胃袋で夢を語る

雲と同じく俺の心にもポッカリ穴が空いたような気がするがアイリッシュには勇者だと信じてもらえたので結果オーライ


「勇者って全員君みたいに強いの?」


「知らん」


他の勇者の事なんて知ったこっちゃない

俺が知ってるのはせいぜい城から出る時に3パターンに分かれたってことくらいだ


俺みたいに単独で行動するやつ

何人かのグループで行動するやつら

そして勇者を放棄し安住を求めたやつ


安住組の1人に理由を聞いてみたら固有スキルが戦闘向きじゃなかったから無理に危険は冒したくないと言っていた


その意見に対しては同意せざるを得ない

人間命あってこそだ


間違っても働き過ぎて死ぬことなかれ



「ところで俺の秘密とお前の秘密、これで相殺されたか?」


「君の頭の中でどういう方程式が作られてるかは解らないけど…うん、僕は君を信じるよ」


何かを得るためには何かを失う

それもまた避けられない自然な流れなのかもしれない


俺は人間性を失ったがその代償に客の信頼を勝ち取った訳だ


「それは良かった、ちょうど湯も炊けたし温まりながら明日の打ち合わせを…ん?」


これで心置き無くクリーンな仕事が出来ると思っていた矢先、ジメジメした重い視線が突き刺さる


「あのさ…君は僕が女だってわかってて尚お風呂を薦めてくるの…?」


裸を見られるのが嫌ってことか?

そりゃそうだ

俺だって嫁入り前の娘さんの裸なぞ見るつもりは無い


こういう時に便利なアイテムがこの世には存在する訳ですよ


「お前の言いたい事はわかる、だから今回はこれを用意した」


俺はアイテムボックスから湯浴み着なる物を取り出しアイリッシュに手渡した


「これは?」


「説明しよう!これは着たまま風呂に入れるというそのまんま過ぎるアイテムなのだ!」


ロボットアニメ風に解説してしまったが、もはや説明かどうかすらも怪しい


要は細かい配慮が大事ってことだ


「ふーん…」


潰れた蚊を見るような目を向けてくるアイリッシュ


止めなさい…人をそんな目で見てはいけません


「と、とりあえず中で着替えてくれば?」


「うん」


アイリッシュは何とか素直に小屋の中に入っていったが愛想は終始ゼロ


…おかしい

こんなはずじゃなかったんだが…


まさか変態だと思われてる…!?



