家族が大好き過ぎるレイモンド

今日は家の優しい大男のお話をしよう


ブーノは俺が最初に買った五人の奴隷の中でも少し異質だった


ロイを除いた四人はそれぞれ身体の何処かに障害を抱えていたがどれも他人に危害を加えられて出来たもの、そうでなくとも望まぬ障害だった


ただブーノだけは違う

あいつは奴隷になった時に誰に言われた訳でも無く自らの喉を熱した鉄で焼いたそうだ



何でそんな事をしたのかと聞いてみても言いたがらないので俺も無理には聞かないことにした


ブーノにはブーノの事情があると、俺は曖昧に納得するしかなかった



俺は未だにブーノの事を何も知らない

ブーノだけに関した事でも無いが、特にブーノは何も見えてこなかった


気の優しい大男

それが俺の知るブーノの全てだ


一年以上一緒に居るのにたったそれだけ

だが俺はそれだけでもいいと思っていた


冷たい考えかもしれないが俺と出会う前のブーノなんて知ったこっちゃない


今、そしてこれからにしか興味は無い

見れない物をわざわざ覗き込むより今確実に見えるブーノをじっくりと観賞する方が楽だし健全だと俺は思うね




さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろうか



俺は今とある理由で王都の近くに在る小さな村に来ている


のどかな牧草地

紙に描かれた地図と家の特徴を頼りに俺は一件の家を探す



だだっ広い牧草地での家探しは比較的簡単で村に着いてから30分もしない内に俺は目当ての家を発見した


銀貨がぎっしりと詰まった瓶を抱え、赤い屋根の平屋の戸をノックする


「はーい」


返事の後に扉が開かれると気前の良さそうな美人の奥さんが現れた


「ソフィア・ガーダさんですか?」


「そうですけど…どちら様で?」


「ちょっと友人から届け物を頼まれまして」


そう言って俺は銀貨の詰まった瓶を手渡した


「こ、こんなに!?貰っちまっていいのかい!?」


「本人が良いと言ってるんで良いんじゃないですか?」


驚く奥さんに俺はあっけらかんと返す



「んじゃ、俺はこれで」


用を済ませてとっとと帰ろうとする俺を奥さんは慌てて引き留める


「ま、待っておくれ!その友人ってのは誰だい!?教えておくれ!」


「友人は名取を受けたそうなんで言ってもわからないと思いますよ?実際俺も本名は知りません」


名取なとりとはその名の通り名前を取る魔術


名を取られた者は誰の記憶からも忘れさられるがこの魔術には本人の同意が必要だ


主に奴隷への最後の慈悲として使用する選択が与えられ、これは法律にも定められている



ただし、名取をしなくとも元の名はもう名乗れないうえに奴隷の大半は身寄りが無いので名取をするのは全体の2割程度らしい



「そうかい…でもその情報だけで充分さ……よかった、レイモンドは…旦那はまだ生きてたんだね」


知らん名だがブーノの本名だということくらいはすぐに分かった


奥さんは瓶を抱えながら安堵に震えてその場に座り込む



「何で名取をしたのに憶えてるんすか?」


単純な疑問を投げ掛けてみる


「アタイは旦那に内緒で家の至るところにメモを残してたのさ…『大事な人が名を取られるからこのメモを見たら名取師のところに行け』ってね…旦那の記憶は無くなっても自分の習慣が変わる訳じゃないだろ?大掃除の時に床下に置いてあったメモを見付けたんだ」


