塩少々、砂糖少々、愛情多々

※藤堂さん視点



二日連続で申し訳ありませんが今日も今日とて藤堂ルリがお送りします



「頼もう!!」


そんなどこかで聞いたような威風堂々とした挨拶が飛び込んだのはまだ午前11時になる前の事でした


声の主は昨日の僕っ娘ちゃん

今日はお母さんではなく綺麗なメイドさんと共に登場です



昨日の今日で復活が早く、恋する乙女の逞しさに感心していると隣に座っていた金夜さんがテーブルに身を乗り出して出迎える


「おう!懲りずに来やがったか!」


その顔はどこか嬉しそうで、それは何故か僕っ娘ちゃんも同じだった


「そりゃ来るさ!花に何歩もリードされる訳にはいかないからね!」


二人は恋敵だがドロドロとかギスギスといった効果音は全く無い

カラッと晴れたピーカンのようなライバル


二人にとって「同じ人が好き」というのはちょっとした仲間意識に繋がるのかもしれない



うん、健全健全

間違っても昼ドラではなく月9パターンだ



「今日は随分と早いですね、ボスならまだ外出中ですよ?」


インテリ風のトロントさんがハーブティーを二人分用意しながら言う


確かに加賀くんは朝早くからカロムという少年とギルドに行ったきりまだ帰ってきてない


昼には戻ると言ってたいたがそれまで僕っ娘ちゃんは暇なんじゃないだろうか


「それでいい、むしろそれがいい」


僕っ娘ちゃんはメイドさんが持っていた鞄からエプロンを取り出し装着すると自慢げに胸を張る


「今日のロージの昼食は僕が作る!」


金夜さんはその誇らし気な姿にたじろぎ「その手があったか」と呟いていた



「遂に『胃袋を掴め大作戦!!』を実行に移す時がきた!辛く苦しかった訓練の日々が今日身を結ぶのさ!」


メイドさんの拍手に連られ私とトロントさんも拍手してしまう


「しかしてその腕前は?」


何となく私が問うと僕っ娘ちゃんは目を反らし明後日の方を見る


「母さんが料理は愛情って言ってたから…」


聞いてもいない言い訳をし始めるし隣のメイドさんは主人に見えないように手で大きなバツ印を作っていた


察するに想いと技術が空回りしてしまってるようだ


しかし何とも解りやすい反応に気付いていない人が1人…



「ま、待てよ、アタシも作る!」


恋は盲目と言うがここまで節穴になるのだろうか…

恐らくは金夜さんが危惧する程の腕前は僕っ娘ちゃんには無いと思うよ?



そういえば金夜さんと友達になってから料理の話なんてしたことなかったけど金夜さんは自炊とか出来るのかな…少し確かめよう


「花ちゃん料理のさしすせそ分かる?」


「サブカルチャー・庶民的・酢・背脂・ソクラテス、だろ?」


ツッコミどころ満載過ぎる…

私の中ではソクラテスが地元の家系ラーメンに来たビジョンしか浮かんでこない


というか何で酢だけ合ってるの…?