俺は1人どこで何を間違えたか考えてみるが答えが出ないままアイリッシュの着替えが終わった


「本当にこれで合ってるの…?」


「ん、あー…あってるはず…だ?」


「何で疑問系なの?」


湯浴み着の着方なんて知らない

普通に着れてるしそれでいいじゃなかろうか


しかし問題はそこじゃなく

ゆったりとした湯浴み着の上からでも判るアイリッシュの胸部にあった



D…下手したらEくらい有りそうなその2つの膨らみは明らかにサラシなんかで隠せる物じゃない


おそらくアイリッシュが元々着ていた服にも何かしらの細工が施されていたのだろう



思わず二度見してしまったがそれは男の悲しい性である…他意はない


「どうしたの?」


「あ、いや、熱いから入る時はゆっくり浸かった方がいいぞ」


「うん、わかった」


小首を傾げるな

そして揺らすな


この娘は自分がどれだけ強大な武器を持ってるか自覚した方がいい


「あちっ」


ほらまた揺れた

忠告したのに


「水足すか?」


「大丈夫、最初だけだから」


言葉通り、熱がったのは最初だけ

あとは慎重に浸かり気持ち良さそうに表情を溶かしていく


「ふー、生き返る」


妙にオッサン臭いがそれだけ疲労が溜まってたんだろう、何だかんだ四時間以上のフライトだったからな



5分ほど体を温めたアイリッシュに俺は桶で頭からお湯を被せた


「わぷっ!?な、なに??」


「頭洗ってやるからじっとしてろ」


「自分でやるよ!」


「却下」


僅かな抵抗こそあれど現世産輸入シャンプーを使用したらすぐに大人しくなった


最終的に幸せそうな顔でされるがままである


「これすごく良い香りだね」


こっちのシャンプーはあまり泡立たないし香りもよくない

そしてリンスは無い


アイリッシュはもう現世産シャンプーの虜だった



シャンプーの後はリンスもして俺の仕事は一旦終了

もう火加減を見る必要もなくなりボディソープとタオルを置いて夕食の支度に取りかかる



メニューはソースの作り置きがアイテムボックスに入ってるのでカルボナーラにした


麺が茹で上がりソースを温め直してる間にアイリッシュが風呂から上がってきたのでドライヤー代わりに低級風魔法の『そよ風 《ローフード》』で髪を乾かす


「いい匂い、何を作ってるんだい?」


「保存食より美味いもん」


「言葉に棘があるよ、そして痛い」


アイリッシュの文句は笑いながら軽く受け流し、三着ほど女物の寝間着を置いて外に出る


好きな物を選べるように三種類見繕ったが正直女物の寝間着のセンスなんてわからん

当たり障りのないものと妹がよく着ていた物を混ぜつつ選出しておいた



彼女が着替えている間に俺も軽くシャワーを浴びる


シャワーと言っても火と水と風の魔法を同時に使い小さなトルネードを発生させその中に身を投じる謂わば人間洗濯機


体を洗うのにダメージが発生するがこれが一番手っ取り早いし楽である

まぁぶっちゃけ汚れが落ちれば何でもいい



3分で汚れも落ち服まで乾く時短術を披露した俺は最後にドラム缶を片付けて一応ドアをノックしてから小屋に戻る


「え…それ選んだの?」


「変かな?」


アイリッシュが三種類の寝間着の中から選んだのはまさかの妹チョイスの着ぐるみパジャマだった


ちなみに今回のモチーフは白猫仕様である


「斬新で可愛かったからこれにしたんだけど」


「判断基準可愛さなんだな」


「あ、いや…珍しかったから!好奇心に勝てなかっただけだよ!」


何を必死に弁明してるのか知らんが気に入ったのなら特に言うこともない


「あーはいはい、そういうことにしといてやるから飯にすんぞ」


「本当だよ!?僕は探求心の権化なんだからね!!」


しつこいので無視して料理を盛り付けていると視界の端で彼女は腰から伸びた白い尻尾を揺らしはしゃいでいた


見てないと思って油断し過ぎ

やはり満更でもないんじゃないか


「カルボナーラお待ち」


俺が振り向いた瞬間彼女は凛々しい顔を作るがもう遅いし格好が伴っていない


ちゃっかり袖も余らせてるし…


こんなのもう時期領主でもなんでもない

ただの16歳の女の子だ


「カルボナーラが何なのかよくわからないけど美味しそうだね」


「おかわりもあるけど食い過ぎると食後のデザート食えなくなるから気をつけな」


