第17話 店長の時間
灯はドン引きしながら、声の主を指さした。店長と言うから、もう少し大人な感じを予想していたのに全く違う。老け顔、低身長、そして短足。髪の毛だけは豊富だが、全く格好良くない。
「これとはなんだ、爪楊枝攻撃を食らえ」
「うわーやられたーいたーい」
詫びどころか、使い古しの爪楊枝を振り回された。常暁以上に関わっちゃダメな人だと本能的に理解する。灯は面倒なので、適当にくらったふりをした。
「……いつもこうなのよ、このヒト」
三代川が灯をかばいながら説明してくれた。
基本、店頭試食はバイトの仕事なのだが、どうしても人手が足りなければ店長自ら店に立つという。この店長、女性に優しく男性を嫌い抜いているため、こんな感じで試食させるのだそうだ。「公平」という下の名だが、こんなに名前負けした人間も珍しい。
「接客業としてどーかと思いますが」
「でもねえ……キャラとして面白いって言われて、店長目当ての客もいるのよ。結婚して娘さんも二人いるし」
世の中には物好きもいたものである。
「お姉さん、このソーセージは味一緒で塩分三十%カットだよ。若い時から気をつけないと」
「そ……そう……」
「僕はね、全ての女性に長生きしていただきたいッ。そこのお嬢さんもマダムもどうぞッ」
「あら、優しいのね」
「病院通いになった知り合いがいてね。毎週火曜と木曜ってんだから、ありゃしんどいよ」
和知はふと、社会人の顔になった。しかしすぐに表情を戻す。
「あ、罪深い野郎共は寄るな。空気が穢れる」
「横暴だぞ」
「抗議なら、女性に生まれ変わってから言うんだな」
ひどい言いぐさだが、メインの客層である女性たちには受けが良かった。店長の怒濤の勢いに押され、あっという間に試食はなくなり、商品を買っていく人もいる。
灯はちょっと悔しげに言う。
「こんなに女性好きなのに、岩田さんとは合わなかったんですね」
すると、和知が唐突に動きを止める。そして中腰のまま、棚の陰まで移動した。明らかに、楽しくない話をしようとしている時の顔だ。
「……手招きしてる」
「行きたくないなあ」
「自分で地雷投げて、責任取らないのは格好悪いわよ」
その通りなので、灯は覚悟を決めて和知に歩み寄った。三代川が後ろを固めてくれる。
「……おたくら、警察?」
「ええ」
どすのきいた声に、三代川だけが返事をした。灯は詐称したくなかったので、あいまいに笑うのみである。
「参ったな。僕で分かることは、もう全部話したよ」
「新たに被害者が出たのはご存じですか」
「今朝、一番に他の刑事さんが来たよ。おかげで発注ができやしない」
「ご迷惑おかけします。今は、少しでも情報が欲しいので」
二人そろって頭を下げると、和知はふんと鼻を鳴らした。
「と言われたって、僕はあの先生は顔も知らないね。親も教師も、子供が万引きしたってのにろくに謝りにも来ないんだから。あの岩田は、それをよーく理解してやがった」
「怒ってたのは、親御さんにだけじゃなかったんですね……」
話しているうちに怒りが蘇ってきたのだろう。今にも噛みつきそうな顔になった和知は、さらに続ける。
「こっちが客商売だと思って我慢してたら、捕まっても『店長に、胸触られたってネットに書いていい?』ってにやにや笑ってやがる。更正する可能性、ゼロ。よく腹に拳ぶちこまずに帰したと自分を褒めたい」
「それは……同感です」
「自分の立場を利用して、慎ましく生きる弱き者を安全な場所からいたぶって遊ぶ……あれは女性じゃなくて悪魔だ。よって優遇することはない。ゴートゥーヘル、慈悲無用、正義の裁きを喰らいやがれ」
「はい、よくわかりました」
和知の弁舌は止まらず、暴言をまき散らす。灯たちはひたすら聞き役に徹し、嵐が通り過ぎるのを待った。
「……とにかく。僕は知らないから。そんなに岩田の評判が聞きたいなら、学校関係者をあたってよ」
「ごもっともです」
「じゃあ、僕もう行くよ。そこの刺身のツマ」
「はい」
「二度と岩田の名前を出すな。次は許さん」
捨て台詞を吐き、和知は売り場に戻っていった。最終的に人間扱いすらされなくなった灯は、ため息をつく。
「本当にそんなこと言われたんじゃ、怒っても無理ないですね」
「確かに。店長、根っこは常識的なのよ」
「でも、具体的な情報は出ませんでしたね。学校関係者なんて、もう警察が聞き尽くしてるだろうし」
「……そうでもないわよ?」
落胆する灯に、三代川が鋭い声で言う。灯は彼女を見つめた。
「知ってると思うけど、未成年者に聴取する場合は大人が同行するわ」
もちろん、これは言った言わないや証言の強要を防ぐためである。この前の晴樹との接見時に、常暁が教えてくれた。しかし、これには副作用があると三代川は語った。
「その『大人』ってのは、たいてい親か教師なのよ。若い子たちが、そんな場であけすけに語ってくれると思う?」
灯は首を横に振った。保身のため、晴樹のように猫をかぶるものと相場が決まっている。
「だから数はそろっても、深くはない。聞き出した話から共通点を見つけて徐々に堀を埋めていくのが王道なんだけど……あなたたちは、邪道でもいいんじゃない? 前と同じようにやってみせてよ」
三代川の目が光った。姉を持っている灯には分かる。女性がタチの悪いことを思いつくと、こんな目つきになるのだ。
「……あの坊主がやりますかね」
「そこはあなたの腕の見せ所じゃない。私からも、上に意見を出しておくわ」
灯は言い返す言葉もなく、おとなしく頭を垂れた。
スーパーで三代川と会って間もなく、スマホが鳴動した。悪い予感がしたが、取らないともっと厄介なことになる気がする。
「俺だ」
「明日から、学生を調べるんですか」
「察しが良くて助かる。また補助を頼むぞ」
スーツ姿で、光風学院に直接来るよう言われた。灯はうなずきながら、メモをとる。
三代川の提案は速攻で採用されたらしい。若いのに、秘密があるのだろうか。
灯がそれを聞くと、常暁が真剣な口調で言った。
「……検死官は、大変な仕事だ」
このひねくれ者かつ皮肉屋が、無下にしないどころか人を褒めるとは。灯は思わず、まばたきをした。
「なんせ、変死体が綺麗な状態で出てくることなどまずない。蛆がわいたり、ふくれあがったり、肉片になっていたりと、無惨なものだ。命を落とした者には失礼な話だが、警官でも見たら吐く奴は珍しくない」
「そ、想像させないで……」
灯は辛うじてそう言った。
「だから、どんなに大きな口をたたいていた奴も、二~三年検死官の仕事をしたらその見返りに栄転していく。三代川は今年五年目。そう長くやれるものはほとんどいない」
要はうまみがないと、誰もやりたがらないくらいきつい仕事ということだ。公僕と呼ばれる職業を目指した人でさえそうなのだから、その過酷さがしのばれる。
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