そのレンズに映ってるのは誰ですか…?

※リーサ視点




こんにちは、リーサです


早いものでろうじさんに買われてから1年になりました



役立たずの奴隷だった頃では考えられなかった充実した衣食住


何不自由無く、どこにも文句の付けどろこはありません



しかし人間とは欲が深いものですね

幸福に慣れてしまうと現状の先を望んでしまいます


7つの時に見えなくなったこの目

生涯記憶に残るであろう景色は2つ


10年以上閉ざされたこの目に最初に映した恩人の顔と、惚れてしまった彼の背中



最近私は偶然を装ってトロントさんと休日を被せています

そう、確信犯です


そんな私の好意に気付いたのか

ろうじさんに休日の希望日を伝えると少し苦笑いするようになりました



私の誘い文句は決まっています。

「ちょうどいいので荷物持ちを頼めませんか?」


彼の優しさに漬け込む狡猾な作戦でしたが最近では「またですか?」なんて苦い顔をされる時があるのでそんな時は早々に必殺技を出してしまいます


簡単です

「どこかお酒の美味しいお店を知りませんか?」と言えばいいだけです



あの人の唯一の欠点にして弱点はお酒

呑める口実、大義名分さえぶら下げれば必ず食い付いてきます


今のところこれで断られた事はありません


…おかげですっかり私もお酒に強くなってしまいまた



実は今日もトロントさんにお酒の美味しいお店に連れてってもらう予定です


ろうじさんの昼食を食べてから出掛け、買い物(主に衣類)をしてから夕食がてらトロントさんオススメの酒場に行く


それがもうお決まりのデートコース


まぁ…デートと思ってるのは私だけなんですけどね



部屋の姿見とにらめっこしながら今日着ていく服を決める時間は大好きです


今まで見えなかった色、形

失った時間を取り戻すようにじっくりと時間をかけて選びます


しかし私がどれだけ吟味しようとも彼の反応が変わる事はありません


本当に…彼はお酒以外に興味は無いようです



お酒が入る訳ですし…一応色んな手違いを想定して下着にもこだわっているんですが毎回無駄に終わります


…まあ、これに関しては私も心の準備が整ってないのでいいんですけどね




今日は特に気合いを入れて服を選ぶと私はトロントさんの待つお店の方に向かいました



「お待たせしました」


「いえいえ、全然待ってませんよ」


私はくるりと回って1回転してみせます

一応毎回やりますが反応が返ってきたことはありません

もはやそういう癖だと思われてるんじゃないでしょうか…


「………?」


しかし今回はいつもと違いました


「おくっ…!?」


店番をしていたろうじさんがトロントさんの背中に無言で蹴りを入れます


「っ!?え、何ですか!?」


「うるせぇ…自分の胸に聞いてみろ」


見ている方がやきもきしてしまう鈍感さにろうじさんは苛々いらいらしていました


そうです、もっと言ってあげてください



「え?……!」


トロントさんも丁寧な誘導でようやく気付いたようです

ろうじさん、ナイスアシスト!


さぁ、貴方のためにこしらえたころもを褒め称えてください!



「少し太りましたか?」


「……………」


撃沈です

しかもそれ…女の子にはNGワードですよ…?


「ぽなっ!!?」


私がまさに意気消沈しているとろうじさんがトロントさんに回し蹴りを入れました


そのまま店の外まで蹴り飛ばされたトロントさんは無様に地を這いノビてしまっています



「まぁ…がんばれ」


「………はい」


今日も幸先は悪いですが私はめげずにトロントさんを引きずりながら最初のお店に向かいました




お店に向かう途中で目を覚ましたトロントさんは私の隣で歩きながら「すみません、お恥ずかしいところお見せしました」と謝ってきますが、男衆三人で呑みに行った後のトロントさんはだいたいお恥ずかしいことになってるのでもう見慣れています


