ユニコーンナイト

『愚かな難行』は全てステータスを10分の1にする代わりに経験値効率が3倍になる誰得なスキルだ


コストパフォーマンスの悪いこのスキルを使っていた理由は2つ


ステータスが10分の1くらいなら万が一他人にステータスを覗かれてもギリギリ言い逃れ出来るから


そしてもう1つは元のステータスだと生活に支障をきたすからだ



徐々にレベルを上げればこんな事をする必要も無かったんだが俺の場合一夜にして高レベルになってしまった


急に上がったステータスを俺は制御しきれなかった




「ご丁寧に同じところに穴空けやがって…ゴフッ!」


咳に混じって飛び散る血飛沫を避ける


「汚いもんみたいに避けんじゃねーよ…!」


「いや…実際汚いだろ」


潔癖症という訳ではないが人の口から飛び出してきたものには当たりたくない



「でもお前が強くて助かった」


「あ?」


「今ので死んでたら3日は寝込んでたわ」


「ふざけたことぬかしてんじゃねーぞ!!」


俺が余裕の笑みを見せ、立場逆転かと思ったらそうでもない



「うおっ!?汚っ!」


口に溜まった血を狂犬が俺の目に飛ばす


「いちいち汚いって言うなや!!」


視界を奪われた俺はランスで薙ぎ払われた



「何を心配してるか知らねーがこんなもんじゃ俺は殺せねえ…多少強くなったからって吠えんじゃねーよ!!」


土手っ腹を擦りながら目元の血を拭う俺に狂犬は言い放つ



正直驚いた

単純に10倍強くなったはずなのにまだこんなにダメージが入るのか…


パワーアップって勝ち確演出じゃなかったっけ?


