絶望的に希望を語る勇者

聖女とパートナー契約をしてから約2ヶ月、本格的に活動し始めた俺達は週に1度のペースで魔界への旅路を進めていた


魔界と言っても別の世界って訳ではなくて、北に向かってある地点を境に悪魔の国みたいになってるのでその総称として魔界と呼ばれている



俺達はとにかく北に進んで魔界を目指しつつ、その日の終わりには記憶回路インセットワープで帰宅


という流れを繰り返してる


簡単に言うとゲームみたいに電源を入れたらセーブポイントから旅が出来る仕組みになってるから俺は案外気楽に旅をしていた




「今日疲れましたわね…」


「お前が我儘言って「今日はあと二つ山を越えますわ!」なんて言うから遅くなっちまったじゃねーか」


何時もなら夕飯に間に合う時間には帰るのだが我儘聖女のせいで今日は夜の9時を回っちまった


作りおきが有るとはいえ皆に温かい飯を食わせてやれないのは忍びない



「世界の平和のためですわ!仕方ありません!」


「わかったから先に風呂入って汗でも流しとけ、その間に飯用意しとくから」


「いつも助かりますわ、ではお言葉に甘えて」


デイジーは捨て台詞に「夕食はロールキャベツがいいですわ」としっかりリクエストまで残して風呂場に向かっていった


まったく…勇者使いの荒い聖女様だ



「今日は遅かったねー♪」


ロールキャベツの仕込みをしていると宙に寝そべるダキンシューが後ろから首に腕を回してきた


「引っ付くな、飯が作りづらい」


こいつも随分とウチに慣れてきたが昼間は何をしてるか解らない

特に危険も無さそうなので放置してるがたまに猫みたいにこうして引っ付いてくる


若干鬱陶しいがニコニコしながら「おかえり」と言ってくるのでそのままの状態で「ただいま」と返した


ダキンシューには誰かが帰ってきたら「おかえり」と

自分が帰ってきたら「ただいま」と言うように教えている



「今日この街に勇者が三人入ってきたよ?」


「へー、変なちょっかいかけてねーよな?」


「かけてないけど…場所的には今もこっちに向かって来てるね」


衝撃の新事実

なんてノリでもなくて、俺は冷静に鍋の火加減を調節した



「あとどのくらいで来そうだ?」


「5分ってところかな」


「お前隠れてれば?」


特定の人探しの魔法やスキルは有れど勇者同士が引かれあうスキルなんて無い、十中八九ダキンシュー目当てなので身を潜めるよう提案したが「ヤだ♪」と2文字で拒否された


仕方がないのでそのまま勇者御一行を待っていたら5分後にノックも無しで玄関の扉が開いた



「居やがったな悪魔!!ぶっ殺してやるぜ!!」


ずいぶんと物騒な台詞で現れたのは全身黒一色の装備で身を包んだ目付きの悪い若い男の勇者だった


なんかヤバそうなのが来たなー

第一印象はそんな感想

そして第二印象は面倒臭そう



俺は大きな溜め息を吐きながらコンロの火を止めた



一角獣の角のような渦巻き状の黒いランスを構える勇者は出会って5秒でダキンシューに襲いかかる



「まぁ落ち着けよ」


俺が片手でランスの先端を掴んで止めると勇者は少し驚いた顔をするが直ぐに刃物みたいな笑みを浮かべた



「悪魔の手下ならテメーも殺す!希望のいしずえになりやがれ!!」


勇者はランスを持たない右手で上級火属性魔法を放とうとするが俺は迷うことなく直接手を握って阻止する


少し熱いがこのくらいなら平気だ



「なかなかやるじゃねーか!だがお前は今のでコロッと死んどかなかったのを後悔すんぜ!」


この勇者、普通に強い

片手でデカい得物を持って片手で上級魔法を放てる奴はそうそう居ない


力量だけならまだしも恐らく経験も豊富

あっさりと攻撃を止められたのに動揺するどころか余裕綽々で笑ってやがるし少なくともデイジー…いや、ダキンシューを1人で倒せるくらいの実力を持ってるかもしれない



