幕間

第6話 ミレーユの想い

 ~ミレーユ視点~



 私とレーラは13歳の頃に村を追い出され──魔物に襲われている所をアランとキャロルに助けられて拾われた……。


 そして育ててもらった。


 エルと出会ったのもその頃だ。


 出会い頭に『お嫁さんになって下さい』って言われた時はびっくりした記憶がある。


 だって──


 まだエルはその頃6歳だったもの……。


 それから7年間、私は冒険者をした。レーラは途中で冒険者ギルドの受付嬢になった。


 エルは不思議な子供だった。


 彼が近くにいる時はいつもより魔法や剣が上手になる。いつも近くで私を見守ってくれていた。


 当の本人は戦いが得意ではなかったりする。何故か攻撃スキルをどれだけ練習しても覚えられないようだった。


 適性が無いというレベルではない。どんな人でも一つぐらいは何かしらの攻撃スキルを得れるがエルは努力しても全く得られなかった。


 本人もそれがコンプレックスだったのだろう。


 よく隠れて練習していたのを覚えている。


 そんな状態でも『銀翼』でのサポート力はキャロルと同じ──いや、回復以外は上回っていた気がする。




 そんなエルに──もうすぐ会える。


 やっと……王都に戻ってこれた……。


 キャロルが私に転移石を使って、あの戦いから離脱させた──いや、離脱させてくれた……。


 アランとキャロルの最後の願い──それを叶える為に帰ってきた。


 随分遠い所まで飛ばされてしまった為、帰ってくるのに2年近くかかってしまった。


 私は左腕は肩から先が無く、左足も太腿の途中から無くなってしまった……その他の部位も顔を含めて酷い火傷の痕が残っている。


 腕と足は自分の氷魔法で義手、義足を作っている。


 こんな醜い姿になってしまった……エルは気付いてくれるだろうか?


『お嫁さんになってあげる』


 そんな事を別れ際に言った……だけど、もう私に女としての魅力はない。


 別にそんな事はどうでもいいか……私は──


 アランとキャロルの約束を果たしに来たんだ。



 フードを見に纏い。こっそりとエルとフレアの住む家を覗きに行く。


 2人は仲良く──


 そして立派に成長していた。


 エルはもう幼い面影も少なくなって格好良くなっているし、フレアも可愛らしくなっていた。


 涙が止まらない。会って抱きしめたい──


 そう思って私は2人に会う為に足を向けようと動こうとするが動けなかった。


 アラン達の事をどう説明したらいいのだろう……私だけが生き残ってしまった……その事を伝えるのが怖い。


 心の準備をする為にもうしばらくエル達を見守ろうと自分に言い訳をして、直ぐに会うのをやめた。



 そして、1ヶ月が経った。


 日に日に会いたい気持ちが高まる。


 エルは本当に成長していた。


 魔物に出会わずに薬草などの採取系の依頼をこなす。魔物と出くわしても戦わずに逃げているし、怪我をしても回復魔法を使っている。

 そして、たまに私の位置を把握して魔物がいると声をかけてくれる。


 攻撃手段は昔から限られていたけど、決して戦闘が出来ないわけじゃない……昔はよく魔物と戦っていたのに──


 何故、今は避けているんだろう。


 自信が無いからだろうか?


