バタフライエフェクト(前編)

※カロム視点




無事に依頼人の村に到着した俺達は依頼人にコンタクトを取りつつレッサードラゴンの情報収集


最近村周辺の森林に住み着き、その凶暴さから住民は毎日怯えて暮らしていた


資源調達のために森に入る事も出来ず頭を抱えた末ギルドに依頼を出したのだとか



目撃情報によると体長は7~8m

炎のブレスを吐くのを見たというのでどうやら高レベルの個体だ


俺達はその情報を元に回復薬の他にも火傷治しも補充した



そして一通り村でやる事が終わり一度船に戻ってきた俺達は客室で作戦を立てることにした


「炎のブレスは厄介ね…」


「そうだな…ちょっと危険だけど今回止めはカロムに刺してもらうか」


「え!俺!?」


初実戦に大役を任され動揺する俺にティニーは冷静に対処する


「お前には火属性耐性が有るから万が一至近距離でブレスを食らっても生き残る確率が高い」


さっきまでのティニーが嘘のようにその顔付きは真剣そのものだ


「それにお前が持ってるショートソード、さっきお前らが海に夢中になってる時に見せてもらったけどこれは今回の切り札になるような化物だ」


初心者の俺でも扱えるようにとアニキが用意してくれたショートソード

一見普通のショートソードだし握って振った感じも特に変わった様子は無かった


俺はティニーの言ってる意味がわからない



「それ、ロージさんが見繕ってきたんだろ?」


「そうだけど…」


「分かりやすく言うとな、これはドラゴンキラーだ」


ドラゴンキラーは対ドラゴン戦に特化した武器の事を指すがその大半は屈強な肉体を持つ戦士がようやく扱えるほど大きく重たい


それは大抵のドラゴンが巨大であり鱗も硬いから


間違っても体重の乗りきらないショートソードに加工するなんて事はない


ドラゴンキラー自体「斬る」というより「割る」イメージだから



「ドラゴンキラーってのは本来デカくて重くなきゃ意味がないけど今回ばかりは話は別…そのドラゴンキラーはレッサードラゴン特化型って言っていいくらいレッサードラゴンに適してる」


