ピコピコハンマー最前線





「まさに袋のネズミだな」



笑えない冗談を言うデルドレの顔面にグーを入れたい気持ちをぐっと抑えて俺はライチとクーデリアの手を引いた


咄嗟の判断で出来るのはこれが精一杯、二人を懐に引き寄せて周囲の矢を片腕で薙ぎ払った



全方向の矢を全てしのげた訳ではないが防げなかった分も風圧で威力が半減され、俺の体に刺さる事はなかった



「いい判断だ、これは無機物に干渉されないからこの前のやつじゃ防げなかった」


この前のやつとは『五条防壁掌』のことだろう

あれは手の形を模してるが実際に脈打ってる訳じゃないからな…

…やっぱり避けるか叩き落とすしかなかったか


ヒントを出すのが遅いデルドレは全て避けたか叩き落としたらしく無傷で涼しい顔をしていた



他の奴らの様子を見るとデイジーが腕と脚に1本ずつ

牧田を庇った稔が腕と背中に数本

カロムが全力の自己防衛で10本未満に止めていた


「大丈夫か!?今治してやるからな」


「心配するな、この矢に物理的な攻撃力は無い…でもガキはともかくあの眼鏡はヤバいかもな」


隣に居たリーサに覆い被さったトロントは全身に無数の矢を浴びていた



「お怪我はありませんか?」


「私は大丈夫です…それより貴方が…」


「心配いりませんよ、不思議と痛みはありませんから」



仮にもデルドレに向けて放った技だ

攻撃力が無いとしても何も意味が無い訳じゃないだろう



「この矢は殆んど魅了系のスキルみたいなもんだ、本数や耐性にもよるが刺さった奴はコトラのファンになっちまう……この量じゃ眼鏡は完全に熱狂的なファンになっちまうな」


デルドレの追加情報と同時にトロントは胸を抑えてうずくまった



「ど、どうしたんですか!?」


「んぐっ…!コトラさんが同じ空間居る…心臓が張り裂けそうだ!…脈が追い付かない…!!」


「…こりゃ重症だな」


これはこれで十分に殺傷能力な気もする

放っておけば呼吸困難か心臓麻痺にでもなりそうだ



「あぁコトラさん…なんて美しく輝いているんでしょうか…尊い」


いや…そうでもないな

急激な精神の変化に身体が驚いてただけで十数秒ほどで身体の反応も追い付いてきた


ただ恐ろしい能力ってことには変わりなくて…

その恐ろしさはファンというより狂信者みたいになってるトロントから見て窺える



まぁ一先ず命に別状は無さそうなので一安心だ



「ろうじさん…」


リーサが泣きながら俺の袖口を掴む


「私…こんなトロントさんは…嫌です」


そんなの俺だって嫌だわ…


「私を見てくれないトロントさんなんて…嫌です」


「…………」



二人の仲がどれくらい進んでいるのか俺は把握してないが社内恋愛はあんまり喜ばしくないな…


仕事そっちの気で身が入らなくなっちまうのは困る



それでも俺はリーサの頭を撫でて落ち着かせた



「大丈夫だ、俺が何とかしてやる」



俺はVIP席に出入り口を開けるとカチューシャをデイジーに渡した


「大事な従業員を泣かされたからちょっと文句言いに行ってくる」


「お気をつけて」


俺は『浮遊』を発動しながらデルドレの首根っこを捕まえ出入り口から飛び立った



「俺も連れてかれんのかよ…」


「当ったり前だろうが!!」


元はと言えばこいつが発端だし、コトラを説得出来るとしたらデルドレくらいしかいない


飽くまで平和的に解決しようと思っていたが俺の思惑はすぐに打ち砕かれた




「飛んで火に入る馬鹿なデルドレ!足場が安定しない空中じゃ次は防げないよ!!」


どうやらコトラはデルドレしか目に入ってないらしい


俺の事などお構い無しに次の手を打ってくる



至極グラン情愛キューピッド



矢というより、もはやミサイル

大きさとしては新幹線一車両くらいか…


刺さるっつーか…人身事故?


