第6話 優等生の裏の顔
「つまり。犯罪者として逃げている状態は、たいていの人間にとって好ましい状態ではないな。危険と言われる犯人でも、それは当てはまる」
「……ですね。考えただけで、ストレスがすごそうです」
やったことへの後悔、いつ捕まるかという不安。必死になって逃げても、重罪であれば時効までははるかに遠い。誰も助けてくれない苦しみが、じわじわと肉体と精神をさいなむ。自分だったら、三日で胃に穴があくと灯は思った。
「守護の存在に働きかけることで、そういう好ましくない状態から抜け出すよう、助けるわけだ。どうせバレるなら、自首するのが一番楽だとすすめる。普通の人間ならこれで自首してくる」
良心の声に耳を傾けた犯人の顔は、一様に晴れやかなものだという。
「例外は?」
「ごくわずかな、人の心を殺しきった奴はどうにもならん」
そういう場合は人を害する呪いをかけなければどうにもならないので、宗主と相談した上で仕事を受けることが多いと常暁は言った。
「卑劣な連続無差別殺人、ともなれば秘中の呪いを使ってでも探す」
その具体的な内容、そして結末については、常暁は語らない。灯も、そこまで聞くつもりはなかった。
今までの話をまとめると、まるでドラマの探偵のような立ち位置だ。想像していたよりまともな関わり方で、良かった。
「なるほど。それで警察に知り合いが多いんですね」
常暁はうなずく。
「そうだ。本来俺が関わるべき事件は別にあったんだが、今日たまたま犯人が自首してきてな。かわりに、今朝の女子中学生殺しを押しつけられた。これが資料だ」
常暁はそう言って、いきなり袂から分厚い封筒を取り出す。
「……まあ、そういうことなら協力しますよ」
「ありがたい」
灯は常暁から封筒を受け取って、それをのぞいた。
「ああ、写真には死体がばっちり映ってるやつがあるからな。死因は胸部への刃物攻撃による失血死。最も深い傷は心臓に到達しており、食道の直前まで至っていた」
灯は光の速度で顔をそむけた。
「傷の横幅は約四センチ、深さは八センチ。傷の周りは鋸歯状になっておらず整なことから、鋭利な刃物が凶器と思われる。傷口の一方が尖っており、もう一方が角状なことから、凶器は片刃。……一般的な庖丁あたりが、可能性の高い凶器だろうな。死亡推定時刻は、朝の十時頃」
灯が頭を抱える様を哀れとも思わず、常暁は話し続ける。
「被害者は
灯がおそるおそる目を開けると、女子の写真を常暁が掲げていた。髪をポニーテールに結って、活発そうな印象をうける。死体でなくて、とりあえずほっとした。
「これが生前の彼女だ。一見活発で明るく見えるが──」
常暁の口調には、嫌味では済まない毒がにじんでいた。灯は展開を予想して、息を詰める。
「彼女には裏の顔があった。病的な盗癖だ」
「盗み……」
とてもそんなことをしそうな子には見えない。だが、警察が調べたからには嘘じゃないのだろう。灯はうろたえ、何もかもが信じられなくなりそうだった。
「生活安全課にデータが残ってた。一回だけだったがな」
「だったら、常習犯扱いは可哀想じゃありません?」
「聞き込みでわかったことだが。盗みが発覚するたびに、両親が頭を下げて公にしないよう頼んだらしいな。店主達は口を濁したが、警察は金銭の授受もあったとみてる」
灯は絶句した。金で口止めとは、親も親だ。
「そもそも、そんなに何が欲しかったんでしょう……」
「特定の物にこだわってはいなかった。ちょっとしたペンやノート、ガムやおもちゃ。高価なものを万引きしたことはない」
「……その気になれば、普通に小遣いで買えますよね」
「もちろん。岩田にとっては『盗む』という行為自体が完全に欲求解消になっているから、物はどうでもいいらしい」
常暁はため息をついた。嫌な中学生がいたものだ、と灯も肩を落とす。
「店主達のナマの声を見てみろ」
そして調書の何枚かを放ってよこす。そこには商店主たちの苦情が、書き連ねられていた。
『ぱっと見は真面目そうだからねえ。本人も親御さんも泣くから許したけど……そしたら常習犯だっていうじゃない。甘くなんてするもんじゃないね』
『弟さんは真面目な子なのにね。かわいそうだよ』
『悪いけど、今にろくなことにならないだろうってみんな言ってました』
散々な言われようだった。
「家族の同意を得て、えす……えぬ……」
「SNSですね。若い子なら、いくつかやってるでしょう」
アルファベットに苦労する常暁に、灯は苦笑した。SNSの特徴をいくつか話してやっても、ぴんとこない顔をしている。
「……まあ、詳しいことはどうでもいい。そこでも彼女は問題児だった。親しくしている異性が多いのと……そしてこれはなんだ。自作発言?」
「今は、自分の作品をネットで公開する人もたくさんいます。それを、関わってもいないのに『作った』と嘘をつくのが、自作発言です」
特に画像は拡散力が高く、有名なイラストや漫画はファンがついている。その人気をあてこんで、単行本化もされていた。灯も愛読している物がいくつかある。
「画像の取り込みはすぐできますから……騙るだけなら、十分もかからずに賞賛を集めることができます」
「それは趣味が悪い」
常暁は吐き捨てた。
「ただし、猫かぶりはすぐバレます。その後待ってるのは、『叩き』ですよ」
「三和土?」
常暁が違うものを思い浮かべているのは明らかだったので、灯は説明に回った。
コピーされるようなうまい人間には、みんなが注目している。ひとたび誰かが声をあげれば、あっという間に誰が嘘をついているかなど分かってしまう。すると「嘘つき」には、ありとあらゆるユーザーから避難の声が寄せられる。これが「叩き」だ。
「意外と公正なものだな。で、その後はどうなる」
常暁が笑って、灯を見やった。
「たいていバレたら、訴えられないうちにアカウントごと消して逃げますよ。夜逃げみたいなもんです。で、また違う名前で同じようなことを繰り返す」
「つまらん」
常暁が鼻を鳴らした。
「つまらん人間がやることですから、仕方ありません」
ひと一人訴えるには時間も金もかかるため、訴えられないかもしれない。しかし何度もやれば、確実に首はしまっていく。
「岩田さんは、そういうリスクが怖くなかったんでしょうか」
「その危険を楽しんでいたのではないか? 盗みを繰り返していたことにも通じるだろう」
「……厄介な性格だなあ。そのぶんだと、他でもトラブルを起こしてそうですね」
「それについても報告があがっている。揉めた相手は、容疑者扱いだな。被害者の弟、担任教師、近くのスーパー店主……」
常暁は指を折りながら数えあげた。
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