童貞の死後の話

「シスター?」

「ばぶーばぶー」

冷めた目で見るアリシアの妹たちだった。

アリシアと俺は時間を忘れて熱中していた。


俺たちは何をダラダラとどうでもいいことに時間を割いていたのだろう?

「バリバリ遊んでないで早く帰るわよ?」

「はい」

と、アリシア。さっきまでの元気はどこいった?


「あ、それとチェリーボーイだったユー! 童貞卒業おめでとう!」

と、拍手をしながらエックス。にこやかな笑顔はまるで一輪の花のよう。

黄金の花弁、その美しさが青い目でさらに引き立つ。


「汝! 童貞卒業おめでとうございますなり!」

と、拍手をしながらきょう。きょうさんのにこやかな笑顔もまるで一輪の花のよう。

黒い髪はシンプルでいて至高。皆さんは原点にして頂点という言葉をご存知だろうか?


「ばぶーばぶー。キュポン! これで本日をもってあなたは童貞卒業となります。

ご卒業おめでとうございます。心より敬服いたします」

と、おしゃぶりを外して四歳児とは思えないような喋り方をする花子(グラシャラボラス)さん。


花子さんのにこやかな笑顔もまるで一輪の花のよう。頭にはまだ生えかけの黒髪がそよいでいる。

違うベクトルの可愛らしさはまるで一輪の花のよう。



俺はアリシアに“アリシアがどういう目的で旅をしているのか”説明している間に姉妹のことについて色々聞いておいた。


みんなの暖かい拍手と尊敬の念はまるで一輪の花のよう。俺の心はたぎり燃え上がった。


「俺が童貞を卒業できたのはみんなのおかげだ!」

童貞を卒業できた俺はまるで一輪の花のよう。

全部一輪の花のようだ。つまりみんな違ってみんないい。そういうことだ。


「俺、童貞を卒業した感想を言ってもいいか? この街中で言っていいか? 公衆の面前で言っていいか?」

エックスが何も言わずにサムアップ。


「みんな! 聞いてくれ!」

俺は腹の底から精一杯大声を出した!



「なんだなんだー?」、「何かやっているぞ!」、「ちょっと見ていこうか」、「ママ! サチもあれ見たい!」、「じゃあ晩御飯の前にちょっとだけ見ていこっか」、「何かやるのか?」、「何が始まるんだ?」、「ねえ! 何あの人だかり!」



そして、あっという間に俺は囲まれた。まるで街一番の人気者みたいだ。


これが非童貞の見る世界なのか。街中の人が俺に視線を突き刺す中、

「みんなに今日は言いたいことがあるんだ! 俺は今日童貞を卒業した!」

「「「えっっっっっ?」」」

その瞬間、周囲の人の目の色が変わった。


「ママ? どうていって何?」

「しっ! そんなこと言っちゃいけません!」


俺は気にせず、

「お相手はこの四人だ!」

俺はアリシア、エックス、きょう、花子の四人を次々に指差した。


「「「えっっっっっ?」」」

「みんなにご紹介します。まずは一人目! アリシアです!」


「えへへーどーもどーも!」

「このアリシアは俺の童貞を奪った張本人です!」

「いえーい!」

騒ぐアリシアをよそに街民は水を打ったように静まり返った。


「続いてこちらは、エックス。聖剣エクスカリバーの生まれ変わりだそうです! 

生きた聖剣エックスと呼んでください! ちなみに僕が童貞を喪失したのは森の中です!」


「ハーイ! ビリビリーっと登場! エックスです!」

街民は鼓膜でも破れたかのように静まり返った。


「お次は、小さな宗教団体の教祖様! きょうさんです! 

僕はこの人たちに突然『童貞だ! 童貞を見つけた!』と追いかけ回されてから鈍器と凶器で滅多打ちにされました。ありがとうみんな!」


街民は心臓が止まったように静まり返った。


「最後はこちらの赤ちゃん! 花子(グラシャラボラス)さんです! 

花子と書いてグラシャラボラスと読みます!」

「あぶーばぶー」



その瞬間、街がぶっ壊れるくらいの衝撃と共に、俺はリンチされた。


俺は全治三週間の大怪我を負った。腹のなかから全身が焼けただれ、発疹が全身の皮膚を覆い尽くした。


喉から溶けたルビーのような鮮やかな血液が溢れ、目からはドス黒い液体が流れ出てきた。


死神がもし本当に存在するならば死神が目を背けたくなるんだろうな。そう思うほど俺の体は綻んだ。


まるで車に轢かれた後に、町中引き摺り回されて、暴走族にリンチされて、ライオンのオリに放り込まれて、全身をミキサーにかけて、その後、蘇生させた後に、死んで、また生き返って死んだ人間のようだった。





「と、いうわけで、この人は私たちの魔法を受けて童貞喪失したのよ! だからこの人は悪い人じゃないのよ! わかった?」


「「「「うん! わかった!」」」」


街民は元気よく小学生のような返事をした。俺が殴られている間、ずっとアリシアは説明しようとしていたが、アリシアのお馬鹿っぷりは俺の想像をはるかに超えていた。


アリシアが何か一言喋るたびに俺の状況は悪くなり、さらに深く体に傷が植え付けられた。


アリシアが口を開くたびに俺の口が開いて中から悲鳴が飛び出た。

もうなんならアリシアが俺のことを首班になってリンチしていると言っても差し支えなかった。


「ごめんね!」、「すいませんでした!」、「ごめーん」、「間違いは誰にでもあるよね!」、「お詫びに河原で拾った綺麗な石の下にいたダンゴムシのウンチをあげるね」


(お前ら後で覚えていろよ! というか最後のやつは、せめてその石をくれよ。

なんでダンゴムシのウンチを俺にあげようと思ったんだ? 頭大丈夫か?)


「じゃあ最後にみんなで胴上げをしてあげよう!」

(はっ?)


「「「「さーんせーい!」」」」

俺は軋む身体を必死で動かして抵抗しようとした。


「はいはい! そんなに嬉しいのならずーとやってあげますからねー!」

「うがっ! うがっ! 死ぬっ!」

(こんな重症負っているのにそんなことされたら本当に死ぬ!)


そして、そんなことを本当にされて俺は死にかけた。俺の薄れ行く意識の中で『だめだこの女』と思った。






[アリシア視点]

元童貞君を精一杯祝ってあげると、街の病院に送り届けた。なんて私は偉いんだろう!


「じゃあ宿に帰りましょうか!」

そして、私たちは泊まっていた宿に足を向かわせた。


「今日もいい一日だったわねん!」

「シスター! グッジョブ!」

「あぶー。ばぶぶ」

「ねえねえ! 我疲れたなり!」


そして、私たちは夜の街へと消えていった。


街の灯りが暗闇を引き裂く。夜は昼間とはまた違う喧騒が騒ぎ始める。


一日の疲れを癒すように、あちこちで人々が騒ぎ出す。


夜風に晒された喧騒は、全く冷えることなく火照っていた。


宿に着くと、内部は豪華絢爛、煌びやかで華やか、この世の贅と快楽を全て濃縮させた最高級の宿の真逆のような宿だった。


あちこちが寂れていてなんかちょっと臭う。正直臭い。何かが腐っている? いや、何かが死んでいる?


宿の玄関は腐ったスルメがさらに腐ったような匂いだった。


靴を脱ぐためのすのこからキノコとカビが生えている。

あとどうでもいいけど私の靴も少し匂う。


私たちは靴を脱いでカウンターに向かった。

「あのう! チェックインしたいんですけどー!」

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