「いやぁ勉強になるわ、流石先輩だな」


俺はポケットから出したハンカチで顔についた血を丹念に拭き取る


クソっ…消毒液もポケットに入れておけばよかった


「ちょっと顔洗って来ていい?」


「まて…そこまでされると俺も流石にショックだぞ」


ちょっとした冗談のつもりだったんだが狂犬がマジで凹み出したので茶番もここまでにしてやる



「調子に乗りやがってよ…次で終わらせてやる」


狂犬がランスを空に向けて突き立てると雲が裂け、大地が揺れ始めた



「おいおい…魔王を倒せるほどの勇者ってのは地震まで起こせるのかよ」


裂けた夜空、割れた大地の隙間から白い光の帯のような物が出てきて狂犬のランスに吸収されていく


自然災害級のヤバい何かがくると、地震前の動物のような勘が俺の中で大音量の警報を鳴らした




天地望貫突チャージオブウルトラホープ




「嘘…だろ」



1人の人間が繰り出していい技なのか…


神が裁きを下してると言われても疑わない物量



山の様にデカい光の円錐が俺に襲い掛かる



『五条防壁掌』


デカ過ぎて避ける事は叶わない

俺は今自分が出来る最高の防御を体力の3分の1を削って張った



「…!?」


半透明の大きな青い手がダキンシューを包む


「ロージ…!?」


最大防御は同時に2つは使えない


丸腰の俺を見て流石のダキンシューも焦っていた



「何で…?」


それはもちろんダキンシューを巻き込まないように…って、そんな事を聞きたい訳じゃないよな



とりあえず

俺が生きてたら教えてやるよ




「ロージ!!」



光の円錐は周囲を呑み込みながら俺に直撃した



とてつもない痛み


引き裂かれるような

押し潰されるような

刺されるような

熱いような

冷たいような



もう痛過ぎて訳が解らない



一瞬だった気もするし長かった気もする



光の円錐が通り過ぎたあと、満身創痍になった俺は仰向けに倒れながらお月様を見上げていた




「…なんとか生きてた」


月が綺麗だと思えるって事は生きてるってことだろ…たぶん



「ロージ…大丈夫?」


無傷のダキンシューが心配しながら俺の頭を膝に乗せてくれる


うん…悪魔の膝もちゃんと柔らかいんだな



「ごめんね…僕が付いて来なければこんな事にはならなかったのに」


案外素直に謝れることに軽く驚きつつも俺は真顔のダキンシューの手を掴んだ


「もともと自業自得なんだから、見捨ててくれればよかったのに…」


「それが出来るなら最初からやってるよ…もっとずっと前からな」


流石にもうヘラヘラ笑ってる訳ではないが未だに感情は読めない

この手の振動だけがダキンシューの心の鍵



「それにお前が居てくれるからこそもう一踏ん張りくらいは出来そうだ」


「何で…?」


HPはまだ残ってるから全く動けない訳じゃない

でもそういう問題でもない



「家族ってのは守るもんだからな、守らなきゃいけないくらい大切なもんが近くに居てくれると男は頑張れる生き物なんだよ」


少し見開いた二重円の瞳で何を考えているのか…

俺にはやっぱり解らないがダキンシューは手を握り返してくれた



「守られてばかりは嫌だな…僕も戦わせて?」


「やめとけ、お前じゃどうにもならない」


気持ちは嬉しいが接近戦がデイジーと互角レベルなら狂犬には歯が立たない


得意な方の魔法も打つ前に叩かれたら意味が無い


残酷だが現状ダキンシューに出来る事は何も無かった



「大丈夫、僕の固有スキルを使えば今の僕でも十分ロージの役に立てるよ♪」


ダキンシューの固有スキルの内容なんて今まで聞いた事はないが…そんな強力な能力なのか?


「それに家族は守るものなんでしょ?僕にも守らせてよ」


「お前そんな風に笑えるならずっとそっちの方がいいぞ」


あまりにも優しそうにダキンシューが微笑むもんだから夢かと思って俺は彼女の頬を撫でた



「何だか自然とこういう顔になっちゃったんだ、明日また同じ顔が出来るかなんてわからないよ」


「じゃあ忘れないように帰ったら今の気持ちをメモしておくように」


「わかった♪」





「帰れると思うな馬鹿がっ!」



折角いい雰囲気になっていたのに水を差す狂犬

いつの間にかダキンシューの背後に回り込んでいた


「まだ意識が有るとは不幸な奴だ…まぁいい、このまま二人まとめて貫いてやるよ」


「逃げろダキンシュー!!」


「まぁそう慌てないで♪」



今にもランスが突き降ろされんとする刹那


影呪奏ペリオチェーニ


狂犬の胸部から黒い触手のようなものが湧き出し、そのまま手足に絡み付いた



「んなっ!?クソッ!!」


「あれだけの大技だ、一瞬だけ隙が見えたから仕込んでおいたよ♪」


意表を突いて動きを封じたのはいいが早くも触手からブチブチと音が聞こえる


解放されるのも時間の問題だ


「半分も魔力を注いだのに足止めくらいにしかならないか…じゃあ時間も無いし早く済まちゃおうか」


「ん?済ませるって何を?」


「僕、あまり固有スキル使ったことないから上手く発動出来ないんだ…」


…固有スキルなのに苦手なんだ



「だから君の遺伝子情報を少しだけ貰うよ?」


遺伝子情報?

