第20話 推理クイズをどうぞ

「そう。そうなんですよ。三代川さんは実に話が早いッ。この塾には、国家試験対策のコースがあるんです」

「……これ利用してるのは、現役の時に落ちちゃった人ですけどね」


 三代川が金崎の声を遮った。


「彼は現役のはずだが。まだ受けてもいないだろう。大学で国試対策をやってくれるはずだ。わざわざ塾に行かなくてもよさそうなものだが、来ているのは、遊びか圧力か……」


 正則が首をひねった。


「そうですっ」


 自分の存在と誇りを主張するように、金崎が声をあげた。そして不快さをにじませた刑事たちを見渡す。


「楡木の親が医者でして。絶対に国試に落ちるな、と尻をたたいていたようです。本人は何故そこまで、と思っていたようで、やる気のない発言や行動が見受けられます」

「それで女子の連れ込みか」

「はい。他の塾生たちにとっては邪魔者で、苦情も多く寄せられました。最初は医学生向けの自習室を使っていましたが、そこへの入場を制限されて高校生たちの部屋へ流れてきたものと思われます」


 気の毒に。高校生にとっては、わけがわからなかっただろう。灯は意気投合した学生の顔を思い浮かべた。


「まあ、そこでも態度が変わることはなかったようですね」

「ずいぶん自己中心的な人物だな」

「岩田も問題児だったようですから、お似合いでしょう」


 金崎が鼻を鳴らした。そこで刑事が一人、手を上げる。


「最近、被害者と彼の間に、トラブルはなかったのですか」

「言い争う声を聞いた、という塾関係者はいました」

「その内容は?」

「非常に断片的なものですが……『どっちを選ぶ』とか『はっきりしろ』と、楡木が怒鳴っていたそうです」

「岩田が二股をかけていたのは、間違いなさそうだな」

「私もそう思う」

「そそそそうかな」


 常暁に三代川が賛成する。金崎が動揺をあらわにした。


「普通に考えたら、医学生一択じゃないかな!? 年も近いし、将来性が全然違いますよ!? 迷わないでしょう。結婚にはエリート、これ常識!」


 金崎が勢いよく反論する。妙に必死だ。


「でも、それは国家試験に合格すればの話でしょ? 教師はもう職が確定しているもの。はっきりするまで、両方キープする気だったんじゃないかしら」


 三代川がまっすぐに彼を見返す。現実はそうそう甘くないのよ、と言っているように見えた。


「──それなら、言い争っている間に楡木が殺意を抱くこともあり得るな」

「はい。彼はプライドが高そうですから」

「でも、そうなると船戸の事件はどうなるんですか?」


 誰かがそう発言すると、場の活気がしぼんだ。


「ガスを使い、被害者を眠らせたまま殺害する……気長すぎて、破れかぶれな彼の性格と一致しないように思えるのですが」

「それに、彼は車を持ってないぞ。免許もない」

「船戸と楡木は接点がなさそうだしな」

「同一犯に固執しない方がいいかもしれませんね」


 話が出尽くした。時刻はすでに、夜中近い。引き続き楡木を注視することになり、明日の割り当てが始まった。


 地取り、鑑取りにあたる者。特命に回される者。集まった情報を精査する者──刑事たちは次々と担当が決まっていったが、灯と常暁は最後まで名が呼ばれなかった。部外者だから、当たり前だが。


「それでは、慎重に捜査を進めてくれ。解散」


 正則が締めると、皆ぞろぞろ部屋を出ていった。残ったのは灯と常暁、金崎に三代川である。


「……さて、明日から何をしましょうか」

「そうだな」


 考える常暁を、金崎がにらんだ。


「俺は呪いなんて認めないからな。捜査にまぎれこむのは金輪際やめてもらいたい」

「こっちもお前の承認なんて求めてない」

「なんだと?」

「金崎くん、やめて。なんであれ事件解決に役立つのであれば利用すべきよ」


 三代川に諫められて、金崎は握り締めた拳を下ろした。渋々諦めた様子で、常暁をにらむ。


「ただし、一般人に迷惑はかけちゃダメよ」

「素晴らしい! その通りです!」


 必死になって手をたたく金崎を見て、常暁が鼻を鳴らす。しかし灯は、わずかな違和感をおぼえた。


「後ろからも、音が」


 自分たちが最後部に座っていたはずなのに、と振り向くと……黒江が戸口に立って拍手をしていた。灯は目を見開き、常暁はこれみよがしに舌打ちをする。


「……いつからいた、老人」

「疑問がありましてね。つまらない質問をさせていただきたい」


 棘のある常暁の言葉にも、黒江は動じない。


「他の事件のご担当では?」


 金崎が言いにくそうに切り出した。さながら蛇の前のカエルだ。


「もちろん、そうですよ。しかし、未解決の事件はどうしても気になるものでして」


 どうだか、と常暁が冷たくつぶやく。そして数歩離れた。その様は、毛を逆立てる猫に見えた。


 黒江はそんな彼を無視して、灯に歩み寄ってきた。


「君に聞いてもらいましょうか」

「なんで僕に?」

「あの人に言ったところで、『忘れた』とかのたまってうやむやになりますからね」


 何もかもお見通しだ。逃げられないと覚悟して、灯は小さくなるしかなかった。裏切り者、と言いたげな目で常暁がこちらを見ている。刺さるような視線から逃れるため、灯は体をかがめた。


「君、ミステリーは好きですか?」

「好きですよ。……でも、本よりドラマを見ることがほとんどで」


 そもそも、本など読んでも年に数冊がいいところだ。ドラマになるほどの有名作でなければ、ミステリーはほとんど筋も知らないと言っていい。


「では、ちょうどいい。こんな話をしましょう」


 ある高貴なご婦人が、大事な手紙を盗まれてしまった。

 それを相談された警察官が、犯人の家に侵入し必死に探すも、手紙はどこからも出てこない。

 さて、犯人はどこに手紙を隠したのか?


「クイズだと思って考えてください」

「……それも得意じゃないんですけど……床下とかですか」

「壁の中や床下など、建物内部にはありません」


 真っ先に頭に浮かんだ可能性を否定され、灯は唸る。自信があったのに、これはダメなようだ。


 常暁が手を上げた。


「呪いで見えなくした」

「鎌上くん、低俗な意見は無視してください」


 やはり黒江は意識的に、常暁に容赦ない。


「うーん……わかりません」


 灯は熱心に考えたが、結局白旗をあげた。頭を軽く下げると、黒江が笑う。


「では、答えを。犯人は堂々と手紙を見えるところに置いていた。それを、誰も不思議には思わなかったのです」

「矛盾してますよ」

「そう突き放さず、思考を組み立ててみてください」

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