天使と悪魔と僕と僕

※アイリッシュ視点




昨晩の地震で寝不足の目を擦りながら僕はロージの元へ向かう



父さんはいつも「危ないから馬車を使え」なんて言うけど僕は頑なに歩いて行く


大好きな人に一歩一歩確実に自分の足で近付いていく喜びは何物にも代え難いからね



途中、服屋さんのショーウィンドーで前髪の最終チェックを入念に行っていたらお店の人にクスクスと笑われて恥ずかしかったけど、そんな試練を乗り越えたら目的地はもうすぐそこ


最後の曲がり角を曲がる時は未だにドキドキしてしまうが、そんなドキドキも玄関の取手を握る頃にはワクワクに変わっている



今日こそは振り向いてくれないかな?

淡い期待を口元に反映させながら、僕はいつもの台詞を言う



「頼もー…?」


出鼻を挫かれたのは誰も居なかったからではなく、珍しくロージがうたた寝していたから



疲れてるのかな?


いや、いつも疲れた顔をしてるけどそれがロージのアイデンティティーなだけであって実際疲れてる訳じゃない…はずなんだけどな


普段隙という隙は見せないし、最近は悪魔さんがくっつきがちだったからこれはもしかしてチャンスなんじゃないかな?


丁度良くロージの座ってる椅子にも詰めればもう1人座れるくらいのスペースが空いてるし……いやでもこういう時は静かに寝かせてあげるのが優しさだよね?



自問自答を巡らせていたら僕は無意識にロージの膝の上に座っていた



あれ!?何やってんの僕?

よりにもよって膝の上って、これじゃロージが起きちゃうよ!



「んぁ……ん…zzz」


願望が自我を凌駕して大きな失態を犯したけどロージの疲れはそれを上回っていたらしい


なんとか起こさずに危機を回避したけど更なる幸…ピンチが僕を襲う



「ひゃあ…っ!?」


僕の腰にロージが腕を回して身を寄せてきた

思わず変な声が出ちゃったけど直ぐに押し殺す


「んー……温けぇ…zzz」


僕は湯タンポじゃないよ!?


と思いつつも密着状態に緊張して体温が上がっていく


張り裂けそうな心臓はどんどん心拍数を上げるし、僕もどうにかなっちゃいそうだよ…////




「もうこのままキスくらいしちゃえば?」


僕の中の悪魔が囁く


確かにこんなチャンス滅多にないし…元はと言えば寝てるロージが悪いんじゃ…


「いけませんわ!寝込みを襲うのは卑怯者の所業ですわ!」


僕の中の聖女が叫ぶ


そうだよね…こんな卑怯な真似はやっぱり出来ない

やるなら正々堂々正面からぶつからないと



というか…


「居たなら声かけてよ…二人とも」


僕の中には最初から悪魔も聖女も居ない


「声かけたじゃないか♪」


「最初からだよ…勝手に僕の心理描写みたいに割り込まないでよ」


二人の悪ふざけで醜態を晒す羽目になったのでちょっとだけ怒る


「何で聖女様まで乗っちゃったの…?」


「成り行きが気になってしまったので…つい」


つい…じゃないよ

聖女様が迷える子羊をもっと迷わせちゃダメじゃない?


たった2ヶ月で聖女様も随分ダークサイドに堕ちてきたと思う

朱に染まれば赤くなるってこういう事なのかな…?




「そうやって誤魔化してるけど今も現在進行形で良い思いをしてるじゃないか♪自業自得だね♪」


「これは…その…出来心というか…////」


流石は悪魔…痛いところを突いてくる

そう、二人が居ても居なくても状況は変わらない


僕もちゃっかりダークサイドに堕ちて来てる訳で…あまり他人のことを言えないなぁ…



「助けて聖女様…悪魔がいじめるよ」


「まぁ…それは自業自得ですわね」


聖女様に見放された

僕ってそんなに業が深いかな…?



「んー…うるせぇなー……」


騒ぎ過ぎてたらロージが目を覚ます


「ん…?何してんだ…?」


「こ、ここ…これは違うんだ!誤解だよ!」


まだ虚ろな目のロージに僕は慌てて言い訳になってない言い訳をするが、当の本人は然程気にしてない様子


「まぁいいや…柔っこいし…もうちょい寝る…………zzz」


相当疲れが貯まってるみたいで、そのままの体制でロージはまた眠ってしまった


…でもちょっと待って

柔らかいってなに…?


その発言すごく気になるんだけど!?


どこで判断してるの!?

今腕を巻き付けてるお腹周り?



殆んど毎日ロージの美味しいスイーツを食べてるけどさ…

ちゃんと運動もしてるし見た目だって変わってないよ?


