過激な激ヤバなピーーーーーーーー(自主規制)
「ほいほい。お名前は?」
その瞬間、私たちは顔を見合わせる。視線が激しく交差し合う。
「誰が予約したんだっけ?」
「ばぶー!」
と、グラちゃんが元気よく手を挙げた。
「あーグラちゃんね」
私は従業員の方を見て、
「グラシャラボラスです!」
元気よく答えた。
従業員は目をパチクリさせながら、
「は?」
「グラシャラボラスです!」
「グラシャ? は?」
「グラシャラボラスですっ!」
今度はさっきより強い口調で言った。
「グラシャラボラス様ですか? 少々お待ちください」
従業員は予約状況を確認する。
「一名でご予約の伝説の堕天使アザゼル様ですか?」
「違います! 何よそのイタイハンドルネームみたいなのは! グラシャラボラスって言っているでしょ!」
「大変申し訳ございません。では、一名でご予約の永遠の無職(笑)様ですか?」
「違いますっ! あなたわざとやっています? っていうか永遠の無職って全然笑えないんですけど! 私たちは四名で予約しているグラシャラボラスです!」
「大変申し訳ございません。では、四名でご予約の刹那のトリックスターシンジ(永遠)様ですか?」
「違うわよっ!」
「大変申し訳ございません。では、田中拓実様?」
「ノー!」
「大変申し訳ございません。では、佐藤淳之介様?」
「ううん!」
「大変申し訳ございません。では、高橋大輝様?」
「ちゃう! もーラチがあかない! あんたもしかして童貞?」
私は『ははーん、さては?』という顔で訪ねた。
「ほいっ? 私ですか? いえ私は妻と娘がいますが?」
「あ、そう。てっきり童貞だからかと思ったわ。失礼したわね。っていうかちょっと貸しなさい!」
私は非童貞の従業員から名簿をひったくった。
そして、
「ほれー! あるじゃなーい! ここ! ここ!」
私は名簿に記載されている『花子』という文字を指差した。
顔面にドヤを貼り付けて、鬼の首を取ったように! やっぱり私が正しかったのね!
これだからマニュアル君は!
「ちょっと! ちゃんと謝りなさいよ! 私たちが合っていて、あなたが間違ったのだからね!
ほらまた『大変申し訳ございません』って言ってみて! そしたら許してあげるから!」
店員はペコペコしながら平謝りだ。私はそんな定員にさらに激しく叱咤する。
「私たち疲れているのよ? 私たちはこの世界を守るいわば勇者!
そんな勇者の貴重なお時間を取らせたのよ!」
店員はさらに激しく頭を振る。ヘッドバンドをするロックスターみたいだ。
「ほーら! もっと謝って! 誠心誠意謝ってよ! そしたらおねーさんたちも許してあげるからっ!」
店員は青ざめた顔で、蒼白の表情で、ブルっている。ふふっ。まるで童貞ね。可愛い。
店員と私のやりとりを見て、
「シスター! 花子は普通“はなこ”って読む。グラシャラボラスって読まない。
あれはママが勝手につけたキラキラネーム」
その瞬間私の顔は少し青ざめた。
「ああ。そうね。それじゃあこの従業員が読めなくても仕方がないわね。
いいわ。ならチェックインさせてちょうだい。いや、ください」
私は少しだけ語気を弱めた。
「いえ。花子(グラシャラボラス)様は昨日の時点で既にチェックインされていますね。
ならチェックインの必要はないです。今朝もこの宿からご出発なされたはずですよね?」
そういえばそうだ。なんで私今日もチェックインしようとしたんだ?
「そ、そうだったわね。失礼したわ。ごめんなさい。なら鍵を貸していただけますか?」
ううっ。やばい、嫌な予感が胸をよぎるー。
「鍵? 鍵ですか? 鍵ならもうお貸ししているはずです。
まずはご自分のポケットの中を探してみてはいかがですか?」
私は背後から痛いほど視線を感じる。
ナイフで背中を滅多刺しにされているみたいだ。
私は、『頼む! 鍵よ! 私のポケットから見つからないでくれ』と、願いながらポケットの中を弄った。
鍵はすぐに見つかった。
私の手のひらの中で少し錆びて光沢を失っている鍵が光る。
「たははー。鍵あったー。いや、ありました」
私を見る従業員の目は信じられないくらい鋭かった。もう本当に恐ろしい表情で私のことを見ていた。
「はい。全てこちらのミスです。申し訳ございませんでした」
「だいたいあんたなー!」
床に正座した私に従業員は怒鳴りつける。私殺されるんじゃないか?
