おい…目が合っただけで防犯ブザー握るな
聖女と悪魔が仲間に加わって1ヶ月が経ったある日、俺は珍しくロイと二人きりで店番中
ロイ自体店番することは殆どないんだが3日前に酒屋で暴れたので罰として1週間の謹慎&禁酒がてらに店番を頼んでいる
かと言ってロイに業務的な接客が出来る訳もなく、客が来ても愛想を振り撒く事はない
結局のところ店の掃除や品出しに落ち着く
そして今は一段落して三時のおやつに向けての仕込みを手伝ってもらっている
「まさか俺がこれに袖を通す日が来るとはな…」
ロイは苦い顔をしながら既に装着済みの黒いエプロンをパタパタとひらめかせる
ちなみにエプロンはスタンダードな後ろで縛るタイプだから袖は無い
「いいじゃねーか、似合ってんぞ」
「こんなもん似合いたかねーよ」
刃物みたいな顔付きのロイにはお世辞にもエプロンは似合わない
ただしそのアンバランスさとギャップが面白い
文句を言いながらも片手で卵を割ってボウルに入れる様は意外と手際が良かった
「そういえば今日は悪魔娘は居ないのか?朝から見てねーけど」
「アイツは猫みたいなもんだから気紛れにフラついて適当に帰ってくるだろ」
魔法で角を隠せるらしいが一応死んだことになってるダキンシューにはあまりフラフラ外に出てほしくない…でもそこまで束縛するのも俺としては不本意だ
心配だが好きにやらせる放任主義である
「ところで1つ聞きたいことがあんだけど」
冷蔵庫から牛乳とバニラエッセンスを取り出しながらロイに尋ねる
「ん?なんだ?」
「折角来てた指名の依頼、最近断ってるみてーじゃねえか」
前に少し話に出た名家の娘さん
唯一ロイを指名していたジョアン・ジョルダン嬢の依頼をロイはここ1ヶ月ほど断り続けていた
ウチとしては嫌な仕事を無理矢理押し付けたくないので拒否するのは問題ないが、理由くらいは知っておきたい
それに指名の依頼は別途で日当に上乗せするからロイとしても旨い仕事なはずなんだが…それを覆す問題が起きたのなら俺も動かずにはいられない
まぁ、ロイの気紛れならそれはそれでいいけど
「怒ってんのか?」
「いや、単純に気になっただけだ」
ボウルに牛乳と砂糖を入れて混ぜる手に迷いは無い。
深刻な問題ではなさそうだ
「あの小娘が俺の事を『お兄ちゃん』呼ばわりするようになったからな…それがなんか、嫌だったんだ」
「しょーもな」
拍子抜けする回答に俺は気の抜けた返事をする
ロイも「たしかにそうだな」と犬歯を見せて笑っていた
「なぁ旦那ぁ…少しだけ聞いてくれないか」
一変して柄にもなくしんみりとした顔で言うので俺は黙って頷いておく
「俺ぁ11の時まで3つ下の妹が居たんだ…」
ロイはプリンが完成するまで淡々と妹の話をした
もともと体が弱かったこと
ろくに飯も食わせてやれなかったこと
ある年の冬を越えられず、朝にはそのまま冷たくなっていたこと
淡々と話して
淡々と聞く
相槌も無く
終るまで
そしてプリンを冷蔵庫に入れるところでロイの話は終わった
「俺も所詮は人の子だ…どうしても情がな」
移っちまう前に、と小声で付け加える
「移る前って、俺にはもう移ってるように見えるけどな」
俺は皮肉気味に笑い、とりあえずロイの肩甲骨の辺りを擦っておいた
「そんな話をするってことはお前の中でだいぶ俺の好感度上がってきた感じ?」
「うるせーな、そんなもん気にしてないだろ…気持ち悪ぃ」
不意な思いつきで聞いた話で本格的にロイの気分も落ち込んできたので3時のには早いが紅茶を淹れる、とびきりまろやかなロイヤルミルクティーを
酒がいいと軽く愚痴を溢すがそれは問答無用で無視だ
