行き遅れ聖女の正しい慰めかた
鯛のカルパッチョを作り、玄関のドアを修理し終わった頃、二階に寝かせておいた聖女が目覚めたらしくバタバタと慌ただしい音と共に階段を降りてきた
「やっと起きた、意外と寝坊助だね♪」
宿敵に皮肉紛いの挨拶を交わされた聖女は状況が出来ていない様子
生死をかけた勝負から一転
昼前に手間のかかる手作りピザ制作風景が広がっているのだから無理もないが…それにしても棒立ちである
仕事も無く、街中の店が閉まっているのだから俺達は当然暇だった
自分で殴っておいて言うのもなんだが聖女を放っておく訳にもいかず、待ち時間で5人仲良く昼飯のピザ作りに辿り着いた流れである
「これは…どういうことですの…?…夢?」
「夢じゃねーよ、まだ頭が痛いだろ?」
「確かに…頭に鈍痛が」
「悪かったな、悪魔より不躾な聖女様が来たもんだから少しキレちまった…治してやるからこっち来い」
「悪魔…?……悪魔!!」
聖女は悪魔という単語に反応して自分の得物を探す
どうやらまだ彼女は臨戦態勢なようだ
彼女のランスは特に隠してる訳でもなく傘立てに雑に放り込んであり、なかなかシュールな現代アートみたいになっていた
「わ、
ダッセー名前だな…
彼女がフラつく足取りでランスの元に駆け寄ろうとするので俺は肩を支えて勝手に治癒魔法をかける
またぞろ花に睨まれるがこれくらいは許してほしい…
「楽になりましたわ、ありがとうございます」
「まぁ殴ったのも俺だしな、このくらいアフターケアは当然だ」
「そうでしたわ!貴方、どういうつもりで私を!?」
回復した途端、目の色を変えて俺から距離を取る聖女様
今更警戒したところで遅過ぎるだろうに…
「どうもこうもアンタが店を破壊するからキレただけの話だろ、至極真っ当な成り行きだ」
「その事については謝りますが今は緊急事態、仕方ありませんわ!」
仕方ないで済めば警察は要らないって話ですよ
まぁ異世界に警察は無いけどな
代わりに王国騎士団がたまに見回りしたり、地方では自警団が町の平和を守ってる
「緊急事態と言われても…ここに居る悪魔は生地こねくり回して上に何をトッピングするか夢中になってるだけだよ」
ダキンシューは俺の飯をいたく気に入り、ピザ作りを提案したらいの一番に賛成した
「……それはそれで緊急事態ですわ」
聖女が真面目なツッコミを入れるので俺は「違えねぇ」と笑い飛ばして台所に戻っていく
呆気に取られた聖女は少しのフリーズのあとにランスを手にしてダキンシューに突き立てた
「まさか貴女…ここの人達を洗脳しましたの?」
「そんなことしないよ、どちらかと言えば僕がされちゃった側かな?」
聖女は頭の上に沢山の疑問符を並べる
「僕が洗脳していたとして、わざわざ弱った君を治したりしないでしょ?」
そのまま頭を抱えてしまう聖女
決して難しいことではない
しかしこの現状は彼女にとって行き着いてはならない答えだったようだ
「だとしたら…何故貴方達は悪魔に加担しているのですか?」
矛先がダキンシューから俺に変わる
それでいい…別の誰かに向けていたらもう一度気絶してもらうところだった
そんなループは俺も繰り返したくはない
「悪魔に加担してたらどうするんだ?」
「聖女として…危険思想を持つ人は排除しなければなりません」
物騒なことだ…
俺にとっては聖女様の方が危険思想に見える
しかし悪魔と戦えても同じ人間に手をかけるのは抵抗があるのか、ランスの先が微かに震えていた
「出来もしない事を言うなよ」
俺はランスの先端を掴んで自分の胸…心臓の位置に向ける
「あと一歩でも前に進めばアンタのお望み通りだ」
「正気じゃありませんわ…」
「大真面目だよ」
俺が応えると聖女は顔面蒼白になりながらランスから手を離し、その場に座り込んだ
「行儀の悪ぃ姉ちゃんだ、せめて椅子に座れよ」
小さな子供のように脇を持ち上げ聖女を椅子に座らせる
「もう少し待ってりゃピザが焼き上がる、せめて食ってから帰んな」
放心状態の聖女を食卓に置き去りにしてピザを作り上げた俺達は昼食の準備をチャチャっと済ませて彼女の前にもピザと食器を置いた
