転がり落ちとけ







伸ばした手はアニキに撃ち落とされた


「痛っ!?」


「その手付きはアウト」


氷を投げつけられた手は微かに濡れていて少しだけ腫れていた


「アウトってなに!?」


「助平過ぎ」


仕様がなくない!?

目の前にこんなに美味しそうな果実が実ってたら手くらい伸びちゃうよ!



「あらら、可哀想」


兎さんは俺の手を両手で優しく握る


「腫れちゃってる…」


「っ!?」


「痛いの痛いの飛んでけー♡」


その魅惑の谷間に俺の手をすっぽりと収め、挟む


痛みとかもうそれどころじゃない…

未知の体験、未知の感触に全身がバーニングストリーム(意味不明)しそうだ



「…はっ!?」


手を伸ばしただけでアウトだったのにこの状態をアニキが黙って見過ごす訳がない


スリーアウトどころか退場もんだぞ!


「不可抗力!」


俺は最短の言い訳を口走りながらアニキの方を見ると特に何もせずちびちびと酒を飲んでいた



「ん?あぁ、セーフセーフ」


「えぇ…判定基準わっかんねーよ」


曖昧過ぎるルールに戸惑いながら「自分から何かしない限りOK」的な雑な考察をしてみる



というか何気にアニキが酒飲んでるところ初めて見た


いつも断ってるし弱いのかと思ってたけどそうでもなさそうだ



「よかったね、セーフだって♡」


「はい…あざっす」


「じゃあこのままどこまでがセーフなのか試してみる?」


兎さんの心踊る台詞に反射的に「是非も無し!」と言いそうになるけどアニキの目が怖いのでぐっとこらえた


「と、その前にお名前教えてくれる?」


「カロムっす、お姉さんは?」


「私はバニア、今夜はよろしくねカロムくん♡」


自己紹介を済ませてもバニアさんは俺の手を放してはくれない


むしろ脚まで絡ませてくる



「私カロムくんみたいな年下の子が好きなんだー、だから今日は逃がしてあげないからね♡」


安い挑発に俺の息子が簡単に乗ってしまう

前屈みになりたいのにバニアさんはそれすら許してくれない


「どうしたの?苦しそうな顔して」


心配そうに脚の付け根辺りを擦るバニアさん

厭らしく生々しい


これ完全にアウトだよ…!

少なくともと俺が限界だって!

…着席5分で不甲斐なし!



