第20話 酒場

翠蘭の護衛兼世話係である羅李は、翠蘭に付き従って山を下り、蒼の都へと来ていた。翠蘭が愛麗の屋敷へ行くというので、女同士の話もあるだろうから、彼女を待っっている間、羅李は街で買い物や武器の手入れなどの用事を済ませていた。

いつも買い物に利用する店があるのは蒼の都の中心に位置し、毎日のように市が出て賑わいをみせている。今日も多くの人で賑わっていた。


今日の羅李は目立つ長い金髪は結い上げて笠を目深に被り、人目につかぬよう隠している。それでも細身の長身と形の良い顎のラインは隠せず、すれ違う女達が振り向いていく。本人は知らぬ顔だが。


まだ翠蘭との約束の時間まであるので、少し腹も減ったし何か食べようと、馴染みの食事処で酒を飲みながら、小さなつぼ貝にタレをかけて焼いたものを軽くつまんでいると、隣りの席の男たちの話声が耳に入ってきた。


どうやら男たち三人は旅の行商人たちらしい。旅するため日によく焼けている彼らは、見た感じ中年でもう行商をして長そうだ。


「南の水華と隣国の黒雲の国境あたりは、いま物騒だそうじゃないか」

「ああ、戦で田畑が荒れて、しかも日照り続きだからな」

「親爺っさんはそっちのほうの出、だったけな」

親爺っさんと呼ばれた男は恰幅よく、赤ら顔で眉と髭の濃い男だ。


「おうよ、ここの都はこんな華やかだがなぁ」

「新しく傘下に入った国は荒れて、食べるもんもねえところもある」

「まあ蒼の王様のせいじゃなくって、滅ぼされた国の王様にも問題があったんだろうけどなぁ」


滅ぼされた国の王……か。

つい自分の身の上と重ねてしまう。


自分の父はどうだったのだろうか。父として、夫としては良いとは言えなかったが、せめて王として惜しまれていればよいが。


「物騒さに便乗して、各地の山の者たちが山賊まがいのこともやってるらしいじゃねえか」

「先日は隣国の山で、大きな行商隊がやられたそうだ」

「ああ、俺も聞いた。なんでも全滅だそうじゃねえか」

「恐ろしいことしやがる」

「そりゃあ、山賊まがいでなく山賊だろう」

「まあ、喰っていけねえからな。戦でやられたことをそのまんまやってるんだろう。見境がねえ」

「首領というのが、なんでも子供とか若い女だとかいう話だぞ」

「へえ、ますます物騒な話で」

そう言いながら、酒のお代わりをしている。どこか他人事なのだろう。


「せめて戦がなくなればなあ」

「こうも天候も悪いと、戦なんかやってる場合じゃねえ」

「まあ、俺たちの中でも武器商人は潤ってるがな」

「まったくだ」

男たちはガハハと大笑いした。


行商人たちは旅しながら各地を巡り、互いにこうして情報交換をよくする。

実際にいろいろな土地で見聞きするため、かなりの情報通だ。それで羅季は街に下りて来たときは、時々こうして周りから情報を得るようにしている。


かつて山で生活を始める前は、翠蘭たちとともに宮殿内にある彼女たちと同じ屋敷に羅李も住んでいたが、その頃から街や市に来ては、こうした食事処や懇意にしている商人から噂話を聞いたりして、情報を集めていた。

王家にとって、いや翠蘭にとって火種になるものは、早いうちに摘み取っておかなくてはならない。


長い間、いくつかの小国が小競り合うような戦が頻繁に起こり、かなり混沌とした時代が続いている。そんな時代を終わらせるため、翠蘭と愁陽の父である今の王によって、いくつもあった小国はずいぶん統一されてきてはいる。

けれど、未だ長く続く戦乱の傷痕は深いようだ。黒雲国も少し前に父王によって滅ぼされ蒼国に統一された国の一つだが、まだ太平の世とはいかないらしい。


滅ぼされた者の傷は、そんなに簡単に塞がるものではない。羅李もまた故郷を滅ぼされ、住む家を失った者だから、その者たちの思いは痛い程よくわかる。


しかし、だからといっていつまでも互いを傷つけあっていては、この戦乱の世は終わらないのだ。そう思うからこそ、自分は我が父にではなく、蒼王についてくることを決めたのだ。


山賊か……

それも女か子供が首領をしているとは。


蒼国の山ではまだ聞かないが、自分たちが住まう山も危険かも知れない。念のため翠蘭に注意するように言っておかなければ。それに愁陽の耳にもいれておいたほうが良いかもしれない。商人が狙われるのでは、彼らも安心して商売が出来ないのでは、経済が回らなくなり国が貧しく荒廃していく原因にもなる。