朝食の時に教えなかった「いただきます」の所作をダキンシューに教えていると聖女が
「あの…私は聖女なので…民から施しを受ける訳には…ましてや悪魔が作ったものなど…」
また聖女様が面倒な事を言い出した
「じゃあ無理矢理口に捩じ込んでやるから覚悟しろよ?」
俺が笑顔で言うと彼女は焦った顔でナイフとフォークを手に取る
「それでよろしい」
堅苦しそうな聖女様の教示なんて俺には関係無い
家で食卓を囲んだなら目の前の飯を美味しくいただく
それだけがルールだ
皆が自分で作ったピザを頬張りチーズを伸ばす中、聖女は行儀良く切り分けてフォークに刺したピザをひたすらに眺めていた
「………」
「た、食べますわ!食べますから少々落ち着いてください!」
俺が腕捲りをしただけでこの慌てよう
殴ったり脅したりやり過ぎたのかもしれないと俺は
純真かつ真っ当な人生を歩んだであろう聖女様には俺のやり方は毛色が違うはずだ
玄関を破壊したとはいえ少しは優しくしてやろう
「ところで聖女様よ、1つ取引をしないか?」
恐る恐る口へ運ぶフォークを止め、俺を睨み付ける聖女
「悪魔の取引なら応じませんわ」
「そんなけったいなもんじゃねーよ」
聖女の仕事は悪魔の浄化
由緒正しき血筋を持って生まれた謂わば選ばれし人間
そんな彼女が悪魔を見逃す訳もなく、実際ダキンシューと幾度も戦闘を繰り広げてきた
だけどそれだと俺が困る
「何でも1つ言うことを聞くからダキンシューを見逃してくれないか?」
「やはり悪魔の取引ですわ、応じられません」
そう簡単にいくはずもない
それは最初からわかっていた
「ダキンシューは俺が責任を持って対処する、それでもダメか?」
「信憑性に欠けますし、貴方の力量では無理です」
今日会ったばかりの奴の信頼を勝ち取るのは難しい
だが力量なら今この場で証明出来る
俺はステータスをオープンした上で『魔力可視化』の魔法を聖女にかけた
「これは…!?」
魔力は制御出来る
だから魔力が見えるようになったとしてもある程度の実力者、例えばダキンシューレベルの力量は計り知れない
俺も普段は魔力を抑えて周りに影響が出ないようにしてるし、変な奴に目をつけられないようにしてる
その制御を俺は今取っ払った
「想像以上だね♪」
思わずダキンシューが口を挟む
街全体とまではいかないが、半分以上の地を包む魔力で俺はある魔法を唱えた
『聖なる夜の一振り(ホーリーナイトランス)』
俺の魔力が届く範囲が夜のように暗くなり、空から巨大な菱形の発光体が堕ちてくる
「アンタならあれが何なのか分かるだろ?」
「聖属性の塊…ですわ」
そう、巨大な菱形は悪魔の浄化作用がある聖属性の魔法を固めた物だ
光属性と似てるが大きな違いは悪魔以外には大した効き目が無い
そして見た目ほど物理的ダメージも無いそれは誰も居ないであろうコロッセオに堕ちて弾けた
「これが…幻の
散った光が雪のように街に降り注ぐ
その幻想的な風景に聖女は目を丸くし、悪魔達は苦笑いしていた
「こんなもの食らったら一溜まりもないなー♪」
一点集中と広範囲拡散が備わった聖職系統の大技
専門職でもないのに無理矢理使ったから俺の魔力もすっからかんだ
「そのステータス、偽装スキルでも使っているのかと思いましたがどうやら違うみたいですわね」
「俺みたいな百姓が聖女様に嘘なんてつけませんよ」
「思いきりステータスに「勇者」と記されているのに堂々と嘘つかないでくださる?」
一応、職人や商人の欄を指差して正直者をアピールしておく
「しかし尚更解せませんわ…貴方ほどの勇者が何故悪魔に肩入れするのかしら?」
「客だから…いや、家族だから?」
「何故疑問系ですの…?」
聖女は右手で目元を押さえると疲労混じりのため息を吐く
「わかりましたわ…ダキンシューに関しては貴方に一任します……悔しいですが、歴史上まだ二人しか行使したことのない力を見せ付けられては私も何も言えません」
一件落着かと思えば左手のフォークを突き立てられた
「しかし勇者と言えど貴方が信頼に足り得ない事実はまだ払拭出来ません!これからも私は貴方達を監視し続けます!」
