第85話 ごめん──

「シロガネ、ありがとうな! シロガネは俺が力尽きたら──ノアを。フレアとカレンさん、ミリーさんはメリルさんとミレーユの介抱とここに邪魔が入らないようにしてくれると助かる」


 この場での頼むは殺してくれという意味だ。皆まで言わなくてもわかってくれるだろう。


「うむ」


「「「了解」」」


 フレアは【神速】を使い、メリルさんとミレーユを回収し、カレンさんとミリーさんは周りを警戒する。



「……主の今の強さなら勝てるだろうに?」


「……いや、これも長くは続か──ごふっ……続かないんだ……」


 シロガネに返事をしている途中、吐血する。


 さすがにキツい。


 俺に残された時間はどれくらいだろうか?


『3分だ』


[3分です]


 息ぴったりだな。


 目を覚まさせる方法はないかな?


 実は何も考えてないんだよね。例え元に戻せなくても──目を覚まさせる事が出来れば問題無いはずだ。


『ぶん殴れ』


[ショック療法]


 最後は脳筋なのね……君達何気に張り合ってるよね?


 さぁ──


 友の為にもう一踏ん張りだ。


「セリアさん、俺はこれからノアの目を覚まさせますが──最悪は……」


「えぇ……」


 これは確認だ。最悪は──俺の手で殺さなければならない。


 これは姉であるセリアさんが本当はしたいだろうが……相手をするには力が足りていないだろう。


 現状相手に出来るのはシロガネ、『天眼』しかいない。次点で強化した俺が一番マシのはずだ。


 他の人に再度、極全強化オーバードライブをかけるだけの余裕も無い。


 だから俺の手を汚そう。


 ──いや、友である俺が手を下す──


 これはシロガネや天眼に任せず──俺がやるべき事だ。



「ノア……願わくば──正気を取り戻してくれ──すぅ──」


 俺は願いながら、深呼吸をしながら『攻撃重視の型』である『集』を使う。


 これは攻撃力、瞬発力を上げる為に手足に魔力を集中させている。正眼の構えだ。



 俺は駆け出し、高速で剣技を繰り出す。


 4倍強化の猛襲にノアは負けずと攻撃を防ぎ、受けながらも耐える。


 命を賭けた勝負だというのに──


 懐かしい。


 まるで昔、2人で訓練していたような錯覚に襲われる。立ち位置は逆でいつもは俺が攻撃を防いでいたが。


 こうやってまた正気のお前と模擬戦したかった……。


 たまに聞こえて来る叫び声は泣き声のように聞こえて来る……それが無性に俺の心をえぐってくる。




 ──しばらく攻撃を続けるが、ノアを正気に戻す程のダメージは与えられなかった。


 決め手に欠ける──


 本当は俺の手でなんとかしたかった──


 けど俺には無理だ……このまま他の人に任せる事になるのか?


 ……嫌だ……なんとかしたい──


『力を貸そうか?』


 ……初代!?


 頼む──


 そして──ありがとう……。


『残り1分だ……体を借りるぞ?』


 初代は俺の体を動かし始める──


『覚えておけ──俺のだ──』


 俺の体は『八相の構え』を取り、深く腰を落とし──剣先を相手に向ける。


 そして、魔力をに込める。


 ノアが向かってくる同時に、爆発的な瞬発力を発揮した俺の剣先は胸に向かって突き出していた。


 強化した強烈な突きは見える人は少ないだろう。


 剣先は可視化できる程の魔力が込められており、貫通力重視の攻撃だと予測出来る。



 こんな事が可能なのか……さすがは初代オーガスト……英雄と呼ばれたのは伊達じゃない。


 突き出された剣先がノアの胸を貫く──


「グガァァァァァアッ」


 するとノアの絶叫が木霊する。


 しかし、正気は取り戻していない。


『……魔力の消耗が激しいな……限界だ……寝る。後はなんとかしろ』


 その初代の言葉と共に俺の額部分に魔力が込められていた。


 高密度に固められた魔力、これでおそらく頭突きをしろという事なのだろう。


 最後の最後で俺に任せてくれる初代の優しさが身に染みる。


 俺はノアの虚な目を見て、奥歯を噛み締め──


「目を──覚ませッ!!」


 そして、頭突きをする──


 頭突きを喰らったノアはのけぞり、そのまま仰向けに倒れる。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


 俺は限界になり、極全強化オーバードライブを解く。


 正直──大の字で寝たい……。


 これでダメなら──


 ──!?


