第57話 一度は目指した目標──

 時間は夜中だ。皆はもう寝静まっている。訓練で疲れているのだろう。


 もちろん、ミレーユも寝ている……。


 訓練の約束を忘れているのかもしれない……。


『子孫も寝るのか?』


 いや、1人でもやるつもりだ。


 皆の訓練見ていて──


 少し火がついた。2年ぶりに剣を振りたい気分だ。


 それにシロガネも言っていたし、護身の為に扱い方ぐらいは練習しといた方がいいだろう。


 俺の銃や魔札で対応出来ない事もあるかもしれないしな。手段はいくつあっても困らない。



 俺は一人で【疾走】スキルを使い、昼間に訓練していた場所まで移動する。


 ミレーユとメリルさんの応酬の為か荒地になっているな……。


『さて、まず素振りからしてみるといい。俺が指導してやろう』


 初代オーガストは今でも伝説として残る英雄だ。


 そんな人に指導してもらえる事は幸せな事なんだろう……敬意を表さないといけない所だと思うんだが……。


 正直、煩くてたまらない……。


『文句言わんとさっさとやれ!』


 はいはい。


 俺は素振りを始める。


 しばらくしていると──


『……悪くはない……今のでは十分だろう』


 今の状態?


 意味がわからない。


『そのうち努力すればわかるさ……少し?』


 ──はぁ!? 乗っ取らないんじゃないのか!?


 詐欺だ!


『乗っ取りなんかしないさ。俺にはそんな事は出来ない。出来るのは少し体を動かす事だけだ。かなり消耗するがな……。この世はスキルが全てでスキルに頼る戦い方が悪いとは思わない。だが、お前にはまず必要な事がある。それを教えてやる』


 意図が読めない……。


 まぁ、でも俺は戦闘スキルが無いから従う他無いのだが。


 スキルに頼らない戦い方ってなんだろうか?


 初代の言う通り、この世界はスキルが全てだと思う。スキルの有り無しでは差がつきすぎる。


 だが、それ以外にもやる事があると初代は言っている……。


『それを教えてやる。行くぞ──』


 ──!?


 俺の体は意識せず動き出す──


『──体で覚えろ、一回しかやらん──後、俺との訓練中は【索敵】などの察知系のスキルは使用を禁じる──』


 俺は初代の有無を言わさない言葉に驚くが、それと同時に言葉に従い集中する。


 初代は俺の体を動かしていく──


 これは──


 だ。


 しかも普通の型では無い。を所々使っている。



 こんな使い方があるとは……。


『次々やっていくぞ──全て覚えろ』


 無数の型を連続で行って行く初代。


 型には意味があると前世の記憶で覚えているし、実際、ミレーユも使っている。


 ──なるほど。


 これがスキルに頼らない戦い方の指導だと理解する。


 全て覚えられるか正直不安だが──


 この洗練された動きに魅了された俺は次第に雑念が取り払われ、動きに集中していく──



『──終わりだ。これは若い頃に古文書を解読し、鍛錬を重ねて作り出した『型』だ。これが無ければ死んでいた時もある。死ぬ気で覚えろ。まずはと【生活魔法】を極めるのが強くなる近道だ。使い方はわかっただろう?』


 俺は息を呑む。


 これを使いこなせれば──


 強くなれる?


 初代のようになれる?


 一度は目指して諦めた──


 その可能性がある?


 本当に?


 俺は──


 足手まといにならなくなる?


 もう、周りの期待を裏切らないで済む?


『泣くな……お前はまだまだ強くなれる』


 うぅ……だって……俺にまだ可能性があるなんて思ってもみなかったんだよ。


 最強は無理でも皆の足を引っ張らないで済むなら──


 俺、また頑張ってみるよ……。


 ──ありがとう。



『どういたしまして。さぁ、お客さんだ──確かミレーユと呼ばれていた女だな』


 ──!? 俺は周りを見渡す。


 こちらに向かって走っている人影が微かに見えた。



「エル、ごめんなさいっ!」


「あぁ、いいよ」


「──!? 泣いてるじゃない!? 私が行かなかったから?!」


「違うんだ……俺、強くなりたいんだ……守られるだけじゃなく、せめて足手まといにならないって」


「……その目──昔のエルみたいね? ひたすら剣を振り続けていた頃みたいよ? 私はそんなエルも好きだわ……強くなりましょう? これから一緒に──フレアちゃんには内緒でね?」


 さすがミレーユだ。よくわかってくれている。


 フレアにはいつまでも格好良いお兄ちゃんでありたい。


 一緒に強くなるか……。


 昔は俺を直ぐに追い越し、どんどん強くなるミレーユが羨ましかった。


 でも、これからは一緒に強くなろうと言ってくれている。


 本当に嬉しい……。


 俺はまだ強くなれる事が──


 そして、皆と成長出来る事が堪らなく嬉しい。



 けど、強敵が現れたらきっと俺はミレーユ達やアイテムに頼るだろう……物頼り、人頼り──


 これは変わらない気がする。


 だけど、仮にいつか初代の言うようにを続けて、強くなれたなら──


『白銀の誓い』は俺を含めて本当の英雄パーティになれるかもしれない。


 しかし、俺はもう成人している……これが小さい頃ならまだ良かった……。


 今は怖い……また人の期待を裏切るのが……。


「ありがとう……ミレーユ……俺に勇気を与えてくれ……」


「ふふっ、甘えん坊ね? ギュッてしてあげるわ──」


 ミレーユが俺を抱きしめてくれる。


 この温もりが俺に安心感をもたらせてくれる。


 初代とミレーユのお陰で踏ん切りがつきそうだよ。


 本当、ありがとう──



 俺はミレーユを見詰める。


 金色の髪の毛が風でなびき、ミレーユの瞳は月明かりが反射している。


「月並みの言葉だけど──綺麗だよ。初代の名に恥じぬよう、ミレーユの恋人に恥じぬよう、そして、フレアの為に俺は必ず──」


「「強くなる」」


 最後の言葉にミレーユも被せてくれる。


「ミレーユ、情けない俺だけど──見ていてくれ」


「えぇ、いつまでも」


 今度は俺がミレーユを抱きしめる。


 夜風が俺達に吹き付けるが、寒くはない。


 お互いの鼓動がはっきり伝わり、顔が熱くなっている。



『ぼちぼち訓練したらどうだ?』


 うぉいっ! 空気壊すなよ!

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