「それは…なんで?」


「普通のドラゴンは20~30mを余裕で越えてくるくらい巨大なんだけどその分動きは鈍いしドラゴンキラーを扱う重戦士でも難なく攻撃を当てられるの」


「なるほど」


メリーさんが途中まで説明したところで俺にもようやく意図が掴めた


レッサードラゴンは普通のドラゴンに比べて小さいけどその分動きは素早い

そして小さい分鱗も薄くてショートソードでも斬れる


ドラゴンに効くドラゴンキラーとレッサードラゴンに必要な機動力の2つを兼ね備えた武器が今俺が持ってるこのショートソードって訳だ



「しっかしロージさんもわざわざこんなもんまで作ってくれるとか…過保護にも程があるな」


「…そうだな」


こんな極端な適材適所は殆ど無い

そこら辺の武器屋に売ってるはずもないし、つまりはこのショートソードは今回のためだけに作られた特注品ってことになる


「これでもし尻尾巻いて逃げるような事がありゃ…俺なら申し訳立たな過ぎて一週間は凹むぜ」


「ティニーでも凹む事あんだな」


無神経ここに極まれりって感じだけど


「意外と凹むし根に持つタイプ、だよね?」


「………メリー、友達の前であんまからかわないでくれよ」


明らかに照れるティニーは見ていて面白かった

そして意地悪に笑うメリーさんは意外で心がほっこりした



「俺の立ち回りは理解した、止めを刺すつもりでティニーと前衛をすればいいんだな?」


「そうだ、出来れば確実なところで頭を狙えたら最高だ」


「わかった、頑張る」


「私は!私はどうすれば!?」


ソファーの上で跳び跳ねるライチ

自己主張が激しい


「ライチは後衛から火属性以外で強力な魔法をバシバシ撃っててくれ、俺達に当たらないようにな」


「了解なのです!!頑張ります!!」


自分の役割を聞いて興奮するライチは魔導着を前部分を掴んでパタパタと開けたり閉めたりしていた


「そういえばメリーさんも後衛っぽいけど魔法使うんすか?」


「魔法も多少使えますがドラゴンに効くほどじゃないかな」


「弓とか?」


なんとなくだけどエルフは弓術に長けてるイメージだ

ハーフと言えど普通の人間よりは扱いが上手いはずだけど…

見たところ弓も矢も持ってない


「ううん、弓じゃないよ、私の武器は小型だから今はローブの内側に閉まってるの」


「ちょっと気になるんで見せてもらってもいいすか?」


「それはまだダメ!!」


え…まさかの拒絶

しかも全力の


そのやりとりを見てティニーは爆笑するし…

もう意味わかんねー


俺はただ仲間がどんな武器を使うのか気になっただけなのに…


メリーさんみたいな綺麗なお姉さんにそんな全力否定されたら思春期の男子としては心が痛いんすけど…

もうちょっとで泣きそうなんすけど…


「あ、ごめんね…これは、えーと…見てからのお楽しみって事で!」


「お楽しみって、プククっ…ウケる!」


「もー!からかわないでよー!」


お楽しみって…別に楽しむ要素なんてないだろうに

こっちは命懸けで戦いに行くのにそんな余裕は無いよ


まあいいや…ここで根掘り葉掘り聞いても俺が傷付くだけな気がするし


この話はとりあえず置いておこう…うん



「はー、笑った」


「笑ってないで続きだ続き」


「あー悪ぃ悪ぃ、そんじゃ森に入る時間を伝えておこうか」


決戦の予定時間

俺はてっきり明日にするのかと思っていたがそれは違った


「今から二時間後にしよう」


「え、今日行くのか!?」


二時間後となればもう日も傾く時間帯

暗くなれば危ないし不利なんじゃないか?