「バニア、そいつにはちと刺激が強い、もう少し抑えてやってくんねーか?」


俺の惨状を見てアニキが苦言を呈してくれる


「むーり♡」


「しゃお!?」


だけど聞く耳持たず


俺は耳朶みみたぶを甘噛みされて奇声を上げた




「まぁ…ヤバくなったら強制終了させるからいいか」


「それってもしかして冷やかしってやつじゃないですか?」


アニキの太ももにもたれながらサキュバスさんが尋ねる



ああ…ダメだサキュバスさん……

そんなこと言ったらアニキは……




「この俺が…冷やかし……だと?」



アニキはサキュバスさんの首根っこを摘まんで持ち上げると片手でメニューのとあるページを開いた



「トーチ…俺を冷やかし扱いするたぁいい度胸だ」


今までに見たことのない含み笑いを見せるアニキ

開いたのはオプションの『ドワーフ酒戦』のページだった



『ドワーフ酒戦』とは簡単に言ってしまえばただの飲み比べだ


それにちょっとしたルールが加わっただけ


単純明快


負けたら勝者の言うことを何でも1つきく

これだけだ



酒こそ人生と言わんばかりのドワーフ族が発祥

簡単さや単純さで今や全国に広まってる大人の遊び


ギルドでも人気で俺もティニーに負けて酒代を奢らされたことがある




そう、男達がやる分にはだいたい酒代を賭けた勝負になる


…でもアニキはどうやら違うことを企んでるみたいだ



「お前らが接客出来ないほどベロベロになったら俺は冷やかしじゃなくなる…そうだな?」


「え…うん…そうなるの…かな?」


「とりあえず、酒樽2つ用意してもらおうか」


完全にアニキの地雷を踏んだサキュバスさん

俺は心の中で御冥福をお祈りした




酒樽はすぐに用意され、二人が座るソファーの両サイドにそれぞれ1つずつ置かれた


「それじゃあお酒は私達が作るねー」


バニアさんとエルフさんが樽から掬った酒に媚薬を入れる


ここじゃ普通の酒で勝負出来ないみたいだ



「んじゃ、乾杯」


酒を注がれた二人がグラスを持った腕を絡ませ合いながら乾杯する


そのまま一気にグラスを空にするとアニキの顔色がいつもより更に白く青冷めた


「大丈夫か旦那…顔がゾンビみたいな色になってんぞ?」


「う…ぷっ…気持ち悪ぃ」


威勢が良かった割りには一杯目からギリギリじゃねーか…


つーかやっぱり弱かったのかよ…酒



「あれー?もうギブアップ?」


「早すぎよ」


バニアさんとエルフさんがアニキの頬をつつきながら煽る



「まぁ無理もないわバニー、私達でも三杯が限界なんですもの」


「たしかに普段から飲み慣れてないと気分悪くなっちゃうかも」


そうだ、ただの酒じゃないんだ

もしかしたらアニキもそのせいで気分が悪くなってるのかもしれない



「しかもトーチはサキュバスだから私達の倍は軽く飲んじゃうもんね♡」


劣勢に劣勢を重ねる

素人とプロの差は果てしない



それでもアニキは二杯目のグラスをしっかりと掴む



「無理しないでくださいね…貴方は私の恩人なんですから」


余裕綽々なサキュバスさんはアニキの懐(ふところ)に手を入れながら耳元で囁いた


「安心してください、私が勝ってもたっぷり愛してあげますからね…………っ!?」



吐息が耳にかかろうともお構い無し

アニキは目をかっ開くと二杯目も一気に飲み干す


別に一気に飲み干さなきゃいけない訳じゃないけど相手がグラスを空にしてから1分経っても飲み切れなかった場合、強制的に敗北が確定する


それがドワーフ酒戦の数少ないルールの1つだ



「ほれ…空いたぞ…?」


「………」


しんどそうに言うアニキに煽られてサキュバスさんも慌てて二杯目を飲み干す


「俺は死んでも冷やかしには…ならん」



アニキは執念だけで飲み続けた


五杯を軽く超え、十杯目を数えようとした時

顔を真っ赤にしたサキュバスさんがアニキに凭れかかりながら眠ってしまう



「まだ…だ」


血走った目が次に捕らえた標的はバニアさん


アニキの状態を見て二杯くらい飲めば勝てると思ってたみたいだけど……


結果的にはバニアさんは五杯でダウン

その次のターゲットのエルフさんも四杯で倒した


崖っぷちから見事に連戦連勝を飾ってしまった



ちなみに身の危険を感じたケフィカさんは途中でロイさんとエスケープ



「化物かよ…」


俺なんか二杯目の半分も飲み終えてない状態でギブアップしたのに…



「何か今日の俺空気過ぎない?」


グロッキーなエルフさんを膝の上で寝かせてるティニーがボヤく


「しょうがないって…トーチさんがアニキの地雷踏んじゃったんだから……俺らはもうその爆風に呑み込まれるだけだ」


「…そうだな」



嵐の様な飲み比べ対決だったけど、それもようやく落ち着いた


アニキが勝っちまったことは正直ちょっとだけ残念だけど…バニアさんに抱き枕にされるだけの時間も別に悪くはない



俺の腰に腕を回したまま寝てるバニアさん

無防備過ぎて相変わらず柔らかい



半分白目向いてるし…今ならアニキの監視も緩くなってるんじゃないか?




