし、全員が集まらないのだろう。それに話から察するに母さんの時と同じような状況になる可能性もあるか……。


 それにメリルさんも抜けてしまったのもあるのかな? それも理由で行けなかったのなら凄い罪悪感だ。


「あそこってやっぱり行かないとダメなんですか?」


 行かなくて済むならその方が俺的に助かる。


「……正式な聖女でない私では──発言権が弱いのです。このままだと私は殺される可能性すらあります。そして偽物の聖女を作る動きがあります──腐敗した内部を更に腐敗させる事になるでしょう……私を救って下さったキャロル様の意思は私が継ぎたいのです。だから──お力を貸して下さいませんでしょうか?」


「──母さんのね……──わかった……」


 母さんを引き合いに出されたら俺も断れない。俺も母さんの意思は大事にしたいから……。


 正直言うと『信託』を下している存在は嫌いだ。


 そのせいで母さんは死んだ。いや、『銀翼』はなくなった。


 エレノアさんの未来がどういう風になるのかわならないが──


 せめて──


 聖女になれば強力なユニークスキルが得れるはず。以前のスキルはと言ったのはこれが理由だったりする。


 聖女になる人は聖痕スティグマがある。それが引換券のような役割を果たしているようだ。


 強力なスキルを得れれば、エレノアさんは簡単には死ななくなるかもしれない。


 ただ、俺は気になる事が一つだけある。


「別に奴隷にならなくても俺を頼れば問題なかったよね?」


 この一言に尽きる。


「……実は……」


 続きがあるの!?


「──私──エル様をお慕いしています! 昔、孤独な私に手を差し伸べてくれたエル様に奴隷になって滅茶苦茶されたかったんです! しかも、エル様は私の敬愛するキャロル様の御子息──そして、アラン様と同じように英雄と言われるエル様にこの身を汚して頂きたいのです! その意向を神が汲んで下さいました! あぁ、エル様がこの身を野獣のように襲う──興奮しかありません!」


 両手で自分を抱きしめて涎を垂らし、1人妄想の世界に入っているエレノアさん……。


『うわぁ……』


 初代……俺も同じ気持ちだ……性癖がヤバすぎる……。


 告白はされた事があまり無いから嬉しい……だが──全力でお断りしたい告白の言葉だ。


 昔に手を差し伸べたって言われたが、俺──母さんについていって話し相手になっただけなんですけど!?


[周りにまともな人材が少ない件について]


 いや、本当それな!


 こんなのミレーユに聞かれなくて本当良かった──


「エル……ちょっとこっちに来なさい」


 ──!? ミレーユの声!?


 俺は首がもげるのではないかと思うぐらいの勢いで振り向くと全員がいた。


 何故いる!?


「ボスっ! 緊急の案件だと思い、皆様を案内させて頂きましたっ!」


 バラムっ! お前か!


 口元が笑ってるぞ! 絶対わかってやっただろ!


 悪魔か!


 って本物の悪魔じゃないか!



 この後、ミレーユに誤解を解くのに5時間かかった……。


 絶対、この流れを仕組んだ──いや、『信託』を下した奴許さんっ! 後バラムもっ!

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