 明らかに昔より【索敵】などの攻撃スキル以外はレベルが上がっている。


 極たまにパーティを組んで依頼をこなしているが正式に組まずに1人で依頼をこなす事が多い。


 エルなら上位パーティの要になれる力量は余裕であるはず……なんせ『銀翼』でも十分役割を果たせていた。


 私はフードで顔を隠して久しぶりの王都を見て回るついでに情報収集をする事にした。


 王都は変わっていない──


 そう思ったが情報屋で私のいない約2年間で魔物の襲撃、疫病の蔓延などトラブルがあったと聞いた。


 特に最近あった疫病は体力が凄まじく低下していって死ぬ人が多かったそうだ。


 その為に王都の体力回復ポーションは底をつく事態になった。


 不思議な事にしばらくするとポーションが普及し始めた。


 そういえばエルは防壁修繕の依頼と薬草採取の依頼ばかり受けていた。


 私は情報屋からエルではないかと聞くと、頷かれた。


 私はそこからエルの情報を買えるだけ買う為に金貨を積む。


 すると、エルはどうやら有名人のようで情報が次から次へと出てきた。



 英雄の息子でありながら大した活躍も出来ない出来損ないの低ランク冒険者エル──


 それが表の評判。


 一部では街を救う為に薬草を寝ずに採取し、お金のない家には顔を隠して回復魔法をかけて回り、孤児院では料理を振る舞う王都民の英雄と言われているようだった。



 私はアラン達が守った王都を裏から守っていた事実を知り、フードの中で涙が溢れる。


 エルはちゃんと英雄になっていてくれた……ちゃんと──皆の想いに応えて『白銀の誓い』通りになっていた事に胸が熱くなる。


 臨時パーティを組んだ事がある人でエルの有能さに気付いた人は何度も一緒に依頼を受けているとも聞いた。


 だけど、次の話を聞いた瞬間に怒りが込み上がる。


 何も知らない冒険者共に馬鹿にされ、時には暴力を振るわれる。受付嬢からは報酬を半分以下にされ、罵られる。


 レーラに頼んだにも関わらずだ。


 これが、死んでまで王都を救った人の子供にする事だろうか?


 私は直ぐにでもエルと会って抱きしめたい──そう思った。


 居ても立っても居られなくなり、エルの元に向かう。


 私が醜くなったとか、アラン達の最後を言いたくないとか──どうでもいい!


 頑張ったエルを褒めてあげたい。



 家に到着すると扉は破壊されており、男5人が強盗まがいの事をしていた。


 私は中に入ろうとするが、足がやはり進まない。


 離れた場所に走っているレーラを発見したので静観する事にする。


 エルは金貨を渡して、男共を追い返した後にレーラは到着した。


 そこで話を聞いて驚愕する。


 エルの話を全く聞かずにレーラはエルを信じる事はしなかった。


 エルはそんなレーラを追い出す。



 そして──寝ているフレアの頭を撫でながら呟きながら涙を流す。


 エルは昔から泣かない。


 泣いた姿を初めて見たのは私達が去った時だけ。


 そのエルが──涙を流している……それだけで胸が苦しくなった。



 ゆっくり近付く──


「ミレーユ……ミレーユ……会いたいよぉ……もう、疲れたよ……」


 アラン達の名前じゃなく、私の名前が聞こえて来る。

 エルはずっと私を好きでいてくれたのかもしれないという事実がたまらなく愛おしく感じてしまった。


 醜くても良いじゃないっ! 例え今の顔に幻滅されても、精一杯褒めてあげないと。


 私はフードをめくり──


「エル──」


 呼びかける──


 ピクッと動くがまだ顔は上げてくれない。


「エル──」


 もう一度呼ぶ──


 エルは顔を上げて一瞬、驚いた顔をして言葉を発する。


「ミレーユ?」


「そうよ?」


 まるで幻覚でも見ているような顔をするエルに私は返事をする。


「嘘じゃない?」


「なら、私は誰なの?」


 揶揄うように笑顔で応える。


「本当にミレーユ? ミレーユ……ミレーユっ!」


「エル──ただいま」


「ミレーユ──」


 エルは子供のように泣きながら私の名前を呼び続ける。もう限界だったのかもしれない。


 もっと早く会う勇気が私にあったら良かったのに……。


「甘えん坊なのは変わらないわね?」


「うわあぁぁぁぁぁん──」



 その後は、エルが落ち着くまでずっと頭を撫でながら抱きしめた。



 もちろんその後、ちゃんと褒めてあげた。


 エルは私をずっと好きでいてくれただけでなく──私の醜い顔や体を治してくれる。


 失った手足もだ。


 元聖女のキャロルでさえ、部位欠損を治すのに相当辛そうにしていたのに、笑顔で治してくれた。



 私はお腹の奥が熱くなる──


 こんな感情は初めて……エルの顔を見ると愛おしく感じる。


 この時、弟のように思っていた感情が愛しい人に変わった。


 そして──


『白銀の誓い』


 エルはパーティ名をそれにした時──


 かつて『銀翼』で行われていた事を思い出す。


 必ず成し遂げたい、叶えたい時に行う『白銀の誓い』を私に微笑みながら言ってくれるエルはきっと──


 私に対しても誓ってくれた──そんな気がする。



 私は幸せ者……。



 皆が寝静まってから夜中に抜け出した私は再び情報屋に行く。


 そこでエルの家で起こった事を聞くと再び怒りが込み上げてくる。


 次の日はエルを罵り、虐げた者達を──


 私が代わりに裁いた──


 その時のエルの顔が引き攣っていたし、震えていた気がしたけど、これだけは譲れなかった。


 これからもエルを妨げる者は私が排除して必ず守る。


 だって私は──


 Sランク冒険者──


 【冷笑】のミレーユ。



 ただ、エルには冷笑ではなく、暖かい微笑みを向ける──

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