第22話 学生は忙しい
会社をあがってから、灯は常暁と合流した。今日も彼は、きっちり袈裟を着ている。
「そろそろ暑くないですか、それ。普通の服にしません?」
「問題ない」
また善良な老人が、時々彼を拝んでいたが気にする素振りは無い。
「次から、普通の格好にしましょうよ」
「断る」
色々なところから恵んでもらったみかんや饅頭を出しながら、常暁はうそぶいた。何を言っても無駄なようだ。
「で、どこを探す」
「塾の近くを回ってみます。この近くに、手がかりがあるんですよ」
常暁は不思議がっていたが、大人しく後をついてきた。灯たちは縦に連なる形で、人の多い駅前通を進んでいく。
大通り沿いには、やはりチェーン店やコンビニが軒を連ねている。江里が好きなケーキ屋もここで元気に営業中だ。しかし捜し物はここにない、と判断した灯は路地に入った。
一本筋を違えるだけで、人の通りが少なくなる。あえて雰囲気を生かしレトロな看板を掲げる店もあれば、やる気がなさそうな店員が煙草をふかしている店もある。
「何を探している?」
常暁がしびれを切らして、話しかけてきた。
灯は言いかけて、口をつぐんだ。まさに探していた店が、目の前にあったからだ。
「ここです」
高らかに言い放つ灯とは正反対に、常暁は怪訝そうな顔だ。
「弁当屋?」
〝キッチン オギ〟と書かれた看板の光が、隣の店にかかっている。その大げさな明るさに惹かれるように、灯たちの横を通って客が吸い込まれていった。店内にかかっている流行曲が、わずかに灯の耳に入る。
「腹が減ったなら、さっさと買ってこい」
「いや、そうじゃなくて。ここなら、あの塾の内情がわかるかも」
常暁は無言で首をひねった。灯は、店の自動ドアに書かれた熊もどきのキャラを指さす。
「ほら、思い出してくださいよ。塾の生徒で、これと同じマークが入った袋を持ってる子がたくさんいたじゃないですか」
「ああ」
「最初は単に流行かと思ったんですが……」
灯は最近の塾事情について、ネットで検索してみた。たいていの家庭が共働きだが、子供が学校に加えて塾に行くとなると、夕食も持たせなければならない。毎食手作りは骨が折れるし、かといって金を与えるのも心配。しかし、子供を食わせるのは親の義務、何もしないわけにはいかない。
この悩ましい事態に割って入ったのが弁当宅配サービスだ。「塾弁」とも言われており、暖かい弁当が一定時間に届く。容器は使い捨てだからゴミ箱に直行、手ぶらで帰れる。あらかじめクレジットカードで支払いをしておけば子供に余計な金を持たせることもない、まさに一石三鳥な仕組みなのだった。
「山手塾の生徒は、この弁当屋を利用しているみたいですね。熊と弁当で検索したら、すぐに出てきました」
「なるほど。世に商売人の種は尽きまじだな」
「……なんですか、それ?」
「有名な歌も知らんのか、お前は。……しかし、そういうことなら、ここの人間は何か剣呑なことを見聞きしているかもしれないな」
しばらく店の前で待っていると、さっき入った客が出てきた。店に人影がないのを確認して、灯と常暁は、弁当屋のカウンターへ進む。
「らっしゃーせー」
いらっしゃいませを適度に言い崩す店員に頼んで、店長を呼んでもらった。店長は店員よりさらに精彩を欠く細身の男で、上目遣いのままのそのそと出てきた。やる気がなさそうに、長田だと名乗る。
長田は袈裟姿の常暁をみて、わずかに顔を歪める。
「……商売なら繁盛してるよ。祓いはいらねえや」
「警察ですが」
常暁の身分証明を見て、長田の焦りがよりあらわになった。
「うちは綺麗な営業だよ。代用魚は罪じゃない」
「それは心底どうでもいい」
「なんだ、じゃあどんなことですか」
他にやましいことがないのか、長田は急にほっとした顔になった。殺人とはかけ離れた理由で動揺していたとわかって、逆に灯はがっかりする。
「山手塾のことなんですが」
「あそこの悪口は言わないよ。たくさん買ってくれるお得意さんだから」
長田は断固とした口調で言った。塾長と独占契約を結び、希望者には指定の時間に弁当を届けているという。
「学生向けですか?」
「講師の人も買ってくれるよ。前日までに希望のものと名前を書いて申し込んでもらえれば、どこよりも美味い弁当がロッカー室に届くってわけだ」
「本当ですか?」
首をひねったら、いきなり厨房から爪楊枝に刺したから揚げを持ってこられた。
「サービスだ。食いな」
「ええ……」
灯は迷ったが、結局口にする。……確かに美味しい。弁当用だから若干冷めてはいるが、それでも皮がかりっとしていて噛むと中から旨みが出てくる。それに、衣の味付けに生姜がぴりっときいていて抜群に美味しい。悔しいが、後で個人的に買いに来よう。
「とっても……美味しいです」
「そうだろう。このタレの配合は……」
長田は胸を張り熱弁を振るう。ひねくれた風貌に見えるが、料理に対しての姿勢は真摯だ。
しかしそろそろやめてもらいたかったので、灯は話を変えた。
「どうやって独占契約を?」
「さあ、知らないね」
「え?」
「まとめたのは前の店長。この店の名前もその人からきてるんだけど」
「じゃあ、その人を呼んで下さいよ」
「病気でやめたの。俺に譲って引退しちゃったよ」
「へえ、残念。でも塾への宅配って、よく思いつきましたね」
灯が言うと、長田はため息をつく。
「いつも塾の子が、急ぎ足で弁当買いにきてたんだよ。それを見て思いついたらしい。今じゃ売り上げも順調。そこに目をつけた前の店長は偉かったと思うよ」
「配達は店員さんがやるんですか」
「大体そうだけど、バイトが足りなきゃ俺も走るよ。……最近の奴はすぐやめちまうからなあ」
「最近、塾の中で変わったことありました?」
「……うーん、大きな国家試験が近いから、大学卒業組がみんなぴりぴりしてたくらいかな。目が必死な感じでさ。そりゃ、将来かかってるから仕方ねえよな」
「確かに」
灯も想像してみたが、学生時代に散々苦しんだテストの風景しか浮かんでこなかった。大学は推薦でさっさと決めてしまったため、苦労の記憶はその程度なのだ。
常暁はハナからそんなことは興味がないような顔をしている。確かに彼が普通の学生生活を送っている様子は、想像できない。
「おかしな動きはなかったか」
「みんな勉強しかやってなかったよ。……まあ、特に追い詰められてる奴が、変な噂を流したくらいかな」
「噂?」
常暁が初めて、長田の話に食いついた。
「にらまないでよ、お兄さん。よくある話だって。ネットのどこかに秘密のページがあって、そこには模試や国試の正解が全部載ってる……って噂」
「本当なのか」
「そんなわけないでしょ」
真面目な顔をして常暁が言うので、灯は呆れた。噂にしても、あまりに程度が低くて泣けてくる。
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