第19話 マルと山神様

今日は愁陽に久しぶりになるだろうと実家のある山へ、一泊二日で里帰りをさせてもらっていた。先程まで妹や弟たちに賑やかに囲まれて、質問攻めにあっていた。みんな都の街や宮廷など、まだ行ったことも見たこともないので、とても興味津々なのだ。

質問攻めから逃れるため、いや、もとい山神様にも久しぶりに顔を見せようと、今は山神が住んでいるさらなる山の奥のほうへ向かって歩いていた。


「あ、山神さま!」

山神は山奥の小さな庵に住んでいる。そして、今はその庵の前で落ち葉などを燃やしながら何やら焼いていた。


山神さまは白く長い髪を軽く背中で結わえて、長い顎髭を蓄えている。それで見た感じ老人にに見えやすいが、実際身体はそんな年寄りではない。確かに山の神と神様をやっているだけに生まれたのは、はるか二百年以上前だときくが、足腰はぴんぴんしていて、谷川では素手で魚を取り、滝も岩場があればぴょんぴょんと簡単に登って行ける。

マルは山神様が大好きで、一族の中でもとくに山神様と接することが多かった。


「やあ、マルか。久しぶりじゃの」

あ、喋り方は相変わらずおじいちゃんだ。

久しぶりに聞いたらマルは、そんなことを思った。

なんだかもう懐かしく聞こえる

「元気そうですね!山神さま」

「まあ、神が風邪引いたとか嫌じゃがの」

「ははは、確かに!」


マルは落ち葉を庭先で燃している側に寄った。

「ところで何、焼いてるんです?」

「たけのこじゃ」

「わあ、焼きたけのこ!」


そういったらお腹がずいぶん空いてきた。ぐうぅぅぅ……お腹が鳴った。

「はっ、はっ、はっ。一緒に食べるかの」

「はい!いただきます」

「ついで今朝、川で捕れた魚も焼こうかの」

「わあ~い、しあわせ~」


そう言って、マルはふと先日自分が言ったことを思い出した。愛麗は小さくても幸せを感じることがあるのだろうか。

ちょっとしたマルの不安を感じ取ったのか、山神が、マルにどうしたのかと訊いた。

マルは最近、愛麗に会ったこと、そして感じたことを話した。


山神は難しい顔をした。

「まだそのときではないのじゃよ」

「そのときって?」

「彼女にはこのさき試練が待っておるやもしれん」

パチッ、小枝か何かが火に爆ぜる音がする。


「試練って、なんですか?」

「それは、わしにもどうなるかわからん」

「そんな」

「マル、そのときはお前の勘を信じるが良い」

「ボクの……」


あちあちあち……、たけのこを指した枝を熱そうに焚き火から取り出す。それを山神はふうふうして、パクっと食べた。

「ん、うまい!」

「あ、ボクもください」

「ああ、もちろん。ほれ、これが焼けてるぞ」

そう言って、もう一本、あちあちあち……と言いながら焚き火から枝に指したたけのこをマルに渡してやった。


山神は次に魚に手を延ばした。

香ばしい焼き魚の匂いがする。さっき塩もぱらりとかけて焼いた。

「う~ん!山神さま、とっても幸せな匂いがします!」

魚さん、ありがとう!とマルもパクつく。

「お前のよいとこじゃ。まっすぐで素直なとこが良い」

あ、愁陽さまにも似たようなこと言われたっけ……

マルはふと、そんなことを思い出した。

山神は微笑ましそうに、マルが石に腰掛け、魚を美味しそうに頬張る様子を見ていた。


「なあ、マル。先のことはこのわしにもわからん」

「?」

「誰にもわからん」

「はい」

「ただ本人たちが選んで、歩んで行くしかないんじゃよ。道は用意してやれても、歩くのは本人次第なんじゃ」

「愛麗様のことですか?」

「うむ。もしものときは、わしも力は貸そう。だが出来るのは貸すだけじゃ」

「山神さま……」

「お前は愁陽を頼むぞ」


マルは山神の言葉をじっくり噛み締め聞き、自分の中にストンと落とす。

「もちろんです!」


ぱちっと、小枝が爆ぜる音がした。愛麗にも、愁陽にも、この焚火で焼いた美味しいたけのこと魚を食べさせてあげたい、とマルはそう思った。

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