「肝に銘じておくよ」


肝に銘じるほどの事でもない


「んじゃ、いただきます」


「いただきます」


大きな白猫がフォークを器用に使いパスタをクルクル巻き取る姿は見ていてとてもシュールだ


「ん~!美味しい!」


パンケーキの時もそうだったが、この娘は本当に美味そうに飯を食う


天国にでも連れて行かれたかの様に

人生で最高の瞬間みたいに


まるで一番の好物が毎回変わっているような勢いだ



別に普段から不味い物を食ってる訳でもないだろうに…



こんなに美味しそうに飯を食う娘が男になるのは少し勿体ない気がした



「食いながらでいいから明日の予定を確認させてくれないか?」


彼女は口の中の物を慌てて呑み込むが俺は別に急かしてはない


「落ち着きなさいな、はしたない」


「んく、父さんみたいなこと言わないでよ」


お前ん家の家庭事情なんて知るか


しかし不思議とダグラス氏の気持ちも察せるところがある


「白猫くん、バオケルナは君が倒す、もしくは君が対処するとみて間違いないか?」


「そのつもりだけど…その呼び方は止めてほしい」


実際にバオケルナと遭遇した事はないがどうもアイリッシュがバオケルナを倒すビジョンが俺には見えない


見れば見るほど、過ごせば過ごすほど

彼女は稚拙な少女であり、それはもうレベルの問題ではない



「何か秘策とかあんのか?」


「あるよ、これを使うんだ」


アイリッシュはアイテム袋の中から荒削りなルビーのような赤い半透明の石を2つ取り出した


「これは『惹かれ石』といって魔力を込めれば3km以内にある同じ石の元に一瞬で移動出来るんだ」


ようするに簡易的に瞬間移動が出来るアイテムらしいがバオケルナと戦闘するにあたっての関係性が見えてこない


「戦線離脱にゃもってこいのアイテムだな」


「その通りだよ」


「ん?」


「生命の種はバオケルナの体内の何処かにある…だからどの道一度バオケルナに呑み込まれる必要がある」


それな…なんというか…あまりにも


「危険過ぎないか?」


「そう、だから何時でも戻ってこれるようにこれを用意したんだ」


だとしてもリスクが大きい

普段飛竜を食ってるモンスターの腹の中

薄い肌の人間が飛び込んで無事で済む訳がない


「10分…10分経っても僕が戻って来なかったら君の仕事はその時点で終了、帰ってもらって構わない」


「お前な…」


「失敗したとしてもこの手紙を屋敷の者に見せたら今回の報酬は払われるから安心…え?」


アイリッシュが手渡そうとしてきた封筒を俺は中身も確認せずにビリビリに破いて捨てた


「こんなもんは要らん」


どれだけ危険な事をしようと

どれだけ怪我をしようと

どれだけ絶望的でも

最終的に目的が果たせなかったとしても


「お前だけは俺が全力で守る」


それが俺の中で最低限のルール


俺がバオケルナを倒す事は決してない

それは承諾していない


俺は同行者として仕事を引き受けている


つまり遠足と同じでアイリッシュを五体満足で家に返すまでが今回の俺の仕事だ



「………」


不意を突かれたように少し目を見開いて呆けるアイリッシュ


今彼女の頭の中でどんな感情が渦巻いているかは計り知れない


「おい、聞いてんのか?」


「え…ああ、うん…勇者にそう言ってもらえるなんて心強いよ」


彼女にとって決戦前夜だというのにこんな状態で大丈夫かと心配になる


心ここに在らず

まさにそんな感じのアイリッシュは急に大人しくなってしまい、あんなに美味しそうに食べていたカルボナーラの消費スピードもとても遅かった


今になって怖じ気づいている…訳でもなさそうなのはこの後直ぐに分かることとなる



「あの…」


食べ終えた食器を洗っているとアイリッシュが俺の裾を摘まみながら恥ずかしそうに聞いてくる


「デザートは…?」


「………」


心配して損したと思いながらアイリッシュの頭の上にカッププリンとスプーンを乗っけた


これだけ食い意地が張ってるなら何も問題ない


相変わらず幸福の絶頂みたいな顔でプリンを食べる彼女を見て俺はそう確信した




明日は朝早く出発するということで9時には就寝とし、アイリッシュはベッドで、俺は毛布にくるまりソファーで寝る…事になっていたが俺が寝ると威圧のスキルが解けてしまうので最初から徹夜が決定していた