見慣れていますが…私は少しだけ彼に意地悪したくなりました


さっきのお返しです



「まったくですね、これは沢山荷物を持ってもらわないと帳消しには出来ませんよ?」


「……誠意を持って務めさせていただきます」


私は彼の苦い顔をみて自然と笑ってしまいます


そんな私の笑顔が彼のレンズにどう映ったのかはわかりませんがとても深い溜め息を吐かれました



その後は宣言通り、紙袋にして6つ分、小箱にして3つ分の買い物を果たして前半のデートは終了です



「腕がパンパンですよ…」


「お疲れ様です」


三時間ほど連れ回し、トロントさんは疲労困憊

このあと飲むお酒はさぞ美味しいことでしょう


今は喫茶店でお茶をしながら休憩中



「どうしたんですかニコニコして…僕が疲れてる姿はそんなに面白いですか…?」


「いえいえ、別にそんなことないですよ」


意地悪はしましたけどこれは決して面白くて笑ってる訳ではありません


好きな人と買い物をしてお茶をすれば半数以上の女の子はこんな顔になってしまうのです


「まぁ気にしないでください」


「なんと言うか…どんどん逞しくなってきてますね、貴女は」


逞しくもなりますよ

きっとこれからも、もっともっと


この一年で人生で起こりうる奇想天外を全て体験してしまったんじゃないでしょうか?


この一年自体が天変地異だとすら思ってます



だからこそ私は時折不安になりますよ…


夢みたいなこの日々が本当に夢なんじゃないかと


朝起きたら全て嘘だったんじゃないかと



私は目が見えなかった時の癖が抜けなくて…朝起きるとき瞼を閉じたまま覚醒してしまいます


その癖が出てしまった時はなかなか目を開けることが出来ないんです



全部が夢で

全部が嘘で

ただの妄想だったら


目を開けてもまだ暗闇の中だったら


そう思うと怖くて怖くて仕方がありません


朝食の時間まで動けないままでいるとライチちゃんがお越しに来てくれるのでそこで私はようやく安心して目覚めることができます



「逞しくならないと、すぐに壊れちゃいそうですから」


「そうですね、このままだと僕も主に肝臓が壊れると思います」


「トロントさんはすぐにお酒の話に繋げてきますよね…」


「おや、違いましたか?」


呆れた私は残っていた紅茶を飲み干して立ち上がりました



「違いますけど、そういうことにしておいてあげます」


「寛大で助かりますね」


今度はトロントさんがニコニコする番でした


一度荷物を置きに戻ってから外に出ると彼は眼鏡を鋭く光らせます



「あぁ、今宵もアルコールが僕を呼んでいます」


呼んでないです…少なくとも私にはそんな声聞こえません


「今日はカクテルが美味しいお店です、きっと貴女も気に入りますよ」


トロントさんは歩きながら好きなカクテルと私に合いそうなカクテルの名前を出していきますが私は全部空返事で返します


こうなるともう誰にも止められないですし本人も喋りたいだけなので適当な相槌を打つのが一番の得策なんです



でも私が空返事をする理由はそれだけじゃありません


とても楽しそうなトロントさんの顔にいつも見蕩れてしまうんです…////


だってトロントさんの無邪気な笑顔はこの時しか見れませんから



ボーッとしているといつの間にかお店に到着している

それがもはやいつもの流れになりつつあります


そしてお店に入って席につくとトロントさんはいつも決まった注文をします


「おまかせで」


トロントさん曰く、おまかせで注文すると得意なもの、もしくは作りなれたものが出てくるのでハズレはないらしいのですが…



「じゃああんたにはハーブティーを出すが、それでいいのかい?」


「……飲みやすいカクテルを2つください」


…どうやらこのお店で何かやらかしたみたいです


「今日は潰れないでくれよ?」


「…はい」


出だしからつまずくトロントさんも滑稽こっけいで可愛いらしい


私は彼の頬をつつきながら「格好悪いですね」と笑ってからかいました



「面目ありません…////」


恥ずかしさのあまり両手で顔を覆うトロントさん

反応が乙女ですね


「ほらよ、さっきは彼女の前で恥かかせて悪かったな」


「いいえ、ただの同僚なのでお気になさらず」


真っ赤なカクテルを持ってきたマスターさんにトロントさんはすかさず訂正を入れます


ここはもう少し葛藤が有ってもいいんじゃないでしょうか…?