「ありゃ1発でアウトだ、絶対避けろ」


何を首根っこ摘ままれながら偉そうに命令してんだろうか…


それに後ろにデイジー達が居るのに避ける訳ないだろ



「ばっ!?何してんだテメー!?」


ちょうどよく処分したい楯があったので俺はデルドレを前方に突き出した



狂犬犠牲ワイルドドックバリア!!」


「スキルっぽく言うなや!!」


「思わぬところに嬉しい伏兵!ありがとう白髪しろがみくん!」



楯にされたデルドレはあたふたしながらもランスを構えて応戦する


『輪唱突き』


一瞬の連撃

俺の目には12回までは確認出来たがおそらくもっと多いだろう


背後でデルドレを掴む俺ですら骨に響くような衝撃を感じ

正面から直撃した矢はその勢いを完全に止めた



「蹴り上げろ!!」


矢が自然落下する前にデルドレが叫びながら俺の腕を持って正面に振り回す


そして俺はデルドレと空中で刹那の睨み合いをしてから力一杯矢尻を蹴り上げた



蹴り上げられた矢はぐるぐると回転しながら天井を突き破り、最後には砂粒のように散り散りになって消え去った



「もう、わざわざ蹴り上げなくても客席に落ちる前にちゃんと消してたのに」


ぶつぶつと文句を言うコトラと同じステージ上に降り立った俺はデルドレの背中を思い切り蹴り飛ばした


「おっく…!テメェ…」


「ひゃわっ!?」


デルドレとぶつかったコトラは慌ててデルドレを突き飛ばす


「あ、アイドルはお触り厳禁なんだよ!!」


「チッ…今のは俺のせいじゃないだろ」


デルドレに10万人からのブーイングが一斉に飛ぶ

…いい気味だ



「その狂犬を生け贄に捧げるんで家の眼鏡を治してもらっていいすかね?」


「あーごめんごめん、巻き込んじゃったね、後でちゃんと治してあげるから終わったら楽屋まで来てね」


どうやら誰かれ構わずという訳ではないようだ

話もちゃんと通じるタイプでよかった



「ところで君も勇者?」


「いいえ…あっしはただのしがない商人でござんす」


咄嗟に嘘をついたが我ながら怪しい言い回しになってしまった

まだ上手く嘘をつけないな…


「絶対に違うと思うけど今回はそういうことにしといてあげる…兎に角私はデルドレさえファンになってくれれば文句無いし」



コトラは高く手を挙げる


「さぁ皆!私に力を貸して!」


再び始まる大歓声と共に客席のファン達がコトラに向けて手を伸ばす


「見ててデルドレ!正義は必ず勝つんだよ!」


「俺は悪ってか…?」


「悪だろ」


なんだかヒーローショーみたいになってきたな、と呑気に思ってると10万人のファン達の伸ばした手が白く光りはじめた



「これは…見たことないな」


デルドレも初見らしく構え方がぎこちない


「私達の最新ライブ映像を最後まで見ていたなら次にどうなるか解るはずよ!」


「そんなに細かくチェックしてねーよ…持ってる映像だって20年前のやつだ」


「酷い…!もう絶対容赦してあげないからね!!」



手の光りがデルドレに向けて集中していく

逃げようとも避けようとも生き物みたいに追いかけてくる10万の光にやがてデルドレは捕まった


1本、また1本と、身体に巻き付く光は最終的にデルドレを木乃伊ミイラのような姿にしてしまう



「うん、惚れ惚れするほど希望的な技だな」


捕まりながら感想を述べるデルドレ

ブレない奴だ…



「スゲー!俺達の力でもあのデルドレを追い込めるんだ!」


「やっぱり最後には愛が勝つんだ!!」


「あの生ける伝説を…!」


歓喜の声が360°、全方位から木霊する


今まで一番大きい声援が飛び交い、俺の心臓は少し縮こまった



「いいね…いつの時代もこのくらい平和ボケさせてやりたいぜ」


「デルドレが私のファンになったら今よりもっと平和に近付くよ?現実的な意味でも」


「それはまぁ望ましい事なんだが…結局は無理な話だ」


「ふん、減らず口を叩けるのも今の内だよ!皆、練習した必殺技でデルドレに止めを刺そう!」


おおよそアイドルが言っていいギリギリの物騒加減だが俺は特にツッコみもせず特等席で見守ることにした



他のメンバーが気合いを入れて「おー!」と掛け声を出す

