シチューにライスを入れるか否か

ハニートラップ…もとい暗殺者襲来から三日後、スミヤとの約束を果たすべく俺は動き出して…いなかった


今は昼食後のコーヒーをトロントとリーサと共に楽しみつつ午後に向けてのミーティング中



「ギルドの方は何か調度いいクエストは有ったのか?」


「ええ、通り道に2ヶ所ほどおあつらえ向きの依頼が有ったので取ってきました」


トロントは机に地図を広げるとバカンとヘルバッカの町との間を2ヶ所指差す


ヘルバッカはファルノーツにある国境の町でバカンに来る途中に一泊していった事がある


良くも悪くも普通なのだが少し税率は高め

それに伴い奴隷の数も多い

それくらいの取るに足りない町だった


その町に今回の目的である孤児院がある



「まず近場からだとミードリーノ村でゴブリン討伐、目撃情報だと10~20匹程度の討伐だと思われます」


遊びに行く訳じゃないので仕事も入れる

食い気味に入れる


トロントにギルドの依頼を確認してもらい「ついでに出来そう」なクエストを取ってくるよう指示していた俺にぬかりは無い


「次にムクロ峠付近の山道に繁殖期の怪鳥デンデルデンゴンが迷い込んだとの情報があったのでこちらも討伐」


「可もなく不可もない良い塩梅だ」


「恐縮です」


難易度はD~Cってところ

S難度のドラゴン討伐とかR(レジェンド)難度の魔王幹部討伐とか、

そんな目立つ仕事を取ってきてたらデコピンするところだったがこのくらいなら普通の冒険者だ


「そういえば他の三人は今日何やってんだ?」


茶菓子に舌鼓を打っているリーサには申し訳ないが次のクッキーに伸ばす手を止めさせて聞く


「ライチとブーノさんは朝から薬草摘みのクエストに行ってます」


ブーノが馬鹿デカい籠にライチを入れて出掛けてたがそういうことか…変な遊びでも思い付いたのかと思ってたわ


「ロイさんはジョアン・ジョルダンさんからご指名で依頼が来てたので朝から出ています」


「ジョルダン氏と言えばこの辺りの名家でしたが…そこのお嬢さんから彼にいったい何の依頼が?」


「それは伺っておりません」


何だその奇妙な冒険が出来そうな名前は…

聞いたことないよ


つーかロイ、この町に来て二週間足らずでそんな大客捕まえてきたのか…意外と侮れないな



「まぁ問題が無ければそれでよし、俺は今から少し出てくるから二人はその間に身支度を整えておいてくれ」


「かしこまりました…しかしどちらへ?」


「ちょっと野暮用、1時間くらいで戻ると思う」



俺は何処でも買えるような安い格闘家用のグローブを嵌めると地図だけ持って上級魔法 記憶回路インセットワープを唱えた


記憶回路は行ったことのある場所なら一瞬で移動出来る魔法

馬車も車も電車も必要ない便利な代物だ


魔力消費が激しいのは難点だが今の俺にとっては屁でもない



驚く二人を置き去りに、俺はまずミードリーノ村へ向かった



そして1時間後



「ただいまー」


「キャーっ!!?」


急に現れた俺に驚くの半分

着替えを見られて驚くの半分

そんな悲鳴


店の中に移動したつもりだったが少しズレてリーサの部屋に飛んできてしまった


しかしあれだ

女性の支度は何故こんなにも時間がかかるのか…

俺には理解し難い


「あの、えっと…とても刺激的な下着っすね」


「ーーーっ!!」