「えーと、ルリ?僕にも聞いて聞いて!」


異世界にも料理のさしすせそがあるのだろうか

こっちに来てから日本の調味料なんて見たことなかったけど…


とりあえず犬みたいな愛くるしさを放ってたので聞いてあげることにした


「じゃあ料理のさしすせそ、はい」


再起不能さいきふのう四面楚歌しめんそか・酢・切磋琢磨せっさたくま粗衣粗食そいそしょく、あってる?」


合ってるのは酢だけだよ


何で四字熟語で揃えてきたんだ

こっちの方が偏差値は高そうだけど…そういう問題じゃあないよ



私は色々と察し、諦めつつも加賀くんの無事を心から祈る事しか出来なかった



そして1時間後


出来上がった二皿は案の定モザイク処理無しでは映せない代物で、台所は戦争でも起こったのかと思うくらい荒れ果てていた



「これは…何を作ったの?」


「サラダ!」


「カツ丼!」


僕っ娘ちゃんのサラダは皮すら剥いていない野菜が乱雑に切られ紫色のドレッシングらしき物がかかってる


対して金夜さんのカツ丼?は全てが焦げて黒い

まさに暗黒、別名ダークマター


口が裂けても美味しそうなんて言えない二人の料理に私は苦笑いしか出来なかった



嫌な予感がして先に作らせてもらったきんぴらごぼう


加賀くんが作るご飯に比べたら質素な物だがお昼は最悪これで許してもらう他ない


うん、というか加賀くんは帰ってこない方がいいと思う

たぶんこれを食べたら死ぬ、良くてもお腹を壊す



「ただいまー」


私の願いも虚しく加賀くんはカロムくんと共に帰ってきた


「ちょっと待ってろよー、すぐに昼飯作るからよ」


そのまま台所に向かおうとする加賀くんを二人は料理を持って阻む


「今日はロージのために僕が作ったんだ」


「アタシも作ったから黙って食え」


加賀くんは二人が持つ「成れの果て」を覗き込むと虚ろな目で私の方を見てくる


止めてくれ…そんな目で見られても私は助けられない



「うわ…それ人間が食って平気なもんなのか?」


なんとも素直なカロムくんが直球で感想を述べると二人の表情に雲がかかる


どうやら今の言葉で冷静さを取り戻したのか自分の手の中にある現実を直視出来るようになったらしい



二人が料理を持つ手を下げようとしたその時、硬い物がぶつかり合う鈍い音が聞こえた


「痛っ!?何すんだよ兄貴!?」


カロムくんの頭に拳骨を入れた加賀くんは二人の料理を奪い取ると流し込む様に口の中に掻き込んだ


その後の咀嚼音はおおよそ料理が奏でていい音色ではなく、まるで金属を擦り合わせたような不協和音が響く



何食わぬ顔で喉を鳴らす加賀くんの鼻から一筋血が垂れるが本人は平然としながら手を合わせ「ごちそうさま」と言った



「汗水流して働く男にゃちと少ないな、次はもっと量を頼む」


鼻血をハンカチで拭い、二人の頭を撫でながら「ありがとう」と言う加賀くんが眩し過ぎて直視出来ない


二人も同じようで頭の先から湯気を上げながら俯いていた

そして隣のカロムくんは思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らしている



「気持ちは嬉しいがそんな焦らなくてもいいからな、金夜はとりあえず明日から昼飯作るの手伝ってくれ」


あぁ、何で眠そうな顔してそんな優しい台詞が出てくるんだろう

今頃お腹の中が大変な事になってるだろうに…


「あ、明日とは言わず今日から手伝うぜ!」


「ぼ、僕も!」


「じゃあとりあえず…」


加賀くんは仏の様なアルカイックスマイルを浮かべたが同時に背後からドス黒いオーラも放っていた



「二人で台所を片付けてもらおうか…」


「「…………はい」」


至極当然なオチである


片付けるまでが料理なのだ


…というか台所を荒地にされたら誰でも怒るって話だった






今日の昼食は結局おにぎりと私が作ったきんぴらごぼうのみ


加賀くんに「懐かしい味」と称されたきんぴらごぼうはお婆ちゃんから教わった藤堂家秘伝の味だ



二時間以上掃除していた二人が食卓に付く頃には加賀くんが3時のおやつの支度をし始めていて、僕っ娘ママもちゃっかりと顔を出す



「あらあらぁ、作戦失敗しちゃったの?まぁダーくんも寝込むくらいですものねえ…」


