第16話 挨拶周り 2

 孤児院での用事も済んだ後は教会に向かう。


 ここで挨拶周りは終わりだ。他にも挨拶したい人はいるが、今は王都にはいない。


 教会では回復魔法を使える人が多く、治療院の役割を担っている。


 母さんが俺を連れて、よく治療しに行っていたから知り合いも多かったりする。


 それに母さんがいなくなってからもお手伝いには来ていた……恥ずかしがり屋な俺は治療する時はフードで顔を隠してたけど。


 何度も言うが俺は恥ずかしがり屋だ! この2年で人に顔を見せるのが更に嫌になったけど……。



「司祭様はおられますか?」


 近くにいる、見知ったシスターに声をかける。


「あら、エルさん。少し待ってて下さいね?」


「はい」


 いつも思うが、ここは俺に優しい場所だな。まぁ、理由はわかっているが……。


 しばらくすると、白い髭を生やしたおじさんが現れる。


「おっ、エルよ──ついにここで働く気になったかな? 外の風当たりはキツかろう。神は言った──ここならエルの力が存分に発揮出来ると! キャロル様の血を濃く継いでいる君は──我ら一同歓迎する!」


 いつもの事ではあるが、司祭様は俺を教会に入れようと必死だ。


 確かに今では元聖女であった母さんと同じぐらいの回復魔法は使える。


 ただ、それだけだ。


 おそらく、派閥争いに元聖女の息子という肩書きが欲しいのだろう。


 そんな事を以前に聞いた事がある。


「いえ、俺は明日には旅に出ますので入りませんよ?」


「──!? あぁ何という事か……神はお怒りになっておる! エルよ、誰が原因か言ってみなさい……神罰を与えるっ! 総員、武器を持てぇぇえいっ! 戦じゃっ! 元神殿騎士団隊長の力を見せてくれようぞっ! ごふっ……」


 暴走した司祭様は後ろから殴られる。


「エル、ごめんなさいね? 司祭はまた発作を起こしたみたいなの。聞かなかった事にしてくれるかしら?」


 司祭様を殴って気絶させたのは、ここの教会で1番偉いメリル様だ。

 この人は『六聖』と呼ばれる教会本部の実行部隊の偉いさんだ。子供の頃からの知り合いで2年前に就任したと聞いている。


 見た目は教会の人なのか怪しいぐらい、妖艶だ……服装も胸を強調した白いワンピースで瞳は蒼い。金色になびく髪の毛はウェーブがかかっている。


 とても、俺に優しくしてくれた1人ではあるのだが……行動が少し怖い時がある……。


「はぁ、まぁいつもの事なので……」


「とても残念だわ……お姉さんに誰が原因で何でそうなったのか教えて頂戴な?」


 気さくに言ってはくれているのだが、俺を探るような視線だ。


 一言一句聞き漏らさないようにしているのがひしひしと感じる。


「いや、妹に世界を見せたいだけなんですが……」


 俺は咄嗟にそう答える。


 我ながらファインプレーだと思った。これも事実ではあるのだが、騎士団員の話や境遇などを話せばきっと──


 この人も司祭様と同じく暴走する。


 それこそ、天啓だとか、神罰だとか──


 取り返しのつかない状況になるだろう。


 一部の教会の人は天啓とか神罰という言葉を使えば何しても許されると思ってる人もいるからな……。


 俺の為に動いてくれるという気持ちは嬉しいが……被害が甚大だ。


「……そう。エルがいなくなると寂しくなるわね……本当に……私の夫にならない?」


 彼女なりの引き留めなのだろう……本気ではない。いつもこんな感じで俺を励ましてくれていたから。


「いや、派閥争いとかごめんなんで遠慮します」


 俺はいつも通り、やんわり笑顔で断る。


「……そう。今ならここにいる女の子全員ついてくるわよ?」


 今日は推しが強いな……。この世界は一夫多妻制ではあるが……貴族やお金持ちの人が多い。


 シスター全員ついてくるって言われても、彼女達の意思が反映されてないよ?


 俺はシスター達を見る。


 全員が満更でもない顔をしていた……いや、きっとメリル様に逆らえないだけだろう。


「いや、ミレーユいるんでいいです」


「まだ死んだ者を引きずっているのね……私がその心を癒してあげます……この慈愛の女神の祝福を受けしメリルが──貴方をお救いしましょう!」


 そういえば、ミレーユが帰ってきたの知らないのか!? 2人は知り合いだし教えてあげないと……。


「いや、生きてますよ? この間帰ってきましたし……」


「エル──貴方はきっと幻覚を見ているのです。私がベットの上で悪夢から覚まさせてあげましょう。こちらへ──!?」


「待ちなさい」


 強引に俺の手を掴み奥の部屋に連れて行こうとするメリル様に制止の声がかかる。


 この声はミレーユ!? 視線を移すとフレアもいた。


「ちっ、本当に生きていたのか……」


 メリル様は皮肉そうに言うが、顔はどことなく嬉しそうだ。


「私のエルを貴女みたいな女の餌食にさせないわ!」


 何故ここにミレーユとフレアがいるのかは置いておこう。


 2人とも凄まじい気迫だ……フレアはニコニコ顔だ……きっと将来は大物だなっ!


 ってそんな事は今はいい、このままだと大惨事になってしまう。


 司祭様も何事かと起き上がり、「戦かぁぁっ!」って叫びながら槍を取り出して臨戦態勢に入っている。


 ちなみにメリル様とミレーユは──


 よく、王都の外で荒地になるまで魔法の応酬をしていたぐらい仲が良い。


 このぴりぴりした感じも挨拶みたいなものだ。


 ……たぶん。


「いったい誰が慈愛の女神の祝福を受けたのかしら? まさか目の前にいる人なのかしら? おかしいわね? この2年間で出来たの? まさか未だに彼氏の1人もいた事がなくて、慈愛の女神の祝福を受けてるなんて言わないわよね? 笑わせてくれるわね?」


 そうだったのか……凄いセクシーな人だから彼氏の1人や2人いそうなものなのにな……世の中は不思議で溢れているな。


「ぐぬぬ……言わせておけば……ミレーユ、お前には神罰が必要のようだな。それに私の彼氏は目の前にいるわよ?」


 目の前には俺しかいない。


 ミレーユの視線が痛い。


 最近こんなのばっかな気がするぞ?


「お兄ちゃんは私の物なのですっ!」


 フレアもなんか混ざってるし……だが嬉しいぞ!


 お兄ちゃんはいつまで経ってもお兄ちゃんだからな!


「うんうん、そうだね。俺はフレアのお兄ちゃんだね」


「「……」」


 2人はフレアの言葉で頭が少し冷えたようだ。


「ところで2人は何でここにいるの?」


 俺は気になり聞いてみる。


「ふっふっふ、用事も済んだからお兄ちゃんを追いかけてきたのです! カレンお姉ちゃんも明日来てくれるです!」


 なるほど。ちゃんと伝言もしてくれたみたいだな。


「うんうん、フレア偉いぞぉ」


 フレアの頭を撫でてあげると目を細めて嬉しそうにする。


「えへへ」


 さっきとは違って空気が透き通るようだ。


 さて、挨拶もしたし……帰るかな。


「それでは、そろそろ帰りま──「助けて下さいっ!」──ん?」


 教会の扉が勢い良く開かれる。

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