いや、別にこんなことを言いたかった訳ではないのだが…あまりにも気まず過ぎて変な事を口走ってしまった


それにしても普段落ち着いた服を着てるリーサがその下にこんな獣を飼っていたなんて…意外だ


もしかして内緒だとか言ってた給料の使い道って……いや、まさかな



「いつまで見てるんですか!!」


「オブラッ…!!」


顎にリーサの投げた香水の瓶のがクリーンヒットする


俺は情けなく顎を抑えながら尻尾を巻いて退散



店の方に逃げると既に身支度を終えたトロントが念入りに眼鏡を拭いていた


「お帰りなさい、顎が赤いですがどうしました?」


「………転けただけだ、気にすんな」


それから30分ほどでリーサの支度も終わり申し訳なさそうに謝りにきたが10:0…いや100:0で俺が悪いから気にしなくていいのに


「ところでリーサさん…仕事で出立するというのにその格好は…」


ワンピースに大きな丸い日除け帽

思わず「あら、新婚旅行?」と声をかけたくなる


「我々は遊びに行くんじゃありませんよ?」


「そ、それは…わかっているんですが」


対するトロントは動き安くも身成は整え正に仕事モード


「まぁまぁトロント、女性のお洒落にケチつけんのは無粋ってもんじゃないかい?」


「やたらと彼女の肩を持ちますね…」


「ここはビール六本で手を打ってくれ」


「かしこまりました!」


この鼻息を荒くする眼鏡、ガード固そうに見えて案外チョロいな…

ここはダメ押しでもう一発


「それにあの清楚な白ワンピの下には…ゴニョゴニョゴニョ」


「なんと!?」


耳打ちで彼女のありのままを伝えたらトロントの顔がみるみる真っ赤に

どうやらそこら辺の耐久力は皆無らしい


「ちょ、ちょっと!何を二人でこそこそしているんですか!?」


「すみません…僕は今日貴女を直視する事が出来ないです」


「ろ、ろろ、朗志さん!何で!何で言ったんですか!?」


「………今日は良い天気だなー」


「話を反らさないでください!!」


どんなに責められようと頑として明後日の方を見る俺に遂に彼女は機嫌を損ね、全く口を利いてくれなくなり

最終的に二人で土下座するに至る


「茶番に時間取られたんでそろそろ行くぞー」


「茶番って…」


「茶番でしたね」


「そんじゃワープ酔いにご注意を」


「え?」×2


俺は言葉の意味を理解してない二人に構わず記憶回路を発動

ヘルバッカの冒険者ギルド付近の路地裏に飛んだ


ちなみに記憶回路に人数制限は無い

消費する魔力量が増えるだけなので魔力次第だ


「到着。二人とも大丈夫か?」


「私は何ともありません」


「少し立ち眩みがしたくらいです、問題ありません」


「というかここは何処ですか…?」


「ヘルバッカ」


もはや二人とも驚きもしない

俺のせいで二人の中の常識が崩れかけているのかもしれない

もしくは俺に順応してきたのかもしれない


どっちにしろそっちの方が俺としても楽である


「そうですか…もう何も言いません」


「それはそれで寂しい気がする」


そんな事は置いといて先にギルドの用事を終わらせておきたい


「見たところギルドが近くにありますがヘルバッカのギルドに何か用でも?」


「ああ、お前が取ってきたクエスト終わったから報告と報酬を受け取りに」


クエストの報酬は基本何処のギルドでも受け取れる