威勢の良さがだいぶ戻ってきたようで安心したがお行儀が悪いのでそこはしっかり注意しておいた
「じゃあもうここに住めばいいんじゃないかな♪」
ダキンシューが手を挙げて提案する
「部屋も空いてるみたいだし調度いいね」
何が調度いいのか…
不都合しかないだろうに
「な、何を言うのです!と、殿方と1つ屋根の下で暮らすなど
俺は店の2階で寝てるので屋根は1つじゃないがややこしいので訂正はしない
それにしても一緒に暮らすだけで破廉恥に繋げるとは…聖女様の想像力は豊かなことで
「何でも1つお願いを聞いてもらえるんだからついでにパートナーにもなってもらえばいいじゃないか♪」
「わ、私には必要ありません!私は聖女初の接近戦型両刀聖女!浄化も戦闘も1人で問題ありません!」
「そんな中途半端に何でも1人でやろうとするから何時まで経っても独り身のままなんだよ…」
「貴女に心配される筋合いはありませんわ!それに聖女とは純潔でこそ力を発揮出来るのです!歴代の聖女様達も殆ど結婚はしませんでしたわ!」
薄ら笑いの仮面を外した悪魔は聖女に哀れみの目を向けた
「それでもやっぱり聖女の傍らには勇者が有るべきだ」
ダキンシューは甲冑越しに聖女の胸に指を差す
「本当は君自身とっくに理解しているだろ?」
それは俺が二人を見た瞬間から気付いていたこと
悪魔はその事実を改めて突きつけた
「人間には1人じゃ限界が有るんだよ、正直言って君は弱い…歴代のどの聖女よりも、ね」
真実というナイフを刺された聖女は激昂に駆られ悪魔の胸倉を掴む
その目は怒りと悔しさの奥に涙を貯めていた
「わかってますわ!そのくらい!!」
目の前で怒鳴られようとダキンシューの瞳孔は微動だにしない
ただ真っ直ぐに哀れみだけを投げ掛け続ける
「それでも私は…誰も運命に巻き込みたくない…!」
聖女ってのは本来魔法使い職と同じで後衛型だ
だからどうしても戦士系の前衛が必要になる
その前衛役が同じ魔王討伐を目標とする勇者になるのは必然の流れ
異世界の歴史はまだ全然把握してないが、たぶんこれまでもこれからも似たような事が繰り返されるだろう
「…君のその優しさはもはや傲慢だよ」
聖女様はそんな輪廻みたいに繰り返される流れを断ち切ろうと藻掻き苦しんでるようだった
「例えこれが傲慢であろうと…それが例え勇者であろうと…私は誰にも傷付いて欲しくない…!」
勇者が悪魔と戦うのは世界中の人間がさも当たり前と思っている
壁役にしようがそれを咎める人は無いのに、唯一彼女自身が高らかに異論を唱えていた
「私がもっと強ければ…私1人でも魔王を滅せる力を持っていれば……運命の犠牲者は私1人で済みますのに…」
生まれ落ちた瞬間からの義務
それを拒むことは許されない
聖女ってのは勇者より融通の利かない人生らしい
ただでさえ重いその荷物をこの聖女様は1人で背負い込もうとするんだから…ある意味歴代で1番聖女してるのかもな
「もっと…もっと強くなりたいですわ…!」
俺は悪魔に凭れかかりながら泣き崩れる彼女の腕を掴んで強引に立たせるとハンカチで涙を拭った
「人ん家で勝手に泣くな、鬱陶しい」
「うわぁ…紳士かと思いきや最低…」
泣きっ面に蜂な態度を見て藤堂はドン引きするが俺は華麗にスルーを決め込む
「それに、せっかくの美人が台無しだろうに」
「チャラぁ…この男、彼女の目の前で堂々と浮気しよる」
藤堂…そういう解釈はよくないと思う
これは決して浮気とかではなくて聖女を泣き止ませるための方便というか何というか…
だから花はキッチンに武器を探しに行かないでくれ…
手頃なフライパンを握り締めないでくれ…
………
「まぁ、その…あれだ、聖女さんみたいな『希望』の象徴が泣いたらいかんと思うんだよな」
後頭部のたんこぶを
だけど俺はめげずに続ける
「アンタを信じてる人は迷いの無い、太陽みたいに凛々しい聖女様を望んでるんじゃないのか?」
「何も知らないのに…勝手なことを言わないでくださる…?」
確かに俺は何も知らないし、自分勝手な押し付けがましい物言いをしてるかもしれない
だけど俺でも彼女が身を粉にして頑張ってるってことくらいはわかる