どうやら被害者は他にも居たようだ

…それを知ってるなら止めてあげればよかったのに


「貧乏人の胃袋をナメてもらっちゃ困るぜ」


本人は得意気だがその自慢も誇れるかどうか微妙なところだよ


「俺も貧乏人だけど多分アレは無理……んぐっ!?」


「じゃあこれでも食ってろクソガキ」


加賀くんにガトーショコラを丸々1個口に捩じ込まれたカロムくんは苦しそうに悶えて床を転げ回る


「はぁはぁ…うめぇ」


「じゃあもう1個食え」


「わ、ちょ!振りかぶんなよ!味わわせて!」


復活早々、加賀くんは自分の分のガトーショコラも口に捩じ込もうとするがカロムくんの慌てようを見て意地悪な顔で笑うとソッと彼の席にガトーショコラを置いた



男子がジャレ合うのも私としては守備範囲内


二人のやり取りを見ていて顔が緩んでいたのか加賀くんの曇った視線に捕まった


「相変わらずの雑食っぷりっすね…」


「あ、いや、これは違うよ!……?」


思わず弁明してしまうがよく考えたらおかしな話


私は別に自分の雑食性を公言してる訳じゃない

それなのに何故彼は「相変わらず」などと前から知っていた風な事を言うんだろう…


「あの…加賀くん?」


「カロム、か…藤堂の前で仲良くすると卑猥な妄想に使われるから気を付けような」


「?…卑猥?」


「あー、もう!そんなことしないってば!!」


私は柄にもなく声を荒げてしまう

飽くまで冗談の延長で空気こそ壊してはないが少し恥ずかしい


「あんまルリにちょっかい出すとボコボコにされんぞ?」


「そういえば空手に柔道に合気道とコマンドサンボもやってたもんな…気を付けるわ」


「いやいや…そんな乱暴なことしないよ」


「「しない」じゃなくて「出来ない」って言ってほしかった…」


そんな言葉巧みな落ち込まれ方されても困る


というか…


「何でそんなことまで知ってるの?」


空手と柔道くらいなら友達に話した事はあるがコマンドサンボの事まで話した事は誰にもない


「まだまだ知ってんぞ、カポエラとキックボクシング、あとレスリングを少し齧ったんだったか?」



もう絶句だった


この情報量はストーカーかハッカーレベル


ここまでくると不思議を通り越して恐怖だ



「ちょっと待て、何でお前がそんなにルリに詳しいんだ?」


言ってやってくれ金夜さん

私は今鳥肌を抑えるのに手一杯だから


「二人には話してもいいんだけど…ちょっと全員の前じゃあな」


私達だけに話せるということは勇者関連のことだろうか…?

加賀くんには昨晩の内に私達が勇者であることを口外しないよう口止めされている


私達も元からおおやけにするつもりも無かったのであっさり了承したが……


つまりこれは加賀くんの固有スキルか何かなのかな…?


でも相手の情報を知るだけのスキルだとすると勇者の固有スキルとしては少々インパクトに欠けるというか…そもそも似たようなスキルはいくつか有るはずだ



「つー訳で今日の晩飯の後にでも俺の部屋に来てくれ、一人ずつな」


「何でわざわざ一人ずつなんだよ…まさかお前ルリに変な事でもしようとしてんのか!?」


「んな訳無ぇだろ…するとしてもお前にするっつーの」


金夜さんは顔から湯気を上げると口を横一文字にして大人しくなった


2日目にして金夜さんの扱いが非常に上手い

…やりおる


「花にも変なことしちゃダメだよ!!というかさっきから何の話してるの!?僕も入れてよ…」


加賀くんは僕っ娘ちゃんの乱入にあからさまに顔をしかめると面倒臭そうに彼女に耳打ちする



何を言い聞かせたのかは分からないが僕っ娘ちゃんは口元に指で✕を作ると二回ほど深く頷いた



「さてと、残りの仕事終わらせてくっかな」


大きな伸びをして立ち上がる加賀くん

そして玄関に向かうその背中は頼もしいが何処かオッサン臭い



極め付きには…


「あ、晩飯は何がいい?」


こんなのもうただのお父さんだ



色々聞きたい事はあるが…


「出来れば餃子にしていただけると幸いです」


「アタシは唐揚げがいい!」



とりあえず私は「エビフライ」と答えた




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