おまけ?とあるメイドの心情2
※メイドさん視点
ごきげんうるわしゅう、お久しぶりですコゼットでございます
今バカン中で持ちきりとなっているのは奥様のご病気が奇跡的に完治したという話
ある者は「神の神業」と
ある者は「世界一の名医に治してもらったんだ」と根も葉もない噂を流しております
何はともあれこれを機にバカン全体に活気が満ちたことは確か
奥様本人もどの説が流れたところで特に気に止める様子もなく面白いと笑っておられます
そんな噂の立役者、ロージ様は最近よく屋敷の方に訪れるようになりました
その主な理由は旦那様とお仕事の話をするため
その次に奥様の体調の確認
そして時折、
お嬢様ではなく一介のメイドである私のために、です
逆にお嬢様は飽きもせずロージ様の元へ通っているので今更用など無いといったところ
以前私はロージ様の傷を癒した事がありましたがわざわざそのお礼の品を持ってきてくださったのが事の発端
憎き恋敵とはいえ律儀な男です
彼が私に持ってきた物は『しゃんぷー』『りんすー』という洗髪剤でした
顔には出しませんでしたが私は正直驚きました
最初は皮肉か冗談なのかと思いましたがお嬢様が好きになった方がそんな嫌がらせ紛いの事はしないでしょう…
王族、貴族、上流階級の間では黒髪は縁起が悪いと忌み嫌われています
本来なら使用人も黒髪の者は雇わないのですが私がお仕えしてるのはお嬢様の温情、ひいては迷信を信じないバカン家の人柄のおかげ
実際他の貴族様の屋敷にお邪魔した際は飲み物に痺れ薬を入れられた事もあります
しかしそんな事は私にとっては些細な悪戯
お嬢様が私の黒髪を「長くて綺麗」だと言ってくださったのだからどんな嫌がらせを受けたところで幸福のおつりが来ます
今思えば…自分で伸ばせないので代わりに私の髪が長くある事を望んだのかもしれません…
失礼…少々話が反れました
やはりお嬢様に対して私は盲目
話の脱線が多々あることをお許しください
ロージ様は元々貴族でも何でもないただの1労働者(自称ですが)
私の髪色など最初から気にならなかったのでしょう
あろうことか「あんたはもともと髪が綺麗だからもっと綺麗になると思う」などと
その言葉を聞いた瞬間、私の中で硝子が割れるような音と共に何かが崩壊していくのを感じました
あってはなりません
私の誇りも尊厳も何もかも崩れ去った気がいたしました
彼はお嬢様が既に認めてくれたこの髪の「先」を見据えたのです
私が貰った宝
私だけに授けてくださった
そんなお嬢様のお優しく愛おしい言葉に彼は『期待』と『向上心』を乗せてきたのです
次の日、私は寝込みました
いつ振りかも忘れた1日中ベッドの上で過ごす時間
その時間の大半は腸が煮え繰り返っていました
私の心は「越えるな!!」と叫び続けました
唯一の救いはお嬢様と母代わりのメイド長が私の看病をしてくださったことでしょうか
夢の様な時間をくれた事には感謝しますがそれを差し引いたとしても私の感情はまだまだ憤怒に燃え上がっています
当然といえば当然ですが奴に貰った物など使う気にもなりません
しかし事の一部始終はお嬢様も知るところ
何もせず捨てようものなら悲しまれることは間違いありません
かといって誰かに譲るのも同じ結果
仕方がないので1度だけ使って適当な感想を述べたら処分しようと思いました
仮にも領主の屋敷で働くメイド
身嗜みには常日頃から気を遣い、主の品位を落とすまいと入浴や化粧などに時間を取ります(私は殆どナチュラルですが)
そんな私が髪の一撫でで唸りました
香り、泡立ち、艶
その全てが今までの全てを置き去りにしました
高級…最高級
いえ、金銭で売買されてるかも怪しい…
湯浴みを終えると道行く人が全員足を止め私の髪を褒めてくださいました
旦那様、奥様、同僚達
唯一メイド長には「とても素晴らしいですが主より目立つのはいけませんね」などと小言を挟まれましたが…やはり容姿を良く言われるのは嬉しいものです
そして貰い物の感想聞いてもらうべくお嬢様の部屋へ伺うと、うっとりとした瞳で出迎えていただきあれよあれよとベッドに座らされました
隣に座ったお嬢様は髪に触れていいかと訊いてきましたがそんな事に私の許可など必要ありません
お嬢様に触られる
これはご褒美中のご褒美なので
剣を振る事を止め、いつの間にかすっかり女性らしくなったお嬢様の手が私自慢の髪と絡まり合う
この時間、甘美と言わずして何と言えばいいか…
私には到底思い付きません
荒波の様に押し寄せるはこのままお嬢様を押し倒してしまいたいという衝動
しかしそんな一線を越えようものなら二度とこの位置に戻ってくる事は出来ないでしょう…
ギリギリの
欲望を制御するのは精神的に疲れます
夢うつつな状態のまま自室に戻るとベッドに飛び込みました
溢れ出る笑みを殺すことなく枕に顔を埋め、足をバタバタとシーツに叩きつける
私の中の乙女が大暴走
甘美な時間と恋敵への憎しみ
天秤に掛け葛藤した結果、結局それを捨てる事は叶いませんでした…
それからはすっかりあの『しゃんぷー』と『りんすー』を気に入ってしまい毎日に使っております
私の楽しみに『お嬢様観賞』の他に『入浴』が入ってしまいました
しかし嘆かわしい事に物質というのは使えば減ります
それは自然の摂理であり変えられぬ運命
日に日に減るしゃんぷー&りんすー
私もどうにか同じ物を入手しようと奮闘しましたがいくら調べても街中を探し回っても出会える事はありませんでした
そしてとうとう残り1回分というところ…
憎たらしくも絶妙なタイミング
ロージ様が私を訪ねてやってきました
その第一声は「あんたの長くて綺麗な黒髪を見てると日本男児としては元気貰えるよ」でした
日本男児の意味は解りませんが、いつも寝不足気味のお顔が晴れ渡る晴天のような屈託のない笑顔になっていたので彼の言葉に嘘偽りは無いのでしょう…
なんとも…なんとも八方美人な
しかもその手には当たり前のように以前と同じ『しゃんぷー』と『りんすー』が携えてありました
そろそろ無くなると思って、なんてあっけらかんと言ってしまえるあたり…私にはぐうの音も出ません
意地というか…細やかな抵抗
私は「別にもう持ってきていただかなくとも構いませんよ?」と尖ってみせましたが、その刺は簡単にへし折られます
「あんたのご主人様が家でいつもタダスイーツしてんだから俺にだってたまにはあんたの綺麗な黒髪を
言い張った後、彼は少し照れながら続けました
「…っていう口実じゃダメか?」
玄関先で済む2~3分の立ち話のあと、私はしばらく立ち尽くしてしまいました
あぁ…お嬢様……私はどうすればよろしいのでしょう……
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