「アンタにこれ以上頑張れって言うつもりは無い、ただ休んだっていいし、止まったっていいし、寄り道したっていいし…それこそ誰かに頼ったっていいと思うんだ」
何にでも言える事だと思うが根を詰め過ぎたところで良い結果は出ない
少し余裕があるくらいの方が仕事は
「アンタが今日会ったばかりの、何処の馬の骨とも分からん男を少しでも信じてくれるなら…その肩支えてもいいって許してくれるなら…俺はアンタの負担をちょっとでも軽く出来るように努力するぞ?」
聖女がしばらくキョトンとした顔で俺を見ていると、その背後で悪魔が悪そうな笑みを浮かべて手をモゾモゾと動かしていた
『
何やら怪しい魔法でも使ったようだが打ち消そうにも俺にはもう魔力が残っていない
好き放題する悪魔を見守るしかないのが悔やまれるとこだ
「わ、私…殿方にそんな風に言われたの初めてで……とても嬉しいのですが…どうしたらいいか」
胸を押さえながら頬を染め始めたのは悪魔の魔法のせいだろうか…
急にしおらしくなった
「嬉しいんだったらいいじゃないか、それが君の答えだよデイジー」
悪魔が悪魔らしく聖女の耳元で囁く
「素直になりなよ♪1人は心細いだろ?彼は頼もしいだろ?」
悪魔は両手を蛇のように絡ませて聖女の胸当てを外す
甲冑の厚さで気付かなかったがそれはそれは立派な山が二峰あらわれた
「こんなにイヤらしい身体を持て余してさ…夜はさぞ寂しいんだろうねー♪」
だいぶ論点がズレてきてるしお前はもう悪魔じゃなくてただのオッサンだ……揉むなバカ
「あ、そこは、ちょ…やめ…なさい…」
「さぁさぁどうだいお兄さん、23歳、売れ残りだけど熟れてて美味しいよ~♪」
「全然若いだろうに」
俺が死んだ時は24だったからぶっちゃけ1番ストライクゾーンだったりする
「貴族基準だともう売れ残りだよ♪」
「俺基準だとまだまだ若いお嬢さんだよ」
今日何度目か…花の視線が痛い
売り言葉に買い言葉じゃないですか…落ち着きましょうよ
「それにしても結構柔らかいよ?君もどう?」
どう?じゃねーよ…
…コンビニに行くような気軽さで俺を加害者にしようとすんな
そんな事したら家庭崩壊まっしぐらだ…
「あ…お止めになって…あ、んっ…」
お前もお前で
昼間からそんな甘い声を漏らしてたらウチの店がR指定食らっちまうだろうが
「いい加減にせいっ!」
「あうっ」
「くあっ」
営業停止処分を食らう前に俺は二人にデコピンを食らわした
「なんで私まで…」
「うるせーよ性欲おばけ、お前らがふざけるから話が進まねえだろうが」
「『聖女』じゃなくて『性女』だね♪」
「やかましいし分かりずらいわ」
チープなAVみたいなコンセプトはどうでもいい
光(聖女)と闇(悪魔)が交わるとこんなにも
だらだらとこのノリに流されるのは色んな意味で危険だ
恋人経由で俺の生傷が絶えなくなっちまう
ここは多少強引にでも手綱を引かせてもらうことにした
「おい性女!」
「待って、お願いですから文字だけは戻してください…それで定着するのは流石に嫌ですわ…」
聖女様の願いがあまりにも切実だったので訂正する
「おい聖女!」
発音は同じなのに一文字直しただけで聖女はデカい胸を撫で下ろした
…字面って大事だよな
「俺はとっとと仕事を再開したい!だから今すぐ決めろ!俺に悪魔退治を手伝ってもらうか、これからも独り寂しくボッチ聖女として活動するか、どっちだ?」
「二つ目の選択肢に若干の悪意を感じるのですが、私何か貴方に悪いことしました…?」
された、いっぱい
玄関も壊されたし、ランスを突きつけられたし、めちゃくちゃ睨まれた。
俺が聖女様に悪意を向けるには十分過ぎるほど理由が有る
仮に聖女様が本気で聞き返してきてるなら俺は彼女に「道徳」という言葉を丁寧に教えてさしあげたいね…
まぁ、今は置いといてやるけどな
「聖女様が細かい事気にするな」
「細かい…ですか?」
そこに疑問を持つな
「まどろっこしい奴だな…」
だだ漏れの本音に聖女は木枯らしに吹かれたような顔をする
こんな事で一喜一憂してたら切りが無い
そもそも聖女ってのはそんな精神力で務まるもんなのか…?
