じつにシュールな光景であったとさ

※金夜さん視点




アタシ達が朗志と合流してから2ヶ月が経ったそんな昼下がり、昼食後の作戦会議はもう恒例行事になっていた


議題は毎回同じ


『どうやって朗志との仲を進展させるか?』だ



再会初日から付き合えることになったのにこの2ヶ月、全く進展が無い


手すら繋いだ事も無いし

二人で出掛けた事も無い


アタシはただこの2ヶ月花嫁修業と言わんばかりに料理の練習をしてただけだし朗志も休み無くひたすら働いてただけ


カタツムリよりスローペース

なんだったらそこら辺の中学生カップルの方が恋愛上手なんじゃないか?



「由々しき事態だね…」


ルリが深刻な顔で額から一筋汗を垂らす


「…このままじゃ自然消滅待ったなし」


聞きたくはなかったけど的確な言葉だ

惚れ惚れするほどしっくりくる


「やっぱり受け身なだけじゃあの恋愛朴念仁は動かないよ」


「やっぱここいらでアタシからガツンと一発かましてやらないとダメか…」


かましてやりたいが方法が…

自然にデートに誘うのは恋愛初心者のアタシには難易度が高いし

かといって変にガッついて嫌われるも嫌だ


「ガツガツくる女は嫌だよな…?」


「ガッついたっていいじゃない、恋人だもの」


「何でみ○を風なんだよ…」


「まぁ冗談抜きで攻めていかないとずーーーーっと、動かないこと山の如しだよ」


「ず」と「と」の間がやたら長い

ルリはルリなりにアタシに危機感を植え付けて然り気無く背中を押してくれてるって事だ…



「それにガツガツしたくらいじゃ加賀くんは花ちゃんを嫌ったりしないと思うよ?」


「そうかな…?」


ダチに背中を押された上に励まされて…

ここで動かなけりゃ金夜花の女が泣くってもんだ



「決めたぜ!今から朗志をデートに誘ってくる!!」


「流石花ちゃん!ようやく腹を括ったね!」


善は急げ

アタシは部屋から飛び出してまだ皿洗いをしてるであろう朗志の元に走る


そして店の台所に着くとエプロン姿の朗志が案の定まだ皿を拭いていた


その後ろ姿はいつ見ても家庭的

絶対に良い旦那になると思いながら見ていると心臓が少しだけ脈を打つのが早くなる


本当は立場的には逆なんだろうけどさ…



「花か、どした?」


アタシに気付いた朗志が振り返る


さぁ言うぞ、誘うぞ

頭の中では決めていても動悸と息切れが邪魔をする


「何だ…調子でも悪いのか?」


「……あ…の……今日…」


スムーズには言葉が出てこない

だけどこの2ヶ月は決して無駄じゃなかった


だからゆっくりでも確実に言う!前に進む!!



「そういえば午後の仕事キャンセルになったからこの後ちょっと付き合ってくんねーか?」


「はへ…?」


いや…それは願ったり叶ったりなんだが……

何でいつもアタシより先に言っちまうんだ


「ダメか?」


「ぜ、ぜぜ、全然構わねーよ!」


「そっか、サンキュー」


礼を言いたいのはこっちなんだけど…


いや待て…アタシがしたいのはデートなんだ

少し買い出しに付き合うとかそういうレベルじゃない


ここはやっぱりアタシから訂正しないと…


「んじゃ1時間くらい待っといてくれ」


「すぐ行く訳じゃないのか?」


「いや…俺もこんなの久し振りだから……めかし込む時間が欲しいというか…」


最後の皿を拭き終わったのに朗志は一向にこっちを向こうとしない

そして少しばかり耳たぶが赤い



………!


あ、これデートだわ

朗志もそのつもりだったわ


アタシ今デートに誘われてる…!



そうと解ると急に顔が熱くなってきた…



「お、おう…!じゃあ1時間後にまた来るからな!」


「ん、助かる」


口元が緩むのを感じながらアタシは早足で部屋に戻る

1時間しかない…

その限られた時間でアタシも全力でめかし込まねえと!



