討伐!食竜花!!の巻

孤児院訪問から約1ヶ月、清々しく晴れた昼下がりに嵐は突然やってきた



「頼もう!!」



道場破りかと思うほど威勢のいい挨拶の先には上等な服を着た明らかな上流階級の美少年が立っていた


黄緑色の頭髪に涙黒子

どちらかと言えば母性を擽るタイプのイケメン


腰には高そうなレイピアを携えその表情は屈託の無い自信に満ち溢れている


唯一欠点を挙げるとするなら俺より頭一つ分背が低いことくらいか…



まぁ客の見た目なんてのはどうでもいい

老若男女、あらゆる種族全てが俺の客

森羅万象全てが俺の仕事


と、まぁそれは大袈裟だが基本的には誰も拒まない



「いらっしゃい…ほれほれ、お前らも挨拶」


今日の店番であるライチと孤児院の少女ジュナは客の挨拶に驚いて俺の背後に隠れていた


「い…いらっしゃいませ」


借りてきた猫のようにたどたどしい挨拶ではあるが一応挨拶出来たのでジュナの頭を撫でる


「いやぁすまない、驚かせてしまいましたね」


客はジュナ達に目線を合わせ少ししゃがむと被っていたコックドハットを取って謝罪した


「これで許してもらえないだろうか?」


手品のように掌から小さく可愛らしい白い花を出すとその花をジュナの頭にそっと飾る


これにジュナの警戒心は解け、嬉しそうに微笑みありがとうと言った


「三日月さん!」


「ぼ、僕のことかい?」


ライチが客をそう呼んだのはおそらく取った帽子から三日月状の癖毛が飛び出してきたからだろう…


まだ名乗っていないからといって客をそんな風に呼ぶのはいただけない

後で泣かない程度にお説教だ


「本日のご用件は?」


新人に挨拶を取られ先輩として焦っているのか、マニュアル通りに自分の仕事をするライチ


しかしその表情は険しく、さながら子犬の威嚇


お前のような子犬を番犬にした覚えはない

自分の仕事を全うしようとする頑張りは誉めてやるがもう少し肩の力を抜きなさい


「その前に名乗らせてもらうよ…僕は三日月さんじゃないからね」


「悪いね、ウチのが失礼して」


「構わないさ」


「うぅ…ごめんなさいです」


気にしない気にしない

そんな優しい言葉をかけながら客は落ち込むライチの頭を撫でた


「僕はダニエル・バカン・ス、ダグラス・バカン・スの長男だ」


バカンと言えばこの街の領主の名

これはとんでもない大物が来たが…俺は慌てたりしない


「俺は加賀朗志、一応ここの責任者だ」


「ロージか、お嬢さん方は?」


「ライチです!」


「ジ、ジュナです」


ちゃんと自己紹介が出来たジュナの頭を俺はもう一度撫でる

基本的に俺は誉めて伸ばす方針を採用してる


「今日のおやつのパンケーキにはアイスを乗っけてやる」


店番には3時におやつを出すのがウチの慣わし

これにより店番の多いライチのストレスが大きく緩和している


「ぱんけーき?あいす?」


あの孤児院でスイーツが出る訳もなく

当然のことながら殆んど子は出てくる単語に困惑する


そもそも別世界の食べ物だがいくつか共通する所はあるし実際に似たような物は売っている


アイスクリームこそ無いが果物の果汁を凍らせたアイスキャンディーなる物は昔から女子供に大人気らしく、家の近くの広場でも売っている代物だ



「パンケーキを、アイスクリームを知らないんですか!?人生9割損してます!!大暴落です!」


よくわからん使い回しだがライチの必死さは伝わってくる


「え…そんなに?」


「あれは起きながらにして見る夢…いいえ夢の中でも味わえない究極の甘味!!神から賜(たまわ)りし物です!!」


まさに力説だが神は言い過ぎだろう…


「ほんと??そんなにすごいの??」


ライチの力説に瞳を輝かせ俺に真偽を聞いてくるジュナ

鼻息を荒くし興奮する心情はわかるが服を引っ張らないでほしい



「そのパンケーキというのはそんなに美味しいのかい?」


遂には未来の領主様まで食いついてくる始末


俺は早く仕事の話がしたい


「それはもう目から鱗の天変地異です!!」


さっきからその独特なワードセンスは何なんだ、誰に教わったんだ?