笹塚の声だけ少し小さかった気もするが知り合いが目と鼻の先で胡座をかいて見物してるんだからそれも無理はない


すまん笹塚…悪気は無いんだ



でもその照れ顔は貴重だから今から常に撮影魔法を発動しておく

ついでにデルドレが無様に敗北する映像も保存しておきたいしな


ちなみにアングルは3カメ分だ



アイドル達はコトラを先頭に魚鱗型の陣形(簡単に言えばピラミッドの形)を取ると、その手をイメージカラーの色に発光させる


そして胸の前で手をハートの形にすると片膝を上げて手からビームを出した



俺は日曜日の朝を思い出す

まるで戦隊物のそれだ



「くらえ!これがアイドルの力だー!!」


手も足も出ないデルドレに戦隊系ビームが直撃


こめかみの血管が浮き出るほどに苦しみ身悶える



片手間に解析スキルで技の詳細を調べてみるとさっきの矢と効果は然程変わらないみたいだった


+αで精神汚染が付いたくらいだが、相乗効果で威力は絶大なようだ



実際、近くで見ているだけの俺も持っていたペンライトをほぼ無意識に取り出して黄色く光らせていた



それなりに耐性がある俺ですらこの有り様

何の抵抗も出来ず直撃したデルドレがどうなってしまうのか…

ぶっちゃけちょっと楽しみだ



「完全に決まった…長い戦いだったけど……ついに私達は勝った!!」


拘束が解かれたデルドレは項垂れ、立っているのがやっとの状態


正直デルドレがここまで弱るとは思わなかったし色物アイドルがデルドレをここまで追い詰めるとも思わなかった


…少しファンになりそうだ



「さぁデルドレ、手始めに「ラブラブDreamerS!」って言ってもらうからね!」


前言撤回、そんな恥ずかしいこと言わなくちゃいけないならファンにはならん


「う…うぐぅ…ラブ…ラブ……」


白目を向き必死に言葉を紡ぎ出す

その出で立ちはファンというよりゾンビに近い



だがデルドレは転んでもただでは起きない

そんな男だということを俺は知っている



「シ…エ…スタ」


「なんで!!?」


コトラの悲痛な疑問と共に会場の証明が全て割れた


「っ!?……スタッフさん!天井開放して!」


暗闇の中、コトラが指示を出すとハイビスカス型のドームの天井が中央から大きく開かれる



強く差し込む月明かり

照らし出されたのは天使…


のようなデルドレの姿だった



頭の上に2つの交差するリングを浮かべ

背中から片翼だけを生やし

目からは血のような赤い汁が垂れている


形は天使みたいになってるがホラー映画のモンスターと言われれば納得出来るような不気味さも兼ね備えていた



「うわぁ…夢に出てきそうだな」


俺が本音を漏らしているとデルドレに指を差された


「今夜…覚悟しとけよ…?」


「やかましいわ…ホラーに寄せてくんな」


小賢しいことを言ってるがどうやら正気は保ててるらしい



「ど、どうして平然としてられるの…?今のはデルドレでも耐えられないはずなのに…」


「確かにこのデルドレ・ドスドレス1人じゃ耐えられなかったな…あの小娘がよくもまぁ成長したもんだ」


「意味わかんないよ!デルドレはずっと1人じゃない!」



全国2000万人のアイドルファン

17億人の信者


その数字はただの羅列ではないが数の多さが重要な訳でもない


そう語ると、デルドレは自分の左心房を二回叩いた



「ここに1人大事な人が居ればいい…惚れた腫れたで男は強くなれんだよ」


「そんなの…とっくの昔に…」


「愛してくれる人が1人でも居りゃ人は死なねえ、それはお前が一番わかってんだろ?」



「デルドレ…貴方はいつまでその人に捕らわれるの…?」


「無論、死ぬまで」



デルドレの屈託の無い笑顔が少し怖かった

出会った時から感じてたが、あいつはやっぱり何処か1本ネジが抜けちまってる


そんなデルドレを見つめるコトラの顔はどこか悲しげだった



「そういや暗くしちまったな、照らしてやるからお前もそんな暗い顔すんな…アイドルだろ?」


翼を羽ばたかせ浮かび上がるデルドレは頭の輪を掴んで左右に投げ飛ばした


投げられた輪は等間隔でピタリと制止すると強く発光して会場を明るく照らした


…蛍光灯かな?