「どうだっ…………なるほど、上手くいったみたいだね」


アタシの慌てようと表情から全てを悟ったルリがクローゼットを勢いよく開く


「ついにこいつの出番が来た!」


そう言ってクローゼットから出したのは白いワンピースとこれまた白い鍔の大きな丸い帽子


「完璧だな」


自信満々に納得してるところ悪いがアタシはこんなフリフリしたもんなんか着たくない


「話が早くて助かるんだけど…これはちょっとアタシには似合わないんじゃ…」


「そんな事はないね、断じて」


言い切られた

そして力説が始まる


「いいかい花ちゃん?デートにワンピースを着てほしくない男子なんてこの世に存在しないんだよ?」


いや…流石にそれは無いだろ…

どっちかって言うとアタシはジーパンとか履いていきたい


「それに普段の花ちゃんとのギャップで加賀くんもメロメロのイチコロだよ!!」


「メロメロのイチコロって…そのワード破壊力あるな」


ルリのゴリ押し話術で押し切られそうになっていると誰かがドアをノックした



「今着替えてないか?」


朗志だった


アタシが大丈夫と応えドアを開けると朗志は手に真新しい須賀ジャンを持っていた


「こういうの異世界こっちじゃあんま手に入らないから持ってきたんだけど…これじゃダセぇか?」


アタシがもともと着てるのは龍の刺繍

朗志が持ってきたのは鷹の刺繍が入っていた


…超イカす


「最高だよ!わかってんな朗志!」


喜びが恥ずかしさを上回って抱き付きそうになったがギリギリで耐えて須賀ジャンを受け取る


「ん?もう着る服決まってたのか?」


「あ、いやいや…あれは違う、気にしないでくれ」


ベッドの上に広げたワンピースを見つけると朗志は膝から崩れ落ちた


「どうした!?」


「あれはちょっと俺には破壊力が強すぎて……ダメージが脚にきた」


「これは効果は抜群だ!彼氏、早くもダウン!」


ルリが謎の実況を挟む

目では「いいからこれを着ていけ」とアタシに訴えていた


「勘弁してくれ…そんな清楚系美少女が隣に立たれたら緊張してカチコチデートになっちまうよ」


「美少女て…お前そんなこと恥ずかし気もなくサラっと言うなよ…////」


「強烈はカウンターが入った!これには彼女もタジタジだー!!」


何でルリが1番楽しんでるんだ…

…今日は絶好調だな



「藤堂、傍観すんのは構わねーけど少し静かにしといてくれ…男がなけなしの勇気振り絞って女をデートに誘ったんだ……横から茶々入れんのは無粋だろ?」


珍しくイラつく朗志

湿度の高い視線をルリに送る


…まぁ仕方ない、私から見ても少しはしゃぎ過ぎだった


「いやぁ怖い怖い…動かない山が動いたからちょっとテンション上がっちゃっただけだよ、大人しくしとくからそんな怒らないで?」


ルリは両手を肩の位置まであげて降参のポーズ


「まぁいいや、とりあえず俺は須賀ジャン渡しに来ただけだし」


後は任せる、と投げ槍に言い捨てて朗志は店の方に戻っていった



「私としてはこれが最適解なんだけどなー…」


テンションは下がったがその目は未だに期待の眼差しを送ってきていた

大人しくてもやかましい…


さて…どうしたもんか


ルリの言う通り確実に傷跡を残せるワンピースにするか…

それとも普段とそんなに変わらない格好にするか…



アタシが選んだのは………










【1時間後】




「おー、やっぱ似合ってんな」


「須賀ジャンはアタシの肌といっても過言じゃねーからな!」


結局アタシが選んだのはさっき貰った須賀ジャンの方だった

下はジーパンにして頭には少し大きめの黒いキャップ

異世界的には浮いてるけどこれがアタシの出来る無理の無い「おめかし」ってやつだ


朗志も白いパーカーに上から黒いジャケットを羽織る日本の若者風ファッション、異世界感は全く無い



「俺は黒のレザージャケットにしようか迷ったけどな」


「なんじゃそりゃ!そんな無理しなくてもいいって!」


「だな」


想像したら面白くて思いっきり笑っちまった


須賀ジャンと釣り合うのがレザージャケットっていう単純な思考回路


その意外と幼稚な考えも面白いけどそれも全部アタシの事を思っての結果だとすると胸がジーンと熱くなる



朗志は少し照れ笑いしながら「行くか」と言って店を出た


アタシもすかさず付いていく



「いきなりで悪いんだけど先に野暮用を済ませてもいいか?」


「いいけど、どこ行くんだ?」


「10分くらい歩いたところにある武器屋だ」


武器屋ということはたぶんまた仕事の用事だ

この期に及んで仕事の話は出してほしくはなかったけど今のアタシは人生で1番寛大、こころよくOKした



しばらく並んで歩いていると朗志がやたらとアタシの前に出てくるから急いで追い付こうとする


ちょうどいいからこのまま手でも握ろうかとも思ったが流石にそんな勇気は出ないし、なかなか朗志にも追い付けない


…こういうのは歩幅を合わせてくれるもんなんじゃねーのか?