俺は最後のチャンスと思いながらゆっくりとバニアさんのお尻に手を伸ばした






「ったく、若いのはだらしないねぇ」



背後から聞こえた声に体を跳ねさせ驚くと俺はすぐに手を引っ込める



「せっかくS級冒険者が来てんだから爪痕残さないでどうすんだい」



酒樽よりも一回り小さい樽を2つ担いだトゥーシーさんがトーチさんを蹴り飛ばしてアニキの隣に座る



「若いのが情けないからお望み通り来てやったよ」


不敵に笑うトゥーシーさんの漂うラスボス臭


トゥーシーさんは樽を1つアニキに押し付けると手刀で樽の蓋を空けた



「これは…?」


「これは媚薬の原液さ、もう酒を飲むのも飽きたろうと思ってね」


トゥーシーさんの話を聞いたアニキの冷や汗が止まらない



「先に言っとくけど、アタシが勝ったら店を宣伝してもらうからね」


S級冒険者の影響力は凄まじい


例えばS級冒険者が武器をハンマーから弓に変えたら町の武器屋から弓はなくなるし、喫茶店に行こうものならその店は翌日以降長蛇の列を作る人気店になる



そんな些細な事でも爆発的な宣伝力になるのに…

本人が声高らかに宣伝したら一生食うに困らなくなるだろ


…やっぱり悪魔は考えることがえげつない



「勘弁してくれよ…この店宣伝したら俺が彼女に殺されちまう」


もはや唇の色が真っ青になってるアニキの声は震えていた


確かに花さんならやりかねないな…



それでもトゥーシーさんは上客を逃がさない


煙管きせるを取り出し火を着けるとアニキに煙を吐きかけながら妖艶で邪悪な笑みを見せた




「おやおや、逃げるのかい?冷やかしさん」



自ら地雷を踏みに行く


最高の煽りを受け取ったアニキは口火を切ったように樽ごと媚薬を飲み始めた



「そうそう、そうこなくちゃね」


後を追うようにトゥーシーさんも樽ごと媚薬に口をつける



長いこと軽快に喉を鳴らし続ける二人だったが…アニキの方が先に動きを止めた


少し遅れてトゥーシーさんも一呼吸つける



「ふぅ…流石にこの歳になると媚薬の樽一気はキツいね」


「……………」



視点が定まらないアニキ

流石にもう限界かと思った



「アタシはもう三分の一くらいだけどそっちは…まだ半分もあるじゃないか」


「……………じゃない」


「ん?」



「俺は…冷やかしじゃない!!」



アニキは叫ぶと火山のような勢いで残りの媚薬を飲み干した


その光景を見てトゥーシーさんは唖然とし、持っていた煙管を落とす



「…………ふふ、やるねぇ」


驚きは刹那

その先には落ち着き払った大人の微笑びしょう



「少し惚れちまいそうになったよ」



トゥーシーさんはアニキの燃え尽きた顔を両手で挟むと目を伏せたくなるような濃厚なキスをした


「すげー」×2


俺とティニーの感嘆の声も蚊帳の外


もはや操り人形みたいになされるがままなアニキは物凄い勢いで口から色んな物を吸われている



「ぷはぁ…久々に良いキスだった」


キスに良し悪しがあることすら知らない俺はただただトゥーシーさんの舌舐めずりにドキドキしていた



「アタシの負けだ、ちょうど時間だし今日はもう帰んな」


トゥーシーさんの敗北宣言を聞いたアニキは白目をグルりと回して正気を取り戻す



「まさか最後にこんな罠があるとはな…これで帰ったら土下座確定だ」


つい今まで半分気絶してたのが嘘かのようにケロッとしてるアニキ


顔色も一瞬で元に戻っていた



「なんだい、随分と余裕そうだね」


「ステータスを元に戻した…それでも少し頭痛いけどな」


「ステータスを戻したってのは、どういうことだい?」


「最近初期ステータスモードを使えるようになったから飲む前に使ってたんだ…俺にも砂粒程度にはプライドが有るからな」



初期ステータスって…一番最初のステータスってこと?


なんでわざわざそんなことする必要があったんだ?



「…あんたもつくづく馬鹿な男だねえ」


「はっ、違ぇねえからぐうの音も出ねーや」


アニキは満足そうに鼻を擦ると三人分の会計を済ませて俺達の後ろ襟を掴んだ


別に俺達は歩けなくなるほどフラフラになってる訳じゃないけど黙ってそのまま引きずられていく



ステータスを元に戻したとは言ってたけど、それでも少し酔ってるのか

アニキはいつになく調子が良さそうで、ニコニコしながら鼻歌まで歌っている


決して悪い事じゃないんだけど…アニキの初めて見るテンションに俺達は道中言葉が出なかった



そしてティニーもギルド前に捨て、無事に家まで辿り着くと遅い時間なのに花さんが待っていた




「遅かったじゃん…」


明らかに不機嫌そうに言う花さんだが、アニキはそんなことお構い無しにニコニコしながら「ただいま」と返す



「…酒臭いし香水臭ぇ」


腕を広げながらハグを求めるアニキを秀逸な言葉と共に拒絶


…これは完全に怒ってる



「飲むなとは言わないけどさ…あんまこういうの続いたら……愛想尽かすからな」


花さんがアニキの胸板に当てた拳はゴツンと少しだけ鈍い音がした


途端、調子良さげだったニコニコ顔が剥がれ、みるみると真顔になるアニキはしゃがみ込んで床に手を付くと頭を下げる



人は誠心誠意謝る時、このポーズをとるらしい

アニキから話しは聞いてたけど見るのは初めてだ


なるほど…これが土下座か




「それだけはご勘弁を…」


花さんはしゃがんでアニキの頭に軽くチョップを入れる


「情けない面して帰ってきやがって…そんなに楽しかったのか?」


「いや、これは…なんと言うか、その…」


顔を上げて言い訳しようとするアニキの顔は気まずそうだったが頬を淡く朱に染めていた



「少し飲みすぎてしまって…お前が居る家に帰ることにめちゃくちゃ幸せを…感じてました…////」



言い訳というより、それは本心なんだと思う

ちょいと臭い台詞に照れてはいるけど、確かにアニキがニコニコし始めたのは帰り道からだった



「…………ふーん」


花さんは左手で口元を隠すと右手でアニキの鼻を摘まむ



「…今日のところはその上手いおべっかに免じて許してやろう」


「有り難き幸せ…!」



圧力を消した花さんは小声で「おやすみ」と言うと口元を隠したまま自室に戻っていった



「よかったな、案外すんなり許してくれて」


「ああ…でもなカロム」



立ち上がったアニキは俺の肩に手を置きながら続ける



「俺みたいな大人なっちゃいかんからな」


「んー…わかった」



今夜は楽しかったし、そりゃいい思い出にはなったけど…


次に行くのはもう少し俺が大人になってからでいいかな






なんだか今日は随分と小さく見えるアニキの背中


その哀愁の溢れ出る背中を見ながら



俺は今日もまた1つ大人に近付くのであった





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リセットしたあと異世界召喚されたけど五京円あるので大丈夫!? @zitavata

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