厳密に言えば大きなギルドグループがこの世界に3つあり、このギルドは1万人規模の町ならどこにでもあるのでその町の登録しているギルドに行けばいい


「なるほど……察しました」


トロントもお察しの通り先程の1時間で俺はクエストを片付けてきた


「理解が早くて助かる、んじゃ俺はちゃちゃっと報酬受け取ってくるから二人はここで待機しといてくれ」


「僕達は行かなくてもいいんですか?」


「あんなむさ苦しい冒険者の巣の中に観光気分の姉ちゃん放り込む訳にもいかないからな」


「う…」


リーサ、気まずいからといって帽子で顔を隠すのは反則だ

そんな分かりやすい現実逃避するんじゃない


「トロントはこのお嬢さんがナンパにでもひっかからないように御守りしてあげてくれ」


「かしこまりました」


頼んだものの、ギルドの近くには野蛮な奴らも多い

少し心配だがトロントの真っ直ぐな眼に全てを託し俺はギルドへと向かった



なるべく素早く達成報酬の受け取りと素材売却を済ませてついでに隣接する商業ギルドにも寄る

かれこれ30分


二人の元へ戻るとトロントはテンプレートなチンピラ二人組にボコボコにされていた



「いい加減くたばれ眼鏡!」


「お前もこっちこいオラ!!」


既にボロボロになってるトロントは痣だらけで鼻血を出しながらリーサの手を引っ張る男の腕に噛み付く


「痛っ!?」


男達に一瞬の隙が生まれ、トロントはその瞬間を見逃さない

割れた眼鏡の破片をもう1人の男の顔に押し付け地味だが眼球に致命傷を与えた


「目が!?目がーーっ!!」


「畜生…おぼえてろよ!!」


チンピラ達にとってこれはとんだ誤算

明らかな小物臭を放つ捨て台詞を吐いて逃げていった


俺は急いでトロントに駆け寄り挨拶代わりの完全回復

傷こそ癒えたが眼鏡は粉々のままだ


「すみません…私のせいで……」


リーサは今にも泣きそうな顔で謝る


「構いません、そんな事よりせっかく見えるようになった目をそんな悲しい事に使おうとしないでください」


「無茶…言わないでくださいよ……見えるようになったら見たくないものまで見えちゃうんですよ…?」


例えば自分のために傷つく誰かとか

下品で野蛮な暴力とか


「それは失礼しました、今の発言は考えなしでしたね」


本心に考えは要らないだろう

そう思ったが俺は口にはしなかった


「でもお前あんなボロボロになる前にリーサ連れて逃げてもよかったんだぞ?俺なら少し離れたくらいすぐ見つけられるし」


「逃げたくは…ありませんでした」


意地を張る子供のような返答に少し呆気に取られてしまったが深入りはしない

結果的にリーサには傷1つ無いんだからそれで良しとしよう


「そうか…まぁ、よくやった」


俺より少し背の高いトロントの頭を撫でた

頭を差し出すように下を向いていたのでなんとなく、撫でてみた


「あの…これは?」


「お前の判断が正しかったか間違ってたかは分からねーけど、俺はお前の事を誇りに思うよ…だから胸を張れ」


「………っ!」


背筋を伸ばすトロントの目に濁りは無い

正に強い男の子の目


「それでいい、お前らの仕事はこれからなんだからこんな所でモチベーション下げんなよ?」


「はいっ!」×2


短く元気な返事が返ってきたので俺達は目的地に向かい歩き出す