遂には小走りになって追い付こうとしたその時だった



「悪ぃけど三歩下がってくれねーか?」


「え…おう…」


まさに古風

あり得ないくらい考えが古い


三歩下がって歩くのは聞いた事くらいはあるけど今時テレビでも雑誌でもそんなカップル見たこと無ぇ…



しょうがねえ…こんな化石頭に惚れたアタシの負けだ


少しキャップを深めに被って俯きながら諦めて野放しの手を須賀ジャンのポケットに入れようとしたとき、右手が誰かに捕まった


顔を上げて見てみるとそこにはアタシの右手を握るばつの悪そうな顔の朗志が居た



「冗談だって…そんな落ち込むなよ」


「お…落ち込んでねーよバーカ!」


手を繋ぐ

ただそれだけで心が弾んで全部帳消しに出来る


たった数分歩いただけで今日の目標を達成したような…正直そのくらい嬉しい


我ながら単純でいてこころざしが低い



もしかしたらこれが今日のピークかもしれない

なんてネガティブな事を考えてたけど案外的外れでもなかった…



「あ!ロージさん!待ってたっすよ!!」


武器屋につくと作業着の若い女が元気よく朗志に駆け寄ってきた


桃色の長髪、太い眉毛は愛嬌があって…可愛い娘だ


「今日も錬金した武器持ってきてくれたんすよね!?勿体ぶるのはダメっすよ!?」


彼女はベタベタと朗志の身体を触りまくり目当ての物を探す

ベタベタベタベタベタベタ…と


アタシなんかようやく手を繋いだばかりなのに…


「フェリア、いつもアイテムボックスから出してんだからいい加減覚えなさいな」


「いいじゃないすかちょっとくらい、こんな仕事してると男っ気無いんで隙有らば触っておきたいっす!」


しかも確信犯じゃねーか…

天然ならまだしも…これにはアタシの心中も穏やかじゃない

最初から穏やかじゃないけど


「ところで今日は変な格好してますけど何かあったんすか?」


「まぁ…ちょっとな」


「あ!よく見たら綺麗な女の人連れてるっす!」


「今気付いたのかよ、遅えよ」



アタシに気付いたフェリアはアタシの周りをぐるぐる回りながら全身くまなく観察してくる


なんか初対面の犬みたいな反応だ


「良い匂いするっす!」


「お前は潤滑油みたいな臭いするもんな」


「レディにそれは酷いっすよロージさん…仕事柄致し方ないっすもん!ちゃんと毎日お風呂入ってますもん!」


彼氏の仕事相手なら彼女として挨拶くらいはしないといけないとは思ってるけど全体的にテンションが高過ぎて完全にタイミングを失ってる


もともと人付き合いが上手い方でもないし


「当て付けっすか!?これは生涯独身濃厚な私に対する当て付けっすか!?」


「半分正解だ、追い剥ぎ紛いの看板娘に可愛い彼女を自慢しにきた」


「くーっ!これだからリア充は嫌いっす!爆発しろ!!」


跳び跳ねながら身体全体で怒りを表すフェリアに朗志は2本の剣を差し出した



「あとの半分はいつもの如くだ、首尾よく頼んだぞ」


「2本有るってことは1本バラしてもいいってことすか!?」


「まぁ今日の俺は気分が良いからどっちか1本お前の好きにしていいぞ」


「いやっほー!流石ロージさん!気前がいい!!」


今度は跳び跳ねながら喜ぶフェリア

…忙しない


そして受け取った剣を我が子のように抱えご満悦の彼女は嬉しそうな笑顔を貼り付けてアタシの元に駆け寄ってきた


「ありがとうございます!末永く爆発してください!」


ちょっと言葉の意味が解らないけど悪い奴ではないのはアタシにも理解出来る


…少し触り過ぎだったけどな



「ありがと、今後とも朗志をよろしくな」



犬みたいな少女にも挨拶出来たしアタシも充分彼女としての役目を果たせたんじゃなかろうか


武器屋を出て歩きながら朗志の顔色を窺ってみるがそっぽを向いちまってるから確認出来ない


「楽しそうに仕事してる奴ってのは見てて気分がいい、それだけだよ」


何も言ってないのに言い訳をしてくるということはアタシの機嫌が悪い事に気付いてるんだろう



「あんまさ…隙見せない方がいいぞ」



「他の女に気安く触られるな」とか「アタシだってもっとくっつきたい」とか

素直な台詞は出てこない


そんな可愛い性格じゃない


これが精一杯だ



だけどこの2ヶ月で痛い程わかったのは朗志がアタシの精一杯を全力で受け止めてくれる男だってこと



「………」


