第28話 ついに大詰め

「じゃ、私は帰るわ」

「もう少しいいじゃないですか」

「コーヒーもありますよ!」

「おい、ケーキくらい買ってこいよ」


 金崎や刑事たちが必死に引き止める。三代川は苦笑いした。


「そういうわけにもいかないのよ。身内が一般市民に迷惑かけてるから」


 灯の顔が、それを聞いて引きつった。


「まさか」

「そのまさかよ。坊主が無断でうろついてるから、早いとこ来てくれって。鎌上くんと一緒に、車で拾ってくるわね」


 金崎の顔に、はっきり殺意が浮かぶのを灯は見た。





「最後に別れたのはこの辺り?」

「はい……あ、いた!」


 驚いたことに、常暁は別れた時と同じ姿勢で印を組んでいた。これなら、通報されても仕方無い。責任持って見届けるべきだった、と灯はため息をついた。


「常暁!」


 三代川が車から呼びかけると、常暁は面倒くさそうに顔を上げた。


「無事でしたか」

「……心配しなくても、今終わった」

「詳しい説明は後! 通報されてるんだから、とにかく乗って!」


 せき立てられても、常暁は動かず足を踏ん張っている。ひと仕事終えたというのに、顔色が悪かった。三代川は車を道端に駐め、彼に近づいた。


「どうしたの? 具合悪いの?」


 彼女がそう問うた途端、常暁の腹がけたたましい音で鳴った。


「なるほど」


 三代川は聞くまでもないとばかりにうなずき、常暁を放置して弁当屋に入っていく。


「あ、この前の」


 三代川に続いて灯が店に入ると、店長が反応した。憂いを含んだ視線に、灯は恐縮するしかない。


「ちょうどよかった、あの坊さん連れていってよ。客が寄りつかないじゃないか」

「すみません」

「全く……店を引き継いでから、人死には出るわ坊主は来るわ。俺、商売に向いてないんですかね」


 愚痴る店長に、三代川は微笑みかけた。


「ごめんなさい。その坊主が空腹で動けなくなったみたいで……なにか肉や魚を使わない料理を作ってほしいの。食べたら、すぐに移動するから」


 店長はため息をついて、厨房に引っ込んだ。奥から、じゅうじゅうと景気のいい音が聞こえてくる。灯の口内にも唾が湧いてきた。


 店長が十分弱で戻ってきた。手に大きな袋を持っている。


「ほら、麻婆豆腐のひき肉抜きと野菜炒め、飯つき。うちのアレンジだと、これが限界だね」

「ありがとうございます」

「あんまりウロウロしないでくださいよ。客商売には毒だ」


 反論もないまま、灯たちは店を出た。常暁は待ちくたびれて、壁にもたれて船をこいでいる。


「ほら、食料ですよ。車で食べましょう」


 灯が言うと、常暁は文字通り跳ね起きた。車に戻り、後部座席でばくばくと飯を食べる常暁。それをちらっと見て、三代川は大通りへ車を戻し始めた。


「で、何してたのよ」


 常暁は米粒を顔に着けたまま、口を開いた。


「灯、なにか進展はあったか」

「コラあ」


 常暁は見事に三代川を無視した。今まで彼女には一定の敬意を示していたのに、よほど他所に気をとられているようだ。


 射貫くような視線に気圧されて、灯はさっきまでの展開をなぞった。


「……この程度のものでしたよ」


 常暁はそれを聞いて、じっと考え込んでいる。飯を口に運ぶペースだけが一定だ、箸の使い方が綺麗なのが妙におかしい。


 ついに弁当容器が空になる。手ふきで丁寧に口元をぬぐい、常暁がそっくり返った。さて、何から聞こうかと灯が口を開くと──


「あ、ちょっと待って」


 軽やかな着信のメロディが、灯を遮る。三代川に制され、灯は声をかける機会を失った。


「ああ、金崎くん。無事回収したわよ」

「……ちょうどいい。言いたいことがある」

「金崎くん、常暁が話したいって。ええ?」


 さんざんゴネた後、ようやく金崎は会話に応じた。スマホを受け取った常暁が、おもむろに口を開く。


「試験問題は調べたのか」


 相手が諾と答えたらしく、常暁が不敵に笑った。


「間違っているのは『キンキシ』だけだったろう」


 その一言は、まさに爆弾。通話口の金崎を動揺させるに十分だったようで、灯にまで聞こえるほどの大声がした。常暁は予測していたらしく、スマホを耳から離して涼しい顔をしている。


「なんでそれが分かったかだって? さあな。……ついでにもう一つ。船戸の携帯電話の分析はどうなった」


 常暁は熱心に、金崎の話に聞き入っていた。


「指紋は話を聞いた関係者の誰とも一致せず……なら、決まりだな。もう切るぞ」


 結局ほとんど金崎に情報を与えないまま、常暁は通話を打ち切ってしまった。


「いいんですか?」

「十分だ。分かった」

「何がです?」

「犯人」


 灯と三代川は顔を見合わせる。分かった、といったが、あれだけの情報で? それなら自分にも至れたのだろうか? それとも、常暁が持っている何か特殊な情報や能力によるものなのか?


 灯の心中がざわつく。車内には沈黙が満ち、常暁が弁当箱をたたむ音だけが響いていた。



 その日の夜、灯と常暁は犯人とおぼしき人物の尾行に同行した。


「……本当に家を出るんだろうな。違う奴が来たら、挨拶でもしてやりゃいいのか?」

「間違いなく術はかかった。奴は必ず来る」


 呪いの効果を疑う刑事たちの嫌味を、常暁は涼しい顔で受け流す。


「ただし、気は抜くな」


 灯は意外に思った。常暁がこんなことを言うのは、珍しい。会って間もないのに、大体呪術を使う時は自信たっぷりで、灯から見れば反則のような技をいとも簡単に繰り出していた。やはり、あの時言っていた「邪気」とやらのせいだろうか。


「お前に言われなくても分かってるよ。……必ず捕まえる」


 ついに大詰めだと思うと、灯の胸がざわつく。恐れよりも、興奮の方が買っていた。


 負けるつもりは無い。今日で必ず、終わらせる。


「……おい、お前らは一番後ろだ。一般人」


 つい前のめりになって、刑事たちにたしなめられる。


「すみません」


 灯は後ずさる。彼らの後ろで、じっと待った。仕事相手を待つときと違って、背中に汗がわく。


 時計を見るが、分針はまるで進んでいない。無駄な身じろぎをしたのは、もう何度目になるだろう。そろそろ灯の首がつりそうになってきた時、じゃりっとコンクリートを踏む足音がした。


 来た。


 前にいた刑事のペアが、身構える。灯は彼らの背中越しに、確かに見た。あの時ここに現れた、白い男の顔だ。


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