「炎のブレスを吐くモンスターは夜には行動しないんだ、獲物も逃げるし、レッサードラゴンくらいならまだ天敵も居るしな」


確かに情報提供者は全員 きこりだったし朝方から昼にかけての時間帯ばかりだった


流石にプロの冒険者の考察は鋭い


俺はただただ感心してしまった



「つー訳で猶予はあと約二時間…最後の最後に1つ、冒険者の先輩として忠告しとかないといけねぇ」


ティニーは神妙な面持ちで言うと自慢の長槍を片手で器用に振り回し、その穂先を俺の眼前に突き付けた


「1つヘマすりゃ直ぐに死ぬ、そして1個も狂わずに進む話なんてそんなに無い……引くには今しかないぞ?」


ティニーの殺気が肌にピリピリ刺さる


それでも俺は「引かない」と答えた


「正直今のままじゃドラゴンキラーがあったところで勝率は4…いや3割ってところだ」


「俺の覚悟は決まってる、今更何を言われようとそれは変わらない」


「そうか…」


1つ大きな息を吐いて槍を収めるとティニーは項垂れる


「お前は強えな…俺ん時は三回も敵前逃亡したってのに」


「15の俺と10の時のティニーを比べないでくれよ」


「勘違いすんな…俺は今でも怖い」


自分の命

仲間の命

自信


その全てを失うのが怖いとティニーは続けた


「でも一番怖いのは前進を止めた自分を想像することだ…俺に退路はとっくに無い………でもお前は違うだろ?」


ティニーは故郷の村がドラゴンに襲われた時の話を語り始めた


両親を目の前で亡くした悲劇

偶然カルモさんに助けられた奇跡


「俺の目標は偉くなりたいとか、金持ちになりたいとか、本当はそんなことじゃない…俺は1人でも大丈夫なんだって、カルモさんに安心してもらいたいんだ」


血の繋がった妹も居るし復讐したい奴もいない

そんな俺にティニーは冒険者じゃなくてもいいだろ、と全力で諭してくれた



「ロージさんがお前に与えたかったのはドラゴンキラーでも思い出に残るような大冒険でもない……本当はお前に思い直す時間がやりたかったんじゃないのか?」





【一時間後】



俺は1人、甲板からボケっと大鷹の背を見つめていた


そして弟子と銛の手入れをする船長を捕まえて尋ねる


「船長…鷹の背中に乗ってもいいかな?」


「え、ちなみにどいつだ?」


俺は白と黒と茶色の3羽居る内の白い鷹を指差した


「まぁ…いいんじゃないか?」


何で疑問系なんだろうと思いつつも礼を言いながら大鷹の背に飛び乗った



「はぁ…」


鷹の背に寝転がりながら吐いた溜め息はもうじき日が沈むそらに溶けていく


「そりゃ死ぬかもしれないし他の道もあんのかもしれねーけどさ……俺はやっぱり冒険がしたいな」


俺の脳裏に浮かぶのは今日見た海の景色


俺はもっと世界を知りたい

危険だろうと鳥籠の外に出たい

強くなって羽ばたきたい


そんな事を考えながら鷹の羽毛が気持ちよくて微睡んでいると微風そよかぜが頬を撫でた



「しましょう!冒険!」


明るい声の先を見上げるとそこには風を纏ったライチがフワフワと宙に浮いていた


純白の魔導着と浮遊感が相まって天使のようにも蝶々のようにも見えるそれは俺の隣に静かに舞い降りた



「すげーな、飛べんのか」


「ゆっくり落下してるだけです、自由に飛ぶのは無理です」


それでも凄い

どんだけ高いとこから落ちても平気って事だし


「そんな事よりそろそろ出発の準備をしましょう!寝てる場合じゃありません!」


ライチの元気な声を聞くと小難しい事で悩んでた自分が馬鹿みたいに思えてくる


…実際に馬鹿だけど



「お前が蝶々なら俺は台風にでもなれる気がするよ」


「何の話ですか?」


「ん…受け売り」


俺はライチの手を握り甲板まで一蹴りで跳び戻る


背中を蹴られた大鷹が「痛っ」と言った気がしたが多分気のせいだろ…とりあえずごめん



「行こうか、冒険」


「行きましょう、冒険!」



恐怖より好奇心を

後悔より自由を選んだ俺は身支度を整えてティニー達が待つ村長の家に向かった




「逃げずに来たか、親愛なる馬鹿野郎共」


村長の家の玄関先で調子よく出迎えてくれるティニー

ビビらせてきた割には上機嫌だな…


「脅してきたくせに何でそんなにご機嫌なんだよ…?」


「ロージさんに推薦状貰う条件として適当にビビらせてくれって言われてたからな、俺としてはこのままドラゴン退治出来るのが1番だ」


どこまでもお節介な人だ


「それでも来るようなら馬鹿な弟分をよろしく頼む、だってよ」


いや本当…どうしようもなくお節介な人だ


あとメリーさん、ここで微笑ましい顔されても精神的にくるだけだから止めてくれ…


「村長にはもう説明したからいつでも行けるぜ、準備はいいか?」


「いいぞ」


「んじゃ行こうか」