しかし残っていたメモはその1枚だけだったと奥さんは苦笑いする


「…やっぱり旦那にはアタイの考えなんてお見通しってことだったんだろうね」


「まぁでも最終的には取り零しがあった訳で、奥さんは名取師に名前を返してもらったんすよね?」



「そう…アタイ1人分だけ返してもらった」


そんな細かく指定とか出来るんだ…

意外と融通が利く


「全部じゃダメだったんすか?」


「お金もかかるし…それに旦那の望みだからね……アタイは悪い嫁さ」


旦那の最後の頼みをないがしろにした悪い女



そう思ってるのはおそらく本人だけだろう


あの優しい大男が今更自分の嫁を責めるなんて想像がつかない



「でもアタイは…このままあの人を誰も知らない奴隷としてくたばらせるのは耐えられなかった」


それは本人には届かない、些細な事かもしれない

もしも何処かでブーノが野垂れ死んだとしても

その遺体は奴隷の遺体ではない


ソフィア・ガーダの旦那

レイモンド・ガーダの遺体


奴隷として生きたのではなく

一家の大黒柱として死んだ男になる



本当に些細かもしれないが

その想いはなかなか素敵だと思った



「なぁあんた…こんなもの要らないから旦那に会わせてくれないか…?」


渡した瓶を突き返されそうになるが俺はそれを受け取らない


「それは出来ません、余計な事はしないようにと言われてます」


ブーノは現状維持を望んでいる

それは奥さんの意思とは関係無い


「そうだね…あの人ならそう言うよ」


意外とあっさり諦めてくれる奥さん


「ならせめて話を聞かせておくれよ、ちょっとだけでいいからさ」


それくらいなら別にいいかと、俺は家に上がって食卓の椅子に腰掛けた



「悪いね、こんなもんしかないけど」


よくある粗茶ですが、的な感覚で出された飲み物を一口啜る

薄いがほのかに甘い

系統としては甘酒に似ていた



「それで、あんたは旦那とどんな関係なんだい?」


「簡単言うと上司と部下です、旦那さんには今ウチの店で働いてもらってます」


「それは奴隷としてかい?」


「違いますよ、その瓶の銀貨は彼の働きの対価…決して奴隷扱いなんてしていません」


奥さんは食卓に置いた瓶を見つめ瞳を潤ませた

俺はハンカチを渡そうかと思ったがその前にエプロンでにじんだ涙を拭っていた



その後は他愛の無い質疑応答が続いた


ちゃんと飯食ってるか

風邪はひいてないか

怪我はしてないか


幸せなのか

笑ってるのか



そんな質問攻めに後半は正直…面倒臭いの一言


旦那が心配な気持ちも解るが奥さんの長話に付き合う気はさらさら無い


「そんなに心配なら、なんで旦那が身を売るのを止めなかったんです?」


俺は返す刀と言わんばかりに次はこっちから質問してみた


「アタイも最初は止めたさ…元々アタイの親父が作った借金だったしね」


嫁ならともかく義理の親父の借金なのに奴隷に身を落としたのか…

あいつ、聖人君子か何かか…?