途中雑貨屋を見つけトロントの新しい眼鏡を買いつつ歩くこと20分、俺達は古い教会のような建物に到着した



「ごめんくださーい」


正門の扉にはベルもチャイムも無いのでとりあえず大きめの声で呼び掛ける


「はーい、今行きまーす」


直ぐに女の子の声で応答があった


そして扉が開くと出て来たのは赤髪のツインテール少女


「どちら様ですか?」


「俺は加賀朗志、こっちはトロントとリーサ」


トロント達が頭を下げると少女も慌ててお辞儀をする


「これはこれはご丁寧に」


「ところでクーデリアって嬢ちゃんかカロムって坊っちゃんは居るかい?」


「クーデリアは私ですが…何の用ですか?」


スミヤから聞いていた話だとその二人が15歳で最年長

髪色と髪型の特徴に加えてそばかすの情報が当てはまっていたので薄々気付いていたが一応確認してみた


「さっきここの所有権を買い取ってきたんで、とりあえず上がらせてもらうよ」


「……………少々お待ちを」


商業ギルドで受け取った権利書を見せたらクーデリアは少し思考を巡らせたのち扉を勢いよく締め中から鍵をかけた


彼女がこの紙切れの意味を知っているのかは定かじゃないが演出があまりにも借金取り過ぎた…

でも反省はしない



「お兄ちゃーーん!!何かヤバそうな人達が来たっ!!」


「何っ!?ちょっと待ってろ!今 くわ持ってくる!!」


こんな古い建物に防音が備わっているはずもなく、中の声はだだ漏れ


おそらく次に出てくるのはこの家の精一杯の武器を携えたカロムという少年だろう


数分ドタバタと慌ただしい足音が聞こえ、その内ピタリと足音は消えた



「あんた達、帰ってくれ」


少し開いた扉にはチェーンがかけられ、その僅かな隙間から赤い短髪の少年がこちらを睨んで言う


「落ち着け少年、俺は悪い人じゃない」


「うるせー!お前だってそんな変わらないだろ!とっとと失せろ!!」


頭に血が登ってるカロムは全く聞く耳を持たない


しかし俺だって何も用意しないで来てるわけじゃない


俺は懐から1枚の封筒を取り出した


「これはスミヤから預かった手紙だ、クーデリアしか封を開けられない仕掛けになってるから持っていって読んでもらえ」


特定の人物にしか読めない仕掛けは暗殺者のスキルの1つらしいが俺なら読もうと思えば読めた


まぁでもそんな野暮な事はしない


「スミヤが…?……ちょっと待ってろ………クー!こっち来い!」


カロムは扉の隙間から手紙を雑に奪い取ると大声でクーデリアを呼ぶ


「何?何かあったの?」


「スミヤからの手紙らしい、お前ちょっとこれ読め」


「え、スミヤから?…うん、わかった」


クーデリアが読む手紙の内容は次の通り


『仕事で失敗して俺はもう家には戻れない、後の事は加賀に頼んだから心配するな


この男はお前との賭けを図らずとも勝利に導いた男だ、丁重に扱え


しかし戦利品は要らない

元々勝つ気もなかった

マザーのブローチはお前の物だ


カロムには欲しがっていた俺のナイフを渡しておいてくれ



元気でな …………』



クーデリアは手紙を読み終えると大声で笑った


「はー可笑しい。お兄ちゃん、これ絶対本物だからその人達入れてあげてよ」


「そうだな、俺も本物だと思う」


関係者しか知らない情報が大きかったのか、二人は一転して中へと招き入れてくれた