…ちょっとショックです



「なんだい、じゃあこれは場違いだったな」


「場違いとは?」


「これは『レッドマジック』ってカクテルでな、バカンじゃ恋人達の夜を熱くする意味合いがあるんだ」


夜を熱くとは…過激な表現です


「飲みやすいが度数は高い、一時間後にゃ魔法にかけられたように二人とも良い雰囲気って寸法よ」


「それは…確かに場違いではありますね」


思わず「そうですか?」と言いたくなりましたが私は言葉を呑み込みました



「下げちまうかい?」


「それは結構!注がれた酒に罪はありません!」


なんて力強い…


「すみません、少々強いとのことでしたが…大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ」


私達はグラスを受け取ると最初の乾杯をしました



そしてトロントさんはレッドマジックを一気に飲み干すと恍惚の表現を浮かべます


「実に飲みやすい…!これなら何杯でもいけてしまいます!」


「お前に飲みにくい酒は無いだろうが」


「それはアルコールマスターを目指す者として当然です!」


そんなもの目指さないでください…


「弱ぇのにそんなもん目指すな」


マスターは私の代弁者なのでしょうか?


「それは痛いところを突かれてしまいました…とりあえずおかわりを」



お酒に関しては誰に何を言われようともトロントさんがめげる事などありません


反省もしません


歯止めも利きませんし容量も理解してません


だからいつも私より先にベロベロに酔っ払ってしまいます



「んー、最高ですね」


今日も例に漏れず、小一時間飲んでいたら彼は完全に出来上がってしまいました


トロントさんの酔い方は特に面倒臭いことは無いのですが面白くもないのに常に口元がニヤケています


ロイさんみたいに暴れたりしないだけまだマシなんですが最終的には何処でも構わず寝てしまうんです


お店側からしたら、それはそれで迷惑ですよね




「そういえば最近裏庭で花を育てていますよね?」


話題の流れ弾が心臓に掠り、私の体がピクリと跳ねました


確かに私は最近花を育てています

ライチちゃん達が植えた成長の遅い芽の隣で白くて小さい花を


「何の花を育てているんですか?」


「ろうじさんから頂いたマーガレットという花です」


「マーガレット…聞いたことありませんね」


「ろうじさんの地元(世界)の花らしいですよ」



私は色んな場所に行って沢山の物を見てみたいです


海に山に川に谷に森に…

行きたい所を挙げたら切りがありません



でもそれはまだ叶わないから

少しでも欲求を満たすために本を読む


旅行雑誌も捨てがたいのですが私のお気に入りはろうじさんに借りた植物図鑑


一冊に花がたくさん載ってて何だか得した気分になります


それにろうじさんの地元では花に言葉を持たせる「花言葉」というものがあるらしいですけど…

とてもロマンチックで素敵ですよね


そこに咲き誇ってるだけでも綺麗なのに

意味まで持たせちゃうなんて


最初に考えた人は小粋な詩人さんだったことでしょう



「私が育てたマーガレットを、いつか渡したい人がいるんです」


やっぱりレッドマジックは私には強かったみたいです

…少し酔ってしまいました


私はまだ言うつもりのないことをついついと口走る



「貴女から花をプレゼントされたらきっとその人も喜びますね」


「じゃあ仮に…トロントさんでも喜んでくれます?」


「ええもちろん、その人が羨ましい限りです」


もぉ…この人は私の気も知らないでペラペラと饒舌に…


悔しいので今夜はもう少し

あと一歩だけ踏み込んでみることにします



「少し…熱くなってきました」


自称恋愛マスターのルリさんの話によるとトロントさんみたいな鈍感な人には多少強引なやり方も止む無しとのことで


…しかし出された具体案に抵抗が



私は手で顔を扇ぎながら然り気無く胸元のボタンを1つ外しました



「…………」


効果は予想以上というか…

物凄い食い付き


眼鏡越しの視線がそこから離れません


ルリさんが「男は皆心の内に狼を飼っている」と言っていましたがあながち間違いじゃないのかもしれないと思いました



「どうしたんですか?」


今までに無い反応が面白くて私は意地悪く聞いてしまいます



「すみません…今まで気付きませんでした」


「え…それは…どういうことですか…?」


トロントさんは私の手を握りながら憂いに満ちた目を向けてきます



ボタンを1つ外しただけなのにいきなり急展開…!?


流石は恋愛マスターの助言

…というかこんな形で私はゴールしてもいいんでしょうか?