紅茶が半分ほど無くなったころ、扉からノックの音が二回鳴った
「ごめんくださーい」
か細く小さな女の子の声
虫も殺せないようなその声にロイの体がピクリと跳ねた
『悪ぃ旦那、俺は居ないと言ってくれ』
ロイは小声で言うと二階に避難してしまう
仕方がないので返事をしながら扉を開けると車椅子っぽい物に乗ったゴスロリの少女が居た
車椅子っぽいと表現したが車輪が無くホバークラフトのように地面から若干浮いている
「すみません…店主さんですか?店主さんですよね?」
「いかにも俺が店主だが…どっかで会ったか?」
俺の知り合いにクリーム色の髪が綺麗なツインテールの少女は居ない
完全に初対面だがおおよそ店主だと言い当てられた
「店主さん…ロージさんのことはよくロイお兄…ロイさんから聞いてましたから」
「お嬢ちゃん、名前は?」
「失礼しました、私はジョアン・ジョルダンと申します」
ロイの名前が出た辺りで察しはついていたがまさかご令嬢が直接来るとは思わなかった
ジョアンはモジモジと指を絡ませながら気まずそうな顔をする
「あ、あの…突然で申し訳ないんですがロイさんは居ますか?」
大方の予想通りロイ目当てである
「居るけどお嬢ちゃんには会いたくないってよ」
秒でロイを売ったが本人の意思は尊重する
どっちも得をしない方法を採用したが俺はこんな子供に嘘をつきたくない
ジョアンは案の定ショックを受けてる様子だったが直ぐに立ち直り強い意思を感じる視線を俺に向けた
「そこを何とかお願いします、最後に直接お礼が言いたいだけんです」
ロイがどんな仕事をしてるか細かく把握してはないがお嬢ちゃんからしたら礼を言いたくなるほどロイは良い仕事をしたのだろう
後で勲章でも授与したい気分だ
「悪いなお嬢ちゃん…そんな嬉しいことされたらロイはお嬢ちゃんの虜になっちまうから嫌なんだとよ」
階段の奥から『語弊がある!!』と叫び声が聞こえたが俺は特に気にしない
しかしお嬢ちゃんの方は声の先を食い入るように見詰めていた
「お願いします…!私には時間が無くて…」
「無いのか、時間?」
「今日は月に一度の病院に行く日なんですが…私はそこから抜け出してきてます」
よくも車椅子で気付かれずに抜け出せたもんだと誉めてやりたいがそれとこれとは話が別だ
時間が有ろうが無かろうがロイが会いたくないと言っている限り俺はお嬢ちゃんを通す訳にはいかない
俺はウチの従業員を困らせる奴は病弱だろうが子供だろうが容赦はない
「そう言われてもな…」
「では…せめてこの手紙を」
車椅子に備え付けてあるポーチから封筒を取り出すジョアン
「まぁ、そのくらいなら」
「ありがとうございます」
少女を待たせ、手渡された手紙を俺はそのままロイに渡しにいく
「おい旦那ぁ、余計なこと言うなよー」
「うるせーな、面倒な仲介役させられてんだからそんくらい許せよ」
舌打ちするロイの脇腹に水平チョップを食らわして俺は手紙を投げ付けた
「あんな状態の子がわざわざ来てくれてんだから会ってやればいいんじゃないか?」
一応俺の意見も投げてみるがロイは
「俺ぁやっぱりチビのお守りは向いてねえ…ジョアンに限らず、今後一切ああいう仕事はしないぜ」
「現実から目を背けんのは勝手だけどお前が思ってるより現実はしつこいと思うぞ?それこそお前の目に入るように自分から回り込んでくるかもな」
「………けっ」
ロイが手紙をポケットにしまうのを確認すると俺はジョアンの元に戻っていく
手紙を渡した事を伝えると彼女は満足そうに礼を言って潔く帰ろうとしたので病院まで送ってやることにした
病院までの道中、俺はロイの仕事ぶりをジョアンに聞いてみる