「ライチくんの言ってる意味はよくわからないけどその熱意だけは伝わってきたよ」


伝わるなよ

お前はいいから早く話を進めろよ


…客に、しかも未来の領主にそんな事を言えるはずもなく、俺はただ黙って成り行きを見守っていた


「ロージ殿、不躾で申し訳ないけど僕にもそのパンケーキとやらを振る舞ってはもらえないだろうか?」


ほらやっぱりこうなった

こんな事になるなら最初から話題なんて振らなきゃよかった…


なるべく無駄は省きたいのに

これは完全に余計な仕事だ


「おやつにはまだ早いが…まぁデザートってことにしとくか」


「恩に着る!」


「ん?…オンニキル!」


「お、おんにきる?」


わからない言葉を無理に使わんでいい


「んじゃちょっと待っててくれ、すぐ作ってくる」


「君が作るのかい!?」


「ん?まぁアイスは出来合いの物だけどパンケーキは俺が焼くぞ」


「そうか…いや、男性が料理を嗜むのは珍しいから少し驚いただけだ、気にしないでくれ」


そういえばこの世界の料理人はだいたい女性だ


女が飯を作るってのはどうやらこの世界では常識らしいがそんな文化は俺から言わせてもらえば古(いにしえ)もいいところ


俺にそんな化石みたいな考えは無い


「ところであんたはアイス乗っけるか?」


「ぜひ!」


「私も!!」


どらくさに紛れライチが便乗してくるが軽く無視して俺はキッチンに向かった


炭酸を入れたり色々工夫が織り込まれてる俺のパンケーキだが台所をフル稼働させれば10分もかからない



さぁ、早く食べてさっさと仕事の話だ


「おまちどう」


「は、早かったな」


前世では時間と日々戦っていたから自然と料理の手際は良くなっていた


だからこそ家にはコンロが6口有りフライパンやその他の調理器具もその数に対応するだけの数がある。パンケーキを四人前焼くなんて造作も無い



俺はテーブルに人数分のパンケーキとミルクティーを置くと後乗せのアイスを2つ皿の隅に飾った


「むぅ…」


本当に自分の分にアイスを乗せる気がないと悟るとライチは分かりやすく頬を膨らませてむくれる


「……はいはい、わかったよ」


結局は俺の根負け

梅雨でもないのにジメジメした顔で睨まれるのは耐え難い


「私の世界は今!始まりましたっ!!」


アイスを乗せてやった瞬間このテンションの上がりよう…

現金なやつだ



ハチミツ、チョコレートソース、メイプルシロップも忘れずテーブルの中心に配置

これでパンケーキのコンディションは完璧である


「んじゃ、召し上がれ」


「ロージ殿、これは?」


子供達がパンケーキに猪突猛進する中、ダニエルはハチミツが入ったポットを手に取り中身の概要を聞いてくる


「そりゃハチミツだ」


「これがハチミツ!?こんな透き通る様な琥珀色のハチミツなんて見たことないよ!?」


こっちにもハチミツは有るが何処で買っても不純物が入っていて少し白く濁っているし味も数段劣っている


「文句が有るなら食わなくて結構だぞ?」


「あ、いや、文句なんて無い!むしろこんな上等な物を何処で仕入れたか気になって…在庫が有るなら是非売ってくれないかな??」


未来の領主たる者が妙に取り乱している

それほどこの黄金色に輝くハチミツが貴重なのか


今の俺には推し測れないが下手な事はしない方がいい


「それは企業秘密だし、これも売り物じゃない。今この場に出てる物しかあんたに提供する気はない」


