ビニール傘の脆さは異常

ダキンシューと融合したことによって感じる事が出来るようになった魔力の属性感知


今まで狂犬の主体だった光と雷属性に聖属性が加わり、まさに対悪魔特化に変貌した



邪悪な狂犬には似つかわしくない能力と姿

更に圧倒的な相性の悪さに立ち尽くしているとランスが頬を掠めた



「何ボーっとしてやがる…そんな調子じゃすぐ死んじまうぞ!」


投げては戻しのランスを避け続けながら頬の擦り傷を撫でると指先に灰が付く


「これが浄化ってやつか…」


ただの痛みではなく、酸に触れたようなヒリヒリとした感触が残る


ただのダメージよりたちが悪い




「一回でもまともに食らえば灰になるぞ!もっと必死になれや!!」


防戦一方でもいつかやられる…

ここはまだ動ける内に一気に攻めた方が得策だ


俺は距離を詰めると狂犬の腹に鋭い爪を突き立てた



「!?」


狂犬の鎧に触れた瞬間違和感を感じ、直ぐに引っ込めた手を見てみると鋭かった爪は削り取られたように消失していて危うく深爪になりかけていた



「残念だったな、今の俺には攻防共に隙は無い…絶望の内に死ね!!」


武器にも防具にも浄化作用

並みの悪魔なら成す術なく完全に詰むだろうが諦めるにはまだ早い



空地逆転球ドード・ラノータ


魔法でならいくらでもやりようがあるはずと、俺は周囲1kmの天地をひっくり返した



何万t?何億t?