中の状態は悲惨なもので床は軋むわ家具は拙い手作りだわ壁は隙間だらけで風が入ってくるわ


馬小屋の方がマシなんじゃないかとすら思う



「粗茶ですが」


「お前それ言いたかっただけだろ」


皹の入ったグラスに水が入ったものが3つ

粗末ではあるが茶ですらない

本当に言いたかっただけだったんだろう


ソファーも無く、俺達は長椅子に三人で座りまずこの家の状況を把握する


「とりあえずこの家の衣食住がどうなってるか簡単に教えてくれ」


聞かなくてもだいたい察しはつくが一応聞く


「まあご覧の有り様ですよ、服は二着以上買えませんし家屋は老朽化でボロボロ、食事はスミヤが帰ってくる時以外は1日パンを半分と少しの野菜くらいです」


「僕が奴隷商に居た頃と大差無いですね…」


それはそれは…

育ち盛りの子供にはあまりにも酷な状態だ


「そうか…なんつーか…世知辛いな」


「孤児院なんて何処も似たようなものです、1日1回食事が取れるだけ家はまだましな方でしょう」


「他の子供達は今何してるんだ?」


「失礼ですが最初危険を感じたので他の子達は奥の部屋に」


借金取りみたいな奴らが突然来たんだからそれは正しい判断だ


「少し席を外す、1時間で戻るからその間に他の子達を一番広い部屋に集めておいてくれ……それとまぁ心の整理もつけておけ」


とりあえずこの家の状況も把握出来たので近場で衣類や日用品、新しい家具なんかを買ってこようと思う


金渡使徒に頼めば一瞬で揃うがそれだと猶予が無い


「心の整理…とは?」


「大事な人がもう二度と戻って来ないんだ、その悲しみをガキはガキらしく泣き喚いて発散でもしとけ」


「…………」


気丈に振る舞っていても15歳はまだガキだ

幼く脆く、そして弱い


理解が時間に追い付けばきっと崩れる


だからあえてその時間を作った



途中で泣き出されても面倒だしな


「お前だって…ガキじゃんか」


男の子としては何か言い返したいのかもしれないが

捻り出しての反論がこれじゃ目も当てられない


「少なくともカロム、お前よりは大人だ」


「…………」


少し冷たい言い方になってしまったが気にしない

もともとこいつらの精神的な部分まで面倒を見るつもりもない


悔しいやら悲しいやらで目頭に滴が溜まってきたカロムの涙腺は限界に近い


せめて泣き顔は見てやるまいと俺達はそそくさと買い物に出掛けた



家具と魔道具、衣類や文房具

キッチン用品に日用品

これらを山ほど買い込みアイテムボックスに収納


正に爆買いの勢いだったが足りないよりはマシだし使わなさそうだったらアイテムボックスに入れたままにしとけばいい



孤児院に帰ると目を真っ赤に腫らしたカロムが泣く子供達を必死にあやしていた

なにせ人数が多いもんだから彼もてんやわんやだ


対してクーデリアは先程と変わらず綺麗な顔で洗濯物を運んでいる


「あら、お帰りなさい」


「クーデリアは兄ちゃんよりよっぽど大人だな」


「そんなことないけど…さっきの手紙で元気も貰ったから差し引き0って感じかな」


そんな単純な足し引きの問題じゃないだろう

人の感情っていうのは…


「それにスミヤはようやくこの孤児院から解放されたの。これからは誰かのためじゃない、自分のための人生を送れるのよ?そりゃ会えないのは寂しいけど…こんなに素晴らしい事ってないじゃない」