「そうか…それは残念、ならばこのパンケーキを今全力で味わうとするよ」


最初からそうしてくれ

飯を食うのにイチイチ寄り道しないでくれ


他人に飯を提供してる時点で安易な事なのかもしれないがまさかここまで話が脱線するとは思わなかった…これは今日の反省点だ



ダニエルは恋しそうにハチミツをふんだんに滴し、フォークでハチミツをたっぷり吸ったパンケーキを口に運んだ



「ん~~~っ!!」



一口でパンケーキを気に入った様で咀嚼の段階で感嘆の声が溢れ出てきてしまっている


目を閉じ、幸せそうに頬を緩ませ味わう様はライチが言っていたようにまさに起きながらにして見る夢が如し



…しかしただのスイーツにここまで幸福感を得られるなんて……女みたいな奴だな




その後は三人とも夢中でパンケーキを平らげ挙げ句の果てには手を着けていなかった俺の分まで目で訴えられ強奪された


全てが見事に三人の胃袋に収まったところでようやく本題に入る…とその前に1つ確認



俺は三人にバレないよう密かにスキル『審美眼トゥルースアイ』を発動させる


これは鑑定スキルの派生版みたいなもんだ


端的に効果を説明するなら、この目は真実を写し出す



「いやぁ美味しかった、僕の人生史上間違いなく至極の甘味だったよ」


「そうかそうか、そりゃよかった」


満足してるところ申し訳ないが俺はダニエルの口角部分に付いてるアイスクリームを無言で指差し指摘する


口元のクリームをハンカチで拭ったはずなのにダニエルの顔からは恥ずかしそうな朱の色は中々消えなかった


「1つ…いいかな?」


「ん、なんだ?」


「今までの出来事は他言無用にしておいてくれないかな?」


もちろん、客の情報を誰かにリークするつもりなんて毛頭無い

プライバシーの侵害だし何より信頼に関わる


「次期領主が甘い物に舌鼓を打っている姿なんてカッコ悪いと思わないかい?」


「思わないよ?」


大衆がどうであれ俺はそんなこと微塵も思わない


ダニエルは俺の即答に少し驚いた顔を見せるがすぐに微笑んだ


「ありがとう、今回の仕事が終わってもここには通わせてもらうよ」


「ウチはカフェじゃないんで程々にしといてくれよ?」


カフェではないが大客が掴めるなら定期的にスイーツを提供するのもやぶさかじゃない


「ふふふ、なるべく努力するよ」



想定外の会食も落ち着いたところでここからが本題だ


さぁ、仕事の話をしよう


「んで、今日あんたがここに来た要件を聞こうか」


「簡単に言えばモンスターの討伐依頼を受けてもらいたいんだ」


本当に簡単だ

言葉にするのは


だがモンスター退治なんてこんな小さい店じゃなくギルドに頼めばいい


「ギルドじゃダメなのか?」


「ああ、なるべく秘密裏に行いたい…ギルドじゃ人の目に触れ過ぎる」


ダニエルの言う秘密に触れる気はない

気になるのは今回ターゲットになるモンスターの情報だ


どんなモンスターの名前が上がるかによっては十分に断る可能性がある


「事情は聞かないがモンスターの情報と必須条件だけ教えてくれ」


討伐自体が仕事なのか、それとも特定のモンスターの素材が欲しいのか

それによって仕事の方法も大きく変わってくる

後者の場合最悪倒さなくて済むんだから



「モンスターは食竜植物でも知られるバオケルナ、必須条件はバオケルナの持つ生命の種を採取することだ」


食竜植物バオケルナ


超大型の肉食植物で主に飛龍等を好んで補食すると言われている