考えるのも馬鹿らしい物量の岩土が空を埋め付くし、そして重力に連れ戻される


ワープ系が使えなければ不可避な状況に流石の狂犬も目を丸くしていた


「なるほど…悪くはない」


俺は記憶回路で上空に移動しつつ『浮遊』で文字通り高みの見物



天地望貫突チャージオブウルトラホープ



不可避なら力業で押し返すと言わんばかりに狂犬はさっきの大技を上空に放った


しかも今回は溜め無しで属性まで追加されてる

一撃で瀕死になるような技がパワーアップして無造作に撃てるようになったなんて洒落にならん…



狙いを定められた訳ではないのでギリギリ避けれたが俺の思惑は見事に打ち砕かれた


大量の土砂が散乱する中、平然と仁王立ちの狂犬

次こそは正真正銘狙いを定めて俺にランスを向けている



天地望貫突チャージオブウルトラホープ


間髪入れずに大技を連射


もはや何の有り難みも無い大技だが威力だけは据え置き

記憶回路で避ける手もあるがそれだと魔力消費が激しいので身体強化系の魔法で機動力を上げて避わし続けた


縦横無尽に動けるから地上よりは避け安いがそれでも紙一重の回避が続く



狂犬のスタミナも切れる様子は無く、出来ればこっちからも攻めたいがそんな余裕は無い


しかし先に痺れを切らしたのは狂犬の方だった



「チッ…しゃらくせえな」



曇天傀儡マネジ・ヴォルケ


狂犬が舌打ちをカマして指を鳴らすと何処からともなく黒い雨雲が空を包んでいく



「長引かせても厄介だ…名残惜しいがもう終わらせるか」



狂犬の投げるランスが天高く飛び、そのまま雲に吸い込まれる



聖天鎮魂歌チャージオブアルティメットホープ



雷雲の様に点々と光出す雲


「マジかよ…」


その雲の隙間から現れたのは今までギリギリで避けてきた大技…

が、無数


10や20じゃきかない数を見て俺は血の気が引く感覚に襲われた



「俺はお前に絶望を叩き付けるぜ?お前らは俺にどんな希望を見せてくれんだ?」



ホープジャンキーめ…いちいち煽ってくんじゃねーよ…


『今日の天気は晴れ時々槍ってね♪』


「こんな事なら折り畳み傘持ってくりゃよかった…ってそんなもんで防げるかい!」


思わずノリツッコミしてしまう程の呑気さに呆れてしまう



『絶体絶命だね♪どうする?』


「…ちょっと無茶する」


『もう充分無茶してるけどね♪』


「じゃあ無茶苦茶する」


『了解♪』



攻撃は最大の防御


残ってる魔力を全部使って賭けに出る



拳哀暴君タイラントモーゼス



夜空に巨大な魔法陣が映し出されると、その中から角の生えた赤黒い骸骨が現れる


山を越える体躯と四本の腕

その立ち振舞いは髑髏どくろながら阿修羅が如し



『すごいなー♪僕1人だと腕までしか出せないのに』


俺が最後に頼ったのは召喚術だった


「相性が悪いのは変わらんからどこまで通用するか解らんけどな」


しかし戦況は確実に変わる

どう転んでも最終局面待ったなし



「面白いじゃねえか!受けて立つぜ!!」


降り注ぐランスに骸骨が拳を放つ

1つの拳で1つ相殺出来るが四本腕では明らかに追い付かない


「やっぱ不利だな…そんじゃ無茶苦茶するか」



自分の血を消費する事で発動するスキル『悪魔の契約』を使い、使い切った魔力の底上げをする


俺は致死量ギリギリ(約1,5L)の血を消費して元々の3倍…融合する前の約15倍の魔力を追加で骸骨に注入した



追加の魔力で欠損した腕が修復され、腕も二本増える



相殺しては修復しまた相殺する

そんなジリ貧な攻防戦…ならぬ攻攻戦


「クラクラする…五徹の朝を思い出すわ」


『押しきれるかな?』


貧血状態でもうまともに動けそうにもないのにこれでダメなら完全にチェックメイトだ…



力と力のぶつかり合いの末、ラスト一撃を残し骸骨は胴体に右足と頭が付いているだけになった


魔力も尽きて修復ももう出来ない



万事休すかと思っていたら脳内にダキンシューとは違う、聞いたことの無い声が聞こえた



《勇者よ…娘をよろしく頼むぞ》



「…誰だ?」


『どうしたの?』


どうやらダキンシューには聞こえなかったらしい



「今…誰かに「娘をよろしく」って言われた」


『………』


ダキンシューの沈黙の意味は解らない


ただ、少しだけ胸が熱くなる





「ん?…どういうことだ?」



魔力も注ぎ込んでないのに骸骨の左腕が一本だけ再生した


摩訶不思議だが好都合

そのまま最後のランスを叩き落とす



拳哀暴君タイラントモーゼス』に追加効果でも有ったのか…それは定かじゃないが胸の内を熱くし続けるダキンシューに俺は言う



「よかったな、お前の親父が守ってくれたぞ」


役目を果たし崩れ去っていく骸骨

その大きすぎる背中を見守っていると左頬にだけ一筋の涙が落ちた



「血ぃ無くし過ぎて眠いわ」


『そうだね…欠伸あくびが出ちゃいそうだよ』


零れた涙を眠気のせいにしつつ、俺は狂犬の様子を確認する



「まさか…防ぎ切っちまうとはな」


力を使い果たしたのか、装備品は元の黒色に戻っていた


「…しかも釣銭まで戻ってきやがる」


崩れる骸骨の頭部が狂犬目掛けて落ちていく

力を失って自然落下しているはずなのに…口を大きく広げてまるで自分の意思で狂犬に襲いかかっている様だった



流石の狂犬も力を使い果たした状態でこれは防ぎ切れないだろう…


そう思っていた矢先