「ロイはちゃんと仕事してたか?」
「ええ、とても楽しませてもらいました」
生まれつき体の弱い彼女はその生涯の殆どをベッドの上で過ごしていて、それはそれは退屈な毎日を送っていたそうな
もともと世話役の使用人は何人か居たらしいが業務的
人柄は良いがそれだけだった
決して不満な訳ではないが
不満が無いだけだった
同じ部屋の同じ窓から同じ景色を見続ける
死ぬまでそんな人生が確定している彼女には何も生き甲斐は無かった
いつものように窓から景色の移ろいを眺めていると家具組み立ての作業に来ていたロイが部屋を間違えて入ってきたらしい
「ロイさんは面白い話をいっぱい聞かせてくださって、外にも連れ出してくれました」
体力の無い彼女には本来長時間の外出は出来ないが意外な事にロイは補助系のスキルを多く持っている
その中には治癒でも医療でもなく体力だけを仲間に分け与えるものがあった
粗暴なロイが何のためにそんなスキルを習得したのか、教えてはくれなかったが明らかに何かのために備えてるように見えた
病院に着くまで、彼女は本当に楽しそうにロイの話をした
ロイと行った場所
ロイが話してくれたこと
笑いかたや仕草まで事細かく
夢見心地だったと語った彼女はまさに夢から覚めた時みたいにキョトンと視線を落とした
「贅沢にも…ずっと続けばいいと思ってしまいました」
地雷を踏むのは一瞬
親しさから不意についた『ロイお兄ちゃん』という言葉にロイは血相を変えたらしい
「結局私はロイさんの事を何も知らず…知らないまま終わってしまったんです」
肩を震わせ、ホロホロと泣き始めるジョアン
箱入り娘の少女には幸せな時間の唐突な幕引きは堪えられなかったみたいだ
「まぁ人生色々あるからな、嬢ちゃんは悪くない」
このまま病院まで泣かれてたら俺が泣かしたみたいになるので俺は全力でジョアンをあやす……今回はそういう建前にしておこうか
俺はジョアンの膝の上に10粒ほど飴玉が入った丸い小瓶を置いた
「これをやるからもう泣くのはおよし」
「これは…?」
「会いたい人に会えるようになる怪しい飴ちゃんだ」
もちろん、そんなメルヘンな効果は無い
これは体力上昇効果がある物を片っ端から調合して作った1粒定価80万Gの飴ちゃんだ
ちなみに苺味
怪我や病気じゃなく、体質の問題はこれくらいしか仕様がない
「ほ、本当に会えるんですか…!?」
「嬢ちゃんがこれから言う約束を守れたら、な」
「絶対に守ります…!」
瞳の潤いは何処へやら
子供を泣き止ますなんて俺にかかれば序の口ってもんだ(全部お金の力です)
「その飴ちゃんは1度口にしたら最低でも1ヶ月は間を空けること」
用法用量を守るのは世の常
欲をかけばロクなことはない
「わかりました!今日…今食べても平気ですか?」
せっかちなお嬢ちゃんだ
気持ちは解らないでもないが一応帰ってから食べる事を
「お得意さんにサービスって事で、他の人には内緒だぞ?」
「はい!秘密にします!」
秘密に出来るようなテンションでもなさそうだが病院につく頃には期待に胸を膨らませる彼女の姿があったのでよしとしよう
ジョアンを病院に居た執事に引き取ってもらうと俺は寄り道もせずに帰路につく
店に帰ると手紙を読んだであろうロイが椅子の上で
「デケェ図体して小さくまとまってんじゃねーよ」
「…るせぇ」
完全に意気消沈極まっている
そんな時はそっとしといてやるのが一番だ
しかしロイの辛気臭い顔は次の日も戻る事はなく
いつまでもウジウジと背中を丸めていたので終いにはその背中に一発飛び蹴りを食らわせた
「痛ってーな!?何しやがんだ!!」