飛龍と言っても小型のワイバーンなどだがその討伐難易度はドラゴンと同等かそれ以上

ギルドでは確実にSランククエストとして発注される



「よし、断る」


Sランククエストと同じ内容の仕事なんて受ける気は無い


危険過ぎる

命あっての商売だ


安全第一品質第二


「ま、待ってくれ!話は最後まで聞いてほしい」


「いやいや…無茶苦茶言うなよ、あんたがどれだけ偉かろうが言って良いことと悪いことがあるぞ」


「違うんだ、君達には飽くまで同行者として付いてきてほしいだけなんだ」


同行者と言われても状況自体は同じだろう

自ら進んで死地に向かうほど俺は戦士じゃないし馬鹿でもない

退治どころか対峙すらしたくない


「違くない、あんたは少し自分がおかしい事を言ってるのを自覚しろ」


「わかってる…わかってるけど……僕にはもうこれしか方法が…」



ダニエルの事情は知らないし知ろうとも思わない



しかし予想以上にこの案件はダニエルにとって重要で重大で大切で意味深だった



ダニエルは徐に立ち上がると腰のレイピアを抜きの部分を俺に突き出した


これは剣士・騎士職特有の心捧しんほうの儀と言われる構え


その意味するところは多く

助力を求める

忠誠を誓う

守護する

偽りはない

命を捧げる


まさに覚悟を表す物であり日本風に言うなら土下座にも通ずるものがある


城に居る時に戦士長のオッサンが国王にこの構えをしているところを見たことがあった



つまるところダニエルはこんな一介の商人に土下座まがいの事をするほど切羽詰まっていて必死だということ



「一生を捧げたっていい…どうか……どうか力を貸してくれないか…」


「あんたの一生なんか要らん」


「…………」


それはそれで重すぎる


「あんたの一生は将来結婚する奴にでもとっておけ」


俺は上着を脱いでアイテムボックスから自分で錬金した本気用の装備を取り出し装着した


魔法を付与したガントレット

特殊素材で出来た鉢巻き

鎧は動きやすいように胸当てだけだがこれが俺のベスト装備だ



「ろーじさん、行くんですか?」


「ああ、少し出るから店番頼んだ」


「またお留守番ですか…」


「…お土産買ってくるから我慢しろ」


「絶対ですよ!」


簡単な準備は終わり、ライチもなだめ、俺はいつまでもしみったれた表情をするダニエルの顔を両手で挟んだ


「おい!いつまでもくよくよした顔してんな!仕事の時間だ!」


「ひひうへてふれるほ!?(引き受けてくれるの!?)」


数字の3みたいな口で喋られても全く聞き取れないが構わない


「ガキが何をそんなに絶望してんのか知らねーが人生を棒に振るのはまだ早いんだよ」


俺はそのままダニエルの首根っこを掴んで屋根裏部屋まで駆け上がると幅3メートル程の大きな窓を開けた


「準備はいいな?よくなくてももう行くぞ」


「行くって、どこから?」


わざわざ窓を開けてるんだから察してほしいもんだ…サッシだけに


「空から」


スキル『獣変化メタモルビースト

爬虫類以外の動物に変身する事が出来る


最近多用してるお気に入りのスキルだ

鳥になって飛ぶのは中々に爽快で気持ちがいい



俺は『獣変化』で3メートル級の白い大鷹に化けダニエルを嘴で摘まみ背中に放り投げた


サイズは魔力で変えられる大きさが左右されるが鳥類なら5メートルくらいまで巨大化に成功してる

人の一人や二人乗せて飛ぶのも訳はない



「飛ぶからしっかり掴まってろよ?」


「え、あ、ちょっ!?」