出発して30分、すっかり日が落ち暗くなった森林の中でメリーさんが尖った水晶と小袋に入った灰をバックから取り出した


「そろそろ目撃情報付近です、ここからは慎重にいきましょう」


「それなに?」


「これは精霊術の媒体になる水晶とドラゴンの遺灰だよ、説明するより見た方が解りやすいからとりあえず実際に術を発動させるね」


そう言うとメリーさんは掌に乗せた水晶にドラゴンの遺灰をふりかけた


「さぁ、導いて」


メリーさんの言葉を合図に水晶が一瞬淡く光ると5cmほど浮遊する


「この水晶の鋭利な方が指し示す方角にドラゴンがいるよ」


「へー、便利っすね」


「ドラゴンの遺灰は高いから本来なら使うつもりはなかったんだけどね」


ばつの悪そうな表情を浮かべるメリーさんを見て俺の脳裏を横切った人物がいた


「アニキ…っすか?」


「…5キロ分も貰っちゃった」


「俺達の2ヶ月分の報酬くらいだよな」


相変わらずの大盤振る舞いにメリーさんは冷や汗を拭った


「と、とにかくこれで確実に先手を打てるよ」


水晶が差す方を音を立てずに進むと徐々に水晶が下を向き始めた


この反応はもう標的が近いというサインらしい

そして完全に水晶が下を向く寸前、大きな岩の隣で寝ているレッサードラゴンを発見した


俺達は近くの木陰に隠れティニーが今一度段取りを説明する


「長期戦は不利だ、速攻で終わらせる」


1番ダメージの通る俺が頭部にダメージを与え間髪入れずにティニーが連撃を加える


その後ろからライチとメリーさんの魔法による更なる追撃


恐らくこれが上手く決まっても倒し切ることは出来ないがレッサードラゴンの体力は半分以下になり動きも本来より鈍くなるだろうとティニーは見ていた


消耗戦は簡単だと言うティニーだが俺とライチはまず間違いなく一撃でも食らえば戦闘復帰は不可能

ティニー達でさえ二撃目は耐えれない


重要なのはドラゴンの攻撃を食らわないこと

これに尽きる



「じゃあメリー、いつものよろしく」


「やっぱりやるの…?」


「当たり前だろ、お前のアレが無いとお話にならないぜ」


顔を真っ赤にするメリーさん

アレってのはそんなに恥ずかしい事なのか…?

そして今まで1度もローブを取らなかった事と何か関係あんのかな?


「き、今日はオーディエンスが多いから…もう少しだけ待ってよ」


「ダメだ、レッサードラゴンは耳と鼻がいい、こんなところでもたもたしてたら気付かれるぞ」


「うぅ…そんな殺生な」


軽く俯き、泣き言を言うメリーさんの目が俺を捕らえた


「あんまり見ちゃダメだよ…?」


「?…はい」


俺が訳もわからず頷くとメリーさんは自分のローブを掴み勢いよく剥ぎ取った



「ありがとうございます」


頭で考えるよりも先に口が礼を言っていた

ついつい反射で言ってしまったが遅かれ早かれ結局言っていたと思う


メリーさんのローブの下はほぼほぼ裸と言っていいほど布面積の少ない踊り子衣装だった



衣装というよりもはや下着

上に至っては「ちゃんとサイズ計りました?」と聞きたくなるくらいそのたわわな果実が収まっていない


一応スカート的なヒラヒラもあるけど布が半透明なので全く意味を成してない…というかむしろエロい


「本当に…ありがとうございます」


さっきは反射で言ってしまったので今度は気持ちを込めてもう一度言った


「あぁ…やっぱり恥ずかしい」


どこをどう切り取ってもエロい…まごうことがない


世の中にこんなにエロいもんがあっていいんだろうか…?

とりあえず俺の感謝の気持ちは2回の礼なんかではとうてい収まらなかったので更にもう一度言っておくことにした


「誠にありがっ…!?」


「戻ってこい馬鹿たれ」


ティニーが頭に拳骨を入れてくれたお陰で俺は正気を取り戻した


「危ねー…もう少しで『シタチチ様』っていう神を信仰しそうになったわ」


「うるせーよ」


「いやでも何でそんなどエロぉ…変たぃ…セクしぃ…………奇抜な格好してんだ?」


「言い直してもらえたのは有難いけどもう少し頭の中でまとめてから発言しようね…?」


気を使ったつもりが逆に傷口を拡げてしまっていたらしい

俺にはまだ女性の扱いは難しいみたいだ


「メリーは『信仰系』の踊り子だからな、自然体に近い格好の方が術の効果が増すんだよ」


「確かに色々増してんな」


「そろそろ叩くよ?」


「…ごめんなさい」


温厚なメリーさんの機嫌が急降下してきたので話を前に進めてもらうことにする


メリーさんはキレると笑顔になるからそれが逆に恐い…



「思い出しました…!」


今まで会話に入ってこなかったライチが風船が割れたような勢いで口を出す


「ロイさんがほぼ裸の女は恥じ…むぐっ!?」


止めろバカっ!

それはNGワードだ…!