骨の何本かは覚悟しておこう…



「あー、加賀くんだ」


「おー!朗志じゃねーか!」


俺が確実に痛い方向性で腹を括ると聞き覚えのある声が聞こえた


声の主はクラスメイトの牧田まきたのぞみ瓜生うりゅうみのるだった


この二人を一言で表すなら

牧田はゆるふわ

稔は適当だ


ちなみに二人は付き合っていてクラスのベストカップルと認識されてる



「何だお前ら、知り合いか?」


「デルくん、加賀くんも勇者だから安心していいよ?」


「そうそう、ただの働き者の勤労勇者だ」


二人が宥めると勇者は素直に構えを解いた


しかしそのテンションが収まった訳じゃない



「だったら話は早ぇ!お前も勇者なら四人でその悪魔ぶっ殺すぞ!!」


そりゃ新幹線より早い話だが早過ぎて乗り遅れちまった

というかそもそも乗車拒否だ



「こいつは俺の家族なんだ、見逃してやってくんねーか?」


「あん!?見逃す訳ねーだろ!!勇者ってのは悪魔を殺して人類に希望を与えるのが仕事なんだよ!!それが出来ねえってんならやっぱりお前も敵だ!殺す!」


話がUターンしてきたところで稔と牧田が勇者の腕を掴んで止めてくれた


「落ち着けデルちゃん!何か訳があるんだってきっと!」


「そうだよー、話も聞かないで乱暴はよくないよー」


「離せお前ら!悪魔から聞く話なんかあるかー!!」



狂暴で横暴だ

どっちが悪魔かわかりゃしない


このままだと面倒になる一方だから多少経費は嵩むが一瞬で終わらせることにした



「二人ともそいつの腕放すなよ…?」


俺は頷く二人を確認するとアイテムボックスから銀の杭を取り出した



「お前…まさかそれは!?」


「凄いな…伝説級のアイテムに見覚えがあんのか?」


この杭はその昔魔王をも縛り付けたと言われている『神縛杭レッセルパーロ』というアイテム


錬金するのに8時間かかる上に使い捨てだが出し惜しみしてる余裕は無い



俺は容赦なく勇者の鎖骨の辺りに杭を突き刺した



「ぐ…クソっ…!力が入らねえ…!」


この杭に攻撃力は無い

痛くも痒くもないがしばらく体に力が入らないし魔力も使えなくなる


ランスを手放した勇者は腕をだらりとぶら下げた



「あんま手荒なことはしたくない、そのまま大人しくしといてくれ」


勇者は悔しそうに下唇を噛み、淡く血が滴る

目に見えて怒りをあらわにするその眼光は視線だけで殺傷能力がありそうだった


「ふざけんなよ…!」


「…マジか」


額の血管が浮き出る程に力む勇者は二人を振り払い、ぎこちなくもランスを握り直す


「無茶苦茶な野郎だな…」



「絶望を殺すのが勇者ってもんだ…!ここで負ける訳にはいかねーんだよ!!」


ワードセンスは致命的に極悪だが思ったよりも勇者だった

性格が良ければ俺も憧れちまいそうだ


「俺はこんなチンケなもんじゃ止まらねえ!!覚悟しやがれ!!」



上手く体が動かないはずなのに飛び掛かる動作がさっきよりも素早く威圧的


更にランスの先が白く光りスキルまで使おうとしてんだから俺はもう1度神縛杭を鑑定し直したい衝動に駆られる



それは後々確かめるとして…今は目の前の凶暴な勇者をどうにかしないとな



希願貫通突激チャージオブホープ


それがどういう技なのかはわからない

だけど俺の勘が…細胞の一つ一つが危険信号を出す

心身共に認める大技に俺は自分が使える防御スキルと魔法を4つずつ重ねて迎え撃った




「はー、良いお湯でしたわー」


勇者のランスと俺の魔法陣が衝突するコンマ2秒前

呑気な聖女様が場違いなトーンで風呂から上がってきた


「っ!?」


危うくデイジーを巻き込むかと思ったが勇者の方がランスを引っ込める


その顔はピカソの絵画みたいな複雑な表情だった



「あら、お客さんですの?」