ダニエルは何か言いかけていたが俺は構わず空を舞った


「キャーーーーーッ!!!」


背後から聞こえる黄色い悲鳴を置き去りに、俺は一気に街の外まで飛んでゆく



闇雲に飛んでるようにも見えるが目的地の見当は付いてる


クエストにこそなってなかったがギルドの目撃情報を聞いていた俺はバカンから北に向かって4日ほどかかる古龍の谷の方角へ飛んでいる


4日かかるのは馬車での話

渋滞も障害物も無い空から行けば1日で着く距離だ



しかし上空は冷えるし背中から微かに震動を感じるので途中の森で一泊することにした



「悪いな、寒かったろ」


「それよりも…いや、もう慣れたよ」


どうやら高い所が苦手だったみたいだが半日飛んでたら勝手に克服したらしい


「ところで今日はここで野営するのかい?」


「ボンボンにはキツいか?」


「本当は途中の町で宿をとろうと思ってたんだけど…こういう時に備えて、野営の準備もしてきてるよ」


ダニエルは自信満々に別売りのアイテム袋から組立式のテントとランタン、そして保存の利きそうな食料を取り出した


付与を得意とする魔法使いが売っているアイテムボックスの劣化版は高値の割りに容量は少ない

それでも冒険者達には必需品なんだから美味い商売だ



「へー、流石未来の領主様」


「ふっふっふっ、そうだろそうだろ?君にも使わせてあげないこともないよ?」


少し褒めただけで鼻高らかなダニエルには悪いがそんなお粗末な物で魔物の居る森に野営しようとは思わない


俺は暇な時に作っていた小屋をアイテムボックスから無表情で取り出し、驚いているダニエルに視線を送る


「んじゃ、頑張れ」


「ちょちょちょっ!?入れてくれないの?」


「いや、だってせっかくテント持ってきたのに勿体ないんじゃないか?」


ソファー、ベッド、椅子とテーブル、ドラム缶と薪、それに新鮮な食材

それらを次々と出しながらこれから組み立てなくてはならないであろうテントに目を落とす


「でもやっぱ未来の領主はすごいよな、もうすぐ日が落ちて夜行性の魔物も活発になってくるっていうのに鍵も窓も無いテントで……こりゃ一睡でもしたら魔獣の腹ん中だ」


森に降りた時から威圧のスキルを発動してるのでまず魔物が襲ってくることは無いがダニエルのドヤ顔がムカついたので少し意地悪する


「…………」


ここで追い討ちをかける様に遠くの方で狼型魔獣の遠吠えが響いた


「ごめんなさいごめんなさい!!もう調子に乗らないから僕も中に入れてください!!」


「どうしよっかなー」


ドラム缶に水を溜め、薪に火を着けながら棒読みで言う俺の肩を揺するダニエル


「意地悪しないでよー!」


今にも泣きそうなその必死な顔は未来の領主とは思えないほど情けない


まだまだ子供の様にも見えるがこれでいて剣士系統の総合levelが意外と高い


剣士level 17

騎士level 12

聖騎士level 7


『審美眼』で見えたこの数字は16歳としては中々に立派なもんである


数字通りの実力ならギリギリSランク冒険者と言ったところ

これから確認するがおそらく自分でバオケルナを倒すつもりなんだろう



「やっぱ若いやつからかうのは面白ぇなー」


「からかわないでよ!それに君だって僕とさほど変わらないだろ?」


少しいじめ過ぎた

まさか大鷹に化け、最上級アイテムボックスを持ってる奴を雇う事になろうとは夢にも思わなかっただろう

さぞかし予定が狂ったに違いない


…可哀想に(他人事)