「本当にすいません」
エックス、きょう、グラちゃんは呆れて部屋に戻っていった。
「こっちだって忙しいんだよ! それなのにあんたは」
「はい。はい。おっしゃる通りです」
「あんたはバカなのか? 大馬鹿なのか?」
「はい。私はバカです。それに大馬鹿でもあります」
うう。死にたい。
「そもそもねー」
従業員の言葉の礫は止まらない。
「はい。本当に申し訳ございませんでした。はい。本当にすみません。はい。本当にごめんなさい」
「君さー」
従業員の叱咤は止まらない。
「すいません。そろそろ許してください」
「ふー。わかった。あんたもこれに懲りたらもうこんなミスするんじゃないよ」
「はい。肝に命じておきます」
「童貞を殺して、世界を救うんでしょ?」
「その通りです」
「だったらこんなところで油を売っていちゃいけないよね?」
「おっしゃる通りです」
油を売るってなんだ? 私油なんて売っていない。
「じゃあ。今日はもういいから。明日に備えてゆっくり休んで。ほら。いったいった!」
そして、最後にもう一度だけ深々と頭を下げて部屋に戻った。うう。穴があったら入りたい。
部屋に戻ると、
「あ! おバカねえねえが帰ってきたなり!」
「シスターイズフール」
「あぶーばぶばぶ(バーカバーカ)」
私は何も言い返せなかった。
つーかグラちゃんはおしゃぶりを外していいなさいよ。多分私のことを小馬鹿にしているんだろうけど。
私以外の三人はもう既にシャワーを浴びていた。濡れた髪が部屋の照明を弾いて煌めきを放っている。
「バカねえ! さっさとシャワーを浴びるなり! ちょっと匂うなり!」
と、愛読書である“童貞を殺す本”を読みながら、きょうちゃん。
「きょうちゃん。そんな分厚い本よく読むわねー」
きょうちゃんの趣味は読書。見るものの読む気を失せさせるような分厚いどでかい鈍重な本を読みたがる。
とりわけお気に入りなのは『黒バラ教団』という本だ。
今もがっつりどっしり読んでいる。この本は、萌えと宗教の融合という斬新なジャンルの本だ。
この本に出てくる教祖は清楚系の黒髪ストレート。
きょうちゃんはきっとこの本に出てくる教祖に憧れて黒髪を貫いているのだろう。
「バカねえねえも読書をするなり! ラノベばっかり読んでいるから宿の予約すらできない女って言われるなりよ! 地図を読めない男並みに使えないなり!」
「うるさいわね。それよりお腹減らない? 宿には食事処もついているし後で行きましょう!」
「ばぶーばぶー。キュポンっ!」
お風呂上がりのグラちゃんがおしゃぶりを口腔から引きずり出す。
「アリシアさん! その食堂の存在ならみんな既知です。
なぜなら昨日もう既にそこで食事をとった経験があるからです。
というよりアリシアさんも昨日いましたよね? 昨日一緒に食事をとりましたよね?」
「ええ。そうだったわね。っていうかグラちゃんは私のことさん付けで呼ぶのね。まあいいけど」
グラちゃんは短い生えかけの茶髪をそよがせながらベッドの上でアニメを見ている。
見ているアニメは、教育番組。
小さな女の子が一匹のドラゴンと出会い、種族の壁を超えて成長していく姿を描いた番組だ。
子供向けながらメッセージ性があり、これを見ている大人もままいる。
ちなみに私たちのママはこのアニメが大好きだ。
だから花子という漢字にグラシャラボラスと当て字にしたのだろう(竜の名前がグラシャラボラス)。
「シスター! さっさとシャワー! お腹ペコペコ」
「わかったわ。すぐに済ますから待っていてね!」
私はさっさとシャワーを済ますと、部屋に戻った。
部屋にはもう誰もいなかった。
「あいつらー! お腹減ったから先に食堂に行きやがったなー!
あれだけ私のこと待つ雰囲気だったじゃーん! もー!」
着替えて、寝る前の準備を済ませていると、
その瞬間、部屋のドアに乾いたノックが響く。
「きっと私のことを呼びにきたのね!」
私は勢いよくドアを開けて、
「あんたたち! 私のお気に入りのゴリゴリの激ヤバの激アツの過激なボーイズラブの本知らなーいっ? あれがないと一日が終わったって気がしないのよねー!」
ドアの前に立っていたのは、妹たちじゃなかった。
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