この聖女には空気を読む努力を少しでもしてほしい


「デイジー…そういうところだよ♪」


「どういう意味ですの!?」



完全に流れが緩く柔らかくなったところで勇者は仰向けに倒れた


「まさか聖女が居るとは、誤算だった…気が抜けてもう動けん」


牙を抜かれた狂犬は倒れながらも空に丸を描いて十字を切る


それは聖女を敬うサインだった



われの希望、それすなわち聖女の希望…時を超え、世代を超えても変わらぬ愛と忠誠を君に…」


狂犬とは思えない仰々しい台詞を吐いた勇者は動けないので諦めて瞼を閉じた



「ああ…そうだ…忠誠は要らないって…言われて……たん…だ…zzz」


目を閉じてから眠るまでのスピードが早すぎる

スイッチのオンオフが電子機器並みだ



「今の言葉…どこかで……………っ!?」


デイジーが何か思い出し自室に向かっていく

そして直ぐに戻ってくると古く分厚い本を手にしていた


「何ぞそれ?」


「これは二代目聖女様から始まり代々聖女達に受け継がれてきた追想の書ですわ!」


要するに聖女の日記って事ですかね…

…いちいち言い方が回りくどいわ



「これによると七代目聖女様、ホーリー・シエスタ様のパートナーが今の言葉を残したとされてますわ」


「じゃあこいつは聖女の元相方ってことか?」


「特徴も一致しますので恐らくその可能性が高いですわね」


聖女の相方がこんな粗暴な勇者で務まったのかは疑問だが実力は折り紙付き

言葉じゃ伝わらない説得力を俺は実際に見せられた



「でも七代目って…随分昔の話だろ」


デイジーが十三代目だから軽く見積もっても100~150年前の話じゃないか?


それにしちゃ見た目が若すぎるんだよな…



「あら、知らなかったんですの?勇者は歳を取りませんのよ?」


「えー…じゃあ俺永遠に17歳じゃん」


そんなアイドルみたいなキャッチフレーズ要らないんだが…

そしてそんな重要なことポロっと言われても反応に困る


「永遠に戦えますわね」


この聖女鬼畜過ぎる…


「冗談ですわよ」


彼女の清々しい笑顔に鳥肌が立つが火傷はしたくないのでこれ以上触れないでおく



「デルくんそんな凄い人だったんだー」


「まぁ只者じゃないのは年中無休で感じてたけどな」


この二人がどういう経緯でこいつと行動してるのか気になるところだが、とりあえず俺は鍋のロールキャベツを温め直す事にした


「朗志は相変わらずマイペースというか…揺るぎないよな」


「お前に言われたくねーよ、飯まだだったら二人の分も用意するぞ?」


夜の9時なので流石に二人とも飯を済ませてたが牧田の方がメニューを聞いて生き生きと手を挙げた



「ロールキャベツ~!その響きも久しぶりー」


「よく異世界こっちでそんなもん作れんな、そういうスキルでも持ってんのか?」


「まぁ…そんなとこだ」


稔は普段適当だがたまに鋭く斬り込んでくる

上手く茶を濁すがボロが出ないように気をつけよう…


「んなことより牧田はそんなに食ったら太るんじゃないのか?」


「大丈夫だ、望は放っといたら永遠に食い続けられる」


「私の胃袋はブラックホールだよー」


容量じゃなくカロリーの問題なんだが…俺はとりあえず稔の肩を叩いて「頑張れ」と励ましておいた




「ところで何故デルドレ様はこんなところで寝ていらしてますの?」


デイジーがロールキャベツを頬張りながら聞いてくる

そういえばまだ説明してなかった


「僕を殺しに来たんだよ♪」


「それはそれは、大変でしたわね」


何とも他人事な返事である


「というかお前はいつまで俺に引っ付いてんだよ…?」


「君の背後が一番安全地帯だからね♪あとついでに僕の匂いをつけてる」


「いや猫かよ」


飼い猫はよく頭を擦り付けてくるが…

悪魔にも似たような本能でもあるんだろうか…?