急に難しい単語を出されて俺は困惑する



しかし言葉のややこしさとは裏腹にやる事は至極単純だった



ダキンシューに上体を起こされると頬に手を置かれ強引に引き寄せられる




「んんっ!!?」


「ん…んむ」



ダキンシューは俺の口に舌を入れてきた


唐突なディープキスに精神年齢も退化して慌てふためいていると両手で頭を固定される



「プハー、ごちそうさま♪」


「………お粗末…さま?」


色んな意味で力の抜けた俺はぐったりと倒れ込んだ



「これで準備完了♪さぁさぁ、寝てる暇は無いよ?」


もう好きにしてくれ…

俺が力無く言うとダキンシューは俺の腹部に手を当てた


「お邪魔しまーす♪」


悪魔が呑気なトーンで言うとダキンシューの手がドロドロと液体の様に溶けて俺の中に入ってくる



「何だこれ…気持ち悪っ」


「そういうこと言わないでよ、傷付くよ?」


「…すんません」


軽く怒られつつ見守っていると最終的にはダキンシューの全てが溶けて俺の中に収まってしまった



「いや…マジで何なのこれ…意味わかんねーよ」


『僕の固有スキルは『融合』だから今ロージと融合したんだよ』


頭の内側からダキンシューの声が聞こえる


この感覚も慣れるまで時間がかかりそうだ


『直に姿も変わるからちょっと我慢してね♪』


「そういうことは先に言ってもらいた…っ!?」



喋りかけていたら体の内側が流動するような感覚が全身に駆け巡る


痛みは無いが服の中に虫が入ったような嫌な感覚だった



そんな嫌悪感は数秒で収まる


意外と変わった様子もないので立ち上がってみると視界の端に左右色違いの伸びた揉み上げが写った


「何だこりゃ…?」


右側が白

左側が黒


頭を触ってみたら左側にだけ角が生えてたし、よく見たら爪も伸びて先が尖っていた



「…寝返り打ちずらそうだな」


『最初に出てくる感想それなの?』


「あと髪邪魔だし多分ツートーンの厨二臭い見た目になってると思うからそれも気に入らない」


『辛辣だなー♪』


揉み上げだけじゃなく全体的に伸びた髪を今すぐ切りたい衝動に駆られながらも今の内にポーションを飲んでおいた



『よかったー、激痛で意識を保つのが一杯一杯だったから助かったよ』


「痛覚まで共有してんのか?」


『融合だから当たり前じゃないか、というか今までよく平然としてられたね…』


中のダキンシューにまでダメージが通るとなるともうあまり攻撃はくらいたくはないな



「お前…その固有スキル………いよいよ生かしちゃおけねえな」


「最初から生かす気なんて無いだろうが」


もう殆ど拘束の解けている狂犬が最後の触手を引き千切った



「お前も立派な悪魔になっちまったな…これで正式に殺戮対象の仲間入りだ!」


ランスを構えて突進してくる狂犬を紙一重で避わす


身体能力は然程変わってないみたいだった

100が120くらいになった程度だがそれ以前に狂犬が大技で消耗してるのが目立つ


息を切らし、さっきよりも若干鈍くなった動き

元々付いていけないレベルではなかったので多少上がった能力との差が大きく開く形になった



接近戦で徐々にだがダメージが通り蓄積されていく

対する俺は狂犬の攻撃を全て避わし、勝敗はすぐ目の前だと思った



「もう止めとけ…意味無いだろ、こんなの」


俺はランスの先を掴んで言う


「ハァ…ハァ……悪魔が上から物言ってんじゃねーぞ…!」


「お前がダキンシューを見逃してくれるだけで済む話だ、簡単だろ」


「勇者に悪魔を見逃せってのは冗談だとしても哀れみを感じるな…そして特に俺は聖女のパートナーだった勇者だ……この世の悪魔を殺し切るまで止まらねえ!!!」



双天希貫突チャージオブスーパーホープ



「残念だ…」


囁くような感想を述べると俺はランスを蹴り上げた


「くっ…!」


回転しながら宙を舞うランスを目で追う狂犬


「もうランスを手元に戻す体力も無いのか」


「うるせー!!」


拳を握る諦めの悪い勇者に

俺は容赦の無い一撃を放つ



堕禁創生弾デギトール・ノヴァ(炎)』



ダキンシューと融合して一番変わったのは身体能力ではなく魔力


その倍率は量も威力も5倍以上



俺が掌から出した小さな黒い球体は狂犬に当たると天まで届く程の黒い炎柱に変わった



燃やされながら空に放り出された狂犬はしばらくして地面に叩き付けられる




血と肉の焦げた臭いに吐き気を催しながら完全に制止した狂犬の元に歩み寄ると口から黒煙を吐き指先をピクリと動かしていた


「ギリギリ生きてるみたいだな…よかった」


俺は直ぐにポーションを取り出すと狂犬の口元に持っていく



「……ふざ……ける…な…」


「っ!?」


気を失ってると思っていた狂犬はポーションを握り潰すと俺の肩に噛みついてきた


…まさに狂犬

いったい何処にそんな力が残ってんだ…



俺は狂犬を振りほどいて距離を取る


追い詰められた狂犬は何をしてくるか解らない



「俺としたことが…一瞬ぶっ飛んじまった…」


確かに意識も物理的にもぶっ飛んでたな



「ああ、シエスタ…俺はまだお前居ないとダメみたいだ」



狂犬はゆっくりと立ち上がると手元にランスを戻す

そして地面にランスを突き刺すと腕を広げて天を仰ぎ見た




「不甲斐無ぇ…またお前の力に頼る俺を許してくれ、シエスタ」



ランスを中心に辺りが明るくなる程の光量が放たれる


瘡蓋かさぶたが剥がれるようにランスと装備の表面が剥けると、その下から純白で潔白なランスと鎧が現れた




光が収まる頃には怪我も火傷も無くなっていた白い勇者が鋭い眼光で俺を睨む




「さぁ!お前らに本物の希望ってのを見せてやる!!」






装備品とは不釣り合い

狂犬は変身前と変わらず鋭く邪悪に笑った




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