「借金取りが娘を連れてこうとした時にアタイが娼婦にでもなってりゃよかったんだけどね…それを言ったら旦那に初めて怒鳴られちまった」


あの温厚なブーノが怒号を上げる姿は想像出来ないが、それもまたあいつの優しさなのは間違いない



「その後なんとか2年の猶予をもらってね…それからは畑仕事のかたわらに身体を鍛え始めたんだ」


元々大柄で普通の人より力もあったブーノが更に身体を鍛えた理由は奴隷としての自分の価値を少しでも上げるためだった


奴隷として売られる事が決まっていてなお2年間も自分を追い込めたのは家族への愛故か…


誰でも真似出来ることじゃないし、少なくとも俺には耐えられない



そして奥さんも耐えられなかったようだ



「本来なら家族のために頑張る旦那を応援しなくちゃいけなかったんだろうけど…アタイは必死な旦那を見る度に泣いちまったよ……本当にダメな嫁さ」



湿っぽい話は嫌いだ

それに俺個人の意見としては別に奥さんがダメな嫁さんとも思わない


まぁ良い嫁さんの定義もわからんけどな



「旦那が奴隷になる日、アタイが泣き付いたらレイモンドは最後に「惚れた女くらい守らせてくれ」なんて格好いいこと言ってたけど…」


「…それはカッケーな」


「…アタイは惚れた男の背中をずっと見ていたかったよ」



誰かが欠けなければいけなかった家庭

そんな世知辛い運命を背負った家の家庭訪問はお土産と伝言付きで終了した


俺にとっては名残惜しくも何ともない

奥さんを励ますでもなく終始業務的な態度で帰ってきた



帰ってきた俺は夕飯の支度をしながらブーノにありのままを話すか悩む


心配なのは奥さん恋しさにブーノが仕事を辞めて実家に帰ってしまうじゃないかということ


別に引き留めやしないがブーノの抜けた穴を埋めるのは容易じゃない


単純な戦闘力は家の従業員の中で一番だし、真面目な仕事と人当たりの良さで客のリピーター率も高い


正直俺としてはブーノに辞めてほしくはないな…



結局夕飯の時間まで答えは出なかった

しかし事後報告の義務はある



「ブーノ、食い終わったら俺の部屋に来てくれ」


「お、おう!了解だべ!」


明らかに落ち着きの無いブーノはいつもなら5杯はおかわりするのに今日は1杯もおかわりする事なく夕飯を終えた


ブーノの気持ちのいい食いっぷりを見れなくて残念だが今日は仕方がない

俺も同じ状況なら食欲は湧かないだろう



「し、失礼すんべ!」


俺の部屋に来たブーノは緊張の面持ち

背筋をピンと伸ばしてるから普段より更にデカく見える


「そわそわすんのもわかるけどとりあえず座んなさいな」


ブーノが大きな深呼吸をして腰かけるとベッドがギシギシと大きく軋む


「結果だけ言うとお前から預かった金はちゃんと奥さんに渡してきたぞ」


「………」


何か言いたそうに人差し指を突き合わせるブーノ

デカい図体の割にアクションが乙女チックでもどかしい


「なかなか綺麗な奥さんだったな」


「そうだべそうだべ!!ソフィアは村一番のべっぴんだったからな!!」


思わず身を乗り出したブーノが我に返って座り直す姿は微笑ましく、俺は自然と口元を緩ませる


もう完全にバレてるが奥さんとの関係性を知られたくないブーノ

朝方までは我慢して冷静に振る舞ってたのに今はその面影がどこにもない



「子供が…子供が二人居たはずだべ……元気にしてただか…?」


「いや、居なかったぞ」


「っ!?そ、そそ、それはどういうことだべ!?ソニアとコニーはどこに行ったべ!?まさか借金取りに連れてかれたってのか!!?」


取り乱すブーノに襟を掴まれブンブンと振り回される

天地無用が極まって夕飯が喉の手前まで戻ってきたので俺はブーノの顎(あご)に蹴りを入れた



「吐くわボケっ!落ち着け!」


「す、すまねぇだ…で、でも…」


「勘違いすんな、二人は半年前に揃って家を出ただけだ」


「何処に!?何しに!?」


「冒険者になりたくて旅してるみたいだぞ」


「そっただ危ねぇこと!なして止めなかっただ!?」


「俺に言われても知るかよ…それこそ本人に聞きに行けばいいだろ」


もう隠す気もないじゃないかと思うくらいズバズバ聞いてくるが俺だってそこまで詳しく話を聞いてきた訳じゃない



「オラは…あの子達には会えね」


俺は目に見えて元気の無くなったブーノに家族に会えない理由を聞いてみた


「オラ奴隷だったから…そんな親父なら最初から居ない方がいい」


自分の親が奴隷だったと知ったら子供達は失望するだろうと危惧するブーノ


「どうせ名取してるんだから素性を隠して会えばいいんじゃないか?」


「旦那…男の決意に逃げや甘えは要らねぇ……それにオラ、良くも悪くも正直者だから…すぐボロが出ちまいそうで怖ぇ」