2ヶ月も一緒に居て未だに生態がよくわからん



「ともあれデルドレ様が本気だったら本当に殺されていましたわ」


「結構本気モードだったと思うけどな」


「まさか、元とはいえ聖女のパートナーを務めた勇者がこんな街中で本気など出しませんわ」


本当にそういう良識が有るのか疑わしい面構えだが兎に角ここは納得しておいた



「何せ七代目様達は今まで三組しか成しえなかった魔王討伐を果たし、尚且つ初代様達と並ぶ魔王最多討伐数を誇ります」


「へー、そりゃスゲー…何体倒したんだ?」


「二体の魔王を倒したとされてますが七代目様達は聖女の中でも最も活動的だったとされていて、悪魔討伐数自体は記録されているものだけでも群を抜いていましたわ」


確かな実績に嘘でも冗談でもない事は伝わった


魔王を倒すような奴があの程度の実力な訳がない



「まぁ、もしこいつが本気できてたとしてもダキンシューは殺せなかったと思うぞ」


「ロージが死ぬ気で守ってくれるから?」


そうなんだけど…先に言われると恥ずかしいもんがあるな、これ



「聖女の前で悪魔とイチャイチャしないでくださる?」


顔を熱くしていたら更に聖女様から追い討ちが来る


この2ヶ月で解ったことと言えば機嫌が悪い時のデイジーの笑顔は少しだけ口角が高い


そして今まさに彼女は不機嫌だった



「そう怒るなよ…聖女様だってちゃんと守ってんだろ?」


魔界に近付くにつれてモンスターも強くなる傾向にあるが、今日は油断してたデイジーがホーンベアーに襲われかけた


緊急だったので少々デイジーと密着してしまったが傷1つ無いはずだ



「あれは…その…ありがとうございました…////」


代わりに庇った俺が腕に傷を負ったがそんなもんは自然治癒でも直ぐに治った


「美しい聖女様が怪我しなかっただけで体を張った甲斐があるってもんだ、気にすんな」


「う、美しいって…軽口にもほどがありますわよ…////」


こういう風におだてておけば直ぐに機嫌は直る

見た目に反して案外チョロい


まぁ半分以上は本心で言ってるけどな



「悪魔の前で聖女とイチャイチャしないでくれるー?」


ダキンシューの首に回す腕の力が若干強くなった

ただ、こいつはこいつで面白がってるだけで機嫌もクソもない

…夜も更けてきたからこれ以上ややこしくしないでくれ




「テメー…勇者の分際で悪魔と仲良くしてんじゃねえよ」


狂犬に背後を取られた


「お早いお目覚めだな」


杭の先が頬をかすめる


効力が無くなった杭はただの杭だから刺さると普通に痛い



「流石に魔王を二人も倒すだけはあるな…予想では朝までぐっすりだと思ってたわ」


俺は首元に突き付けられた杭を見ながら頬の血を拭う


「希望は物差しじゃ計れない…浅はかだったな」


「俺が浅はかだろうが、このまま首を貫かれようがどうでもいいんだけどよ…」




いつもヘラヘラ笑ってる悪魔の腕が少しだけ震えている


何を怖がる…?

自分が死ぬことか?

俺がくたばっちまうことか?



どちらにせよ俺はこの震えを止めたい


それだけで充分に命を張る理由になるんじゃないだろうか




「ウチの悪魔を恐がらせんな」



右手で杭を握り潰した俺は

左手で悪魔の震える手を包んだ




.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る