第12話 捜査一課の面々

「見間違い、ってことはないですよね」

「他人のそら似か? 可能性としては零じゃない。が、防犯カメラの映像を詳細分析すればそれもわかるだろう」


 それなら、捜査は一気に進む。運良く本人を捕まえられれば、取り調べに入るだろう。


「急ぐぞ」

「え?」

「もし、奴に変なモノが憑いていたら。他の奴らでは対応できん」


 灯の背筋が泡立つ。ねっとりした嫌な風が吹いた気がした。


「そんなことがあるんですか?」


 灯の質問を、常暁は聞いていない。今にも走り出しそうだ。灯は彼を無理矢理引き止めて、大通りに出る。


「急ぐと言ったろう」

「だったらタクシー呼びましょうよ。歩きなんかじゃ、警察署まで何分かかるか」

「走っていくつもりだった」

「……お願いですから、しばらくその口閉じてもらえます?」


 常暁と喧嘩しながら、灯が無事タクシーを捕まえられたのは、それから十分後のことだった。





 警察署に戻り、二階まで階段を上る。刑事部捜査第一課、殺人や強盗、傷害などを扱う有名な部署である。雑然としているかと思っていたが、予想より室内や机の上はすっきりしていて普通のオフィスのようだ。


 しかし、そこにいる面々は一癖ありそうな者ばかりである。


「なんで来た。無価値な宗教論者が」

「必要だからだ。お前と違ってな」

「その台詞、俺がキャリアと知っても言えるかな?」


 まず灯たちを出迎えた若い男は、薄く笑って胸を張った。


 キャリア組。国家公務員になるための特殊な試験をくぐりぬけてきた彼らは、警察官僚とも呼ばれる。はじめから警察幹部候補生として、選ばれた上で入ってきているのだ。


 非常に狭き門であるが、突破できればいきなり警部補からの勤務となる。彼らはミステリーでもよく登場するため、調べなくても灯にだってそれくらいは分かった。


「ほう、さすがに知っていたか」

「警察庁長官、警視総監はほとんどキャリア組だと聞きました」

「では、キャリアとして採用されるのは年間どのくらいの人数か知っているかね?」


 さすがにそこまでは、と灯は首を横に振る。


「毎年十五名前後。何千人と採用がある中で、たったの十五人!! どうだね、すごいと思わないか? ついでに言うと、僕は準キャリアではないぞ」


 準キャリアという言葉は初めて聞いた。なんでも、キャリアとは別の試験に合格して入ってきた人たちらしい。こちらも年間十五名程度しか採用されず、地方警察の幹部候補生となることが多いそうだ。


「へえ……」

「驚いたかね。敬いたまえ、崇めたまえ。地方では、キャリアは中央との貴重なパイプになるのだからね!」


 目の前の彼はきちんと切りそろえられた短髪に、高そうな銀縁の眼鏡。隙の無い紺のスーツ姿。エリートにふさわしい風貌だ。


 本来なら所轄とあまりもめることもなく、一定の敬意を払われてしかるべき存在なのだが──


「採用してた奴の目が腐ってたんじゃないか?」

「黙れそこの坊主!!」


 世間離れした常暁は、そんな配慮は微塵も見せなかった。


「そもそもこの規模の警察署なら、もっとベテランのキャリアが来るはずだろう。お前、東京で嫌われてるんじゃないか?」

「違うわ! お母様の地元がここだから、俺は昔から地元民に愛されてる!! 土地勘もある!! キャリアは地方の運営改革が仕事だから、土地に馴染んだものが適任だろうと選ばれたんだ!!」

「で、本当のところは?」

「俺の言うことだけ、頑として信じないなお前は!! 君は地元民かね!!」


 いきなり話をふられて、灯はちょっとびくっとした。


「そうですが」

金崎かなさきの名字くらいは知っているだろう!? 化粧品のカナサキ、愛されるカナサキ、よくCMでやってるじゃないか!!」

「いえ、そういうの興味ないんで全然……」

「ぜんぜん……」


 キャリア──金崎はかなりショックを受けた様子で、部屋の壁に肘をつき、すねている。綺麗なスーツに皺が寄るのが心配になるくらい、ずっとそうしていた。キャリアの面目とはなんだったのか。黒江の時と違って、ここでは常暁の方が優勢だった。


