第11話 玩具で遊ぶ黒幕

「……俺が警察に呼ばれるのは」

「犯人を捕まえるためでしょう?」

「それ以外にも理由がある。俺以外にも呪僧はたくさんいるが、そのうちの何人かが妙な動きをしていた」


 常暁は宙をにらむ。彼の気迫に押されて、灯は息をのんだ。


「妙、って」

「人間を使って、遊んでいる連中がいる」


 通常、呪いには反作用がつきものだ。相手に放った呪いがはね返されれば、術者も依頼主もそれにふさわしい対価を払う。それが、呪いの乱用を防いできた。


「昔は呪われる側もそれなりの準備をしていて、呪い返しをかけられることも多かった。だが、今は違う」


 呪いや術は「ないもの」として、記憶の彼方に追いやられた。今はもう、正しい呪い返しなど知っている人間はほとんどいない。



 それをいいことに弱った状態の人間に呪いをめったうちにし、不幸にして楽しんでいる者たちがいる。常暁が呼び出されたのは、そいつらの尻尾をつかむためでもあった。


「それに僧が関係しているというのが、情けない話だが」

「今回の事件もそれがらみだと?」

「第一発見者の女性から、かすかに邪気があったんでな」

「……主犯は誰なのか、わかってるんですか?」

「ああ」


 常暁は迷いなく言う。それは誰か、と灯は聞いてみたい衝動にかられた。しかしそれを聞く前に、晴樹が戻ってきた。


「……どうしたの?」


 彼は厳しい顔つきの常暁を見て、首をひねった。


「気にするな」


 常暁がつっけんどんに言う。教えるつもりがないのを見てとった晴樹は、ため息をついてからポケットに手を入れた。メモ用紙を、灯の前に差し出してくる。


「これ、姉ちゃんの裏アカです」

「うらあか?」


 常暁がつぶやくと、妖怪の名前のように聞こえる。


「裏アカウントの略です」

「そんな小難しいことは知らん」


 顔は賢そうなのに、相変わらず最新技術にはついていけていない。灯はため息をついた。


「この前、SNSの基礎は教えましたね?」

「一応理解した」

「綺麗な自分の情報を提供する場としてまず作るのが、表のアカウント。そして表では口に出来ないことを出すために、違う名前で作るのが裏アカウントです」


 SNSは完全に匿名で使うこともできるが、若い学生たちは友達もアカウントを認識していることが多い。メインのアカウントは、そういうつながりのために作るのだ。そして裏で、自分の好きなことをつぶやいたり──誰かを攻撃したりする。


「それのなにが面白い」


 完全に理解できない様子の常暁ににらまれて、灯は首をすくめた。


「僕はやってませんよ。ストレス解消のためじゃないですか?」

「それなら、匿名だけでやればよかろうに。わざわざ表でいい顔をする意味がわからん」

「変な話ですけどね。SNSでいくら自分のファンを作ったかが、今じゃ自慢の種になるんですよ」


 今まで、どれだけ人気があるかを可視化することは難しかった。しかしSNSでは、参加した人数の多寡によって、はっきり優劣がついてしまう。万を越える人数をひきつけられれば、その名をたのんで仕事が来るほどだ。


 なまじその存在が可視できるだけに、皆がわずかな上の椅子を目指す。昇るための仕組みに絶対はなく、競争にはまると抜け出せなくなるのだ。


「自分の本音を書くのが裏なのは間違いない。裏をのぞけば、彼女のことがもっとわかるかも」

「……貧しい発想だが、理解はできた」


 常暁はうなずいた。灯はこれ以上の説明はせず、晴樹からメモを受け取る。


「確かに預かった。両親はなんだかんだして黙らせておくから、お前はもう休め」

「これ、僕の名刺。なにかあったら、連絡して」


 晴樹はそれを聞いて、大きくうなずいた。


「後でめんどくさくないようにしといてくださいね」

「分かった」


 晴樹が、自分の部屋へ消えていく。常暁は階段を降りると、ぼんやりしている両親の前でまたなにやら呪を唱えた。


「調べは終わった」

「オワッタ」


 両親はうつろな目つきのまま、常暁が発した台詞を繰り返す。


「警察は有益な情報を得た。娘を殺した犯人を追うのは、こちらの仕事だ」

「シゴト……」

「お前たちは、親としての仕事をしろ。何が悪かったか、どこで間違ったか自覚し、二度とそれを繰り返すな」


 常暁が低くつぶやく。黙って聞いているようで、彼も両親の対応について怒っていたのだとわかって、灯は嬉しかった。……そんな内面こそ出せば、もっと理解者が増えると思うのだが。


 両親の瞳の揺れが、止まった。今度は鸚鵡返しには応じないが……その目尻に、うっすらと涙がたまる。言葉が届いた証拠なのか、ずっとまばたきをしていないので単なる生理反応なのか、今の灯にはわからない。


 ただ、少しでも晴樹が快適に暮らせるようにと祈るばかりだった。


「オン」


 常暁が忍び寄って短くうなると、両親の目に光が戻る。彼らはあっという間に、感情をそなえた人間に戻った。


「な……長々とありがとうございました。では、我々はこれで」


 常暁のかわりにシメの挨拶を言い、灯はそそくさと辞去する。いつ、秘密がばれて怒りの声が背後から飛んでくるかと思うとはらはらした。


「なかなか、得るものが多かった」


 常暁は満足げだが、灯は苦言を呈した。


「いきなりギリギリの質問をしすぎです。あれじゃ、苦情が来て当たり前ですよ」

「ああ……」


 絶対に理解していない口調で、常暁がつぶやく。灯は怒りをこめて、常暁をにらんでやった。


 昔の相棒も、苦労しただろう。だいたい、対外的な折衝はその人がやっていただろうから。灯は前置きなしに斬り込む常暁を抑え切れていないが、彼か彼女か……その人はどうだったのだろう。再会したら酒でも飲んでみたいものだと思った。


 そんなことを考えている間にも、常暁は緊張感なしにずんずん先へ進んでいる。足が長いものだから、差が広がる一方だ。灯は久しぶりに舌打ちし、小走りになった。


「ねえ、聞いてますか……うわっ」


 常暁の足が、いきなり止まる。灯はすんでのところで、衝突をまぬがれた。


「俺だ」


 常暁はこともなげに電話に出ている。灯はふと、状況の変化に気付いた。常暁は元々楽しそうな面構えではないが、今は一層険しい顔になって額に皺が寄っていた。


「なに。それで、身柄は……わかった、俺も行く」

「来るなああああ!!」


 傍にも分かるくらい、見事な悲鳴が電話から漏れてきた。常暁をあからさまに苦手とする人間が、通話先にいるらしい。しかし常暁は無表情のまま、通話を打ち切った。


「何か進展が?」


 灯は苦笑いしながら聞いた。


「……被害者の担任教師だが」

「消息が知れなくて、一番疑われてた人ですね」

「彼は被害者発見の前日に、金物屋で包丁を購入していた」


 灯の中から、常暁への怒りが吹き飛んだ。


「まさか、それって」

「購入記録からみて、凶器の形と一致する。……臭いな」


 今、販売店の店主に詳しい事情を聞きに行っているという。灯は身震いした。


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