朗志はポケットに手を入れてしまうが腕と身体の間には調度腕一本が収まりそうな空間が空いていた


無言の主張

隙だらけの空間



アタシはもちろん精一杯で応える



「い"っ…!?」


と、その前に態度が気に入らないからケツを思いっきりつねってやった


「むかつく!」


言葉とは裏腹に幸せを噛み締めながら巻き付ける腕

こんなに満足気にしてたら照れ隠しの言葉も意味が無い


「これでお前の関節はいつでもキメれるからな!」


人質ならぬ腕質を取ったアタシの要求は1つ 


「精々アタシの機嫌を損ねないよう気をつけることだな!」


「そりゃ怖ぇ、なら粗相の無いよう全力でエスコートさせてもらいますよ」


傍から見たらただのバカップル

そんな状態でアタシの機嫌が悪くなりようがないけど朗志は言葉通りアタシを満足させ続けた



カフェに行けば自分でパフェを作って食わせてくれたし

服屋ではアタシに似合いの服を何着か買ってくれた

巷で噂のオペラに連れて行ってくれて

生まれて初めて乗馬体験をして…


名残惜しくも日が沈む



楽しい時間はあっという間



「楽しかったか?」


楽しくない訳がないのに

帰り道の問いにアタシは何も返せなかった



「…次はもっと頑張るよ」


違うのに…

頑張らなくてもいいのに…


心が上を欲してしまう


「急だったもんな、今度はちゃんと予定とか経てて行こう」


「次」の話をしてほしくなかった

アタシはもっと「今」の話をしてほしい


「お前と会ってからアタシは欲張りになっちまった」


一年何も言えなくて

半年必死になって

2ヶ月悶々としてた


アタシはもう…待てない



「まだ…帰りたくない」



面倒臭いと…

我儘だと思われたかもしれない


それでもアタシはその歩みを少しでも遅らせたかった


「お前は…」


朗志はオレンジ色に染まる川を眺めて立ち止まる


その顔はとても穏やかだった



「ちゃんと嫉妬してくれるし我儘も言ってくれるんだな」


それはもちろん嫉妬もする

我儘だってもっと言いたい


せっかく梳かした髪をくしゃくしゃにされながら真っ直ぐに朗志の瞳に訴えかけていたらその目はアタシに微笑みかけた


「そんじゃ少し寄り道してくか」



今日何度再確認させられたか…


「やっぱ好きだ…」


不意に出てきた言葉に歯止めは効かない



「そう面と向かって言われると流石に…」


珍しく動揺する朗志を見てアタシは我に帰った


「あ、いやこれは違っ…」


違わない

照れ隠しが寸でのところで踏み止まる


「…くない」


アタシはもう一歩だけ勇気を出してみることにした

忘れたくないし、忘れられないように

今日という日をちゃんと覚えていてもらうために


もう一歩だけ



大きな石橋を通りかかったところで強引に朗志の手を引いて橋の下に連れ込んだ


人目だけは避け、あとは大胆なもの


「恥…かかせんなよな」


アタシは少し背伸びをし、唇を尖らせると目を閉じた



聞こえるのは荒い吐息の音だけ


高鳴る心臓は両肩を掴まれると張り裂けそうになった





「悪ぃ!ちょっとトイレ行ってくる…!」



上擦った声を残すと砂利を蹴る音が遠ざかっていく


目を開けるとそこにはもう朗志は居なかった



「あいつ…ビビりやがった」


拍子抜けの脱力で斜面に座り込むと火照った顔に手を当てた


「あー…もうあいつの顔見れねえよ」


どうしたもんかと思案しながらその間にも心拍数は上がり続ける


こんな世界でも甘酸っぱい青春を謳歌してる事実に熱を上げてると背後に気配を感じた


一瞬朗志が帰って来たのかと思ったがそれは違った



「ようべっぴんさん、彼氏にフラれちまったのかい?」


振り返るとそこには見たことのない男が立っていた


「誰だお前…つの?」


頭に2本の角と爬虫類みたいな尻尾を生やしたその男は明らかに普通の人間じゃない



「なんだよ、勇者のくせに悪魔を見たことないのか?」


悪魔

それは勇者の宿敵


そんな奴が人間の街に平然と出てくるとは思わなかった


「ビギナーだったか、こりゃラッキーだ…さて、じゃあ…」


悪魔はニタリと口角を上げ鋭利な歯を剥き出しにして笑う





「お前の『縁』、切らせてもらおうか」




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