「こ、今度CM見てみますから。きっと、動画サイトにもあるだろうし」

「約束だぞ!! 公式サイトで使える割引クーポンの番号も教えてあげるから!!」

「必死だな、お前」

「彼女にプレゼントしたら絶対に喜ばれる!! 結婚までまっしぐらだ!!」

「彼女いません」


 自分は何を言っているのだろうと思いながら、灯はうつむいた。


「備えておくのはいいことだ!! 俺もいざという時のために、十セットほど確保済みだからな!! 彼女がどの香りを好きでもいいように!!」

「そうですか……」

「絶対に来ない『いつか』のために備えてどうする」


 その「彼女」が誰か、知っているような口ぶりで常暁が言った。


「来るから言ってるんだよバカ!! 俺は天賦の才で幸運の女神を振り向かせた男だ!!」

「……お前な」


 常暁は心底呆れた、といった表情でこめかみを揉んだ。


「お前にそんな才能があるか。相変わらず、盛大に自分の強みを誤解した男だな」

「なんだと」

「ここだけは真面目に言ってる。お前はそこそこ見られる顔だし実家も太くて恵まれてる。ただし天才じゃない、勘違いするな」


 それを聞いて、金崎の顔が真っ赤になった。明らかに、今までの喧嘩の時と表情が違う。


「……お前になにがわかる」

「少なくともお前よりは分かってる。岡目八目という言葉も知らんのか」

「うるさい」

「耳に痛い意見は聞いておいた方がいいぞ」

「誰が聞くか!!」

「やめなさい、金崎くん、常暁。二人とも、頭を冷やすんだ」


 威厳ある静止の声がかかって、男たちは不承不承口をつぐむ。


「常暁。晴樹くんの様子はどうだった」


 金崎の隣に立っていた、顎髭の男が状況を変えるべく口を開く。一見遊び人だがスーツはキャリアよりも高そうなものでぴしりときめていて、所作に無駄がない。一時流行った悪そうな親父、といった風貌で、違う意味でできる男という感じだ。


正則まさのり管理官か。課長はどうした」


 管理官、とは聞き慣れない役職だ。灯が携帯で調べてみると、「県警察本部では課長に次ぐポスト」ということがわかった。署長、副所長、課長と階級が下っていくので、上から数えて四番目か。重要な課には複数いたり、県によって呼び名が違ったりするようだが、お偉いさんには違いない。


 ややこしいことに、役職と警察官としての階級は別なのだそうだ。ドラマや小説でよく聞く警部や巡査といった名称は、「階級」になる。特定の階級に出世するとより上の役職につけるようになる。正則管理官の階級は警視にあたり、この中では金崎と並んで最上位になる。


「残念だが、課長は他所で面倒な仕事が入ってしまってね。報告は私に頼むよ」


 常暁はため息をつき、話し始めた。


「……弟は、姉が何をしていたかは知らなかった」

「無理もない。まだ小学生だし、姉も隠していただろうからな」


 そんなに期待していなかったのだろう。気落ちした様子もなく、正則と呼ばれた男はうなずいた。


「ただ、事件当日はいつも寝坊している姉が妙に早起きだったと言っていた。それに、しきりに指輪をいじっていたと。ひょっとしたら、誰かに会いに行く予定だったかもしれん」

「ほう」


 正則の目が、唐突に鋭さを帯びた。離れている灯も圧力を感じてたじろぐ。


「鑑識から、遺体の左手指に指輪痕があったと報告があった。しかし、肝心の指輪本体は見つからなかった……その話、確かか」

「指輪の色は銀。細かい飾りがなかったことまで覚えていた。嘘をついている可能性は低いだろう」


 常暁が言うと、正則はうなった。


「その指輪、船戸が贈ったものかもな。被害者が年上の男性と交際していたのは、確かなようだし」

「朝は確かにあったものがなくなっていた、か」

「本人が捨てた可能性は低いだろう。犯人が処分したか、持ち去ったか……」

「処分したところで、痕もあるし目撃者もいる。本体だけ隠してなんになるんだ」


 金崎が、ようやく会話に参加してきた。さっそく常暁に難癖をつける。


「名前の文字が彫ってあった。国内で買える場所が少ない、珍しい品だった。殺害後取り乱した。……理由なんて、いくらでもあるだろう。馬鹿」

「こら、常暁!」


 復活したところでまた常暁にかまされてしまい、キャリアは再び壁に向かってうつむいてしまった。打たれ弱いタイプらしい。常暁と相性が悪すぎたので、灯は彼の背中をなでてあげた。


「僕は馬鹿じゃない……」

「すみませんね、暴言僧侶が……」

「カメラの映像はどうなった」


 灯たちを無視して常暁が聞く。


 正則は、無言で部屋の隅にあるテレビを指さした。ちょうど刑事の一人が、前のめりになって画面とにらみあっている。


 常暁はそちらへ向かった。灯が様子をうかがっていると、唐突に後ろから肩をたたかれる。


「おや、どうなさいました」

「はひっ」


 灯は肝を潰した。


「ふふふ……」


 薄く笑う黒江がそこにいた。灯が驚くのを見て、明らかに楽しんでいる。常暁ほどではないが、若干彼に対して怒りがわいてくる。


「相変わらず、余計なことをする男だな」


 いつの間にか常暁が、灯の後ろに立っていた。黒江に相対しているので、憂い顔である。


「ビデオは見なかったのですか」

「正味、五分くらいの映像だった。もう十分だ」

「なにか気になったことは?」

「特にない」


 それを聞いて、黒江は低く笑った。わざと人の神経をひっかいているようである。常暁が眉根をひそめた。


「……お前はなにかつかんだのか」

「ええ。偏った知識だけは、豊富にありまして」



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