第86話 宝玉

 今は静寂から大歓声に変わっている。


 目の前には何も残っていない。ノアはで消滅した。


 俺の右手はスワロウ改の衝撃が強すぎて吹き飛び──肩から先が無く、血が飛び出している。


 残っているのは俺の左手にあるノアから託された宝玉のみ。


 もう回復する気力も湧かない。


 俺の視界は段々と空になっていく──


 どうやら限界のようで大の字で倒れたみたいだ。


「「「エルっ!」」」


 仲間全員が俺に駆け寄ってくれたみたいで全員が覗き込んで来る。


 痛みが和らぐ──ポーションを使ってくれたようだ。


「なんとか──生きてるよ……」


 俺の言葉に皆は涙を浮かべて頷いてくれる。



「今だっ! 殺せっ!」


 そんなゴウキの声が聞こえてきた。


 俺の体は動かない。


 皆は振り向き俺を囲むように立つ。


 すると、矢の雨が降り注いで来る──


 皆は次々と矢を叩き落としていく。


 最後は皆に任せるしかないか……これぐらいなら問題無いだろう。


 情けないが──俺らしいな。


「シロガネ……後は頼む──殺すなよ……」


 皆は疲弊している。一番余力のあるシロガネに頼む事にした。


「うむ、後は我が一掃するのである──『落雷』──ふむ、しぶといな……【地割れ】──」


 周りで激しい轟音が響き渡り、叫び声が聞こえて来る。


 攻撃は止んだようだが──


 人の話聞いてたか? どう考えても天変地異が起こったような音が聞こえてきたんだけど!?


 死んでないよな?


[死者0]


 ならいいか……。


 そういえば、ゴウキは? 逃げた?


[今『天眼』により捕縛されました。戦闘は終了です。お疲れ様でした──左手にあるは直ぐに使用する事を推奨します]


 なら良いか……ノアから託された宝玉か……見た感じ──


 ダンジョンとかで入手出来る『スキルの宝玉』のように見える。


 俺は宝玉を胸に当て──


解放リリース


 そう合言葉を発すると、俺の中に光が入り込む。


 今の所、俺達に出来る事は何も無いな。


 後はゴウキの闇を暴いて、それを公開すれば全て終わるだろう。


 出来れば──


 今すぐ、この手で裁きたい──


 だが、今はもう意識が飛びそうだ……血を流しすぎたな……。


「兄貴」


 ふいにクロムから呼びかけられる。


「どうしたクロム?」


「──俺はと違った目で兄貴を見ていたから。己の目で見極めろってな……。──来て良かった……俺も皆と同じように兄貴──いや、エルを英雄にしたいと思ったよ……」


「……クロム?」


 何を言っているんだ?


「もうバラすわ……俺の役目はエル=オーガストの英雄への──特に案内なんかしなくてもエルは英雄の道に進んでるけどな! 後、今回俺良いとこ無しだしな! さぁ──俺の最後の任務だ。アメリア様の命により──『白銀の誓い』を派手に世間に知らしめるっ! ──『眷属召喚』──」


「「「ギュアァァッ」」」


 複数のドラゴンの鳴き声が聞こえてくる。


「ちょっ、なにしてんの!?」


 俺はいきなりの事に上半身だけを起こす。


「ここにいる人々よっ! よぉく聞けっ! 『白銀の誓い』──エル=オーガストにより、この街の危機──いや、世界は救われたっ! ここに今、まさしく新しい英雄が誕生したっ! そして、この街の支配者である三光のうち霞んだ光を2つ消した事により──実質的なキンブリーのトップに君臨する。その名を深く刻むが良い──」


「……」


 唖然となり声が出せない。


 こいつ何言ってくれてるんですかね!?



「エル──また会おう。俺は──いや、はお前の味方だっ!」



 クロムは大歓声の中、ドラゴンを派手に飛ばして去って行く──



 何がなんだかわかんねーよ……。


 ただ、これだけは言える。


 案内人って……案内するのが役目だろ……お前最後にドラゴン飛ばしただけで、何にもしてないじゃないか!


 それと──


 金返してから帰れよっ!