…たぶん



「なに?領主娘ちゃん太っちゃったのー?」


「やめて!ハッキリ言わないで!」


悪魔の言葉が僕の心に鋭く突き刺さり深刻なダメージを与える

せめてもう少しオブラートに包んだ言い方をしてほしかった…


「見た感じそんな風には見えませんわよ?」


優しい…流石は聖女様



「でも本当に柔らかいよ?」


「ひゅいっ!?ちょ、急に触らないでよ…」


悪魔さんにお腹をつつかれまた奇声を上げてしまう

…喉にも悪いし心臓にも悪い


「失礼しますわね」


失礼しないでよ…何で悪魔さんと聖女様にお腹をつつかれなきゃいけないのさ…?


この状況はまさに混沌カオスだよ…



「こ、これは…!?」


聖女様は僕のお腹をつつくと深刻そうに…そして気まずそうに言った


「筋肉の…枯渇」


「なにそのパワーワード…怖い!」


「つまり体脂肪率が上がったってことじゃない?」


わざわざパワーワードを紐解かなくてもだいたいわかってたけどさ…それはそれで怖いよ



「ロージと会ってからは剣の鍛練を怠ってたからなぁ…そりゃ筋肉も落ちちゃうよね…」


「そのくせ毎日毎日甘い物ばかり食べてー♪」


「まぁ…自業自得ですわね」


あぁ…やっぱり僕は業が深いみたいだ


それがお腹の柔らかさに直結してるならこの現実は直視しないといけないよね…



「決めたよ、僕ダイエットする!」


「どちらかというと筋トレの方がいいのでは?」


「まぁどっちだっていいじゃない♪僕は頑張る君を応援するよ♪」


悪魔さんは懐から手のひらサイズの白い人形を取り出して僕の膝の上に置いた


「これは?」


「頑張る乙女のお役立ちアイテム、その名もデルデルくん2号♪」


悪魔が出したアイテム

この語感だけでも怪しいけど今の僕は藁にもすがる思い

既にそのデルデルくん2号に興味津々だった



「どうやって使うの?」


「とりあえずロージの髪を一本抜きます♪」


「痛っ…!?」


一本どころか襟足を雑に摘まんで20~30本は抜き取ると流石にロージも痛みで目を覚ました


「なんばしよっとか!?」


「乙女のためなんだ、我慢してよ♪」


「ん?…よくわからんが…仕方ない…のか?………zzz」


今日のロージ、どれだけ疲れてるんだろう…よくこの状況で三度寝出来るね



「あれだけの激戦だったからねー、ちょっと今日はグロッキーだね♪」


「帰りも遅かったですし…」


僕の知らないところでとんでもない事件でも起こってたのかな…?