「…お前は優しくて強いな」


頭を撫でようとしたら伸ばした手を振り払われた


「話は最後まで聞いて。もしも貴方がスミヤを裏切って悲しませるような事をしたら、その時は私も泣くし怒るし貴方を殺しに行くかもしれない…それだけは覚えておいて」


「き…肝に命じておきます」


「そう、ならばよろしい」


15歳だからと甘く見ていた

女はいくつでも恐ろしい生き物だ…


鋭く放たれた殺気は先日のスミヤ以上

そのくせ次の瞬間には笑顔になる


それも家族を想ってなせる技なのか…俺にはよくわからない


「と、ところで飯を持ってきたんだ、皆で食べないか?」


「それは助かります、直ぐに準備しますね!」


プレッシャーに耐えきれず、俺は無理矢理話題を変える


夕飯には少し早いが6時には帰って他の奴の夕飯の準備もしなくちゃならないので調度いいだろう



アイテムボックスから買ってきた椅子とテーブル、それに食器などを出して10歳以上の子供達がそれらを速やかに並べていく


そして最後にロールパンと土鍋、大きな寸胴をテーブルの上に置いた


「それなーに?」


一番小さな男の子に服を引っ張られながら聞かれたので手短に「クリームシチュー」と返す


午前中に作っておいたクリームシチュー

出来立てをアイテムボックスに入れておいたのでまだ温かい


「くりーむしちゅう?」


「まぁ要するに頬っぺたが落ちちゃうくらい美味いスープだ…こんな風に」


頬をこねくり回すと向日葵みたいに笑う男の子は単純で実に可愛い


「いっぱい食べて大きくなれよ」


「うん!」


全員に配膳を終え一斉に手を合わせる光景は学校の給食の様で壮観だ


ただ一つ不服なのはライス派が俺だけだということ


この世界では米を食べる地域がごく一部なので仕方のない事だがこれじゃ仲間外れみたいで居心地が悪い


気を遣ってか慣れてるからか、トロントとリーサは俺に合わせてライスを選択してくれた


「白いカレーライスみたいですね」


以前の献立に出たカレーを思い出すリーサ

彼女とライチは辛いのが苦手らしく甘いのを作り直したのを覚えてる


「似てるけど別物だ、辛くないから心配すんな」


ホッと胸を撫で下ろしたリーサはシチューを一口食べて恍惚の表情を浮かべた


「ん~クリーミーで美味しいです」


周りを見渡せば同じような顔が並び、数分後にはおかわりの嵐


「まだまだあるから慌てんなよー」


二杯三杯はあたりまえ

育ち盛りはよく食べる


「………」


クーデリアが指を咥えながら土鍋の中を覗いていた

ついにライス派が反旗を翻すかと思ったが新天地に踏み込むには今一歩度胸が足りないらしい


「何だか虫の卵みたいだけど美味しいの?」


この娘は食事中に何を言い出すのか…

日の丸も涙もんだぞ…


「魚沼産だぞ、美味いに決まっとろうが」


「ウオヌマさん?誰それ?」


居そうだけどそうじゃない…


「まあでも食べれる物は食べる、それが私の…いえ、この家のモットーだから!」


彼女の瞳に貧乏根性の炎が灯りシンパシーを感じる

そう、食える物は食う!

それがプロの貧乏人という物だ!


ああ…仕事帰りに河原で食べれる野草を探してた頃が懐かしい


俺は皿にこれでもかとライスを盛り、その上からシチューをかけてクーデリアに手渡した


「たくさん食って大きくなれよー」


「でもあまり大きくない方が好きなんでしょ?」


クーデリアは自分のまな板のような胸を擦りながらニマニマと口を綻ばせて言う


俺には彼女の意図がわからない


「スミヤもそんなに大きくなかったし」


「フブッ!?」


急にブッ込んでくるもんだから危うくシチューが鼻から出てくるところだった


何でそんな話になる!?

というか俺とスミヤの間に何があったか知ってるのか??

あの手紙に何か暗号でも隠されてたって事か!?


「ナニヲイッテルノカワカラナイナー」


ダメだ、動揺して片言になってしまう

明らかに不自然だ


「隠さなくてももう大体は把握してるから」


「………少々忍耐力が足りてなかったのは申し訳ない」


スミヤの一撃必殺「意地悪」は思い出しただけでも頭の中で花火が打ち上がったように顔が熱くなる


俺は今確実に顔が赤くなっていて、それを目の前の不適な笑みを浮かべる少女に見られてると思うと尚のこと恥ずかしい


「最高だった?」


「…最高でした」


「いい女だった?」


「…いい女でした」


食事中にこんな下世話な尋問は止めてほしい


だがクーデリアは訊く毎に嬉しさが増してるように見え拒否しづらい


年頃の娘さんだからその手の話に興味深々ということか?