酒もいい感じに回ってきた男たちの話は、最近では女、子供が人さらいにあっては売り飛ばされているという事件が多発しているという話題になっていた。水華国は経済が活発だが、そういった夜の店も多く、さらわれた女たちは夜の相手をする商品として売買され、子供たちは使用人もしくは子供のいない金持ちに売られているらしい。


酔っぱらった男たちは、ますます大声で盛り上がっている。


今、自分の側にいない翠蘭が心配になってきた。予定より少し早いが、屋敷まで迎えに行くか。


食事代の銭を机の上に置き、立ち上がると同時に

「ああ。やっぱりここに居た」


え?と、驚いて店の入口の方を見ると、翠蘭が暖簾を片手であけて入ってくるところだった。


「まだ時間じゃ……」

「向こうに用があったし、弟も来たから早めに出てきたのよ。あ、私にもお団子ちょうだい」

翠蘭はちゃっかり団子とお茶を店主に注文し、立ち上がったままの羅李の前の椅子を引いて座った。


お忍びのため庶民的で地味な衣を着ているとはいえ、存在が派手な翠蘭はやはり店中の注目の的となっている。どこかの商人のお嬢様くらいには見えてしまうのだろう。酔っ払いの男達が彼女を色目で見ていると思うだけで、羅李は苛立ちを覚えた。

羅李は不服そうな顔をして、再び座った。


男たちの目が気になって仕方がない。

羅李はおもむろに自分が被っている笠のあご紐をしゅるっと解き、笠を取ると翠蘭に被せた。これなら酔っ払いたちから好気な目で見られない。

「被ってろ」

「は?あんた何してんの?」

そういって、翠蘭が笠を取ると、がぼっと羅李に目深に被せた。

「あんたのほうが目立ってるし」

笠を目深に被ったまま周りを見回すと、酔っぱらいの男たちだけでなく、店中の客の視線が自分に集まっており、すげぇ~美人だとか、えらいべっぴんさんだとか、見たか金の髪だとか、口々に言うのが聞こえてきた。

羅李は笠の縁を指で摘まみ目深に被り直した。

ちょっとだけ反省しつつ……。

「バカねぇ」

翠蘭はそう言いつつもクスクスと笑った。


「一人でここまで来たのか?」

「当たり前でしょ。あんたはここに居るのだもの」

「屋敷の者に送らせたらいいだろう」

「大丈夫よ。そんじょそこらの者には負けないわ」

確かに翠蘭は子供の頃から自分や愁陽たちと一緒に武芸を学んだため、そこらへんの男には簡単には負けないくらいには強い。それはわかっているが、やはり危ないではないか。


「下品な男には声を掛けられえたりしなかったか」

「羅李……ウザい」

「………………」

「冗談よ、無いわ。すごい速さでここまで歩いてきたからね」

実際、かなりの早歩きだったため、道行く人は慌てて道を開けるばかりで、声なんてかけるどころか男たちはドン引きだった。

でも、ふと翠蘭は聞いてみたくなった。

「もし声かけてくる男が居たって言ったらどうするのよ」

「そいつを見つけ出して、その口を中心に斬り刻んでやる」


「…………………」


「冗談だが、半分本気だ」


「…………………」

翠蘭は聞かなかったことにした。


「羅李はここの店がお気に入りよね。お目当ては、やっぱりそれ?」

そう言って彼女が指さした先には、羅李がつまみとして食べ終わった貝のつぼ焼きの殻だ。

「まあ、ここらへんではこの店しか置いてないから」

ここの店は内陸の蒼国の都としては珍しく、魚の焼き物や貝の焼き物を出す。さすがに海のものとはいかないが、大河で捕れるものを料理するのだが、この貝のつぼ焼きを出す店は他に無い。


自分の故郷では普通に食べられており、実は子供の頃から好きだった。一時期、故郷や子供の頃を思い出すものとして、食べることも見ることも出来なかったのだが、翠蘭のお蔭で今では故郷の話も出来るようになり、また好きな食べ物の一つとなった。子供の頃の話も出来るようにはなったのだが、あまり好きではなく訊かれることも殆ど無いから、幼少期のことは滅多に語らないでいる。


やがてタレの塗られた団子と茶が出てきて、翠蘭は美味しそうに頬張った。宮廷では団子を頬張るなんてありえないが、こんな団子も食べられない。上品な菓子しか出てこないから、翠嵐もこのような店に羅李と来ることは好きだった。


翠蘭も団子を食べ終わり、羅李ももうこれ以上、彼女が男たちに好色の目で見られるのは限界だと、二人分の銭を机に置いて席を立った。

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