あのロージが苦戦するなんて信じられないけど実際これだけ疲弊してるロージも見たことが無い



「まぁどうでもいいか♪さぁ続き続き♪」


「昨晩のことをどうでもいいで済ませるなんて…悪魔ですわね」


「そりゃ悪魔だからね♪」


どうでもいいんだ…



気になるけど…どうせ僕には何も出来ないからなぁ


…なんだか胸の奥がピリピリして辛いや



「続きと言っても後は今抜いた髪の毛をこの人形の中に入れてお終いなんだけどね♪」


「それだけ?」


「それだけ。玄関に置いておけば今夜にでも効果があるよ♪」


随分と簡単な話だ

益々怪しさが膨らんでいく



「いけませんわ!悪魔の言うことなど真に受けては!」


聖女様は裏が有るとか魂を取られるとか、これぞ悪魔みたいな言葉で説得してきたけど当の悪魔は知らぬ存ぜぬ


「そんなことしないよー♪」


「でもそんな簡単に痩せられる商品…やっぱり値段も張るんじゃない?」


「いやいや、今回は初回ということで特別に無料!送料もかからないよ♪」


「…通販番組かよ……zzz」


ロージが寝言で何か呟いたけど言葉の意味はわからなかった



「ごめんなさい聖女様…僕は悪魔に魂を売ってでも前の自分を取り戻したい…!」


「あぁ神よ…どうかこの愚かな乙女をお許しください」


「二人とも大袈裟だなー♪」


聖女様の忠告を無視して僕は悪魔さんから人形を受け取る



「悪に堕ちてしまいましたわ…」


「恋にならとっくに堕ちてるよ?」


「わーお…胸焼けしそうだよ♪」


「…………恋する乙女に幸あらんことを…////」



二人とも目を伏せてしまったけど聖女様は最終的に僕の幸せを願ってくれた


二人も静かになっちゃったから貰った人形を握り締めながらロージが起きるまでの一時間、僕は彼の腕の中でゆっくりと幸せな時間を堪能した






【…そしてその日の夜】



1人で姿見とにらめっこする僕は自室ということもあって下着姿でボディラインのチェックしていた


「うーん…見た目は変わらないと思うんだけどなー」


変わってないのは表面上のことでおへその周りに手を当ててみると確かに柔らかい


「はぁ…今日もモンブランがこのお腹に蓄積されちゃったよ」


ダイエットを決意して今日のおやつを断ったらロージに「食わなくてもいいぞ…その代わりに捩じ込むからな」なんて言われたので今日も結局美味しくおやつを頂いてしまった…


ロージは食べ物を粗末にする人に容赦が無い

…それはもう徹底的に



貰った人形は言う通り玄関に飾ったけどコゼットが気持ち悪がっていた


もう少し可愛いデザインなら気にならないけど白無地ののっぺりとした作りは確かに少し不気味だ


でも僕にとっては有難い人形

悪魔さんとはいえ好意でしてくれたことを無下にするような真似はしない



「さてと、少し腹筋でもしてから寝ようかな」


人形だけには頼っていられないので自力でも頑張る


パジャマに着替えてベッドに寝っ転がると僕は三回だけ腹筋をして大の字になった


「……今から汗かきたくないなぁ」


完全にタイミングを間違えた

お風呂に入る前にすればよかった…




「汗をかいたらまた風呂に入ればいいだろうに」


「っ!?」


ノックも無しにドアが開くとロージが唐突に部屋に入ってきた


「え、何で!?ど、どうしたの急に?」


こんな時間にロージが家に来たことはないし、ましてや僕の部屋に入るのも初めてだ


僕が慌てて体制を変えてベッドの縁に座ったらロージも隣に腰掛ける



ロージは特に喋ることもなく、ただひたすらに僕の顔を見ていた

こんなにも近くでじっと見つめられると僕も何だか恥ずかしい


耐えかねて視線を落とすと、それでもロージは僕の顔を覗き込んでくる


「そ…そんなに見られると照れちゃうよ…////」


「あー悪ぃ、可愛いから見蕩みとれてたわ」


「か、かわ…っ!?」


正面から豪速球

小細工無しの破壊力に僕は身悶える



でも何かおかしい…

ロージがこんなストレートに誉めてくれる訳が無い




あ、そっか

これは夢なんだ!


腹筋の後にいつの間にか寝ちゃったんだ、たぶん


そうだとするとこの状況にも説明がつくね!うん!



「夢…だよね?」


「まぁ夢だな…でも」


やっぱり夢か…


「良い夢に出来るよう頑張るわ」


でも…夢でもいいや

…夢でも嬉しい



「こんな夢見ちゃう僕って…悪い子?」


「おう、とびきり悪い子だ」


ロージは僕の頬を優しく撫でると顔を近付けてきた


僕はもう自らの意思でそれを拒む事は出来ない



引き寄せられ、重なる唇


甘くて

長くて

深くて


僕の身体は一瞬でトロトロに火照ってしまった



「ロージ…」


「なんだ?」


身体の熱さも唇の感触も

随分とリアルだけどこれは夢


夢なら少しくらい我が儘言っても…いいよね?