「でもそんな残りカスみたいな力じゃ俺はヤれないぜ?」


技でもスキルでもない、ただの気合いの一突き

それだけで骸骨の頭部は粉々に砕け散った


偶然の一撃を防がれたタイミングで俺はダキンシューに融合の解除を求める



『このまま畳み掛けないの?』


「いや、このままじゃ遅かれ早かれ俺は貧血で動けなくなる…その前に元に戻っておいた方がいい」


それに魔力を使い切った今、ダキンシューと融合しててもあまりメリットは無い


『わかった、もしロージが倒れたら帰りは僕が背負ってあげるね♪』


「はい……お願いします」


その絵面は情けないだろうな…


最悪の未来予想図を思い描きながら俺とダキンシューは地上に降りて分離する


自分の腹から悪魔が出てくる光景はちょっとだけグロテスクで鳥肌を立てたが無事に分離した俺達は一向に動きを見せない狂犬に近付いていく



ランスを地面に突き刺し腕を組む狂犬は俺達がランスの届く距離まで近付いても動く気配は無かった


一瞬、弁慶みたいに立ち往生でもしてんのかとも思ったが表情の読める距離まで近付くとすぐにそうでない事がわかる



「カッカッカッ!!見事だった!!」


なんとも満足そうに笑う狂犬にはもうさっきまでの鋭さは何処にも無かった


「お前らの希望、しっかり見せてもらったぜ!!」


まるで面倒見の良いおっちゃんの様に丸く豪快な笑顔

その豹変っぷりに俺は気が抜けて膝を付いた



「見事とは言ったが聖女を守るには及第点ってところだな、これからも日々精進しろよ?」


「何なんだよ…何がしたかったんだお前は?」


態度が180゜変わって正直説明無しじゃついていけそうにない



「俺は聖女が良しとする事に口出しする気は無い、だからお前が悪魔と仲良しごっこしてたところで邪魔する気も無かった」


「だったら最初からそう言えよ…」


「ただ俺は気になったんだ、お前が聖女を守るに相応しい実力を持ってるのか…夢物語を実現させる力を持ってるのか」


興味本位でこんなにズタボロにされるのはたまったもんじゃない…



「夢物語なんてそんな大層なもんじゃないだろ、一緒に飯食って馬鹿話で笑い合うだけのことを難しいことみたいに言うな」


狂犬は俺に目線を合わせるようにしゃがむと切なく微笑む


「そんな単純な事が案外難しいんだぜ?俺のパートナー…シエスタも同じ夢を語ったが結局最後まで叶うことはなかった……お前より断然強い勇者がついてたのに、だ」


こいつの昔話には興味無いが「俺より強い」という部分が癪に障る



「ふざけんな、俺はこんなもんじゃない」


「ほお、それは心強いな」


「俺はまだとっておきを残してんだ、それさえ使ってれば今頃膝ついてんのはお前だからな!」


「ああん?俺だってまだ隠し玉くらい持ってるわ!ルーキーが調子乗ってんじゃねーぞ!!」


通行人でも居たら後世に語り継がれるような戦いをした二人が格段に程度を下げて顔を引っ張り合う幼稚な争いを繰り広げる


そんな俺達を見兼ねたダキンシューが仲裁に入った



「止めときなよ二人とも、丸く収まったならそれでいいだろ?」


「「お前は黙ってろ!!」」



俺と狂犬に同時に怒鳴られたダキンシューは両手を肩まで上げると呆れ顔で「お手上げ」と溜め息を漏らす




何だか微妙に締まらないがこれにて一件落着



蛇足の小競り合いは夜明けまで続きましたとさ




.




《後書き》




蛇足ついでに後語り



狂犬との延長戦は第32ラウンドの叩いて被ってジャンケンポンまでもつれ込んだが結局決着は着かず、最後には「またな」と一言添えて帰っていった


俺にあいつとまた会う気など更々無いが第11ラウンドのババ抜き辺りから悪魔が狂犬に懐き始めてしまったので仕方なく…社交辞令として別れの挨拶くらいはしてやった



家に帰ってこれたのは午前五時半

皆がまだ寝静まってる中、デイジーだけは心配で起きていたらしく目の下に隈を作っていた


安心させるために「夜更かしは美容の天敵っすよ」とおどけてみせたら頬をつねられる始末

…聖女心はわからない



背負って帰るなんて豪語していたダキンシューも途中で飽きて寝てしまい、逆に俺が背負う事になったが今更そんな事は気にしないし帰る前に体力も回復したので問題は無いけど……なかなか首に巻き付けた腕を放してくれなかった


無理矢理剥がそうとしても破滅的な寝相で耳を噛まれる


これ以上余計な体力を使うのも馬鹿らしい…

諦めてダキンシューに絡みつかれたままベッドに潜り込んだ俺を即効で微睡みが襲う




流石に疲れた…


…でも7時には起きて朝飯を作らないといけない


寝る前から疲れを蓄積させながら最後に悪魔の寝顔を見ていると僅かに口元が動いていた



「……さん」


俺の背中でぐっすり安眠してたんだ

寝言を聞いたところで罰は当たらないだろう


しっかりと逃げ道の導線を確認して耳を澄ませると今度はハッキリと聞こえた




「…お父さん」



ダキンシューの腕の力が少しだけ強くなった


必死に捕らえておこうとする手つき

心なしか眉尻も下がっているような気がする



「…………おやすみ」



そう言って頭を撫でるとダキンシューは元の安らかな寝顔に戻った




今日のサービス残業

内容は「抱き枕」




大丈夫、タイムカードはもう切ったから



.

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