「こんなに清々しい大敗北は生まれて初めてだ!!」


誇らしげなデルドレの大声はドームの壁に跳ね返り肌をピリピリと震わせる



いや…敗北って言ったってまだピンピンしてんじゃねーか、お前



「誇れよお前ら!!お前らの信じてきたもんは何も間違っちゃいなかった!!人類の未来は明るいぜおい!!」



まつりごとが苦手と言っていた割には随分と盛り上げ上手なことだ


デルドレに奮い立たされた客は狂喜乱舞

この夜を全力で楽しんでやがる



「今夜はとことん気分がいい、最高の夜に俺からのプレゼントだ」



輝夜聖域イルミ・サンクチュアリ


デルドレの翼が分解され、白く輝く羽が会場中に舞う

翼を失ったデルドレはステージに着地し、その羽の1枚をコトラに握らせた



「本当に立派になったなぁ、もう俺が心配することなんて何1つありゃしねえぜ」


竹を割ったように微笑むデルドレに対し、コトラは今にも泣き出しそうに俯く


「ほれ、顔を上げろ、どうせいつものやつやるんだろ?」


「やるけど…勝手に話を進めないでよ」


デルドレは最後にコトラの頭を一撫ですると戻ってきて俺の隣に座り込んだ



「いつものやつってなに?」


「まぁ見てればわかる」


「…?」



コトラが瞳に溜まった涙を拭って顔をあげる

流石はプロと言うべきか、あげた顔は既に眩しい笑顔だった



「さぁみんなフィナーレだよ!いつもみたいに「ピコハン」コールよろしく!!」


10万人が一斉に「ピコハン」と連呼し始めるとステージの中央が開いて下から巨大な玉が現れた



「なんじゃありゃ!?」


「あれは花火玉だ」


「花火玉って…デカ過ぎんだろ、天井まで届いちまいそうじゃねーか」


「しばらく見ない間にまたデカくなったな」


俺が現実離れした花火玉のデカさに異を唱えていると紫の娘がファイアーボールで導火線に火を着けた



「おい…こんなところであんなデカいもんが爆発したら皆木っ端微塵だぞ…!」


慌ててVIP席に戻ろうとした俺の腕をデルドレが掴んで引き戻す


「そう焦るな、コトラには最強の一撃がある」


「最強っつったって打ち上げ台も何も無いぞ…!?」


「お前は周りの声が聞こえないのか?」



聞こえる声は「ピコハン」のみ

俺の知る限りじゃ「ピコハン」ってのは「ピコピコハンマー」の略だったはずだ


もしかしたら異世界特有のアイテム(?)の可能性もあるが…


そんなもん有ったところで花火と何の因果関係があるって言うんだよ…?



「出でよ!ピコハン!」


コトラがアイテムボックスから出したのは紛うことなきピコピコハンマー


そりゃ普通のピコハンよりかなりサイズは大きいが、それでもコトラの身長と同じくらい


あんな巨大な花火玉をどうこう出来る代物じゃない



「それじゃあ行くよー!!バーストモードっ!!」


バーストモード…?


よく分からんがコトラの身の周りに湯気のようなオーラが現れ、それと同時にピコハンが巨大化していく



「たーまやーー!!!」


「「かーぎやーー!!!」」


誰の入知恵かは知らんが異世界にそんな掛け声あっちゃいかんだろ…



コトラはせいぜい5倍くらいのサイズに収まったピコハンを振り回し

花火玉を下から突き上げた



衝突の衝撃で近くにいた俺とデルドレは仰け反り、ついでに凄まじい風圧で棚引たなびく笹塚のスカートをチェックしてしまったがしっかりと下にアンスコを穿いていた


…まぁそんなことはどうでもいい



あんなクッション性が売りのピコピコハンマーでぶっ叩かれた花火玉は天高く舞い上がり夜空に一輪の大華を咲かせた



大きさに見合うだけの爆発を見せた花火はバカンの何処に居ても見えそうで、なんと言っても迫力満点


祭りの締めくくりにもってこいって感じだ



一瞬の煌めき

派手さと儚さを兼ね備えた花火に胸を踊らせている俺の隣でデルドレは満足そうな顔をしていた



「いやぁ今回も見事な花火だった」


「それには同意するけど…何であんな華奢な子が……どこにそんな力が有るんだ…?」


「これはコトラの固有スキル『超新星スーパースター』の能力の1つだ」



デルドレの説明によるとファンの数×1の倍率で1日に10分だけ『力』のステータスが上がるらしい


ってことはファンの数が2000万って言ってたから…

…パワーも2000万ってこと?