「まぁ冗談はさて置きお前は風呂入るか?」


「え…そりゃあ入れることなら入りたいけど…」


体の芯まで冷えたであろうダニエルのためにまず風呂から用意していたが本人の表情はどこか濁っている


その理由は何となく察しは付いていて、

俺の意地悪はまだ続いている


「それがお風呂だとして…君はその…火の番をするってことだよね…?」


「そりゃまあそうなるな」


「う、家の家訓に人に肌を晒すなっていうのがあって…!」



苦し紛れな言い訳に思わず笑ってしまったところで俺はダニエルの秘密を暴く事にした



「悪いなダニ…いや、バカン家次女…アイリッシュ・バカン・ス」


審美眼で見えたのは職業とlevel、年齢と性別

そして彼女の本名だ



スミヤの件もあったので変なハプニング防止のため一応審美眼で確認したら正にビンゴ


「な、何で僕の本名を…?家族しか知らないはずなのに……」


アイリッシュは身構えるが俺は気にせず火加減を見続ける


「秘密を知ったからには殺すとか、そんなお決まりの台詞でも吐いて切りかかってくんのか?」


「僕に人を殺める度胸なんか無いよ、それに君が黙っててくれればいい話だし」


「俺がお喋りな奴だったら?」


「それでもいい……あと数日で僕は本当に男になる、長年の嘘は誰も知らない内に真に変わるんだから」


理屈は解らんがどうやら完全犯罪の段取りは整ってるらしい


そもそも誰かに言いふらすつもりも無いけどな



「下調べが甘かったな…君の素性をもっとよく調べておくべきだった」


「ちなみに俺の事どこまで調べてたんだ?」


「最近Bランクに上がった冒険者が何でも屋をやってるって事くらいしか…」


領主の娘がそんな最低限の情報でも俺に頼ってきたのは俺が冒険者だということが大きいだろう


冒険者は基本どの勢力にも付かないし誰にも従わない

自由でいてバックに何も無い奴らだからこそ彼女の条件に合っていた


更に何でも屋という都合のいい復職までやっているのだから彼女の小さな希望は俺の所に集束された訳か

ギルドよりも公の場ではなく、そこそこ腕の立つ冒険者が協力してくれる俺の店に



「君の目的は解らないけど僕に脅しは通用しないよ」


脅しとか…そんな物騒な事はしない


俺はただ客が居心地のいい環境を作ろうとしただけなんだが…


「そもそも君は一体何者なんだ?明らかに普通の店主でも冒険者でもない」


今更そこを勘繰ってくんの?


それとも下手な事を言って俺の機嫌を損ねないように黙ってたのか?



どっちにしろ俺はもう隠すつもりは無い


目には目を

秘密には秘密で返すのが対等ってもんだ



「俺は勇者だ」


「え?」



少しだけ静かな時間が流れ、焚き火の木が爆る音だけが聞こえる



「俺はゆ…」

「いや、聞こえてたよ」


聞こえなかったのかと思ってもう一度言い直そうとしたら食い気味に阻止された


「君が勇者だっていうのは…にわかには信じ難いよ、何か証拠とか無いの?」


「え、証拠!?」


そういえば勇者を証明する物なんて持ってない


このままだと『自称勇者の痛い人』というレッテルを貼られてしまう

…それだけは避けたい


偽装無しのステータスでも見せるか?


そんな事したら多過ぎる職業で逆に怪しまれる

自分で言うのもなんだが俺のステータスは見るからに胡散臭い


「手っ取り早くステータスを確認させてよ」


「え、俺のステータス覗こうって言うのか?…お前がそんなに厭らしい奴だったとは思わなかったよ」


「何でそうなるの!?僕はいやらしくないよ!」


ステータス確認の件は何とか誤魔化せたが俺にはその先が無い

何か妙案はないか…?


「じゃ、じゃあ勇者専用技術を見せてよ!」


「ゆうしゃせんようすきる?」


「勇者には魔法や飛び道具以外で斬撃や打撃を飛ばせる技があるって聞いたことがあるよ」


確かにそんなスキルもあった気がする

でも何か地味だし使い所も特に無かったので押し入れの奥に閉まったままの感覚


『空撃』とか言うらしいが勇者以外にも似た技を覚える職業はあるし、そっちの方が派手で格好いいが達人が一生をかけてようやく習得出来るレベル


その点勇者は地味にしろ初期段階から使える技なので他の勇者には案外重宝されてるのかもしれない



「まぁそれくらいなら」


初めて使うので射程とかもわからん

とりあえず10メートルくらい離れた木を狙い構えてみる


失敗するのも嫌だったのでほぼほぼ全力で放った拳は力み過ぎて大きく上方向に逸れてしまったが変わりに遠くに見えていた雲に大きな穴が空いた



完全に予想外の威力と射程だったが俺はさも当たり前のようにアイリッシュを見詰め反応を伺ってみた



「…………僕の変わりにバオケルナ倒してよ」


「それは……契約違反…だから?」



森のど真ん中で棒立ちの俺達はいつまでも雲の穴を眺めていた


霞む夕日に溶け込みながらやがて消えゆくその雲は、どこか俺の気持ちを体現しているように見える



どうやら俺は人間の枠組みを気付かない内に取っ払ってしまっていたらしい





虚しく揺れる俺の背中を


木枯らしがそっと撫でた





《つづく》

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