俺は慌ててライチの口を塞ぐが時既に遅し

気付けば目の前に拳が飛んできていた


「ぐぬぉ…な、何で俺…?」


「女の子の顔は殴れないので」


理不尽だ…


「おいおい、茶番もそこらへんにしとけ…あとメリー、戦闘前にあんま体力使うなよ」


この場において一番冷静なのがティニーというのは違和感しかないけど至極真っ当なのでメリーさんも落ち着いて大人しくなった


「メリーは神に舞を捧げる事で自分と仲間の身体能力を上げれるんだ、だから奇襲前にこれからメリーに舞ってもらう」


ティニーに諭されメリーさんも冷静になった

さっきまで姿を見られただけで恥ずかしがっていたのに今度は顔色一つ変えず優雅に舞い始めた


メリーさんが舞い始めると体の内側からジワジワと力がみなぎってくる



舞ってるメリーさんを見ていたら肩から背中を横断するように傷痕があるのに気付いた


気になりはしたけど女の傷は触れないのが世の常

そんなことはアニキに教わらなくても知ってる



それに傷痕を差し引いたところでメリーさんは妖艶でいて綺麗だ


「終わったよ、これで体力と筋力が上がったはず」


単純にHPと攻撃力が上がった訳だけど…

…ここで1つ問題が


「隊長」


「どした?」


「気を抜くと機動力が下がりそうです」


「お前そんなキャラだったっけ…?」


「生理現象の前には男は無力なんだと思い知ったわ…」


俺の隣でライチが不思議そうに小首を傾げてる


止めてくれライチ…今の俺をそんな純粋な瞳で見ないでくれ



「馬鹿言ってないでさっさと行け、俺も続けて突っ込むから」


ティニーに背中を叩かれ気合いが入った


俺は強化された脚力で爆発的なスタートをすると一気にドラゴンとの距離を縮める


そして鼻息がかかるほど近付くとドラゴンキラーを振り上げて後方のティニーを確認した



「馬鹿っ!!余所見すんな!!」



確かにティニーは既に連撃を入れる位置についていた

更に後方では二人が魔法の詠唱をしている


そう、完璧なコンビネーションのはずだった


俺が最大にして最悪のミスを犯すまでは




ティニーの声に視線を戻すとドラゴンの目が見開きギョロリとこちらを覗き込んでいた



ドラゴンが目を覚ましたとしてもまだ間に合うタイミング


だけどを俺は動揺し、判断が一瞬遅れた



その一瞬が命取り



ドラゴンの鋭い爪が俺の脇腹を狙う


もう間に合わない

避ける間も防ぐ間もない


確実に死ぬ間合い



どうあがいても死ぬ

そんな人生の最後の最後に俺はお守り代わりに懐に忍ばせてたナイフを握り締めた


「もう一度…会いたかった」




もう二度と会えない人を偲び

今生に別れを告げようとしたその時



「ギギャッ!?」


ドラゴンが短く唸り大きくよろめいた


何かがドラゴンの左目に飛んできた様にも見えたけど小さいし暗くて確認出来なかった



とにかくこれは好機だ


俺はドラゴンキラーではなくちょうど握っていたナイフを抜きドラゴンの右目に突き刺した


そしてドラゴンキラーを握り直し頭部に突き刺そうとしたが両目の視界を奪われたドラゴンは暴れ、振り回す尻尾にドラゴンキラーが真上へ弾かれた


俺はドラゴンの頭を足場にして弾かれた剣を追う



高い木の天辺と目線を同じくしたところでドラゴンキラーを取り戻した俺は自然落下でこのまま止めを刺そうと構える



しかし一難去ってまた一難

ドラゴンはブレスを吐こうと俺に向けて口を大きく広げていた


火属性耐性があってもこんな至近距離から食らえばひとたまりもない


腹が裂けて死ぬのが丸焦げになって死ぬのに変わっただけとか…笑えない


仕方なく避けようとしていたら下から「ブレスは任せろ」とティニーが叫んだ



激発雷槍げきはつらいそう


ティニーは二人がありったけの雷属性を付与した槍をドラゴン目掛けて投擲した



「グクォ…!?」


槍は見事にドラゴンの下顎を貫き上顎から頭を出す

そしてそれだけじゃなかった


「弾けろ!!」


槍に溜まった魔力が一気に爆発

バリバリと轟音を立てながら追加ダメージを与える


「うおっ!?派手でカッケーな!」


「呑気な事言ってねーで止めの一撃に集中しろー!」