「今日はもう帰りましょう…」


「え?」


「貴女にはしたない格好までさせて付き合わせるのは僕としても不本意です」


は、はしたない…////


そうですか…トロントさんの目から見て私ははしたない女に映っていましたか


ちょっと恋愛マスター…話が違いますよ



「よく見れば顔も真っ赤じゃないですか…本当にすみません、至らない僕を許してください」


「いや…これはその…」


「大丈夫ですか?立てますか?」


違うんですと言う前に手を引かれると私は立ち眩みでフラつく


頭に血が登って本当に酔いが回ってきてしまいました…



私を心配そうな顔で見るトロントさんは背中を向けてしゃがみます


「僕がおぶって帰ります、乗ってください」


お、おぶるんですか…!?


…そんな密着私に耐えられるでしょうか



心の中で羞恥心と戦いながら私の腕は既にトロントさんの首に回されていました


「すみません…ありがとうございます」


「いえ、お安い御用です」



夜風を心地良く感じながらお酒と密着に火照った体を冷ましていると彼の背中が徐々に熱くなるのに気付きました


お酒が回ってきたんでしょうか?

それとも彼も彼なりに動揺してくれているのでしょうか…?



私はお酒の力を借り、思いきって聞いてみました



「トロントさんにも性欲とか有るんですか?」


「………酔い過ぎですよ」


それを貴方が言いますか


「急にどうしたんですか…?」


「いえ、トロントさんの背中がとっても熱くなってきたので…やっぱり恥ずかしいですか?」


「……………ノーコメントで」


うわぁ…ズルい


だったら私もズルします

貴方が反応せざるを得ない

とっても卑怯な方法で




「逃げないでください」



私が言った瞬間、トロントさんの背中がピクリと震えました



「女性とこんなにも至近距離で密着しているんです…それはもちろん僕だって恥ずかしくもなりますよ」



やっぱりトロントさんはどうしようもないくらい逃げません

絶対に立ち向かっていきます


だけどこれは流石に卑怯過ぎましたね…

機嫌を損ねたのか、彼の口調も何処か尖っていました



「ごめんなさい…言いたくもないことを言わせてしまって……怒ってますか…?怒ってますよね…?怒ってください」


「貴女の情緒はどうなっているんですか…?……怒っていません、というか怒ると思うなら最初から言わないでください」


これは完全に怒っています

そうでなくとも不機嫌なのは確実




「好きな人を怒るのは苦手なんですよ」



「……………え?」




唖然とする私の頬を夜風が撫でる






え?

ええ!?


えーーーっ!!?



い、今彼は「好きな人」と言いましたよ!?

言いましたよね!?


聞き逃しませんでしたよ…

昔から耳だけは良かったので聞き逃すはずもありません



そうですか、いつの間にか両想いになってたんですね

全然気付きませんでしたがこれで怖いもの無しです!


この流れで私が返事をすれば無事にハッピーエンド

ハネムーンまっしぐらです



となるとやはり結婚式は白いドレスを着たいですね


新婚旅行は海が綺麗な場所にして、家は湖の畔に建てたいです

子供は二人、男の子と女の子

出来れば何不自由なく伸び伸びと育ってほしい


そしてもちろんお爺ちゃんとお婆ちゃんになってもずっとラブラブです





私が自分の重い妄想に鳥肌を立てていると彼は穏やかな声で続けました



「ブーノ、ロイ、ライチ、そしてもちろんボスも、僕に居場所与えてくれた…僕がここに居ていいと認めてくれた大好きな人達を、僕は怒ったりなんか出来ません」



あ、好きってそういうことですか…


あー…そうですか

…ニュアンスが違いましたか



べ、別にガッカリなんか…………してますよ…はい(正直者)



…まだ他の人と同列で並列なんですね

いつか私はこの人の特別になれるんでしょうか…?




私はトロントさんの頬を軽くつねってからぐったりと彼の肩に顔を乗せます


感情の起伏が激し過ぎて疲れました



あと数分の帰り道

彼の鈍感さを利用して最後の攻撃をしてみましょう



「私も怒らない…怒ってくれないトロントさんが大好きですよ」


「?…それは光栄ですね」



抑えられない気持ちを半分以上乗せてみましたが、やっぱり空振りに終わりました



でも


今日も届かなかったですけど



不思議と今は満足感でいっぱいです







私は彼の暖かい背中に誓う


いつか私が貴方の逃げ場所になります






その時まで

どうか逃げない貴方でい続けて



.

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