「大の男がいつまでも失恋した乙女みたいに落ち込みやがって!気持ち悪いんだよ!」
ぐうの音も出ないロイに悔しそうに睨まれた俺は銀貨が詰まった袋を投げ付ける
「今日はもういいからその金で気分転換でもしてこい、禁酒も解除してやる」
俺は酒を飲まないが「呑まなきゃやってられねー」って
大人は当たり障りのない逃げ場を作っておいたほうがいい
「なんだよ…今の俺は役に立たねーってか?」
「そうだな、もともとお前に店番は向いてない」
ロイは短く溜め息を吐くと上着だけ羽織って「悪ぃな…」と呟いた
「可愛いストーカーには気を付けろよ?」
項垂れながら玄関に歩いていくロイにすれ違い際の忠告
「……あいつなら昨日来ただろ、少なくともあと1ヶ月は来ねえよ」
投げやりな返事をするロイは振り返りもしない
その情けない背中を見送ろうとした時、ノックの音が飛び込んできた
「ごめんくださーい」
ジョアンの声に固まるロイ
しばらくそのままドアの前で立ち尽くしているとジョアンが2回目の「ごめんください」を言う
「ジョアン…ここにはもう来るな」
「ロイお兄…ロイさん?そこに居るの!?」
「俺はもうお前に会う気は無い…早く帰れ」
「嫌だよ…!何度だって謝るし、絶対に良い子にするから…そんなこと言わないでよ…!」
ドア越なのに徐々に熱量を上げる会話
少女の必死さに反比例するようにロイは声のトーンを落とす
「勘違いするな…お前は何も悪くないし、十分良い子だった」
「……だったら!」
「それでも俺はお前に会いたくない…顔を見たくない……これ以上改善のしようもないんだからとっとと諦めろ」
ロイの握り締めた拳が僅かに震えていた
何をそこまで我慢する必要があるのか…
たった1枚の扉を開くだけで解放される苦しみならさっさと開けちまえばいいのに
『
とるに足りない不意をつくためだけのスキル
強者には利くはずもないスキルだが油断しきった少女には効果は絶大だった
「キャッ…!?」
「どうしたジョアン!?」
少女の短い悲鳴にロイは慌てて反応する
頑なに開かなかったドアは少女が転んだだけで簡単に開けられた
「心配させんじゃねえよ…」
尻餅をつくジョアンを抱き上げるとロイは辺りを見回す
「お前…いつもの椅子はどうした?」
「あのねロイお兄ちゃん…私、歩けるようになったよ」
硝子細工でも扱うように慎重にジョアンを下ろすと彼女はしっかりと自分の足で自立し、あまつさえ元気に跳び跳ねてみせる
その様子をロイは愕然とした顔で見ていた
「本当に…余計なことしやがる…」
理解の早いロイが俺に言葉の針を刺してくるが痛くも痒くもない
「私決めたよ、ロイお兄ちゃんが許してくれるまで私毎日来るから!」
それじゃ本当にストーカーじゃねーか…
そんな無粋なツッコミは心の奥に閉まっておく
子供特有の無茶苦茶な言い分が炸裂したところでロイはジョアンを抱き締めた
「んなことしなくていい…馬鹿野郎」
大の大人が人目も
その表情は何処か嬉しそうだった
「お前ぇ…よかったな…歩けるようになって!」
「うん…!」
ジョアンもロイを抱き締め返すともらい泣きと言わんばかりに泣き始めた
感情に任せ、枯れるまで泣いた二人は何処かに出掛けていった
満面の笑みで手を繋ぐ二人の姿を見送った訳だが…
その後ろ姿は仲の良い兄妹には程遠い
幼気な少女が柄の悪い男に手を引かれる
…言っちゃ悪いが完全に誘拐犯の構図だった
まぁ、二人が幸せそうだったから見た目はどうでもいい
俺はロイが通報されないことを心から祈った
.
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