「あの特注の超衝撃吸収ピコハンじゃなきゃ森羅万象のもん全部粉々になっちまう」


「…しかも能力それだけじゃないっぽいな」


デルドレが「能力の1つ」と言っていたのでどうやら複数の能力を合わせ持ってるスキルのようだ


「合計で3つだな、さっきの矢みたいにコトラの攻撃には全部魅了に似た効果が乗っかる…そしてもう1つは」



デルドレは眉間に皺を寄せると唐突に説明を終わらせた


「いや…最後の能力は馬鹿馬鹿し過ぎて説明すんのも億劫おっくうだ、機会があれば本人から聞け」


「馬鹿馬鹿しいってなんだよ…」




デルドレと話してる間に最後の一曲も終わっていて、いつの間にかライブは終了していた


コトラ達が余韻でファンサービスをしてる間に俺達はVIP席に戻ってカチューシャのボタンを押す


エントランスに戻った途端帰ろうとするデルドレ

一瞬止めようと思ったが特に理由も無いのでそのまま帰した


どうやら千切った半券をさらに千切ると会場から出られるらしい



それにしても知り合いに挨拶も無しで帰っちまうのは少々薄情な気もする


まぁ…俺には関係無いけど



残った俺達はまだまだ帰れない

エントランスに戻ってきた時点で発狂しそうになってるトロントをコトラに治してもらわないといけない



エントランスで待機していた魔術人形の二人に事情を説明してコトラ達の楽屋に案内してもらう


大勢で行くのも悪いのでトロントを残して他の奴には帰ってもらおうかと思ったんだが…リーサだけはかたくなに残ると言って利かず、結局は三人で楽屋に向かう事になった



「ここでもう少々お待ちください」


楽屋の前に着いて廊下で待たされる

流石に本人の許可無くアイドルの楽屋には入れないらしい


ちなみに「コトラさんコトラさん」と念仏みたいに唱えていたトロントは喧しかったので魔法で眠らせた



そして待つこと30分

ようやくコトラ達が楽屋に戻ってきた



「あ、白髪くん!ごめんね、待たせちゃった?」


「いや、こんくらい待った内には入らない、気にしないでくれ」


「はっはっはっ!うんうん、男の子はそのくらい寛大じゃないとね!まぁとりあえず中に入りなよ」


案外すんなりと中に入れてもらえた



「ちょっと待て」


と思ったら笹塚に止められる


「わるい皆…コトラ以外は他の楽屋行ってもらっていい?」


どうやら他のメンバーに退席してもらいたいみたいだが…恥ずかしいからか?