徹夜は慣れているし異世界に来てからは三徹くらいじゃ疲労も感じない


今の俺にとって1番の敵は暇を持て余す事だ



とりあえず長い夜を明日の準備に費やしてみる


アイリッシュが寝たのを確認するとアイテムボックスから今まで倒してきたモンスターの素材を机の上に並べていく


その中からフレイムウルフの毛皮、ロックコブラの魔石、ナイトリッチの指輪を選び最後に裁縫道具を広げる


ナイトリッチの指輪とロックコブラの魔石で防御力上昇と魔力強化が付与された指輪を錬金し、フレイムウルフの毛皮でコートを手作業で縫っていく


錬金はともかく裁縫はいい暇潰しになり調度朝日が射し込む頃に作業を終えてそのまま朝食作りに移行した



朝食のメニューは至ってシンプル

目玉焼きにベーコン、簡単なサラダにトーストと欧米風メジャー朝食


その内匂いに釣られてアイリッシュが起きてくるとまだ開かない瞼を擦りながらトーストに噛りつく



朝食を終えたら直ぐに出発の準備


小屋を丸ごとアイテムボックスに収納してアイリッシュにフレイムウルフの毛皮コートを渡した


「これは?」


「また四時間くらい飛ぶからな、寒いから羽織っとけ」


フレイムウルフの毛皮は防寒には最適だが少々値が張る高級品

貴族の間では流行っているが庶民には縁がない代物だ


「あったかい」


大きめに作ったコートはアイリッシュの体を包み込み彼女をまた微睡みへと誘う


「眠かったら寝てていいぞ?」


「ヤダよ、落ちちゃうじゃないか」


冗談も交えつつ大鷹に変身したら俺達は早速出発した



高所にも慣れたアイリッシュは道中景色を楽しむ余裕を見せていたがその姿はまるで電車の中の子供のようだった


やがて岩山が並び始めると楽しむ景色も無くなり辺りを注意深く観察する


バオケルナは全長50mを超す巨体と聞いているが同時に擬態の習性を持つという情報も得ている


しかし上空から30分ほど捜索していたら案外簡単に見付かった



擬態が得意と言ってもワイバーンなどの知能の低いモンスターを欺くためのもの

人間が空から凝視している分には容易く看破出来た




「デカいな…」


近くに降りて見てみるとその大きさは凄まじい


怪獣映画さながらの迫力と衝撃である



こんな化物の中から本当に生還出来るんだろうか……ゴジラの口の中に飛び込むようなもんだろうに


それはもう勇気を飛び越えて無謀の域だ



しかしそんなバオケルナを前にしてもアイリッシュの顔に不安や恐怖は一切無かった


その眼差しは正に頼れる領主の目そのもの


「凛々しい顔の次期領主様には餞別としてこれをやる」


「餞別って、もう会えないみたいに言わないでよ」


「冗談だ、ともかくこれ付けて頑張れ」


俺が昨夜錬金した指輪を手渡すと彼女はそれを太陽に翳(かざ)し青い魔石の反射を浴びた


「綺麗だ」


気に入ってくれたかどうかはわからんが彼女は儚げに微笑む


「これじゃまるで本当に餞別みたいだ」


「いやいや、だから冗談だって」


「いや、こっちの話だ…気にしないで」


彼女の顔から微笑みが消え、儚さだけを残すと手を出してくれと言われた


「お願いがあるんだけど、この指輪君の手で僕の左手の中指に嵌めてくれないかな?」


「そういうのは……」


言いかけて止めたのは彼女が瞳に愁いを宿したから


無言の主張は俺に拒むことをさせてくれない


これがもし『女の武器』ってやつなら

俺は今まさに銃口を向けられているのだろう



そしてその瞳から目が離せないないままに俺は言う通り指輪を彼女の左手中指に嵌めた



その手は小さくて細く、フォルムこそ女の子らしいのにその表面はマメをいくつも潰したように硬い



「素敵な手だ」


俺が思わず感想を漏らすとアイリッシュは短く驚き俯いた



「ありがとう…それじゃまた後で」


「あ、おい」



流石は高レベルの剣士と言ったところ


アイリッシュは下を向いたまま一蹴りでバオケルナの大きく開いた口に自ら飛び込んでいった


引き止めようとして伸ばした手も虚しく空を掴む



「…まぁいいか」


1人残された俺はポケットから砂時計を出して近くの岩の上に置いた


この砂が落ち切れば調度10分になり、それまでに彼女が戻らなければ救出に向かう

そういう算段になっている



しかし待つだけってのはなかなか落ち着かない


まだ半分も砂が落ちてないのにもどかしくソワソワしてしまう


そして7分が過ぎた頃、事態は一気に急変した



「んお!?何だ!?」


地響きと共にバオケルナが口を閉じるとそのまま地中に潜っていく


「こりゃ…まずいな」


砂はまだ残っているがもう待ちきれない

このまま3km以上離されたら洒落にならない


俺は直ぐに惹かれ石を取り出し魔力を込めた


石は強い光を放ち俺はその光の中に吸い込まれる




吸い込まれた先には生暖かい空気が充満していた


光の魔法で辺りを照らすと足元には白く濁った液体が踝の高さまで溜まっており触れてる箇所にピリピリと弱い電気が走ってるような感覚が襲う