「ずいぶん血色が良くなってきたじゃない」


「…あまりからかわないでくれ」


見た目は17かもしれないが中身は40過ぎ

こういうのはもう胸焼けしそうだ


「ごめんね、もう言わないから1つだけ誓ってもらえる?」


「何を?」


「責任を取れとか、そんな重たいこと言わないから…貴方はスミヤの味方でいてあげて」


クーデリアは苦しそうに息を詰まらせながら続ける


「スミヤが帰る場所はもうこの家じゃない…もともと感情をあまり表に出すタイプじゃないけど…きっと次に泣き付くのは貴方の所しかないの……んぐっ!?」


ベラベラとよく喋る口にシチューライスを乗せたスプーンを捩じ込む


「ほーらたんとお食べ」


「んん!?んー!」


二回、三回と繰り返すと四回目に手を払われた


「ちょっと何するのよ!?」


「面倒臭そうだったから強制終了しようかと」


ガキが余計な気回しをする姿は見ていてとても不愉快だ

要求ばかり押し付けられるのも良い気分じゃない


「俺は慈善家じゃない。スミヤとの約束は守るしお前の追加要求も呑むがここからは俺のターン…つまりお前らの仕事の話だ」


この世にタダ飯なんて無い

子供だろうと同様だ


ましてや俺が腹を痛めた訳でも血を分けた訳でもない他所の子

無償の施しなんてしてやる義理も無い


「それが道理ってことよね…わかってはいるけど……小さい子達にはあまり無茶をさせないであげて」


「なるべく考慮するよ」


とは言いつつ、やってもらう事は既に決まっていてほぼ全員同じ仕事だ


「トロント、後はお前が説明してくれ」


「かしこまりました」


トロントはクーデリアに一礼すると懐から1枚の紙切れを取り出す


「今から仕事内容の説明をしますが解らない事があれば質問かその書類を見てください」


トロントが説明した仕事内容は次の通り


週に三回、午前10時から正午の二時間

トロントによる読み書きと計算の授業を受けてもらう


週に二回、上記の時間帯にブーノから農作業の基礎知識を学んでもらう


そして週に一回、上記の時間帯にライチから魔法の授業を受けてもらう


食料を定期的に補充するので毎日三食食べること

風呂屋、もしくはこれから取り付ける風呂場で毎日体を洗うこと

現在7名居る10歳以上の子供は1人ずつ週代わりで店に研修に来ること


以上を勤めとし、月に1度銀貨1枚を全員に配布する



「以上になりますが不満や改善点など有れば仰ってください」


「……ある訳無いわ」


したくても出来ない勉強

安定供給される食事

衛生的な生活

多すぎる自由時間


これらを踏まえて微量(子供には大金)だが賃金まで貰える


彼女に文句の付け処は無かった



だが明らかに理想と現実のバランスがおかしい


「最終的には何処かに売られたり…」


クーデリアが疑心暗鬼になるのも無理はない条件

本来ならそのくらいの裏がありそうだ


「そんなことするかよ、奴隷は買うが売ったりしねーよ」


これは投資という名の人材育成


株と似たようなものでギャンブルと同じ


ギャンブルをするのにイチイチ理由なんて聞かないでもらいたい

「儲かればいいな」、ただそれだけであり、損をしたところで許容範囲内である



「子供の仕事はまず勉強、そしてそれをサポートするのが俺(大人)達の仕事だ」


こいつらに愛情も同情も無いがせめてスタートラインには立たせてやらないといけない

判断はそこからだ


「まず基準を知ることだ」


俺なり、というか現代風だが


「普通に食って普通に勉強して普通に風呂入って普通に遊ぶ…そういうところから始めないと客なんか取れない」


誰かの普通に少しだけ彩りを与える

それが仕事だと、少なくとも俺はそう教わった


こいつらには何が普通で何が特別か

そこら辺から知ってもらわないといけない




俺は何もおかしい事なんて言ってない


言ってないが、誰からも反応が返ってこなかったのでそろそろ帰ることにした


そろそろ晩飯の仕込みも始めたいし



そして最後に明日も来る事と食器は自分達で洗うようにと雑に伝え、俺は記憶回路でバカンの店へと帰路についた





──────────






場所は少し時間の経過した孤児院

そろそろ子供達が寝静まる頃、クーデリアは唯一設けられた個人部屋であるスミヤの部屋で手紙を読み返していた


「はぁ、ほんと傑作」


何度読み返しても面白いらしく彼女は肩を震わせて笑う


その首には元々ブローチだった赤い宝石に紐を通した物をぶら下げて




彼女は語らなかったが手紙には続きがあった







元気でな────


追伸、その男は俺のだ

盗るなよ?』



何度も読み返し何度も笑い


「はぁはぁ、スミヤは最後まで男前なんだから」


そして最後には手紙のインクが涙で滲む


滲んで滲んで、とうとう夜に混ざり合うほど泣いて


彼女はポツリと呟いた



「何で…何で私には言ってくれないの……?」



情報量の多い1日だった

しかし生涯忘れられぬ1日だ


何せ少女の淡い初恋が


終わった日なのだから




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