「好きって…言って」


「愛してるぜベイビー(棒)」


らしくない事を棒読みする

照れ隠しの仕方がロージそのもの


本当に夢なのかと疑わしくなるくらい寸分違わない



「…ちゃんと言ってよ」


「………嫌だね」


夢なのにちっとも言うことを聞いてくれないけど、こっちの方がロージらしいや



ロージは僕を押し倒すと二回目のキスをする


最初のとは違って、今度は触れる程度の短いキス



「こういうのは態度で示せば問題ないだろ…?」


耳を真っ赤にして言うロージ

おそらく真っ赤な顔の僕は「うん」とゆっくり頷いた



「ロージ…どうなっちゃうの…僕?」


「わかってんだろ?…少し過激なスキンシップをされるんだよ、俺に」


ロージは僕のパジャマのボタンを片手で1つずつ外していく


「ちょっとだけ…怖い」


脱がせた上着をベッドの端に放り投げたロージは震える僕にもう1度キスをしてくれた



「俺だって怖いさ…こんなに綺麗なもんを汚すのは勇気がいるんだぞ?」



優しい微笑みに僕の鼓動は高まる


だけど…僕は伸ばされた手を拒んだ



「ごめんね…ロージ」


これは夢だ

誰にも迷惑をかけない自分だけの世界

好きなことを自由にやったって誰にも文句は言われない



だけどなんでだろう…


涙が溢れて止まらない



「僕やっぱり…夢じゃ嫌だよ」


夢だから現実は何一つ変わらないけど

それでも初めては…本物のロージがいい



胸元に添えた手もロージなら簡単に振り払えるだろう

だけどロージはそうしなかった


きっと僕も簡単に押切られるような精神状態だったけど

僕のささやかな抵抗をロージはないがしろにしなかった



「そうかいそうかい…そりゃ残念だ」


上着を拾って肩にかけてくれたロージの額に皹が入る


「んじゃ、悪夢はとっとと退散するぜ」


皹は全体に拡がって夢の中のロージは硝子のようにバラバラに砕け散った




「…………これは」



その破片の中から悪魔さんから貰った人形を見付ける




「やっぱり髪の量が多かったか…目的意識より自我の方が強くなっちゃったね♪」


いつの間にか天井に立っていた悪魔さんに僕は驚きはしなかった


驚きよりも今は悲しみの方が強い



「何しに来たんだい…?」


「ちょっと人形の動作チェックをね…結果的には不備があっあけど♪」


「悪魔さんは…結局何がしたかったの?」


「激しいスキンシップ…もとい激しい運動で汗でも流してもらおうかと思ったんだけど…まぁ思惑は大外れだったよ♪」



僕はベッドを二回叩いて悪魔さんを隣へ座るよう誘導した


そして素直にベッドに腰かける悪魔を頭から抱き締める


「…!?」


「ありがとう悪魔さん…でも僕はこんな方法はちっとも嬉しくないんだ…ごめんね」


僕はこの悪魔が可哀想だと思った

誰かを愛する気持ちを全く理解していなかったから



「あれは人形だったけど思考も感情もロージそのものだったよ?」


「そうだね…確かにそうだった」


あの人形は人形だったけど僕のことを一番に考えてくれて、そして自ら身を引いた


その優しさは本物に勝るとも劣らない



「わからないな…何が気に入らなかったの?」


「だって…夢はいつか覚めるものだから」


どれだけ本物に近くても

曖昧で不確かで最後には消えちゃうなら僕は要らない

そんなのは虚しいだけだ


そんなものに逃げたくない



「悪魔さん、僕は全力なんだ…全力で生きて、全力で恋をしてる……だからもうこんな悲しいことはしないで……?」


まだ残る唇の温もりを感じながら、僕はせきを切ったように声を上げて泣いた


偽物だったけど…ちゃんとロージだったから

やっぱり僕の前から消えちゃうのは悲しいよ



「うん…ごめん?…ごめんよ」


悪魔さんは訳も分からず困惑した顔で謝った




いつか僕の悲しみを理解出来る日が悪魔さんにも訪れるのかな…?




涙の止まらない夜


僕は悪魔さんの成長をただ切に願った





.




《後書き》




結局ダイエットは自分の力だけで実行して成功した


何が一番効果的だったかと言うとやっぱりロージ断ちかな


ロージは普段素っ気無く見えるけど甘やかす時はとことん甘やかしてくるし、同時に糖分も断てたから二週間という短期間であっという間に身体は元通り


もう柔らかいなんて言わせないよ!



とはいえ見た目的には本当に大差無い

元々誰かに触られる前提のダイエットという変な動機だったけどコゼットにも変化に気付いてもらえなかったのはショックだったな…



そしてダイエットと同時進行

悪魔さんとの一件もあったから二週間ロージに会わない生活をする中で僕は今一度何でロージが好きなのか自分を見つめ直してた


二週間ずっと好きだったけど、それは漠然としていて

曖昧で幻みたいな気持ちなんだけど…でも確かにそこに胡座をかいてどっしりと構えてる



もしかしたらそこに居るのがロージじゃなくてもいいんじゃないかとすら思ったけど…やっぱりロージが一番しっくり来るし、他の人は考えられない


こっちに関しては結局明確な答えは出なかったけど別に後退した訳でもないので保留




二週間振りにロージに会いに行く僕の足取りは自然と駆け足になっていた


いつもの角を曲がる時、二週間分貯めたドキドキが足をもつれさせたけど二週間分の鍛練が転倒を阻止する


まさに軽快な足裁き


その勢いのまま

はしたなくも僕は玄関のドアをノックもせずに開け放った



「久しぶりだな…ん、何か雰囲気変わったか?」


「わかる!?」


二週間分の思いと気付いてくれた嬉しさが僕を大胆にする


「流石ロージ!大好き!!」


「お、ちょっ!?」





僕はロージの胸に飛び込みながら

この気持ちを再確認した




.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る