もっと辛く厳しい場面なんて多々あるだろうに
「少ししゃがんでもらってもよろしいですか…?」
聖女は決心した顔で言う
何をしようとしてるか分からないが俺は言う通りに片膝を付いて姿勢を低くした
「これでいいか?」
「ええ、結構です」
空に二重丸をなぞる聖女は3分ほどの長い詠唱の後に×を描き足す
そしてピンク色に光るその模様の中心部に文字が浮かび上がった
『悪を滅する刃になることを誓いなさい、その命を人間の平和のために捧げなさい、聖女に忠誠を…』
長いし堅苦しいので俺は途中で読むのを止めた
要は下僕みたいに聖女に支えろと長ったらしく書いてある
怪しいサイトの説明欄みたいな…
最終的に高額請求されそうな臭いがぷんぷんする
流石に金は請求されないと思うがそれにしたって理不尽な要求だった
「誓いませんし捧げません」
俺としては当たり前の選択
だがそれだと認可は下りないらしい
『では代わりに貴方の真価を聖女に証明しなさい』
偉そうで面倒臭い言い回しだ
俺が出来ることと聖女が求めるもの
需要と供給をルールに則って説明する…
それだと少し冷た過ぎやしないか?
「俺は刃にも盾にもならないし前にも後ろにも立たない、並んで歩いてアンタが転びそうになったら支えるだけだ」
それだけ
曖昧でいて単純
故に『それでは認められません』と何度も警告を受けた
「聖人様の術式を…」
「俺はアンタに言ってんだ、こんな薄っぺらいもんに左右されてたまるか」
「…無茶苦茶な人ですわ」
呆れながらもどこか儚気に微笑む聖女
「俺はアンタの意見が聞きたい、アンタの答えを…ん」
喋りかけ、俺の口は聖女の人差し指一本で止められる
「私は「アンタ」ではありませんわ」
彼女はデイジー・バレンタインと名乗る
聖女としてはホーリー・デイジーと呼ばれているらしい
急な自己紹介に戸惑いつつも俺も名乗り返す
「ロージさん、私はそれで満足です」
「そうか、じゃあ少しこれからの予定でも…」
無事に交渉は成立
具体的な活動内容でも把握しとこうかと立ち上がろうとしたらデイジーに両肩を押さえられた
「もう少しそのままで…まだ終わってませんわ」
胡散臭い術式も破り捨てたのに未だに
そもそもこの姿勢に術式は関係無かったのか?
「私と共に歩んでくださいますか?」
もう決まった事の再確認をする聖女様の心情はわからない
しかしその表情は聖女を通り越して聖母
そんな優しさを含んでいる
無神論者の俺は思わずマリアを存在を信じかけそうになりながらゆっくりと頷く
「ありがとう」
礼を言いながら俺の頬をそっと撫でる聖女は額に触れるだけのキスをした
「…貴方が術式を壊してしまうからこんな方法しかありませんでしたわ」
デイジーは顔を赤くして目元を手で隠す
何処ぞの悪魔にもこれが天然の反応なのだと教えてやりたい気持ちに駆られつつもステータスを確認すると称号の欄に『聖女の福音』が追加されていた
内容としては若干の身体能力上昇と闇属性耐性がついたくらいでさほど大きな変化は無い
「ともかく…これで私と貴方は正式なパートナーになりましたわ、今後の事は追って報告しに来ますので今日はこの辺でお
恥ずかしさのキャパオーバーを起こしたのか、デイジーは両手で顔を覆いながらランスも忘れて店から飛び出していった
「飯くらい食って行けばよかったのに…」
俺は結局手付かずのまま放り出された皿を見て言う
その数秒後、背中にぬるい視線を感じた
「………あ、これは…その…知らなかったし…不可抗力というか…」
日に二度も別の女が彼氏にキスをするシーンを目撃して怒りを通り越した花が瞳に涙を貯めていた
正直こういう反応が一番困る
俺はたどたどしく言い訳を垂らしながら土下座の準備をするのであった
.
《後書き》
余談というか後日談
街の何処からでも観賞可能だったホーリーナイトが悪魔に止めを刺した聖女の攻撃だと良い意味で勘違いされ、デイジーには口裏を合わせてもらった
幹部クラスの悪魔の討伐(嘘だけど)と聖女がパートナーを選んだ事により連日世界中が大盛り上がり
パレードや式典が行われ、俺も仮面を付けて出席する羽目になった
新聞の見出しにもデカデカと載るほどの大ニュースになったのだが俺としてはどうでもいい
そんなことより花がこの一週間まともに口を利いてくれない
そっちの方が俺にとってはよほど大事件だった
.
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