「あらあら…まさかその子、例の子なの?」


エルフのお姉さんが口元を手で隠しながら笹塚にジトリとした視線を送る


「ち、違うって!ルーニャさんあんま余計なこと言わないでくれ…」


「レイラも思春期だニャー」


「だから違うって言ってんだろチャミ!」


取り乱すクールビューティーっていいな

なんかここではイジられキャラっぽくなってるけど。



笹塚は茶化す猫の人を追っ払うと犬の娘に袖を引っ張られていた


「なんだよメルト?」


「あ、あの…私達はアイドルだから…その…あんまりガツガツするのは…ダメだよ?」


「だーかーらー」


立て続けに紫の魔法使いにも肩に手を置かれる笹塚


「…………………頑張って」


「…………」


疲れた顔の笹塚は何かを諦めたらしく、溜め息を吐きながら無言で三人の背中を見送っていた



「終わったか?」


「あー…うん」


なんかもう十分にお疲れモードだから当初設定していた「笹塚をからかう」という目標は除外してやろう



とりあえず俺達は楽屋に入ってソファーに座る


「その眼鏡さんを治せばいいの?」


「ああ頼む、惚れた男がアイドルにうつつを抜かすと泣いちまう女がいるからな」


「ちょちょちょっと、ろうじさん!?」


笹塚をからかえなくなった俺は腹いせにリーサをからかってみる


でもそれはあまり面白くないので今回限りだ



「あー…それは悪いことをしたね、すぐに治すよ」


申し訳なさそうに言うとコトラは指を鳴らす

するとトロントの胸の辺りから淡いピンク色の光が出てきてコトラのてのひらの上に乗っかった



「これは…凄い量だね」


そのまま光を握り潰すとコトラはリーサに「これでもう大丈夫」と微笑みかけた


「ありがとう、そんじゃ俺達はこれで」


「ま、待て加賀」


用も済ませたので帰ろうとしたら笹塚に呼び止められた



「どした?」


「お前…かすみの居場所知ってるか?」


かすみとは他のクラスメイトのことである

しかし笹塚と霞の仲が良かったという記憶は俺に無い

確かあまり接点は無かったはずだ


不思議だが、夜も更けてきたので今回は深掘りしないことにした



「知らないけど…探そうと思えばすぐ見つけられるぞ?」


「そうか…いや、そこまでしなくていい」


「それと多分霞だったら1回家に寄ればずっと家に居ると思う」


俺がそう言い切ってしまうのは絶対的に覆しようのない根拠があるからだ



「本当か!?そうだよな、お前ら仲良かったもんな」


「いや…理由は別なんだが…まぁその時は連絡してやるよ」


俺はアイテムボックスから黒い紙を二枚取り出した


「何だそれ?」


「これは『黒葉魔樹紙こくようまじゅし』って言って二枚一対のアイテムだ」


1枚の紙に何か書き込むともう1枚の紙に同じ内容が写し出されるという至ってシンプルなアイテム

このアイテムの良いところは魔力が殆んど無い一般人でも扱えるという点と魔力妨害されないところ


俺としては比較的簡単に作れる錬金アイテムである



「(説明略)ーーという代物だ」


「それは有難いけど、普通に魔法で連絡すればいいんじゃないか?」


「笹塚もアイドルだからな、どこかで誰かがお前のプライベートを探ってるかもしれんし、内密な個人連絡ならこっちの方が安全だ」


「……流石に仕事人間はよく考えてるな」


感心されても何も出ない

でも気分が良いからもう一度ペンライトを出して黄色く光らせた



「おい止めろ…勘弁してくれ…////」


「はっはっはっ!白髪くん面白いね!照れるレイラも可愛いー!」



コトラにも褒められて気分が乗ってきたのでさっき撮っていたライブ映像を3つの特大術式ウインドウに映し出す


シーンセレクトはもちろんデルドレに全員でビームを放った場面だ


「え、これ撮ってたの?」


笹塚がビームを放つ瞬間をアップで何度も巻き戻し再生していると笹塚ではなく隣のコトラが先に反応した


逆に笹塚は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤にして微動だにしない



「お願い白髪くん!いくらでも出すからこの映像私に譲って!!」


両手で俺の右手を掴むコトラに戸惑いながら理由聞いてみる


「…実はこっちサイドでも撮影はしてたんだけどデルドレのせいでデータが吹っ飛んじゃってて」


おそらく照明が割れたタイミングで他の設備にも影響を与えてたんだろう



「さっきのアレはデルドレの唯一の魔力特化形態で…私も初めて見たんだけど、確か自分より低い魔力を強制的に打ち消しちゃうんだって」


設備とかではなく動力源の問題だったか


俺の映像が無事だった理由は単純に俺の方が魔力量が多いからだ



スキルと戦闘力は化物染みてるけど魔力の方は質も量も大したことないんだよな、あいつ


まぁそれでもこれだけの影響を与えるくらいには人間離れしてるけど



「いいぞ、ダビング出来るし」


「本当!?ありがとう!!」


「だ…ダビングはしない方向性で映像を譲ってくれない?」


「それは無理」


笹塚の意見を却下しつつ直ぐに複製を作ると元のデータを魔石に移してからコトラに渡した



「えっと…もう1つお願いしていい…?」



控え目な態度で追加注文をするコトラ




俺はその内容に耳を疑いながら

渋々と了承した





.



《後書き》




ーーーーー




とある街のとある部屋


バカンでのライブから1週間後にコトラはようやく自分の家に帰ってこれた



勇者活動とアイドル活動

多忙を極める彼女の休息は短い


疲れ果てた彼女は玄関から服を脱ぎ散らかしながら一直線に寝室へと向かう



パジャマに着替えてベッドにダイブする彼女は思い出したかのようにアイテムボックスを開いて中から筒状に丸めたポスターを取り出した




そのポスターに映し出されてるのは天使状態のデルドレ



彼女は恍惚の表情でそのポスターを壁に貼り付けると再度ベッドに飛び込む



「むふふぅ、今回のデルドレも格好よかったなー」



彼女の心と体を癒すのは昔からただ1つ


その答えは部屋の至るところに飾られている大小20枚のデルドレの写真が物語る



「おやすみ…デルドレ」



彼女は手作りのぬいぐるみデルドレを抱きしめながら深い安眠へと落ちていった






スーパーアイドル、コトラ


恋愛NG


万年片想い中



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