 俺の意識は心の中でツッコミを入れると同時に途絶える。






 ──目の前には幼い頃のノアがいる。


 これは夢だろう。俺も子供の姿だ


 それにノアは死んだ──いや、俺が殺した……。


 どんな理由があろうとその事実だけは変わらない。


 ノアとは『銀翼』の頃に依頼で一緒になってからが交流の始まりだ。


 それ以降は英雄である父さんに憧れ、強くなれない俺と会う度に一緒に強くなる為に訓練なんかよくした──


 目の前のノアが口を開く。


「エル──訓練しようぜ?」


 そう、こんな感じでよく誘ってくれた。


 これはやはり夢だ──


 だけど、この懐かしい夢に身を委ねよう──


「あぁ、模擬戦でいいか?」


「また俺が負かしてやるよ! 俺は攻撃スキル、エルは『結界』無しだからな? お前の『結界』とか反則級だしな!」


 俺が『結界』を使うとどうにもならない事を知ってるからこそ、いつもこのルールだ。スキル無しなのは攻撃スキルを俺が使えないからフェアにする為だったりする。


「またか……まぁ、いいや。お手柔らかにな?」


 そして、俺達は笑顔で向かい合い剣を構える。


「「行くぞっ!」」


 そして俺達はしばらく剣を撃ち合う。


 都合の良い夢だ。


 夢であっても『型』は使えている。


 そのお陰で、俺は対等に渡り合えている。


 俺達は一度離れる。


「エル……本当に強くなったな……」


「そう……かもな?」


「なんだよそれ。もっと自信持てよ。仮にも俺に勝ったんだろ?」


「俺の力じゃ無いさ……」


 そう、は俺の力じゃない。初代が俺の体を使ってやってくれただけだ。


「今の残留思念だ。お前の中にいる」


 ──!?


「夢じゃない?! いや、夢なのか?? 本当にノアなのか!?」


「あぁ、……って泣きそうな顔すんなよ……」


「だって……ごめん……助けてやれなかった……」


「気にするな。既に手遅れだったんだ。それより、最後の模擬戦なんだ。スキル、魔法無しでとことん勝負しようぜ?」


「……」


 俺は頷く。


 ノアの真剣な表情を見るにこれが本当に最後なんだろう。


 昔のように俺達はその後も撃ち合っていく──


「エル──凄いな。スキルを合わせればAランクぐらい余裕であるんじゃないか? なぁ、最後に見せてくれたを出してくれよ」


 あの技とは初代が使った奥義の事だろう。


「スキルが使えればね? ……最後のあれは使えないんだ……初代オーガストが力を貸してくれたんだ……」


「……いや、使える──間違いない。お前はもう少し自分の力を信じろ。どうしてそんなに腑抜けになっている? 例え力を貸してくれたと言っても、あの技は放ったんだ──別にわけじゃないだろ?」


 ──た、確かに……。


 あれは俺自身の力で放っている……物語のようにいきなり力を授かったわけじゃない──


 ──なら出来るのか?


「──わかった──」


 ぶっつけ本番だが、初代が見せてくれた技は体が覚えている。


 やってみる価値はある──


『八相の構え』で腰を低くし、剣先を向ける──


「そうだ。それで良い──それでこそ俺のだ。それにここは現実じゃない──思いっきりやれっ!」


 下腿部と剣先に魔力を込める。


 剣先には可視化出来るぐらいの高密度魔力が集まり──光輝く。


「さぁ──見せてくれ」


「あぁ、俺の成長を見てくれ──」


 下腿部に集まった魔力を地面に向けて爆発させるように放出すると同時に駆け出す──


 型の『集』は常に一定の魔力を保つが、この技は一気に爆発させるように使っている為──爆発的な瞬発力が出せるみたいだ。


【応援】による強化を一切していない状態なのに凄まじい瞬発力を発揮した俺はそのまま剣先をノアの胸に向けて突き刺す──


 ノアは避けようとするが──叶わず、胸に深く刺さる。


「──お見事。少しは自信はついたか?」


「──痛くないのか?」


「痛くねぇよ。その感じだと大丈夫そうだな。これで心残りも無い──お前の強さは


「──ありがとう……」


「お前は英雄だ。優しい心を持つお前だからこそ相応しい。──さて、ぼちぼち逝くわ……はお前が使ってくれ」


「待ってくれっ! もう──会えないのか?」


「あぁ、これで最後だ……俺がここにいるのはスキルの宝玉に残された残留思念だ」


「……そう……か……」


「辛気臭い顔すんなっ! 笑って送り出せっ! それと、お前は俺を殺したけど必要な事だったんだよ! 何も気にする必要なんて無いっ! 俺は他の知らない奴より、お前に殺された方が嬉しいに決まってるだろ?」


 こうやって本人から言葉にされると少しだけでも気が楽になる……。


「……これでいいか?」


 俺は出来る限りの精一杯の笑顔をする。


 目の前はもう──見えないぐらい涙が溢れてくる。


「それで良い──いや、それがお前らしい。さらばだ──友よ──」


「ノアの期待を裏切らないようにするよ──」


 俺は涙を拭い──


 昔よくやった拳の挨拶を行う。


 最後に拳と拳を合わせると──


 散り行く花のように消えて行くノア。


 いつか──


 必ず初代の墓まで行けるぐらい強くなってみせる。


 そして、また報告するよ──


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