「そうだったそうだった」


強制的に口が閉じたドラゴンからはもうブレスが来る事もない

さらに強烈な一撃にクラクラと頭を揺らしてる

攻撃は来ないし隙だらけ


少し眩しいけど問題は無い




「これで終わりだ!!」




呆気ない幕引き

時間にしたら40秒


眉間からショートソードを生やしたドラゴンは地を揺らしながら横たわった


断末魔さえ許されなかったドラゴンからナイフとショートソードを引き抜くと俺は歓喜に雄叫びを上げる



「夜の森で叫ぶなっつの!」


どこまで行ってもプロと新人

俺の頭を小突いたティニーはドラゴンの顎から槍を抜くと速やかにドラゴンの死体をレンタルアイテムボックスに入れた


「ギルドに戻って報酬を受けとるまでがクエストだ、夜の森も危ないしとっととずらかろう」


「意外とテンション低いな」


「俺だって早く帰って皆と宴したくてウズウズしてんよ」


したり顔で笑うティニーにつられ俺も自然と笑みが溢れる


「カルモさんもお前のアニキもきっと喜んでくれるぜ?楽しみだな!」


ああ、すごく楽しみだ

だけど手放じゃ喜べない


俺は月明かりに照らされて光る銀貨を草陰から拾い上げる



「今日の分ってことか…?」



たった1枚の銀貨に左右される命


これを安上がりと喜ぶべきか

それとも嘆くべきかは…




今の俺にはまだわからない



.





《後書き》



大鷹船にもう一泊した俺達が帰ってきたのは次の日の昼過ぎ


ギルドに戻るとカルモさん含め古株の冒険者達が暖かく迎えてくれてその日の夜には大宴会になった


眠くなったライチが先に帰るついでにアニキにも声をかけてくると言っていたが結局アニキは宴会に参加する事はなく、代わりにロイさんとトロントさんが差し入れの大鍋と大樽を担いでやってきた


伝言はたった一言「あまり呑み過ぎるなよ」だけ


それを聞いたオッサン達は「こんなめでたい日に呑まずにいられるかい!」と大はしゃぎしながらグラスを握っていた



俺が生まれて初めて飲んだ酒は飲みやすい果実酒


それでも十分に酔ってたんだけどロイさんにお子ちゃまだと馬鹿にされ、それからは注がれた酒を何だろうと片っ端から飲んだ



お察しの通り

終盤の記憶は無い


ただ憶えてるのは下品で豪快でむさ苦しくて…

とても楽しい宴会だったってことくらいかな





そして朝を迎え



「朝帰りとは生意気なガキだ」


「ん~…ごめん」


三人仲良く朝帰りを決めると朝飯を食っていたアニキに揃って説教された


でも頭が痛くて話は入ってこない


ガミガミと煩くてつまらない説教を聞いていたら俺はいつの間にか眠ってしまっていた






目を覚ましたのは街が賑わう昼過ぎ頃

アニキの部屋のベッドの上で吐き気と戦う


「う~ん…気持ち悪ぃ…」


「飲み過ぎだ馬鹿野郎」


机で作業するアニキは机から目を離さずに言う

開口一番手厳しい


それからはぐだぐだと静かな30分

俺はアニキの作業をただぼんやりと覗いていた


机の上には硝子の付いた黒い箱

カタカタと音の鳴る薄い板が二枚

どっちも名前を知らないし見たこともない

板の方には何か映し出されてたけどアニキの背中でよく見えなかった



30分でようやく俺の頭も覚醒し始めたころ

アニキもちょうど板を畳んだのでこのタイミングで質問を投げ掛ける


「アニキも居たのか?」


「んな訳ねーだろ」


「森ん中で銀貨拾ったんだけど」


「それはラッキーだったな」


白々しい


別にそんな嘘つかなくてもいいのに



「……はぁ」


「そういえばまだ言ってなかった」


馬鹿馬鹿しくなって俺がため息を吐くとアニキは何か思い出したかのように立ち上がりそのまま俺を抱き締める



「よく頑張ったな、おかえり」




強い安堵感に目頭が熱くなるけどグッと堪えて返した




「ん、ただいま」





飴と鞭の比率が9:1の昨今


このままじゃ確実に虫歯になる



心地良く思いながらも俺の反抗期がアニキを突き放す


そんな甘くて優しい昼下がりだった




.

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