 ノアが起き上がる。


「いってぇーよっ!」


 そう言いながら額を押さえて立ち上がるノア。


 どうやら成功したようだ。


「やっと正気に戻ったか……」


「あぁ、お前のお陰でな? 迷惑かけたな……エル──強くなり過ぎだろ……体が言う事聞かなくてもちゃんと見てたぜ?」


 俺達2人はお互いを見つめ合い笑顔で話す。


 なんとか正気に戻せた……それ以上にこうやって話せるのがとても嬉しい。


「まぁな……俺の切り札だからな……」


 最後のは違うけど……。


「ったく──さすがオーガストの系譜──いや、アランさんの息子だ……はぁ……俺ももっと強くなりたかったぜ……」


「お前も色黒になってるけど、強くなってるじゃないか? そういえば俺に初めて負けたな……次は勝てるように訓練したら……良い……じゃ……ないか……」


 ノアの体は少しずつ──綻び始めて灰になっていく……。


 甘かった……正気にさえ戻せばなんとかなると思っていた……くそっ……。


 なんでだよ……なんで──


 こんなに現実は非情なんだ……。


「……泣くな……お前は英雄だろ? さぁ、時間だな……俺も意識を維持するのが難しい……ぐぅっ……エル──これを受け取れ──」


 ノアは自分の胸に手を突っ込み──丸い水晶玉のよう物を取り出して俺に投げる。


「これは?」


「俺からの贈り物だ──俺の事忘れんなよ? ──姉さん……迷惑かけた……」


 俺にそれを渡すと急激に体は綻び出したノアはセリアさんに謝罪する。


「ノア……逝くのね?」


「……あぁ。……また暴走する前に──お別れが出来たな……これから──また俺は命が尽きるまで暴れるだろう……だが──その前に。なっ?」


「あぁ……」


 ノアの体はさっきよりも早く灰に変わっていっている……表情は無理して笑ってはいるものの苦しそうだ。


 ノアのだ……他の誰でも無い──俺に対する。


 俺が必ず──


 新しく作っていたスワロウ改を右手に持ち──


 これは充電式だ。俺の魔力を込め続ける事によって威力を増幅させる事が出来る。


 撃てば壊れるだろうけど──構わない。


 俺からの最後の手向けだ。


「そんなので俺を殺せるのか?」


「当然だろ? 俺を誰だと思ってるんだ?」


 精一杯強がりながらノアに応える。


「くっくっく、だろ? 俺を殺して昔に夢見た、英雄になれ──なんせ俺は魔人みたいなもんだ。必ず功績になる。お前は周りだけじゃない──俺も救える英雄なんだ──だから殺せっ!」


「……」


 もう目の前は涙で微かに映るノアしか見えない……。


「さぁ──来いっ! お前の晴れ舞台だっ! 盛大に行けっ!」


 俺は最大まで充電したスワロウ改をノアに向ける。弾丸はシロガネが込めた【雷魔法】──


 後は──トリガーを引くだけ──


 だけど……その引くだけが出来ない。


 ここでやらないと『天眼』が必ず殺すだろう。既にいつでも動けるように準備している。



 俺は震える手を必死に固定する。



「────来世で会おう──次は俺と一緒に必ず──旅をしようぜ?」


「──あぁ、必ずな……墓標はいつかオーガストの墓の隣に立ててやる! ──俺達の絆は決して切れないっ! 例え死んでもだっ! さよなら──」


 はにかむ笑顔で俺の最後の一押しをしてくれる──


 さよなら──


 俺の最初の親友──


 いつかあの世で会おう──



 トリガーを引く。



 眩い極太の閃光がノアに向かっていく──


 ノアは笑顔のままずっと俺を見てくれている。


 ノアの口元が動く──


『新たな英雄の誕生だ──ありがとう──』


 そんな言葉が聞こえた気がした。


 その瞬間にノアは閃光に飲み込まれ──



 ──消滅する。


 通り過ぎる閃光は『天眼』が【次元魔法】で空間の歪みを作り、被害が出ないようにしてくれる。



 後に残ったのは静寂だけだった。




 助けられなくて──



 ごめん──

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