「生きてるか?」


近くに壊れたランタンの残骸とアイリッシュが転がっていた


どうやら失敗していたみたいだ


「本当に……来ちゃったんだ……」


かなり弱っているがまだ辛うじて意識は残っていた


着ている服は所々が溶け落ち、肌は火傷の様に爛れている


後3分も待ってたら俺は骸に話かけていたかもしれない



俺は直ぐさま完全回復を唱え同時にスキル『同調守庇シンクロプロテクト』を発動した


これにより彼女が受けるダメージを俺が肩代わりする事が出来る



「すごいね…こんなことも出来るんだ」


体力は回復したのに元気は戻らない


結局のところ目的を果たせなかったんだからそれも無理はない


そしてそんな傷心な彼女に俺は更に酷な報告をしなくてはならない



「落ち着いて聞いてくれ、すまんがこの状況を打破する方法が今のところ思い付かん」


俺が無理矢理風穴を開けても地中の中に生き埋めになるだけ


記録回路を使ってバカンに戻ろうとしてもバオケルナも連れてきてしまう事になり大きな被害が出る


そもそもこんな巨大な怪物と一緒に燃費の悪い記録回路を使ったら魔力が尽きる



俺達はバオケルナがまた地上に出るまでこのまま籠城する他ない



「ごめんね…僕のせいで…君にまで」


「気にすんな、勇者はこんなもんじゃ死にゃしねえ」


とは言ったもののこのまま硫酸で焼かれるようなダメージが2倍も入り続けたらそう何日も耐えられない


いずれバオケルナの養分になるのは目に見えている



とりあえず少しでもダメージを減らすため俺は倒れてるアイリッシュの上体を起こして支えた



「僕ね…君に1つ謝らないといけないことがあるんだ」


「……なんだ?」


「僕…やっぱり男にはなりたくないみたい」


「………」


「さっき…君に指輪を貰った時……もういいやって……思っちゃったんだ」



そんなに重要な事とは思わなかった

少なくとも彼女の覚悟をねじ曲げるほどの事だとは、微塵も



「僕…どっちにもなりきれないや……男にも女にも…母さんを安心させることも…父さんの優しさに応えることも…何も……出来ない」


大粒の涙を流すアイリッシュに俺がしてやれる事は無い


慰める事も励ます事も、ましてや涙を拭ってやる事もない



「本当は…甘いものいっぱい食べたかった」


食べてたじゃないか


「可愛い服も着たかった」


着てただろ


「剣なんて取らずに…誰かに守ってもらいたかった」


今まさに守ってんだろうが



「そして誰かを好きになって…その人の子供を産んで……いつまでも幸せに暮らしたかったな」



遺言のように夢を呟く彼女はそれがもう叶わないものだとでも言っているようだった



「お前さ、俺の中に自分の理想を投影してただろ?」


男になる前に出来なかった事を全部俺に押し付けて、自己満足に浸る


生憎とそういう商売はしてないんだ


「お前の夢の代用品にされんのは、正直気分がいいことじゃなかったぞ」


「ごめんね…でも……本当に理想的だったよ」


理想論をぶつけられても困る

俺にとって彼女はただの依頼人


ただそれだけだ


「強くて…家庭的で…僕を女の子として見てくれる人なんて……きっと世界中を探しても君だけだよ」


そんな事はないだろう…

そう思いながらも俺は口に出来ない


不意に手を握られ、言葉は喉の奥に詰まってしまった



「次に生まれ変わって普通の女の子になれたら……僕ね…きっと君みたいな人を好きになる」



こんなことを言い切ってしまうのは彼女が世間知らずなお嬢ちゃんだからだ


だがここまで言わせておいて俺も黙ってる訳にはいかない


「こんな万年寝不足そうな男でもか?」


「うん」


「仕事であまり家に帰れなくても?」


「うん」


「………」


気持ちが直球過ぎる


小細工無しでどこまでも透明



俺はその真っ直ぐさが怖い



「…嬢ちゃんはここから出たらもう少し自分に素直に生きてみな」


「うん、そうするよ」


「そうすりゃきっといい人なんて星の数ほど見付かるからよ」


「僕は…君がいいな」


「…すまんが今日はもうキャパオーバーだ、甘いもんは一気に食うと胸焼けする」


若さに押され続けて胃もたれする前に一刻も早く胃薬を呑みたい



恋する乙女のハートの浮かんだ視線に晒され続けるのは精神的にキツい


このままじゃ体力より先に心が音を上げちまう



今の彼女は俺にとってバオケルナよりも脅威的



多少無茶でも俺は今すぐここから脱出することにした



「帰るぞ」


「どうやって?」


「最終奥義使うわ」




あぁ…出来ればこれだけは使いたくなかったのに



まあでも1人の少女が前向きに人生を検討するって言ってるし…




ここから先は勇者のお仕事ということで




《つづく》

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