ブーノの決意は想像以上に硬い



「…だったら奥さんはどうだ?今は家に子供が居ないから会っても問題はないだろ?」


「旦那、オラ万が一にもバレたくねえだよ…現状が一番だ……それに」


何かを指折り数えるブーノはその数を30まで数えると溜め息を吐いて止めた



「オラ…あんなに良い嫁さんをもう数えきれないほど泣かしちまっただ……たとえオラの記憶が無くとも合わせる顔が無ぇ」



シケた面しやがる…


このままじゃ明日以降の仕事にも影響が出そうだ



…仕方がない


伝える気なんて更々無かったが奥さんから預かった伝言でも聞かせてやるか



それでブーノが少しでも元気になりゃ、それは金に変えられない価値がある




「よく聞けレイモンド!そして目を閉じろ!」


「な、なしてその名を……まさか!?」


「いいから目を閉じろ!」


驚くブーノは戸惑いながらも言う通りに目を閉じる


そして俺はスキル『声真似』を発動した



真似る声はもちろん奥さん

一応併用して『感情移入エモスレン』も発動する


やるからには徹底的に、それが職人のさが




“レイモンド、アタイはアンタのことをちゃんと覚えてる


そして今でもアンタを愛してる


アタイはいつまでも、皺くちゃの婆さんになったってアンタをここで待ち続けるから

いつでも帰っておいで


アンタが帰る場所は絶対に無くなりゃしない


もし…もしアンタが帰ってきたら……レイモンド…アンタが好きだったアタイのお手製チーズを「もう嫌だ」って言うくらい食わしてやるから……そん時は楽しみにしとけよ


じゃあな、風邪ひくなよ”




奥さんの声で一字一句

吐息の仕方も間の空けかたも完全に再現した


伝言だけならアイテムでどうにでもなったが本来聞かせる気は無かったので使用しなかった



「…ソ…フィア……」


伝言を聞き終えたブーノは目を閉じながら大粒の涙を流す


「大の男がピーピー泣くんじゃねーよ」


ただでさえ物理的にも大なのに、そんな大きな男が泣いたらベッドが濡れて今日寝るとき気持ち悪いだろうが



「覚えて…オラのこと……覚えててくれただか…」


覚えてるだけじゃない

「永遠の愛」っていう太鼓判付きだ



「ほら、これやるからもう泣くな、これは濡らしたら取り返し付かないぞ?」


そう言いながら俺はブーノの手に1枚の写真を持たせる


律儀に目を閉じていたブーノに開眼を促すと今度は鼻水まで垂らして大泣きし始めた



あーあ…今からシーツ洗うの面倒臭ぇな



「あぁ…ソフィア…ソニア…コニー……!!」


俺が渡した写真には奥さんと二人の子供が映っていた

子供達が旅立つ日の前日にわざわざ魔術師を呼んで撮ってもらったらしい


今考えたら…もしかしてその時から奥さんはブーノに渡す事を考えてこうして写真を残してたのかもしれない



「ソニア…おっ母に似てんこくなったなぁ……コニーも逞しくなって元気そうだべ…」



俺が出来る事は最大限してやった

感極まってるところ悪いがブーノにはこの部屋から退場してもらおう



「おいトロント!今からそっちで酒盛りすっから準備しとけ!」


俺は窓を開けて隣の寮に居るであろうトロントに語りかける


酒というワードを聞き付けたトロントの反応は早い

すぐに窓を開けて顔を出した



「かしこまりました!して酒の肴は?」


「ブーノの思い出話と世界で二番目に美味いチーズだ!」


「旦那ぁ…!」





この日この夜

俺達男衆はブーノの自慢話をつまみに朝方まで語り明かした


泣いたり笑ったり騒いだり

やけに感情豊かだったブーノを筆頭に三人はグロッキー


仕事をのことを考えて酒を控えた俺はお天道さんが登りきる前に後片付けを済ませて床に雑魚寝する三人に毛布を被せる




「旦那…今日はありがとな」


ゾンビみたいになっているブーノが最後の力を振り絞って俺の足を掴みながら言う



「…もう1つだけ頼みがあんだ」


「お前みたいな優良社員の頼みなら3つでも4つでも聞いてやんよ」


「1年後…休みがほしいだ」


「随分先の話だな」



ブーノが1年後に休みを取って何をするかはもう察しがつく

だけど俺はさえぎらない



「今度は…オラが……自分で……zzz」



最後まで言い切れずに寝落ちしてしまったブーノの頭をワシャワシャと雑に撫でてから俺は着替える






今日は少し忙しい

三人分の欠けた穴を埋めなくちゃいけないからな



俺は大きな欠伸あくびを1つして

いつも通り朝の仕事に向かった




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